最後の人形
※急展開含む。
アーリアは何処とも分からぬ目を覚ました。
そこは寝台とも呼べぬ冷たい石の台の上だった。
アーリアは半身を上げて重い頭を振る。頭の奥から鐘がガンガン鳴って脳内に響き渡っている。顳顬を指でぐっと押さえていても音と痛みは一向に引いて行かない。暫く頭の痛みに瞑目しながら記憶を辿った。
『リュゼ……?』
リュゼに身体を拘束されたままバルドに《転移》させられ、跳ばされた先でリュゼに眠らされた記憶が一番真新しいもの。伏し目がちに呟く「ごめんね」という言葉と共に《睡眠》の呪文一発。その後、眠りから目が覚めたらこの場所だった。
『っ……』
目を閉じてじっとしていると痛みが少しずつ収まりを見せ始める。アーリアは目をゆっくりと開いて周囲を見回した。
師匠の工房の三倍はあるその広い部屋には人影はない。バルドも獣人たちも、そしてリュゼもジークフリードも、誰もいない。
『ジーク!』
ジークフリードはどうなったのだろうか。アーリアはこの場にいないジークフリードの事を思うと、胸がギュッと締め付けられた。
バルドは彼を『殺しはしない』と言っていたが、ならば本当に殺さないかといえば、確信が持てなかったのだ。なんなら、殺しはしなくともそれに順ずる程の非道な事を仕出かしそうだ。現に、《隷属》による命令でバルドに逆らわないように命令されていたではないか。
そして、禁呪を受けたのは者なら身近にもう一人いる。
リュゼだ。
あの漂白男は何処にいるのだろうか。彼は普段の様子からは考えられない程、アーリアに何度も頭を下げてう。「ごめんね」と謝っていた。
『謝る必要なんて、ないのに……』
アーリアは手を胸の前で握った。
ージ、ジジ、ジジジ……ー
漂う空気には薬草や薬物の匂いが混じりツンと鼻をつく。部屋の四隅には魔宝具の灯が置かれているが、昼の室内のような明るさはない。四方の壁のどこにも窓一つなく、室内にはどこか陰鬱な雰囲気がこもっている。
空気をクンクン嗅いでいたアーリアは薬物の匂いに顔を顰めた。何処かで嗅いだ覚えのある匂いだったのだ。しかも、この匂いを嗅ぐ毎に治り始めた頭痛が痛みを訴えて強まっていくように思えた。
たくさんのガラス瓶。フラスコ各種。よく分からないが何かの実験器具や装置。大きな水槽が部屋の中央に幾つも立ち並ぶ。おおよそ『研究室』と呼んで差し支えない部屋に見える。
ーぺたりー
アーリアは台から足を床へ下ろして立ち上がった。途端、冷たい床の感触が足の裏に伝わってくる。足元を見ると、何故か裸足で驚いた。靴を探すも近くには見当たらない。
諦めてそのまま歩き出そうとした時、何処か引っ掛かりを感じた。小さな痛みに腕を見る。と、そこには細く長いチューブの先が自身と繋がっていた。
『なに……これ?』
チューブの先は研究室の中央に配置された大きな水槽に繋がっている。血が出るのも構わずチューブを無理矢理腕から外すと、チューブの先へとヒタヒタと歩み近づいた。
大きな長方形の水槽には何かの溶液が並々と浸されている。溶液の中を覗き込めば、そこには美しい赤髪の娘が横たわっていた。
ーどくん!ー
アーリアの心臓が早鐘のように音を叩き始める。どくどくと全身へ血が高速で巡り、手が、脚が震えだした。悪寒が背を疾り、口内が乾き、喉奥がヒリヒリと痛んだ。
『これ、は……姉さま……?』
水槽の中で眠る美しい娘は、姉弟子の容姿そっくりだが、一つだけ違う点があった。それはその髪色だ。姉弟子の髪色はアーリアと同じく雪のような白。しかし、この娘の髪は薔薇のような赤だ。年齢も姉弟子より年下に思える。姉弟子をそのまま幼くした印象がある。およそ自身と同じ年頃だろうとアーリアは憶測した。
『生き、て、るの……?』
水槽の中の娘の肌は生白く、呼吸をしているようには到底見えない。
「ーー彼女はお前の姉ではない。彼女はステラ。お前たち人形、そのオリジナルだ……」
耳元で響く低音。突如聞こえた背後から声に振り返ると、いつの間に現れたのか、そこには魔導士バルドの姿があった。
