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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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騒動は華やかに4

 王城や後宮、王宮を囲む壁には東西南北四箇所の門が存在する。南に位置するの門は城の正門だ。こちらは王城と大庭園とを経た先にあり、豪奢な飾りの門が城下町へと続くように設置されていた。四つの門は身分や用途によって用途に違いがあった。しかし今は全ての門が固く閉ざされ、内部の騒動を外に出さぬよう措置をとられていた。


 その日の午後、獣人騒動は王宮全体を包み込んでいた。

 西門では門番を受け持つ兵士が内外に複数名立ち、入城する者の制限と内部から突如現れた蛮族を外に出さぬ為、対処に当たっていた。

 そこに城外から馬に乗って爆走してくる人物たちを目視で確認し、兵士たちが大きく腕を振ってその者たちを制止していた。


「何者だァ⁉︎  止まれぇーー!」

「今、入城は禁止されている!」

「待て!速度を落とせぇーー!」

「今、城内には入ることはできない!止まってください!」


 兵士たちがそれぞれ大声で制止の言葉を投げかけれど、その二人は馬を駆るスピードを緩めない。それどころかそのスピードをぐんぐん上げていくではないか。このままでは停止どころか、馬はそのまま門へと衝突してしまうだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 兵士たちはあわや事故に⁉︎ という事態に一瞬身を固めた。


「ーーすまないッ!押し通らせてもらう!」


 先頭を疾っていた青年が声を挙げると、門番の目の前で大きく跳躍した。なんと乗馬したそのままに門番と門とを飛び越えたのだ。決して低いとは言えない門を軽々と飛び越えた人物に、兵士たちは思わず怒りよりも感嘆の声をあげた。


「すまないね!文句は後で幾らでも受け付けるよ?」


 そう言うともう一人の青年も先の人物に倣って、西門をヒラリと飛び越えた。


「リ、リヒト殿下ぁーー⁉︎」

「な、何ーーーーッ⁉︎」


 風に棚引く美しい金髪、その柔らかな声音。この城で働く者、いやこの国に住まう者なら知らぬ者はいない。この国の第三王子リヒト殿下だ。

 彼はどの王子より馬を駆る事に才が有ることを、この城の騎士や兵士なら誰でも知っていたのだ。若干18歳のその王子は馬術大会ではいつも上位入賞されている。

 そしてその才を花開かせた人物ーー彼の師はジークフリード・フォン・アルヴァンド。アルヴァンド公爵家の三男にして若くして近衛騎士に抜擢され、惜しくも亡くなった忠臣だった。

 今まさにその人物が城門破りをした人間ヒトとなど、誰が判ったというのか。彼は既に過去の人間ヒト。記憶の中にある彼と一致させることのできる者はこの場にはいなかった。


 ジークフリードはリヒト殿下と共に馬を駆け、堂々と城門破りを果たすと、馬を降りずにそのまま庭内を駆けた。兵士は誰も追いかけては来ない。後ろに続くリヒト殿下自身も注意や文句などせず、何食わぬ顔をしている。澄ました顔して豪快な所のある王子は、その外観とは似合わず内面は豪傑。


 暫く庭内を走ると幾人かの獣人に出くわした。それをジークフリードは馬の脚で容赦なく蹴散らした。


「リヒト殿下、このまま王宮内へ突入します」

「了解した。先ほどの獣のような者が王宮内で暴れているのだな?」

「そのようです。事の黒幕ーー宰相はもう見境をなくしたのでしょう」

「王のお命が心配だ!急ごう、ジークフリード殿!」


 リヒト殿下の力強くジークフリードの行為を推奨する言葉を受け、ジークフリードは馬を駆るスピードを益々上げると、制止する騎士たちを無視して王宮の扉を破る。そして二人はそのまま王宮内へと投入を果たしたのだった。



 ※※※※※※※※※※



 罵声や怒号が大広間の外から聴こえてくる。王宮内にいる幾人もの近衛騎士と宮廷魔導士とが獣人に変えられたのか、想像もつかない。バルド出現の折に禁呪により獣人となった者か、はたまた先程の魔術の発動で獣人になった者か。


