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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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逃げるが勝ち

 弾む息を整えて、アーリアは足元を見下ろした。靴は泥が塗れている。服の裾にはどこかに引っ掛けて破れた痕があった。


能力スキル《擬装》』


 アーリアの身体が当たりの風景に溶け込みはじめる。そこで初めて息を吐いて少しだけ気を抜くと、フード越しに空を見上げた。

 木々の葉や枝の隙間から青い空が見える。空には薄い雲が風に流されていた。


(ジーク……!)


 アーリアはジークフリードの無事を祈りながら、右腕に嵌る対の腕輪の片割れを強く握った。


 ※※※※※※※※※※


 リュゼと会った海辺の街で、アーリアとジークフリードはリュゼから能力スキルを教わった。

 ジークフリードは持ち前の器用さで能力スキル《偽装》《擬装》《擬態》の三つともモノにすることができた。アーリアは元々《探査》の機能で《偽装》を使っていた事もあり、《偽装》と《擬装》はマスターすることができたが、どうしても《擬態》は身につかなかった。

 能力スキル自体、教わったからといって、必ず身につくものではないのだ。こればかりは個人の性格やセンスなど様々な要因が関係してくるので仕方がなかった。

 それなのにジークフリードは三つともあっさり身につけた事の方が驚異的だった。

 リュゼも実に面白くなさそうな顔をしていた。

 だが能力スキルの発動にも使用する魔力量や発動時間などの様々な制限がつく。能力スキルを掛けたら継続して掛けっぱなしという事はできない。能力スキルの使い方も本人次第なのだ。

 ジークフリードは内包する魔力の量が少ない。だからこの能力スキルの使い方や使うタイミングなど、自分で試行錯誤しながら発動させる必要があった。

 能力スキルをどのような形であれ、自分なりのスタイルで使用するかが重要なのだ。


 アーリアは能力スキルで身につかないのなら魔術で創ればいいのでは、という考えに至った。今は無理でも声が戻ったら試してみたかった。

 アーリアは声を封じられて以降、魔法や魔術についての『欲』が益々出てきたことを自覚していた。

 そもそも普段使えた物が使えなくなるなど不便でしかないのだ。アーリアは声を封じられた直後、術が使えないことを忘れて使おうとした事が何度もあったくらいだ。だが、最近はそのような事もなく、不便と感じるより先に『こんな事ができるのでは?』『こんな術があれば便利では?』『魔宝具にこんな術を仕込む事はできないか?』など、アイデアが沢山浮かぶのだ。

 今は思いついたことをノートに書き溜めているだけだが、それを元に創造したいと思うのは魔導士としてのサガとしか言えない。


『はぁ……』


 アーリアは目に入る汗を拭って、乱れた髪を耳に掛けた。

 シャラン……と耳につけたイヤリングが軽い音を立てて揺れた。

 リュゼに貰った血赤珊瑚のイヤリングだ。紅い涙型の珊瑚が揺れてとても可愛らしい。最初は魔宝具の素材にしようと考えていたのだが、リュゼがアーリアたちに能力スキルを教え終え、宿屋の一階で食事を取っていたとき、リュゼがアーリアにコレを付けるように言ってきた。


「ねぇ子猫ちゃん?あのイヤリング、つけて欲しーな?」

『え?これですか?』


 アーリアが鞄から血赤珊瑚のイヤリングを出すと、リュゼはそれをヒョイっと取り上げた。


「そーそーコレ!珊瑚って、女の子の御守りなんでしょ?それにコレ、子猫ちゃんの髪の色とよく合うと思うんだよね〜?」


 リュゼはアーリアの耳にイヤリングを当てて、顔と髪とイヤリングとを見比べると、許可も取らずにアーリアの耳にイヤリングをつけだした。


『リュ、リュゼ……!?』

「いーから、いーから!僕が両耳ともつけてあげるね〜!」


 アーリアは辺りを見渡しながら焦った。

 宿屋には大勢の客が殆どの席を埋め、賑やかや喧騒に満ちていた。それそれの席で談笑する客たちの中にアーリアたちを気にする人はいない。ジークフリードもたまたま席から離れて二人の近くにはいなかった。


