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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
29/497

東の塔の魔女1

 

 ー塔ー


 東にライザタニア、西に大海、南にドーア、北に大帝国と、四方から他国の威圧に晒されたシスティナには、独自の防衛施設が存在する。東西南北に聳える4つの塔がそれだ。その中でも東に位置するその塔は、軍事の要であった。


 システィナには東南北に国境を守る塔が存在する。塔は国境線ラインを守る砦の中心であり、塔には魔導士が在中している。魔導士は塔を中心として国境線に沿って《結界》を展開し、結界は侵攻する外敵から国土を護る役割を担っている。

 西に大海へと繋がる港を要し、南には豊かな牧草地帯が広がる。北は雪深い地だが、豊かな自然の中に田園や果樹園が点在する。東には大峡谷や大山脈があり、良質な鉱脈が存在する。この豊かな国システィナを発した他国より領土が狙われるのは、仕方のない事であろう。

 特に、2年前の東の軍事国家ライザタニアからの一方的な先制攻撃からの開戦宣言では、『東の塔』を守護する魔導士ーー『東の塔の魔女』が争いに巻き込まれて死亡している。

 魔女の死亡後どうにか戦線を維持し、膠着状態に持ち込んだが、『東の塔』の守護を担う魔導士を速やかに選定し、結界作成と維持の為に送り込む事が急務となり、急ピッチで国家に所属する魔導士の中から塔の魔導士の選定が行われた。


 塔の魔導士は基本的に女性から選ばれる。それはこの世に存在する魔術の特質が大いに関連していた。

 《結界》には『何かを護る』という特性があり、どういう訳か、男性の魔導士が術を行使するよりも女性の魔導士が術を行使する方が効果が高く、持続時間も長い特性があったのだ。その為、塔建設当初から女性魔導士が選ばれる事の方が多かった。また、塔の立ち位置上、他国との外交も担う事から、貴族子女から選ばれる事も多かった。


 しかし実際、重要度に比例して危険度も格段に高い任務に就きたがる魔導士などいない。加えて、貴族も娘可愛さから出したがらないもの。『塔の魔女』選定が揉めに揉めたのは考えずとも分かる事態であった。


 そこで目をつけられたのが現『東の塔の魔女』である少女。その正体は誰にも知られていないが、『白き髪の小柄な魔女』であると伝わっている。

 伝わっているとは、誰もその姿を見ていない為。

 白き髪の魔女は一夜にして東の塔に強固な《結界》を形成。《結界》は国に害なす悪しき者たちの尽くを退かるに至る。その後も《結界》は継続して発動し続けているが、魔女は塔に常駐している訳ではない。それがどれだけ異常な事態か分かるだろうか。


 《結界》に必要な魔力の供給源はなにか。

 《結界》とはどの様な術構成となっているのか。

 ……など、現在でも謎が尽きない。


 何故ならば、この2年もの間、誰一人として塔の内部に入る事が叶っていない

 《結界》が成されて以降『東の塔』へには固く封がされ、何人たりとも入る事は叶っていない。

 未だ、塔の内部に於いて《結界》がどのように形成されついるのか分からない事がばかりなのだが、ただ一つ分かる事は、白き髪の魔女が形成した《結界》のおかげで敵国ライザタニアからの侵攻は止み、結果、国民の安全が保たれているということ。

 東の国境線に程近い領土に住まう者たちは皆、安定した平和を齎らした《結界》に歓喜し、《結界》を施した魔女に感謝した。自分たちの生命を救ってくれた魔女に特別な感情を抱いたとしても、何ら不思議ではなかった。


『そうして名もなき魔女は民たちの救世主になった』


 このように締めくくられる魔女に纏わる英雄譚。

 英雄譚の存在に、アーリアは照れ臭さを感じつつも、初めは問題視する事はなかった。しかしこの事態を見ては、英雄譚も考えさせられるものでーー……



 ※※※



『えっと……なんでしょーね?これ』

「さあな。どーなってるいんだろうな……?」


 街道の真ん中で呆然と佇む男女の呟きが喧騒に紛れて消えた。


 そこは『東の塔』が建つ国境線ラインから内陸へ少し入った所にある軍事都市アルカード。推定3万人の領民が住まう街は東の要所であった。

 アルカードは軍事的にも重要な拠点であり、軍人や兵士、傭兵は勿論のこと自治領主まで常駐している。自治領主の代々が王の代行となる公爵家から選ばれて派遣されている。任期は四年周期。現在の領主は領主歴三年目、トアル公爵家の次男だという。