『バルド……!』
バルドの姿を認識しただけで、アーリアの身体は急に凍ったように硬直し、全ての動作を停止させた。ザァァと全身の血の気が引いていく気さえした。
そんなアーリアを無視してバルドは水槽へと近づくと、水底で眠る赤い髪の娘を愛しそうに眺めた。
見れば、その表情には薄っすら微笑みさえ浮かんでいる。そこには無関心さや無感情さなどはなく、寧ろ、慈悲や慈愛の表情にも似た感情を見せている。
「彼女は目覚めを今か今かと待っているのだ……!嗚呼ステラ!早くその瞳を開いて俺を見てくれ。その唇を開いて俺の名を呼んでくれ。愛しいステラ。俺は君を力一杯抱きしめよう。君はその手で俺を抱きしめてくれ……!」
狂気的な愛。執着心。執愛。
アーリアはバルドから水槽の中の娘ーーステラに対する異常なまでの愛情を感じて、ヒュッと喉を鳴らした。恐怖からジリジリと後退ろうとするが、意志に反して身体が上手く動かない。少し下がった先で台にぶつかり、台の上に力なく腕を置く。そうして崩れ落ちそうな身体を腕で支えるのが精一杯だった。
その間バルドはうっとりと水槽の中の娘を見つめていたが、数拍後、クルリとアーリアに向き直った。その瞳には先ほどまでの愛を語る甘い光はなく、代わりに宿るは怪しく揺蕩う闇であった。
「魔宝石を奪いに行った先で思わぬ拾い物をするとはな。きっと、ステラが導いてくれたに違いない」
バルドは一歩、また一歩とアーリアへと近づいていく。アーリアは差し迫る恐怖にカチカチと歯を鳴らして後退る。
「『東の塔の魔女』の噂は聞いてはいたが、まさかその魔女が13年も前に捨てた最後の人形だったとは夢にも思うまい。しかも、俺が捨てた物を彼奴が拾い育てていたとはな……!」
『最後の人形……捨てたって……?まさか……』
「こう言えば分かるか?『ラスト』とーー……」
『ーーーー!!!!』
アーリアの驚愕の事実に全身を震わせ、膝から力が抜けて床に身体を落とした。
『ま、さか……バルド……あ、アナタは……』
「『おかえり』とでも言おうか?私の人形……最後の実験体、ラストよ」
『っーーーー』
アーリアの瞳から意思とは関係なく、ボロボロと涙が落ちていく。
恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖ーー!!
アーリアは小さい子どもが癇癪を起こしたように、首を振り涙を流して取り乱した。
バルドはイヤイヤと首を振るアーリアへ近寄ると、その長い髪を掴み引っ張り上げ、仰向かせた。
「ステラは未だ目覚めないというのに、何故、お前は未だ生きている?……いや、思わぬ拾い物のお前を責めてはいけないな……」
バルドはアーリアが痛がろうが、苦しもうが、泣こうが、髪を引っ張る力を弱める事はない。
慈悲の心を持たぬ魔導士に懇願など無意味。しかもそれが自身のモノならば、気遣いなど無用。
「お前は今まで何食わぬ顔をして人間に混じり、人間と暮らし、人間を騙して生きてきたのだろう?お前は人間ではないだろうに……」
『ぃ、イヤ……ゆ、るして……』
「可哀想に。ステラは未だに動く事も話すこともできずにいるのだよ?その身体は時を刻む事のも忘れ、17年間もの間眠り続けている。なのに、造られたお前ごときが人間ごっことは……」
『ごめ、ごめんな、さい……』
「忘れたのか?お前は造られた。ここで!この俺に!ステラの遺伝情報を元に!ステラの為に!!そのお前が人間に混じり暮らす権利など初めからない!!お前はステラの為だけに生まれた存在なのだから!!!ーーさぁ、もう一度ここでステラの糧となれ、ラスト!!!!」
造られた人間。人造人間。ステラの遺伝情報ーー因子を持つ複製人間。13体造られた内の最後の一体。ラスト。
それこそがアーリアの隠しておきたい過去だった。
ジークフリードに知られたくない過去だった。