 アーリアは結局、強引なリュゼのされるがままになってしまった。

 アーリアはリュゼに弱い。リュゼの行動に何故なのか何となく断れないのだ。

 リュゼは鼻歌を歌いながら、アーリアの柔らかな耳に触れ、そこにイヤリングをつけていった。リュゼの顔のあまりの近さと耳に触れている指に恥ずかしくなり、アーリアは思わず目をぎゅっと閉じた。


「ほらっ、やっぱりよく似合うよ?」

『ーー!』


 アーリアの耳元でリュゼが囁いた。耳にリュゼの吐息がかかる。

 びくっと肩が跳ねる。そのまま体を仰け反らせたその時、アーリアの背中に何か硬いものが当たった。それが背後に立っていた人の身体だと分かったアーリアは、その人物へ謝罪しようと振り向こうとしたその時、その人物がアーリアの肩に手を置いて身体を支えてくれた。


「……何をしている?」


 アーリアの頭の上から恐ろしく冷たい声が落ちてきた。いつも爽やかな美声を誇るその人物ーージークフリードは、アーリアの両肩に手を掛けるとリュゼを威嚇した。

 アーリアには背後のジークフリードの顔は見えないが、その冷え冷えした声音から恐ろしい表情をしているのでは、と無意識に感じ取り首をすくめた。恐る恐るジークフリードの顔をチラッと見上げ、そして即座に目を逸らした。


(……見なきゃよかった……!)


「やーだなー!獅子くんこわーい!何って、子猫ちゃんにイヤリングをつけてたんだよ?ほらどう?似合ってるでしょ?」

「……イヤリング?」

「そ!さっき喋ってたでしょ?昼間、珊瑚を売ってた露店前で子猫ちゃんと会ったって。そこで買ったの!どう?獅子くんも見てみなよ〜」


 ジークフリードは息を一つ吐いて、アーリアの背後から左の頬と耳にかかる髪をサラリと指で避けて、そこを覗き込んだ。

 アーリアの小さな耳には紅い涙型の珊瑚の宝石が、ゆらゆらと揺れていた。その珊瑚は朱に近い色をしていて、アーリアの白い髪ととても合っていた。アーリアの柔らかそうな耳朶には珊瑚の宝石を支える金細工の金具。

 ジークフリードはその耳朶にそっと触れた。


『ひゃっ!』

「……すまない。つい」

「やっらしー!獅子くんの方が僕よりよっぽど……」

「ーーそれ以上言うと叩っ斬るぞ?」


 ジークフリードが一瞬でリュゼに詰め寄った。アーリアは自分の左耳を左手で庇った。

「つい」ってなんだ!?「つい」で触らないで欲しい、とアーリアは涙目になってジークフリードを見た。

 耳朶まで真っ赤になってしまったアーリアに、ジークフリードはバツの悪いという顔になって謝った。そして苦笑してアーリアの真っ赤な顔を見た。


「……とても似合ってる」


 ジークフリードとしては、こういう宝石は自分が贈りたい、自分が贈ったものを身につけてもらいたい、むしろ他の男から貰った物をつけないでほしい、などと思った事などアーリアに言える筈もない。結局、リュゼに奴当たるしかないのだった。


 ※※※※※※※※※※


 アーリアは自分の耳で揺れるその宝石に手を触れた。珊瑚の宝石はよく磨かれていて、表面がツルリと滑る。その感触を何度か指で確かめると気持ちと呼吸がだんだんと落ち着いてきた。

 アーリアは「よし!」と息を吸って、唱えた。


能力スキル《探査》』


 アーリアの眼前に地図マップが現れた。

 アーリアを中心として周りに敵の姿は今のところない。

 ジークフリードを地図マップ上で探すと、アーリアから随分離れた位置にいる事が分かった。しかもかなりのスピードでアーリアから離れて行っている。そのジークフリードを表す桃色の点印を追うように赤い点印が二つ。

 アーリアとジークフリードを追って来た獣人たちだった。


(やっぱり、リュゼと出会っちゃったからかな?)