 獣人が王宮内の至る所で暴走し、その波は大広間にまで至った。扉付近の騎士は背後から不意を突かれた形で獣人からの攻撃を受け、それに個々で対応するも食い止められず、勢いに飲まれて獣人の侵入を許してしまう。


「ー邪魔者を排除しろー」


 バルドの魔力を帯びた言の葉がさざ波の如く獣人たちの脳に届き、獣人たちは主人の命に従って行動を開始する。

 人間ヒトの柵が外れ、血肉に飢えた獣のように、獣人たちは人間ヒトには有り得ない力を発揮する。

 元同僚と言えど手加減などできるはずもなく、近衛騎士たちは必死に剣を振るう。手加減などしようものなら、忽ち自分たちの命がないなだ。それどころか己の主君の命をも危険に晒す事になるのだ。そのような事は騎士のプライドにかけて容認できはしないのだった。


 獣人たちの襲撃と時を同じくし、室内の獣人たちにも動きがあった。バルドの側に控える三人の獣人が静から動へその動きを攻撃に転じたのだ。

 虎の獣人が突如、ウィリアム殿下に向かって攻撃を仕掛けてきた。それにいち早く近衛副隊長が反応し、大剣の一撃を己の剣で受け流す。その脇を鳥の獣人が短剣を投擲した。

 アルヴァンド公爵がその短剣を剣で払いのけようとしたその時、


「ー動くなー」


 バルドの命令がアルヴァンド公爵の身体を縛った。アルヴァンド公爵は剣を振り上げたままの姿勢で氷彫刻のようにピタリとその動きを止めたのだ。

 飛来した短剣は無情にもアルヴァンド公爵の肩に突き刺さる。アルヴァンド公爵は何の防御もできず、その短剣が向かいくるのを自ら受け止める形となってしまったのだった。


「ぐぅ……っ」

「ーーアルヴァンド公爵!」


 アルヴァンド公爵は小さな呻き声を上げた。次いでウィリアム殿下の悲痛な声が響いた。アルヴァンド公爵は苦痛に顔をしかめるが、身体は一向に自分の思う通りに動かない。


「ー王太子を殺せー」


 《獣化》の禁呪をバルドから受けているアルヴァンド公爵は、術者からの命令にはある程度服従してしまうようだった。現に《隷属》は受けていなかった身である筈が、術者の言葉に身体が無条件に反応してしまうのだ。

 アルヴァンド公爵の腕が、身体が壊れたブリキ人形のようにウィリアム殿下に向かって行動を起こす。歯を食いしばりながら身体を制御するが、身体は己の意に反してその動きを止めようとしない。口の端たからは呻き声だけが漏れていく。ウィリアム殿下に刃を向けようとする己の腕の動きに必死に抵抗する。両腕の筋肉が震え、額から汗が流れ落ちる。

 リュゼと共にナイトハルト殿下を守る事を放棄する事はできず、アーリアは騒動の最中で何もできずにその場に佇んでいると、アルヴァンド公爵とウィリアム殿下のやり取りが目に入ってきた。


「ウィリアム殿下、わたくしをお斬りください!」

「何をッ⁉︎」

「殿下をこの手にかけるなど、わたくしには容認できません‼︎」


 アルヴァンド公爵の誇りと決意にウィリアム殿下は苦悩の表情を見せた。ウィリアム殿下は息をスゥッと吸うと、剣を構えてアルヴァンド公爵に向かい合った。そのウィリアム殿下にアルヴァンド公爵は満足な表情で笑った。


 アーリアはその光景に息をするのも忘れて見入っていた。


 アーリアはウィリアム殿下の刃がアルヴァンド公爵に届くその時、誰にも聴こえぬ『声』を上げていた。


 天高く響く声に、心がーー魂が震える。


『ー天は自ら助くる者を助くー《聖なる光》』


 パキンという鎖が弾け飛ぶ乾いた音と共に心の奥底から何かが爆ぜ消えると、アーリアの両の掌から淡く輝く光が発せられた。その優しく穏やかな光は大広間全体に広がると、暴れていた獣人たちはその動きを停止させ、膝から床へ崩れ落ちた。

