バルドと兄弟子
「よっ!アーリア!」
『兄さま!?』
アーリアが見上げるとそこには懐かしく頼もしい存在があった。
アーリアの兄弟子でもある師匠の弟子その1はこの場の雰囲気に似合わずチャラそうな態度で、アーリアに向かって軽く手を上げた。
アーリアと同じく白い髪を短くオシャレに揃えている。耳にはピアス、指に嵌る指輪、など一見チャラチャラして見えるが、その全てが魔宝具だと知ると実に頼もしい装いだ。
兄弟子はアーリアを抱いていた腕を外すと、アーリアを床へ下ろして自分の背の後ろに押しやった。
「オイ、そこの変態!俺の妹を泣かすなんて、どーゆーことっすか?」
「……やはり生きていたか、7!」
「俺たちが生きてようが死んでようが、アンタに関係ないっしょ?それより俺たちの可愛い妹を泣かせた事の方が重要っすよ!」
「ステラの為に道具自らこちらへ飛び込んでくるとは好都合だな?……すると0も生きているな?」
「姉貴はこんなトコ来ねーっすよ!アンタのこと死ぬほど大っ嫌いなんでね!」
「ほう、やはり0も生きていたのか!それは好都合だ!!これもステラの導きだろうか!何という奇跡か!俺の愛がステラに通じていた証拠。お前たち纏めてステラを目覚めさせる為の道具としてやろう!」
「あーーーーやっぱりアンタ気持ち悪りぃっすわ〜〜!」
兄弟子はバルド相手にあまりの話の通じなさと噛み合わなさに苛立ち、悪態をつきながら頭をガリガリ掻き毟る。
兄弟子とバルドとのやり取りを見ていたアーリアは、バルドに対して先ほどまで感じていた恐怖や苛立ち、悔しさというモノが薄れていくのが分かった。
兄弟子が助けに来てくれた事での安心感だろう。それよりもあるが、ステラに対するバルドの愛着の深さに気持ち悪いものが込み上げてくるのだった。
アーリアは兄弟子の背中にべったり引っ付いたまま、兄弟子と共にバルドからジリジリと後退し始めた。二人の気持ちは実に通じ合っていた。表情も同じようなものになっている筈だ。
「俺も姉貴もアーリアも、アンタの道具にはならないっすよ!アンタはアーリアを捨てた。俺たちは自らココを出ていった。何時迄も所有者ヅラするんじゃねーすよ!」
アーリアは兄弟子の背に寄り添いながら固唾を飲んだ。兄弟子の言葉が自分の足を支えていく。
「そうやって人間のフリをするのは何の為だ?いつまで人間のフリをするつもりだ?お前たちは人間とは違うモノだろう?お前たちは俺に造られた実験体。人間ではない!そんなお前たちを誰が認めるのか、誰が受け入れるというのか……?」
バルドはアーリアたちをとことん否定する。人間ではない、と。アーリアもそんな事知っている。分かっている。だが、 その事実にずっと抗ってきたのだ。
アーリアはバルドの言葉に身を縮めた。その震えた肩を兄弟子は力強く抱きしめた。
「……誰かに認めて貰う必要なんてないんすよ。俺たちは自分で自分を認めているんすから!」
兄弟子は笑顔で言い切った。
アーリアは兄弟子の自信に満ちた顔に魅入った。
「俺たちは確かにアンタに造られた。だが、それだけっすよ。所詮、人間も皆一人で生きていくんす。そこにあるのは個人っすよ?自分で自分を認めるしか、己を証明する事なんてできないっしょ?だから造られた身であっても俺は俺でしかないし、アーリアはアーリアでしかない。だから、俺は俺を認める。アーリアも自分自身を認めてあげればいいんすよ?」
これは兄弟子独自の自己肯定論だった。
自分たちが異端であることは隠しようのない事実だ。どう転んでもその事実を変えることなど出来はしない。
だから自分にできることは『認める』ことだ。自分を自分として認めることで、その存在意義が確立されるのだ。
幸い一人ではない。三人揃っているのだから。それに……
「俺たちには俺たちを認めてくれる師匠がいる!それだけで俺たちは好きに生きて行けるんすよ!」
初めはバルドに聞かせるように、だが最後はアーリアに言い聞かせるように兄弟子はアーリアに囁いた。その優しい声音と笑顔に、アーリアは涙をポロポロ流して兄弟子に抱きついた。
抗ってきた気持ちを否定するのではなく、そのまま自分を認めることが自己の存在を確かにすることなのだと、アーリアは兄弟子の言葉から自分への結論を見つけることができたのだ。
『〜〜兄さま〜〜〜〜!!』
「おーー、よしよし。帰ったらいっぱい甘やかしてやるからな!姉貴も待ってるっすよ?それまでこれで我慢して!」
兄弟子はアーリアを抱き返して、その背をぽんぽんとあやすように叩いた。アーリアは兄弟子の胸の中で懐かしい匂いに安心して、涙を零した。