出自も出生もない下賤の身。いや、それどころか人間ですらない我が身を、どうして好いて欲しいと言えるのか。普通の女子のように扱って欲しいと言えるのか。守って欲しいと言えるのか。心から相手の愛情を望むことなど、出来るはずもない。
アーリアがジークフリードとの距離を詰められない理由。いくら足掻こうが変えられぬ事実。アーリアの抱える闇、根本はここに帰依する。
バルドはステラの為に13体の複製人間を生み出した。その人形には0から12の番号が付けられた。
しかし、0から12の人形は所詮は造られた身体だった。元にした遺伝情報の影響なのか、無事に育った個体は少ない。生命が宿り上手く育ったとしても、その身体のどこかに『欠陥』が生じる個体もあった。そして、そのような個体は処分されるのが当然の末路。バルドからすれば、己が製造物は『人間』ではない。ステラを再び甦らす為の『部品』に過ぎなかったのだ。
アーリアはこの場で生まれ、必要とされず捨てられた人形。13番目。最後に造られた。故にラスト。
アーリアは生まれながらに障害を持っていた。瞳に欠陥があったのだ。ステラの持つ強大な魔力を再現したが為の欠陥だった。
だから、あっさり捨てられた。
なのに、これまでアーリアが生き長らえて来られたのは、彼女の師匠が拾い育ててくれたからだ。
「私はお前を捨てた後も研究に明け暮れた。ステラを再びこの手にする為に……」
バルドはアーリアを掴んだまま立ち上がり、アーリアをステラの眠る水槽まで強引に引きずっていく。アーリアが悲鳴を上げようが痛みに喘ごうがその全てが無視して……。
バルドは鷹揚と声を張り上げた。研究の過程と実験の成果を発表するかのようにアーリアたち造られた人形の過去を講じた。
全ての個体にステラの遺伝子情報のみ組み込んだ。
0は身体の負担となる魔力を軽減して生み出した。その容姿はステラそのものだった。
1から6は欠陥品だった。肝機能の低下。身体の壊死が原因で上手く育つことはなく敢なく破棄した。
7は同じ遺伝子情報を基にしたにも関わらず、何故か男児として生まれた。本来なら廃棄物だが、その頭にはステラの記憶の断片が見られ為保存を決定した。
8から11には身体の強化の為にステラとは別の因子をも組み込んでみたが、どれも肉体が耐えられず、終には崩れ果てた。
最後にはステラと同じ魔力を宿す為に身体を強化する必要があり、8から11と同じように人間以外の因子を組み込んでみた。その結果、ステラの膨大な魔力はうまく身体に宿ったが、身体に欠陥ーー瞳が全く機能しないとは誤算だった。
バルドの声は朗々と部屋に響き渡る。
アーリアは生まれた時から視力はなかった。 瞳は物を映すことはなく、光を反射するだけのガラスの玉が嵌め込まれているのみだった。
だからこそ、アーリアはバルドの顔を今の今まで知らなかったのだ。もし知っていたならば、師匠の元で出会った時にその存在に気づいた筈だ。そして、その後の行動も異なっていたに違いない。間違ってもこの場所には帰ってこなかった。
ここはアーリアの消したい過去が詰まった場所。闇に葬りたい場所なのだ。
「研究の末、俺はステラに必要な三つの要素を発見した。それは『健康な身体』、『健康な精神』、そして『記憶』だ!」
バルドが無意識にアーリアの髪を掴む力を更に込めた。アーリアは無理矢理引っ張られる髪と頭皮の痛みに聞こえぬ悲鳴を上げた。
「誤算だったのはお前を捨てた後、0も7もこの研究所から失踪してしまったことだ。だが元々お前たちは皆欠陥品。元から捨てたモノと思い、私は新たな人形を造る事にした。なのに、研究は上手くいかなくてな……。そんな時、お前を見つけたのだ!」
バルドがアーリアの頬に己の頬がつくほど近くに寄ると、アーリアの耳に小さく囁いた。
「お前が生きているということは、0も7も生きているな?」
ギラリとバルドの狂気に満ちた瞳が間近でアーリアを射抜く。アーリアの表情から答えを読み取ると、パッとアーリアを床に落とした。そして、奇声とも思える大声で高笑いを挙げた。不気味なその笑い声は研究室に響き渡った。