 アルヴァンド公爵も同様、ウィリアム殿下へと剣を振り上げていた手を下ろし、床に膝をついて荒い息を吐きながら大量の汗を流した。

 それでも動きを止めぬ虎と鳥の獣人、密かにナイトハルト殿下の命を狙っていた狼の獣人の身体を、アーリアが編み上げた魔力の鎖が絡め取り、その動きを完全に封じてみせた。


 次いでアーリアが右腕を振り上げ、結界魔術《光の壁》を発動させる。無言のまま発せられた魔術はウィリアム殿下とナイトハルト殿下を守るように優しく包み込んだ。


「何、を……?詠唱は……⁉︎」


 拘束された狼の獣人の狼狽を無視してアーリアはバルドの方へ身体を向けると、バルドの暗く沈む瞳を正面から見つめた。


「もうやめて、バルド」


 アーリアの凛とした涼やかな『声』がバルドの耳と、そしてその凍りついた心にまで届いた。

 バルドは目を見開いてアーリアに魅入っていた。その声はかつて聞いたステラと同じ声音だったのだ。

 バルドはアーリアの中に未だ起きぬステラを重ねて、口を開閉させながら身体を震えさせた。


 混戦していた大広間は獣人の暴走が止み、静けさを取り戻しつつあった。

 見つめ合ったまま動かぬアーリアとバルドを、誰もが固唾を飲んで見守っていた。


 アーリアから目を外す事が出来ずにいたバルドは、やがてその腕を静かに腕を下ろた。


「な、な……何をしているのだ!魔導士よ、この魔女も私の敵だ!殺せ!」


 サリアン宰相の天井まで届かんばかりのヒステリックな声が、静まり返った大広間全体に響いた。



 ※※※※※※※※※※



「もう止めよ、サリアン宰相」


 騒動と混乱の最中であってもその静かでいて威厳のある声音に、その場にいた全ての者たちが顔を上げた。


 大広間の中央周辺の空間が陽炎のように揺れると、そこに三人の人物が現れた。

 一人は黒く長い髪と金糸で緻密な刺繍を施された白いローブを纏う青年。もう一人は国の紋章入りの白い甲冑を身につけ、銀糸で国の紋章の刺繍を施された青いローブを纏う壮年の男。その二人に囲まれ中央に在わすは黄金の髪に強い意志を持つ灰青色の瞳、重厚な赤いローブを身に纏うシスティナ国王その人だった。


「国王、陛下……」


 国王陛下の威厳を称える姿と、威圧的な視線を受けたサリアン宰相は、双眸を見開き国王陛下を凝視した。己が暗殺を裏から手引きし、病床にあった筈の男は、確かな足取りと力強い視線で自分を見つめてくるではないか。ともすると崩れそうになる体と精神に何とか喝を入れ、サリアン宰相は何とかその場に足を踏み留めた。