 佇む二人を素通りして行く人、ヒト、人。


 そこは街の中心にある公園。

 陽も沈み人々は家路につく……のではなく、公園には露店が立ち並び、香ばしい匂いを周囲に漂わせていた。街行く人々はにこやかな表情で夜の街を楽しんでいる。

 露店に並ぶのは食べ物だけではない。その地方ならではの民芸品、陶芸品、装飾品、魔宝具、日用雑貨など様々だ。だが、この露店はかなり他の街とは『変わっている』と云えるだろう。


「東の魔女特製焼き肉、東の魔女クッキー、東の魔女薬草ジュース……」

『東の魔女愛用羽ペン、東の魔女愛用カップ、東の魔女愛用ブレスレットって……?』


 やたらと東の魔女云々と名の付いた食べ物やグッズの数々は、黒いトンガリ帽子を被った白い髪の二頭身のおばあちゃん魔女がプリントされた品物だらけだ。


『【御利益!東の魔女アミュレット】だって。なんだかすごく胡散臭いですよね?』

「……。それ、自分で言っていて……いや、何でもない」


 アーリアがジークフリードのマントの裾を引っ張りながら、屋台を指差して笑っている。ジークフリードはそのアーリアに同意しかけて止めた。

 どう考えても『東の魔女』=アーリアをモデルにした町興しだ。ここまで露骨に商売していると、もう、何処から突っ込んで良いのかが分からないもので。


「でも、いいのか?元々アレはお前がモデルだろーーぃっ⁉︎」

『……ジークさん、それ国家機密ですよね?』


 ジークフリードを見上げたアーリアの顔が今まで見た事のない表情かおになっていた。背景には吹雪が乱れ飛ぶ。口元が笑っているのに、目元が全く笑っていない。


『そういえば前も言ってましたよね?なぜジークさんが 知っているんですか?』

「う…………」

『この街の人はーーそれこそ塔の関係者も、誰も魔女の存在を知らないんですよ。ならなぜ、誰も【知らない】存在を、ジークさんは【知って】いるんですか?』

「…………」

『それに、疑問はまだ他にもあるんですよねぇ。なぜ誰も知らない筈の魔女が【白い髪をしている】事だけが民に伝わっているのか……とか?』


 にっこり微笑みながら『誰かが意図的に情報を流したとしか考えられないですよね?』と問うアーリアの目は、全く笑っていなかった。


 ーダメだ、目を合わせたらダメだ!ー


 ジークフリードは本能から目線を逸らしたまま、静かに冷や汗を流した。かつてないほどの重圧。意識して視線に魔力を込めたアーリアに、ジークフリードは初めて恐れを抱いた。

 アーリアはジークフリードのマントの裾を更に強く引っ張りーーそして、直ぐにふっと力を抜いた。


『……いーですよ。ジークさん、教える気がないみたいですから。こちらで勝手に想像します』

「す、すまない……」

『でも、なんでこんなに露店が出てるんでしょうか?お祭りかな?でも、かえって良かったかも。白い髪のカツラを付けて魔女姿になってる人も沢山いるし、ココだと私もそう目立ちませんよね?』

「そ、それもそうだな。じゃあ、腹も空いてきたし、今日は露店で何か食べようか?」

『賛成です!』

「そうと決まれば、アーリアはあの噴水付近で待っていてくれ。俺が何か買ってくる」

『ありがとうございます』


 素直に頷くアーリアに安堵のジークフリードは、人の波を縫うように軽食の立ち並ぶ露店の方へ走って行った。暫くすると、人ごみに紛れてジークフリードの姿が見えなくなった。


『よっと……』


 アーリアは噴水まで行くと、その階段状になった段差に腰を下ろした。


 ーザァァァアアアア……ー


 アーリアとジークフリードは山あいの集落からガイヤ山脈を南下し、昨晩、『東の塔』を要する国境の壁付近に到着した。そして陽が昇ると山際の閉鎖された坑道の1つで身体を休め、陽が沈むのを待って、この街へやって来た。

 アーリア自身、実はこの街へ訪れた事はない。

 『東の塔』には師匠の《転移》の術で訪れ、仕事をパパッと片付けると、直ぐにトンズラしたのだ。だからアルカードがこのように『東の魔女』関連グッズで町興ししているとは夢にも思っていなかった。