 リュゼと会った日から数日経った今日、森の中で追手と遭遇した。前回、東の街の外で襲ってきた狼と鳥の獣人だった。

 疑いたくはないが、リュゼと会うと何故か追手が来る。リュゼがアーリアたちの “目” となると言っていたが、その成果がどうなのかはこちらから判らない。これでも追手が少なくなっているのか、それとも増えているのかが判断つかないからだ。それをリュゼに問うのもどうかと思い、結局聞いていなかった。

 リュゼにはリュゼの思惑がある。当然だ。彼の命は彼のモノなのだから。

 アーリアを裏切っているからと言って、アーリアに彼を責める権利などない。アーリアはリュゼに自分の善意や気持ちを押し付ける為に彼を助けた訳ではなかったからだ。

 アーリアがリュゼを助けたのはアーリアの勝手。リュゼがアーリアの “目” となることを決めたのもリュゼの勝手なのだ。


 だが、東の街アルカードから、アーリアたちのいた南西の湖岸の街まではあまりに距離が離れ過ぎていることもあり、どのように来たのかという事だけ聞いて見たが、リュゼは笑っただけで答えてはくれなかった。

 だがアーリアはリュゼが答えない事が答えだと思った。


(魔術《転移》。あの魔導士も高位の術者)


 信じたくはないが、バルドはアーリアの師匠と同等程度の力があるのだろう。

 その術者が《禁呪》にまで手を出しているのだ。彼は一体何をしようとしているのか。きっと碌でもない事なのだろう。

 その術者が獣人たちを国の各地へ跳ばして、アーリアを見つけようとしている。


 ジークフリードはアーリアの為に囮をかって出た。アーリアとジークフリードは獣人たちの攻撃をかわし、アーリアは能力スキル《偽装》を使って逃亡途中でジークフリードと別れたのだ。

 ジークフリード一人であれば、獣人たちに遅れをとる事などないだろう。

 ジークフリード自身もあの東の街から今日まで何もせず暮らして来た訳ではない。あの経験を踏まえ、頭の中で敵に対するシミュレーションを繰り返してきた。また、剣の鍛錬にも益々の力を入れて行っていた。アーリアとも魔道具の効果的な使い方や能力スキルを使うタイミングなどを話し合ってきた。


 《探査》の地図マップ上にはアーリアを示す黄の点印の周りに緑の点印が数個。動物だろう。魔物を示す印は今のところない。敵を示す赤の点印もないが、アーリアには気になることがあった。


(虎の獣人がいなかったよね……?)


 これまで遭遇した獣人の中でも、虎と狼、鳥の獣人は三人一組で行動している事が多いように思えた。それが今回、アーリアとジークフリードを追って来たのは狼と鳥の二人だけだった。

 たまたま今回が二人だけだったのか、それとも三人一組と思い込んでいるのが私たちだけなのか。敵のグループ構成や追跡体制など知らないし判りようがないが、アーリアには虎の獣人がいないことがどうも気になっていた。また、どこかに罠が張られている可能性も考えられた。

 今はまだ地図マップ上にはアーリアを追ってくる印はない。だが、用心することに越したことはない。


能力スキル《偽装》』


 アーリアは本来の姿を別のものに見違えるような色や形にして見つけにくくさせる能力スキルを発動した。

 これを発動させている間は、他人からの目を誤魔化す事ができる。精霊には効き目がないが、人や動物、魔物には有効だろう。

 精霊に能力スキルや魔術が効かないのは、精霊が人と同じ次元セカイにいないからなのだろうと推測された。


 アーリアは《探査》を一旦閉じてから、ジークフリードの行き先とは反対の方角を目指して走り始めた。先ほど地図マップで確認したが、この山を越えた所に小さな集落があった。アーリアはとりあえずここを目指す事にしたのだ。二人は別れた時に落ち合う場所を決めなかった。悠長に決めていられなかったのだ。

 二人の最低目標は『生き残る』こと。『生きて』いればいいのだ。生きていればどうにかしてまた合流できる。事前にお互いが逸れた場合の対策も考えていたので、アーリアに不安はなかった。今はただ自分自身の身を守ることを優先すれば良い。


