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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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王宮潜入2

 曇っていた空が晴れて行くように意識が現実世界へと戻っていく。重くのしかかっていた鉛のような物が取り払われたように頭が軽くなったのを感じた。

 あれ程開きそうになかった瞼を押し上げれば、そこには一人の青年の顔があった。射干玉のような黒髪の青年はこちらを覗きこんできていた。


「あぁ……効いたみたいだね?」

「……そ、そなたは……!」

「まだ無理に起きてはいけないよ、陛下」


 青年は起こそうとした身体を手で制した。

 まだどんよりとだるさの残る身体を寝台へと預けると、その青年にその顔だけは向き直した。


「何が起こっているのか説明してくれるよね?君が私に手紙を寄越したから、わざわざ来てあげたんだよ?」


 青年は何もかも知っている顔をして、それでもこちらの出方を伺ってくる。いや、この青年は何もかも承知なのだろう。だがこうして王としての顔を立ててくれているのだ。


「すまない……もっと早く貴殿に相談すべき事であった。今からでも遅くないと貴殿が言ってくれるなら、事の全てを話そう」

「うん。陛下の今後の対応次第で今回のことは許してあげるよ。プラス、貴方に敬意を表して手伝ってあげる……邪魔者の排除、とかね?」


 普通なら許されることのない不敬な態度だが、この者にはそれを許さざるを得なかった。現に私はこの青年に命を救われたのだから。

 深くこうべを垂れて礼を言うと、青年はそれをあっさり受け取り、その美しく輝く翠の瞳に慈愛に満ちた光を宿したのだった。



 ※※※※※※※※※※



 アーリアたちは狭く細い通路を歩いていた。

 通路は蟻の巣のように入り組んでいる。非常時に備えた隠し通路なのだ。万が一、追手に追跡されても容易に追いつかれないように、あえてこのような造りになっているのだろう。

 その道をアルヴァンド公爵の先導で王宮の王族の寝所へと向かい進んではいたが、背について行くだけのアーリアには、もはやどちらの方角を向いているのかさえ判らなかった。

 案内する方のアルヴァンド公爵の歩みには、危うさなど全くない。


「獅子さんはよくこんな道、迷わずに進めるね?」

「我が公爵家は代々王家の護りを専任している。有事の際に備えて隠し通路の把握は必須にして義務。成人した男児は頭に叩き込まれるのだ」


 いやに重い理由と体育会系の無意識発言に、聞いたリュゼが思わず黙った。

 このような通路の存在を公に出す訳にも、書き起こして常に手元に置いておく訳にもいかないのだから、身体で覚えるしか手はないだろう。


「侵入者対策に非常に入り組んだ造りになっているのでな。外からは近い場所にあっても、この道を通ると遠くなるのだ……。なに、心配しなくとももうすぐ着く」


 アルヴァンド公爵の言葉に少しだけ安堵して、アーリアは大人しくその逞しい背を追った。アーリアの後ろをリュゼが灯りを灯しながらついてくる。


 三人は狭く暗い通路内で話し合った後、暫くして隠し通路を先を進んだ。時が経つごとに状況が改善して行くという事はない。それよりもサリアン宰相がバルドの元に訪れていた事もあり、今から何かしらの事件が起こる可能性の方が高いのだ。


 カビの臭いが鼻に付く通路を進み、角を二つ三つ曲がった所でアルヴァンド公爵は歩みを止めた。そこは通路の突き当たりで、全面が白い漆喰の壁になっていた。アルヴァンド公爵が壁のどこかを触るとガコンという音がして、その壁が斜めにスライドし始めた。

 アーリアはその様子をアルヴァンド公爵の背中と腕の間から見ていた。壁が動いた時には思わず『おぉ〜〜!』という言葉が口をつい出た。どのような仕組みかは分からなかったが ーーアルヴァンド公爵がアーリアとリュゼの二人には見えないようにしていた。さすがに企業秘密なのだろうーー 兄弟子に頼んで師匠の屋敷にも作ってもらおうかと考えていた。実際にはアーリアが知らないだけで、師匠の屋敷にも様々なシカケが施してあるのだが。


 スライドした壁の向こうは明るい光に満ちていた。アルヴァンド公爵は少し目を凝らしながらその部屋を通路から見渡すが、そこには誰の人影もない。

 三人は隠し通路から順番に出ると、先ずアルヴァンド公爵が部屋の中を見回った。その姿はアーリアから見ても慌てているように見える。


 部屋の奥には大きな天蓋付きの寝台が一つあり、窓からは傾き始めた陽の光が燦々と入り込んできていた。


「陛下が……陛下がいらっしゃらない⁉︎」


 アルヴァンド公爵はそう焦りながら叫ぶと、隠し通路から出たすぐ側の壁際に佇んでいたアーリアとリュゼの元へ戻ってきた。


「『え?ここ、国王陛下の寝所じゃないの?』」


 アーリアの心の声とリュゼの声がハモる。アルヴァンド公爵の焦り具合に対して、二人は今更ながら「こんな不審者じぶんたちが国王陛下の寝所なんて所に入って来ても良かったのか?」と思い至り、「いつでも逃げ出せる様に隠し通路の前でスタンバってました」などとは言えない雰囲気だった。