「ほう……そなたはまだ私を『国王陛下』と呼ぶか?」

「ッ……」

「お主の言動は初めから全て見ていた。王位簒奪を企て、王宮へ怪しげな魔導士を招き入れ、このように騒動と混乱を起こした事は明白。もう言い逃れはできんぞ?」


 サリアン宰相は国王陛下の言葉に押し黙るしかなかった。己の拳を強く握り、屈辱と羞恥の心に苛まれながら、ただただ国王陛下を睨みつけるばかりだ。

 そこへ国王陛下の側に控えていた黒髪の青年が国王陛下に目配せし、国王陛下の許可を得ると、怪しげな魔導士ーーバルドへと言葉をかけた。


「さて、君はどうする?これ以上、騒動を拡大させるつもりかい?」

「……」

「そこの男とどんな取引をしたかは知らないが……そもそも、その男に正当な報酬を払うつもりがあったのかな?」

「……何?」


 バルドは青年の言葉に片眉を上げた。青年に対峙した時点で、バルドはあからさまに苛立っていたが、更にその表情に不機嫌さが増したように見えた。


「その男とは報酬の約束は取り付けてある。まさか魔導士との《契約》を破るとでも言うのか?」


 魔導士はその力と誇りを行使する代償に、相応の報酬を得る《契約》行う。それを相手が一方的に反故するなど、己に絶対的な自信を持つバルドは考えてもいなかった。

 バルドが隣に立つサリアン宰相を見ると、サリアン宰相は鼻で笑って声を荒げ、バルドに食いかかってきたのだ。


「ーーこれまで貴様のパトロンとして多額の資金と場所の提供をしてきたのだ。この上更なる報酬を強請るとは、卑しき魔導士風情が何様のつもりか!」


 バルドはサリアン宰相の言葉に、その無表情な相貌に綺麗な青筋を浮かべた。


「貴様は私のーー儂の駒だ!儂の計画に加担した段階でその運命は一心同体。寧ろ、全ての騒動を取り仕切る実行犯は貴様ではないか⁉︎人間ヒトを獣人とする魔宝具の使用、魔力の宿る宝石の奪略、貴族を暗殺し財を奪う……どの罪もお前のモノ。それらに儂が関わったという証拠はあるのか?証拠もなく証明も出来ぬのであれば、儂は貴様に騙された『被害者』に当たるのではないか!」


 サリアン宰相がバルドに向かって、さも自分自身が『被害者』であると言い切る傲慢で卑怯極まりない言葉には、悪辣さでは上を行くバルドも言葉もなく眼を座らせるのみ。

 周囲の者たちも敵味方なく、冷たい目線をサリアン宰相に向けている。


 するとバルドは溜めていた息を吐くと左手をスッと掲げたのだ。そして、パチンと指を軽く鳴らす。


「お前の言う獣人など、何処にいると言うのだ?」

「は……⁇」


 国王陛下の出現時から動かず黙していたアーリアは眼を瞬かせた。

 アーリアが魔術の鎖で拘束した獣人たちが、ウィリアム殿下の横で膝をついていたアルヴァンド公爵が、目の前のリュゼが、大広間に雪崩れ込んできていた獣人騎士たちがーー全ての獣人が人間ヒトへとその姿を戻していたのだ。

 一瞬の出来事に、それまで獣人だった者たちは呆然と立ち竦み、驚愕と戸惑いで自分の手や足を不思議そうに見ている。


「……もう何もしませんよ。放しなさい、東の魔女」


 狼の獣人だった青年が、やや憮然とした高圧的な態度でアーリアに魔術の解除を求めた。

 アーリアは少し悩んだが、国王陛下の側に控える黒髪の青年の視線を受けて、魔術を解除した。

 身体が自由になると、狼の獣人だった青年は懐から封筒の束を取り出した。それを国王陛下に向かい差し出すように掲げた。


「これはかの宰相が何処ぞの者に出した要人の暗殺依頼書です。よければ差し上げましょう」

「なーー⁉︎ 何故そのようなモノがここに……」

「この封筒には律儀にもとある貴族の紋が透かしで入っています。そちらの方々には見慣れたものでしょうから、照合など簡単に行えるでしょうね?」


 狼の獣人だった青年は鼻にかかる眼鏡を指で押し上げながら、サリアン宰相を射殺さんばかりの眼で睨んだ。


「そうか。喜んでその証拠とやらを受け取ろう」


 国王陛下の言葉と視線を受けてその青年は国王陛下に近づくと、悪業の証拠である封筒を国王陛下の隣に立つ壮年の男ーー近衛騎士団 団長がそれを受け取った。


「これでお前の悪業の数々が白日の下に晒されるな?」


 バルドがいけしゃあしゃあと言い放つ。バルドの悪業が消えて無くなる訳ではないのに、その顔は嫌に晴れ晴れとしている。無表情は貫いていても、地味にサリアン宰相に対してムカついていたのだろう。


「こ……このような運命、断じて容認できん!」


 サリアン宰相はわなわなと身を震わせて、髪を振り乱しながら怒鳴った。



お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、大変嬉しく思います!


国王陛下登場です。

ジークフリードは間に合うのだろうか⁇

走れ!ジーク!

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