「麗しの兄妹愛、というやつか?家族ごっことは随分と人間の真似をしたがるのだな?」
バルドが嫌悪感を露わにして、アーリアと兄弟子を見咎める。
「羨ましいんすか?でも人間ではない俺たちを育ててくれたのはアンタじゃない、師匠っすよ?」
「あの男、いつまでも俺の邪魔を……」
「アンタよりよっぽど腕も立つし、俺たちにとったら敬愛する師匠っすわ!」
「虫酸が走る!」
兄弟子はバルドをどうしようもないモノを見る目で見た。壊れた魔宝具ならいざ知らず、壊れている人間の修理などできない。
「……アンタもそろそろ認めた方が良くないっすか?」
「何をだ……あの男をか?」
兄弟子は首を振ってバルドを諭すかなように、言葉を区切りながら現実を伝えていく。
「アンタの考え方だと、俺たちが人間でないのら、その人間でない俺たちを部品にして甦らせたステラはもう人間ではないっすよね?」
「ーーーー!?」
バルドから禍々しい魔力が立ち上る。その瞳には殺気がこもっていく。
バルドの魔力はアーリアの肌をチリチリと焼け付くように熱い。
アーリアはバルドの乱心振りに不安と恐怖を覚え、兄弟子の服の裾をチョンチョンと引っ張った。
「ん?なんだ、アーリア?」
『バルドを怒らせても大丈夫なの、兄さま?』
「ん〜〜ごめん、アーリアが何言ってるのか分からないっす!あーでも何言いたいかは分かるっすよ?つまり、アイツを怒らせても大丈夫かってコトっすよね?大丈夫大丈夫!俺はアーリアとは違うんで、無策で突っ込んで行くなんてコトしないっすよー!」
兄弟子はアーリアの額を小突いて笑顔で言い切った。アーリアは兄弟子の言葉に憤慨して喚いた。
『え!? ヒドイ!』
「アーリアとは一味も二味も違うっすよ?俺はスゴク出来る子なんで、準備もバッチリっすわ!」
『な!?』
案に『馬鹿』と言われたアーリアは言葉を詰まらせる。
「同じ遺伝情報の保持者なのに、こんなに見た目も性格もちがうってコトがどーゆーコトなのか、そろそろアイツにも気づいてほしいっすけどね〜〜」
兄弟子はバルドを小馬鹿にしたように更に挑発する。
「ーーどういう意味だ!?」
「いくら俺たちが揃ったからって、ステラは甦らないっすよ?」
兄弟子はバルドを無視してアーリアの掌に虹色に光る宝玉を手渡した。
「アーリア、これは一回こっきりの使い捨てっす。これを使うタイミングはアーリアが考えるんすよ?でも、それは今じゃないっす」
兄弟子が笑顔でウィンクした。兄弟子の意図を察したアーリアはそれを受け取って頷くと、掌の中に強く握りしめた。
「何をコソコソしている?お前たちをここから逃すつもりはない」
「……子どもは成人したら親の元を離れるもんでしょ?」
「お前たちはいつまで人間に固執するのか……!」
「アンタ自身がステラに固執しすぎているんす、よっ!」
兄弟子はアーリアの背を押した。
アーリアは兄弟子の意図を察して、研究室の扉に向かって走った。
「逃すものか!」
「いいや、このまま行かせてもらうよ」
バルドの術を兄弟子が防ぐ。
アーリアは振り返らずに一心不乱に走る。
机や台を飛び越え、水槽を避けて駆け抜ける。その走りは決して『鈍臭い』と呼べるモノではなかった。
それはこの二か月の旅でアーリア自身が培った力だったのだ。
※※※※※※※※※※
アーリアを扉の外へ見送った兄弟子は、バルドと距離を置くように跳んだ。着地したすぐ背後には赤い髪の娘ーーステラの眠る水槽がある。その水槽の中をチラリと覗くと、兄弟子は短く嘆息した。
「そろそろ理解しないっすか?アンタも本当は解ってるんすよね?」
「……何をだ?」
兄弟子はバルドに現実を突きつける。
「ステラは既に死んでいる。この世に彼女の魂はない」
バルドは兄弟子の言葉を受けて、身体を硬直させた。饒舌だったその口をきつく閉ざす。
バルドはこれまで何度も『甦る』という単語を口にしてきていた。そもそも生きている人間には『甦る』と言う言葉は当てはまらない。その言葉が当てはまるのは『死人』しかいないのだ。その言葉をバルドが無意識下でも使っている段階で、バルド自身も理性の奥底ではステラの状態を正確に理解できているのだ。
「それに、アンタも気づいていただろう?アーリアの持つ『祝福の鍵』に」
兄弟子はアーリアが首から下げていた『祝福の鍵』に直ぐに気がついた。そして思わず微笑んだ。
「あれはステラがーー私が欲しかった『祝福の鍵』。家の鍵だったのよ?」
ステラは18の成人の儀式直前にその命を落とした。彼女は成人して『祝福の鍵』を受け取ることを目標に生きていた。それなのに、その夢は叶う事はなかった。