 商魂逞しいとしか言いようがない。

 行き交う人々を眺めていると、どの人も和やかに過ごしているのが見て取れた。

 あの仕事は誰かに頼まれた訳ではなく、自分勝手に動いた『ただの自己満足』でしかなかったものだが、このようにアルカードに住まう人々の幸せな様子を知った今なら、もしかしてとても良い仕事をしたのではと、あの時を振り返って感慨を覚えた。


『あ、涼しい……』


 アーリアは久しぶりにマントのフードを外すと夜風を楽しんだ。夏の空気は乾いた草と土の香りを届けてくれる。


「ねえ、君も東の魔女のパレードに出るの?」


 顔に掛かる影にふと顔を上げると、そこには二人の年若い青年がアーリアを見下ろすように立っていた。青年たちはアーリアと同じくらいの年だろうか。まだ幼さの残る顔立ちをしている。

 アーリアは言われている意味が分からず、首を傾げた。


『えっと……?』

「今夜、真夜中に行われるパレードだよ。え、知らないの?もしかして君、旅人?」


 青年たちはご親切にもこの祭りの意図を説明してくれた。

 2年前のちょうどこの日、混戦を極めたアルカードに白き髪の魔女が現れ、何人も犯す事のできない《結界》を設置した。その魔女に感謝の意を表した街の住民たちが、あの日の出来事を忘れぬように、魔女を讃える祭りを行うようになったらしい。


「ーーで、今夜はパレードが行われるんだよ。白き髪の魔女の仮装をして、街とあの塔の間を往復すんの」

「そんな格好して、君も勿論参加するんでしょ?一人なら俺たちと一緒に参加しない?」


 答えはNO。迷わずアーリアは首を振った。

 そんなパレードに参加する気はない。

 できれば早めに宿屋へ行って、久しぶりに室内で身体を清めて、屋根の下でゆっくりと休みたい。逃亡旅の都合上野宿が多いので、たまに寄る街や村での宿泊が、アーリアにとって何よりのご褒美だった。

 だが、青年たちは自分たちの誘いを即座に断ったアーリアが気に食わなかったようだ。


「え〜、いーじゃん!俺たちと一緒に祭りを楽しもうぜ?」

「旅人なんだろ?こういう祭りへの参加も、旅の醍醐味なんじゃないの?」


 青年の1人がアーリアに手を伸ばしたその時、青年たちの頭の上から多量の水が降り注いだ。


「冷たッ!何すんだ⁉︎」

「それは俺のセリフ。お前たちこそ何をしている?」


 年若い青年が怒りを露わに振り向く。そこには青年たちの頭上から鋭い眼つきで見下ろすジークフリードの姿が。ジークフリードは空のコップを握り潰しながら仁王立ちしている。


「お、俺たちはこの子をパレードに誘ってただけだ」

「そ、そうだ!一人でいたから誘ってやってたんだよ」


 何もやましい事はないと声を挙げる青年に、ジークフリードの視線は益々、厳しいものになる。


「彼女はパレードには参加しない」

「なんでお前が決めるんだよ?」

「何か文句があるのか?」


 ジークフリードは青年たちを無視してアーリアと青年との間に身体を捻じ込んだ。

 アーリアはマントのフードを外していて、その美しい白髪が夜風に流れて揺れていた。アーリアは少し済まなそうな顔をしている。


「待たせてすまないな」


 アーリアは首を横に振って応えた。

 ジークフリードはアーリアの髪を優しく梳くと首のよこに流し、その頬にそっと手を添えた。その仕草はまるで劇中に登場する王子様のようで、その一幕をたまたま見ていた人たちーー特に年頃の娘たちは、ジークフリードの容姿と仕草に、ぽぉっと頬を染めた。

 ジークフリードは後ろに佇む青年たちをチラリと見やって、興味なさげに言葉を投げた。


「なんだ、まだいたのか?」

「「ーーーー!」」


 青年たちはジークフリードの放った言葉に、整った顔立ちに、そしてとても真似出来ない仕草に敗北を感じ敗走した。

 ジークフリードは面倒そうにそれを見送ってから呆然と座るアーリアの前に向き直り、露店で買って来た軽食を見せた。


「外で食べようかと思ってたんだが……」


 アーリアはジークフリードの腕に手を添えて声を伝えた。


『あ、そうですね。えっと、あの……ありがとうございました』

「気にするな。それより、外に出ている時にはフードを被っておいてくれ」

『す、すみません。やっぱり白い髪は目立ちますか?仮装してる人もいるし大丈夫かと思って……』


 そういう問題だけではない。他の意味を伝えるべきかどうかジークフリードは暫く迷っていると、アーリアはいそいそとマントのフードを被り直し、長く白い髪をマントの中に仕舞ってしまった。