 木々の間を草木をかき分けるように走る。獣道なので足元に不安になる。昨日の雨で地面がぬかるんでいるのも不安の一つだ。アーリアは自身が鈍臭いのを理解しているので、自然と足取りは慎重にもなった。下手に踏み込んで怪我でもしたら大変だ。落ち葉の上はよく滑るので、アーリアは一歩一歩足元を確かめながら斜面を下った。

 日中はまだまだ日の暑さも強い。山中は木々が陽射しを遮ってくれるのでまだマシだった。いくらマントの中は冷暖房完備だからと言っても、身に纏う空気の暑さは何ともならない。

 まだ冬でなかったのは幸いかもしれない。山中で凍死などシャレにならない。


『ここを下れば小さな湖があるはず』


 湖で一旦小休憩だ。水が汲めたら嬉しい。水筒の中身も先ほど飲み切ってしまっていた。水が汲めなかったら水の精霊に頼ろうとアーリアは考えた。

 地図マップ上のアーリアの向かう先には湖が表示されている。湖の周囲には動物を表す点印が数個。大きな動物でないことを祈る。熊や鹿、猪なら目を合わす前に退散だ。《偽装》で隠れて動物たちが立ち去るのを待ってもいいかもしれない、などとアーリアは考えた。

 印を見ただけではどのような動物かなど判断できないのだ。自分の《探査》における技術不足も否めない。

 だが、今のアーリアには奥の手があった。

 瞳に魔力を集中させてから、彼らに呼びかけた。


『風の精霊さん、いますかー?』


 ーは〜い!ー

 ーここにいるよ!ー


 緑の羽根の生えた掌サイズの精霊がアーリアの周りに飛来する。


『お願いがあるの!この先の湖に大きな動物がいるかいないかを見てきてくれる?』


 ーいいよー!ー


『お礼は私の魔力を一匙で』


 ーよろこんで〜ー

 ー任された〜!ー


 風の精霊たちはアーリアの取り引きに応じ、湖に向けて飛び立った。そしてほんの少しの間待つと、精霊たちはアーリアの下まで飛び帰ってきた。


 ー大きな動物はいないよー

 ーねー?いなかったよね?ー

 ーいないよ〜!ー


 アーリアはホッとしてから、風の精霊たちに魔力をほんの少し与えた。精霊たちは満足して帰っていく。

 アーリアは瞳に込めた魔力を解いた。常に精霊を見ているのは疲れるのだ。アーリアは精霊を見たい時だけ、瞳に魔力を集中させて見るようにコントロールしていた。精霊を見る事のできる者 ー魔法士ー は、自分に合った精霊との付き合い方を己自身で編み出している。精霊は気まぐれな存在なので、どのように付き合っていくかは、個人の裁量次第なのだ。


 アーリアは風の精霊の言葉を信じて、先を進む。草木にわけ入り半刻ほど歩くと、眼前に湖面が見えた。

 湖の水は青く透き通っている。見た目だけで清らかな水かどうかは分からないが、魔宝具でもあるアーリア特製水筒に水を一旦入れれば、水筒の側面と底に設置してある水晶で、浄水できるので問題なかった。


 アーリアが細い二本の木の間から身を乗り出した時、足元がズルリと滑った。靴の裏に粘りのある泥の感触が伝わってきたが、その時にはもう遅かった。


『〜〜〜〜〜〜っ!』


 滑った拍子に尻餅をつき、そのまま斜面を滑って落ちていく。


『ひぃやぁぁぁあ!』


 ドスンという音と共に尻の下の方と腰とに鈍い痛み。肘もしこたま打って擦り切れている。そこから血も滲み出す。


『……イタイ……』


 地味にあちこち痛い。

 アーリアは少し涙目になって身を起こそうとした。


「オイオイ。随分な客が飛び込んで来たな?」


 痛む尻と腰を摩りながら立ち上がろうとした時、アーリアの身体を覆うほどの暗く大きな影が射した。

 ずうん、と立ちはだかる巨体。

 それは……



お読みくださり、ありがとうございます!

ブクマ登録、ありがとうございます!

嬉しいです!

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