それをアーリアが受け取っていた。
ステラが欲しかった『祝福の鍵』を。
「嬉しかったーーーー」
ステラを育んでくれた両親。彼らからあの鍵を受け取れなかった事を、ステラは本当に後悔していた。彼らから愛情を受け取れなかった事を。
ステラは家族を、あの街を本当に愛していたのだ。だから、彼らから愛情を注ぐ存在を取り上げる事が何より悲しかった。
親より先に死ぬ事がこんなに辛いとは思わなかった。
その愛の結晶とも呼べる鍵をーー彼らからの愛情をステラの分身とも呼べるアーリアが受け取ってくれていたのだ。これがどれほどの喜びか分かるだろうか。
記憶のカケラを持つ兄弟子から、ステラの意識が浮かび上がる。
「私は本当に嬉しかったの。彼らからの愛情を、欲しかった『祝福の鍵』を貰えたのだもの……」
バルドは兄弟子の雰囲気と言動の変化に驚愕し、手を伸ばした。
しかしその手を兄弟子は容赦なく払いのけた。
「ーーマジで気持ち悪りぃな!触らないで欲しいっすわ〜〜!」
「ス、ステラ?」
「一回きりっすよ!もう出さねーっ!マジで気持ち悪りぃ!」
兄弟子は元の態度で、いやそれ以上の悪態をついてバルドを倦厭する。
「だーかーらーもう解ってるっしょ?いーかげん、現実受け止めろよ?ステラは死んだ。それ以上でも以下でもない!」
兄弟子は水槽の中で眠ってーーいや死んでいる娘を指差した。
水槽の中の娘の肉体は、17歳で時を止めている。そして彼女が時を止めてからどれほどの年月が経つのか……
「五月蝿い!俺に造られた存在で、俺に指図するな!ステラは生きてる!現にこうして胸の鼓動は確かにあるのだ!」
バルドの心はなかなか揺らがない。
理性が真実に追いつかない。もう何年もこうして現実から目を逸らし続けているのだ。一朝一夕で受け入れられるなら、ステラを忘れられるなら、ここまで固執していない。
「心臓を無理矢理動かしているだけっしょ?あーー苦節17年の男はキツイっすねーー!?シツコイわ!姉貴が言った通りっすっ」
兄弟子は蔑む目をバルドに向けた。その表情は姉弟子そっくりであろう。つまりステラとそっくりだということ。
「女の嫉妬は醜い。けど男の執念はもっとしつこくてねちっこい……」
「……」
流石のバルドもその言葉には自覚があるのか、黙って兄弟子とステラとを見比べた。
あれ?ひょっとしてステラ本人に言われたことがあるのか?と、兄弟子は首を捻った。
兄弟子には断片的にしかステラの記憶はない。覚えていない事も多いのだ。むしろ姉弟子の方がキチンと覚えている事の方が多い。これは二人の中の秘密事項だが。
「あれから何年経ったと思ってるっすか?俺たちを造ってからも……。アーリアを造って以降、なぜ一体も成功体がないのか。……作れなくなったんじゃないっすか?」
「な、何故それを……」
「それは秘密。……だからアーリアに固執して執念深く追いかけた」
「……自分の物を拾いに行くの事の何が悪いのだ?」
「アンタはアーリアを一度捨てた!その時点でアーリアはもうアンタのモノじゃねーよ!そして、俺たちはアンタを捨てた。だから、俺たちもアンタのモノじゃないっ!」
兄弟子は徐に水槽に腕を突っ込んで、ステラの身体を持ち上げた。
「な、何をするんだーー!?やめろ!」
「いっそ、この本体を壊せば、アンタの狂気が止まるのかと」
兄弟子はステラに繋がれている無数のチューブにナイフを引っ掛けた。それを一本ずつ切り落としていく。
「やめろ!!やめるんだ!!!!」
バルドは縋るような目つきで兄弟子に近寄ろうとする。攻撃しようにもステラも巻き込まれてしまう為、魔術を撃てないのだ。
兄弟子はステラの胸にナイフを突き立てようとした時、バルド自身が飛びかかってきた。
兄弟子はステラを下ろしてパッと避けると、バルドはステラを庇い兄弟子に対し無防備にも背を向けたのだ。
バルドはステラに抱きついたまま動こうとしない。
「ステラ……」
兄弟子はバルドの哀れな背中に溜息を落として呟いた。
「アンタは可哀想なヤツだな……。そんな女に固執して。過去ばかり見て。俺たちはもう現実を受け止めているのに……」
兄弟子はバルドとステラを置いたまま、その場からーー過去から後にした。
お読みいただきありがとうございます!
ブクマ登録等、ありがとうございます!
これからも皆様を励みに頑張ります!
お気に入り兄弟子=弟子その1を登場させると、主人公が霞んでしまうのは仕方ないよね?
そのうち兄弟三人のお話も書いてみたいです。