 アルヴァンド公爵ならばこの場所に入った事を後々言い逃れができそうだが、所詮魔導士でしかないアーリアと、明らかに怪しい職業のリュゼではそうはいかない。問答無用でお縄になる。

 サリアン宰相を断罪するどころか自分たちが処刑されてしまう事態など、とても歓迎する事はできないのだった。


「そうだ。陛下はいつもこの部屋でお休みになっている。いや、お休みになられていた筈なのだが……」


 部屋はもぬけの殻だ。

 メイドの一人もいない。


 困惑しているアルヴァンド公爵を更に困惑した表情で見ていたアーリアは、寝所の部屋の外側から足音と声が上がった事にびくりと身が震えた。

 アルヴァンド公爵もリュゼも鋭い瞳を扉へ向けたが、身を隠すべきか悩む暇もなく部屋の扉が開かれてしまった。


「何者だ⁉︎ ここは国王陛下の寝所であるぞ!」


 部屋に騎士を引き連れ入って来たのは、端正な顔立ちの青年だった。金の髪に青灰色の瞳を持ち、威厳が魔力を帯び、その身から放たれている。青灰色の瞳は力強い生命力に溢れていた。

 青年は全身神経を鋭く尖らせ、鋭い目線でアーリアたち三人を見咎めた。


「獣人だと……⁉︎ このような場所にどのような手を使って入り込んだのだ!」


 青年が声を張り上げると、控えていた騎士たちが剣を鞘から抜きながらアーリアたちの前に立ちはだかった。


「お待ちくださいウィリアム殿下‼︎ わたくしです!アルヴァンド公爵ルイスでございます!」

「な、なにを……⁉︎ 」

 

 アルヴァンド公爵は青年ーーウィリアム殿下の御前に膝をつくと、頭を深々と下げた。


「このような姿で、ましては陛下の寝所を無断で訪れたことは誠に不敬の極みだと心得ております!」


 アルヴァンド公爵は膝を折ったまま顔だけを上げると、ウィリアム殿下を縋るように見つめた。ウィリアム殿下は困惑の表情を隠しきれず、獅子の獣人を見て目を白黒させている。そしてその視線はアルヴァンド公爵の背後にいたアーリアの方にも向いた。


「え……⁉︎ ど……?白い髪⁇ 東の塔の魔女殿か……⁉︎ なぜこのような……?」

「せーいかーい!このは東の塔の魔女さんだよ?」


 アーリアはウィリアム殿下に指を指されて一歩後ずさり引いていた所を、リュゼに背後から両肩を掴まれて押し出された。思わずアーリアがリュゼへと顔を向けると、ちゃっかりスキルを使い、人間の姿に化けていた。

 アーリアはリュゼに押されながらアルヴァンド公爵の横まで行くと、ウィリアム殿下に向かってぺこりと頭を下げた。

 騎士たちもアーリアたち不審者にどのように対策すべきか迷っているようだった。


「殿下、信じられない出来事が数多く起こっているのです。わたくし共が不審者であることはわたくし共自身、重々承知の上です。ですがわたくし共を捕らえる前にどうか、どうかわたくしの話を聞いて頂きとうございます!」


 アルヴァンド公爵の言葉にウィリアムは当惑を隠し切れないようだったが、暫くの沈黙の後、一つ瞬きをすると騎士を制して剣を収めさせた。


「……その声は間違いなくアルヴァンド公爵のもの。そしてこの部屋への隠し通路を知っている者は真なる忠誠を持つ限られた臣下のみだ」


 ウィリアム殿下は近衛騎士が制するのも聞かず、アルヴァンド公爵へと手を伸ばした。


「その方の話を聞こう。捕らえるならそれからでもできる」

「あ、有り難く存じます、殿下」


 ウィリアム殿下の姿勢は清廉潔白。質実剛健。その面差しからは現王陛下の面影が見える。彼は紛れもなくこの国の次期国王。王太子殿下なのだ。公爵はウィリアム殿下の懐の広さに益々こうべを垂れ、殿下の誠意に感謝の意を示した。その声音は震え、瞳には涙が滲んでいた。



 ※※※※※※※※※※



「そのようなことが……」


 ウィリアム殿下はアルヴァンド公爵から話を聞き終えると、ため息と共に呟きを口から漏らした。

 国王陛下の寝所の隣にある応接室にて、ウィリアム殿下からの取り調べが行われていた。ウィリアム殿下は椅子に腰掛けて腕を組み、清廉な顔ーーその眉間には深いシワをよせていた。


「はい。わたくし自身も、このように己自身が呪いを受けるまで信じられませんでした。ですが、わたくしが今話した事は全てが真実でございます。誓って作り話ではございません」