「ほら……」


 ジークフリードがアーリアへ手を差し伸べる。アーリアはやはり少し戸惑ってからその手を取った。アーリアは淑女扱いされるのに慣れていないのもあって、ジークフリードの不意をついた仕草に戸惑う事が多々あった。

 アーリアはジークフリードの手を借りて立ち上がると、さっと公園を見渡した。先ほどまで少し注目を浴びていたが、今はそれほどでもなかった。周囲の騒めきも気にしない方が逆に良いのかもしれないと考えを改める。

 公園の中央では音楽隊の演奏に合わせて、来場者たちが踊り始めた。男女が二人一組になって楽しそうにクルクル回っている。中には白いカツラを被った魔女の仮装をした人もいる。今夜のパレードに、そのまま参加するのかもしれない。


「……。アーリアも踊ってみるか?」

『な、なんって事言うんですか⁉︎ 踊れませんよ!それにジークさんと踊ったりしたら、周りの女の子たちにすごい目で見られちゃいます。さっきだってすごく睨まれてたのに……!』

「え……」


 アーリアは青年たちに絡まれている時より、助けに来たジークフリードを見る女の子たちの視線と、同時に向けられた殺気の込もった視線の方がよっぽど怖かったのだ。

 鈍いアーリアにもそれくらいは感じとれた。

 姉弟子も『女の嫉妬が一番怖い』と言っていた。それより厄介なのは『男の執念』らしい。今でも姉弟子によるランキング付けの理由はよくわからないが、姉弟子が妙に真剣な顔を話していたのが印象に残っている。


「アーリア。俺の事よりも、お前も充分気をつけた方がいい」

『何をですか?』

「若い女性は絡まれやすい。特に可愛いと……」

『可愛い?ーーそうですね!姉さまもよく声をかけられてました!』

「……。お前も気をつけてくれ」

『? えっと、わかりました……』


 イマイチ話が通じていない気がしたが、ジークフリードがどう言ったものかを悩んでいる内に会話は自然と打ち切られた。

 『可愛いから狙われやすい』『男は狼だ』などとストレートに言ったとしても、それがどう言う意味なのかを一から百まで懇切丁寧に説明しなければ、鈍いアーリアは理解しないだろう。それに、親兄弟でもないのにそこまでするのもそれも気が引ける。骨も折れそうだ。何より、そこまでして理解するのだろうか。


 ーそもそもアーリアは自尊心が低いー


 これはこの逃亡旅でジークフリードが感じ取ったものだった。

 アーリアは自身への評価や価値観を低く見積っている。自己保身なども極端に低い。危険な坂道をブレーキをかけずに突っ込んで行く事にも気づかない。見ている他人の方が本人よりもハラハラしてしまう。

 年頃の女子との旅。当初、もう少し苦労があるだろうと踏んでいたジークフリードだったが、アーリアがあまり頓着しないので思ったより楽だったのだ。

 アーリアからのワガママは一度だけ。それも『一日一度の水浴び』だけだ。それ以外、どんな場所での野宿も、どんな不味い食事でも文句一つ言わなかった。

 文句を言って欲しい訳でもワガママを言って欲しい訳でもないが、女・子どもは護るべしと教わった元騎士ジークフリードとしては、ほんの少し味気なく、寂しくもあった。信用されてない訳ではない。だが、頼りにはされている訳でもないことに。


「飲み物を溢してしまったし、それを買い直してから別の場所で食べようか?」

『はい!』


 ジークフリードはアーリアの手を自分の腕に掴ませた。アーリアは少し抵抗したが、すぐ諦めてジークフリードの腕を掴んだ。


 ーこれで男避けにはなるだろうー


 アーリアはジークフリードの腕を引いて『どんな飲み物がありました?』『何がオススメですか?』などと嬉しそうに尋ねたり、珍しい露店を指差したりしている。

 その楽し気な横顔。柔らかな声音。朗らかな微笑み。ーーやはり自分はアーリアにとって特別なのだと感じたジークフリードは、先程までの苛立ちが嘘のように晴れているのを知り、内心、苦笑した。



お読みくださりありがとうございます!

ブクマ登録ありがとうございます!

励みになります!

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