「0からは健康な身体を、7からは記憶を、そしてラスト、お前からは健康な精神、その身に纏う魔力を!ーーお前たちを使って今度こそステラを蘇らせる!手始めにお前のその魔力を頂こうか。勿論、その瞳の宝石も……」
『!?』
「それを何処で手に入れた?あぁ、あの男か?お前に光を取り戻させる程の力を持つ魔宝石だ。それも彼女の復活には必要な部品となるだろう……」
バルドはアーリアの顔を左右から挟んで、その瞳をじっくり覗きこんだ。そのまま力任せに抉り取られるのではないかという恐怖が、アーリアの全身を突き抜けた。恐怖から瞳からは涙が絶えず流れ出て、その涙で視界を曇らせた。
このままでは己が生命はない。バルドは自身をステラの身体の一部として使うだろう。そこに人形の意思など関係がない。彼が罪悪感など抱く筈もなく、慈悲など期待できない。
バルドににとってアーリアは只の道具であり、部品なのだ。人間ではない。生物でもないのだ。
普通に産まれた人間ですら、使えるか使えないかの二択で分類するのだ。人間を獣人と変え、逆らえぬ術で従わせているのだ。そんな魔導士に善意を期待するだけ無駄だと、アーリアには理解できていた。だが、理解はできてはいても、それでも叫ばずにはおれなかった。
『たすけて……お師様……!』
胸を弄り魔宝具を探す。だが、そこにある筈な魔宝具はない。出てきたのは首に下げていた『幸福の鍵』のみ。
「ムダだ。お前を助けになど誰も来ない。あぁ……あの魔宝具なら外させてもらった。獣人を使ってな」
『っ……リュゼ?』
「あの獣人もここには来れぬ。なんだ?期待していたのか?奴は俺の道具だと知っているだろうに。奴には《隷属》を強めにかけたのでな。今頃どうなっているか……」
『なん、て、ことを……!?』
「おおっと……今度は他人の心配か?お前はつくづく甘い考えをしているな?そんなに人間の真似がしたいのか?」
アーリアはバルドの言葉に顔をしかめた。
師匠に拾われ、育ててもらい、人間として人間の中で暮らしてきた。しかし胸の奥底にあるどうしようもない気持ちを拭い去る事を、これまでどうしてもできなかったのだ。
どんなに師匠から、そして兄弟子や姉弟子から愛されていると知っていても。
テルシアとダンに家族だと言ってもらっても。
ジークフリードに「お前を何者からも護ろう」と誓ってもらっても。
その傷が癒える事は決してなかったのだ。
それでも、アーリアは人間として人間の中で生きていたかった。
幸せになれなくてもいい。
どれだけ貶されてもいい。
一人の人間と見てもらえるなら。
バルドはそのささやかな『願い』すら、アーリアから取り上げようとしている。一度は要らないと捨てたくせに、必要になったからと、また闇の中に連れ戻そうとするのだ。
アーリアは恐怖よりも悔しさで頭がーー目がクラクラと眩んでいくようだった。
ーチャリンー
その時、首から掛けられていた『幸福の鍵』が胸元で音を立てた。すると、何故かバルドがアーリアの頭を掴む力が緩み、やがてゆっくりとその手を下ろしたのだ。
「それは……」
バルドはアーリアの胸元のそれを、目を見開いて凝視している。その表情には驚きや困惑などが入り混じり、先ほどまでのものとは全く違っていた。
「その辺でヤメテくれる?」
ーヒュッー
ートットトトトトッー
バルドに向かって投げナイフが飛来する。それはバルドとアーリアとを隔てるように床に軽い音を立てて突き刺さった。
アーリアは背後から腰を攫われてバルドから距離を取らされた。
「よっ!アーリア!」
『兄さま!?』
アーリアが見上げるとそこには懐かしく頼もしい存在があった。アーリアの兄弟子でもある師匠の弟子その1は雰囲気に合わないチャラそうな調子で、妹に向けて軽く手を上げた。
お読みくださりありがとうございます!
ブクマ登録等、ありがとうございます。
励みになります!
お兄ちゃん登場です!
シスコン度が高めなので、ちゃんとアーリアを守ってくれるハズ。