 アルヴァンド公爵は二人の近衛騎士に挟まれ、警戒されながらも、強く拳を握りしめて熱弁した。

 アーリアはその斜め後ろに用意された椅子に座らされていた。不審者だろうと女性レディ。王族であるウィリアム殿下にはアーリアを裸足のまま立たせて置くのが忍びなかったようだ。リュゼはアーリアの後ろに立って、アーリアの座る背もたれに手を乗せていた。今のところアルヴァンド公爵に全てを任せ、二人は黙って様子を伺っていた。身分的にも王太子殿下と公爵閣下の話には割り込めないのだ。


「この二年間に王宮内外で起こった事件の多くに、サリアン宰相殿が裏で手を引いております。そしてその事件を起こす実行犯に、力ある闇の魔導士が関わっているのです」


 『闇の魔導士』とは、アルヴァンド公爵もうまい表現を使う。

 バルドはその素性が表に全く出ていないのだ。その偽装工作にはサリアン宰相が関わっているのではないかと思われた。でなければ魔導士業界の間であれほど力のある魔導士が無名のまま、その名を聞くことがないなど可笑しな事なのだ。


 ウィリアム殿下がチラリとアーリアに目線を寄越した。


「それでその闇の魔導士なる者よって、魔女殿も呪いを受けられたという事か……?」

「そうだよ。魔女さんはあの魔導士に『声』を封じられちゃったの。で、そこを公爵さんの息子に助けられたってワケ」


 アーリアに受け答えが無理なので、代わりにリュゼが答えた。そのリュゼの言葉を肯定するように、アーリアは一つ頷いた。


「そうか。ーーん?アルヴァンド公爵の息子というと、ジークフリードの事か⁉︎」


 ウィリアム殿下はリュゼの言葉の中に驚きの事実を見つけると、アルヴァンド公爵へ視線を投げた。


「はい。我が息子ジークフリードは生きていました!ですが、やはり呪いを受け、わたくしのように獣人の姿にさせられております」

「そう、か……。やはり……やはり、あの事件から既におかしかったのだな。嗚呼、あの時に動けていればこのような事態にまでなることはなかっものをっ!」

「それはわたくしもそれは後悔しております。二年前の宝物殿での事件で、サリアン宰相殿を深く追求し、その闇を暴く事が出来なかったが為に、この国が、陛下が……!」


 アルヴァンド公爵は自責の念が己の身体を支配するかのように思えた。頭の上に鉛を乗せられたかのように重くのしかかる。


「……そうです、陛下は何処におられるのですか⁉︎」

「陛下は別の寝所にてお休みになられている。ここは囮用の部屋だ」

「囮用……?」

「昨今、陛下を狙う族が見られたのでな。その対策をしていた。私がその責任を任されているのだ」


 ウィリアム殿下は王命で国王陛下の住まう王宮や後宮、王族の住まう宮などの管理の強化を任されていたのだ。その最中、国王陛下が暗殺されかかった事もあり、警備を再確認し細心の注意を払っていた矢先の侵入者がアルヴァンド公爵たちだったのだ。それは警戒されて然るべきだ。

 よくあの場で切って捨てられなかったものだ、と冷静になって考えると冷や汗の出るアーリアだった。


「陛下のご容体はどのような……?」

「今は容体は安定している。実は私もこれ以上は聞かされていない。この王宮内に於いても、どこに敵の目があるか分からないのでな。だから最近は王宮に入れる人員も制限しているのだ」


 アルヴァンド公爵は国王陛下の容体が安定している事を知り、安堵のあまりその場に崩れ落ちた。


「そうですか……嗚呼、よかった!ようございましたっ!」


 アルヴァンド公爵の様子にさすがのウィリアム殿下も苦笑した。外見が獰猛な獅子であっても、内面は有能で誠実な忠臣であることを再確認したようだ。


「東の塔の魔女……アーリア殿、だったか?遥々の足労、大儀であった。この度は我が国の揉め事に巻き込んでしまった事を申し訳なく思う。だがそのついでと言ってはなんだが、もう少しこの事件に関わっていってはくれないか?」


 ウィリアム殿下のアーリアに対しての謝罪から始まる真意を探るような言葉とその目線を受け、アーリアはあっさりと笑顔で応えた。

 ウィリアム殿下の言葉には堅苦しさと強制力とが同居している。だがそれに嫌な気分は一つもしない。彼はその権力と命令一つでアーリアを無理矢理動かす事が可能なのだ。それをしない事に彼の誠実さを感じ取る事ができた。


『はい勿論です、殿下。私もこの事件に最後までお付き合いさせてください』


 アーリアの声は喉に空気を通すのみ。だが、ウィリアム殿下にはアーリアの意思がしっかり伝わったようだった。

 ウィリアム殿下は爽やかな王子様スマイルで、アーリアへ笑顔を返したのだった。



お読みいただき、ありがとうございます!

ブクマ登録等、感謝の言葉もございません!嬉しいです!


ウィリアム殿下登場!彼は長男なので生真面目ですが、とても慕われています。

これから出てくる他の王子たちとの性格の違いにも注目して楽しんで頂ければ幸いです!

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