※裏舞台6※ 師弟の気づき
アーリアの逃亡生活も半月を過ぎようとしている頃。
弟子その1は師匠の部屋を粗方片付け終わり、窓際の椅子に腰掛け、夜空に浮かぶ美しい月を眺めていた師匠へと温かな紅茶を差し出した。
「でも、いーんすか?」
「ん?何が?」
師匠はその紅茶に口をつけながら答えた。
テーブルが木っ端微塵になったので、今、この部屋にあるのは別の部屋から運んで来た一脚の椅子のみ。ソーサーを落ちないように膝に置きながら、師匠は紅茶の香りを楽しむように目を細めた。
「……今更っすけどね。アーリア、見知らぬ男と二人旅っすよ?」
「…………?」
「アーリア、恋愛事とかめっぽー弱いっすよね?」
「だ、だから?」
「年頃に男女が始終一緒にいるんすよ?心配じゃないんすか?」
師匠は目を泳がせて、やがて首を傾げた。
「大丈夫じゃない、の?」
その師匠の反応に弟子その1が盛大にため息を吐く。
「師匠……知ってます?オトコは狼なんすよ?」
「え……ハイ……?」
「あんな世間知らずな娘、ちょっとイケてて遊んでるオトコにとったらチョロイもんすよ!?」
「だ、大丈夫だよ!『痴漢撃退!』も持たせてあるし」
「だ・か・ら!それが心配なんじゃないすか?」
「どーゆーコト?」
師匠は本当に解っていないようだった。師匠は流れる黒髪、涼やかな青い瞳、知性溢れるその佇まいに憧れるお嬢さんは一人や二人ではない。だが脳内が魔導一色な為、恋愛関係に発展したことは一度もない。彼にとって男も女も平等に、話す価値のある人間か、話す価値のない人間か、に分かれているのだ。この師匠にとって有意義な会話ができる女性など滅多にいない。だから未だに独身なのだが。
「前にも話してましたけど、魔宝具『痴漢撃退!』って、大雑把に言えばそれを所持する者に悪意を向けるモノに対して有効なんすよね?じゃ、悪意がなかったらどーなんすか?」
「え……?」
「だーかーらー!本人に悪意を向けないモノなら効果が出ないんじゃないっすか?」
「……あ!」
「あ!じゃないっすよ!アーリアが気を許している人物も効果の範囲外っすよ、たぶん。アーリアと一緒にいるオトコ、どんな奴か知りませんけど、四六時中年頃の女の子と一緒にいて何もしてないと思います?」
「……」
「とてつもないクソ真面目かすんげーカタブツじゃなきゃ、アーリア、ヤバイんじゃないすか?」
微妙な空気が2人の間に流れた。
師匠がやっとこの旅の本質を理解したようだ。動揺を通り越して瞳に殺気が帯びていく。師匠の身体から滲み出る黒々とした魔力が伝わって、彼の手の中にある紅茶がどんどん熱を失っていく。ガラスの嵌っていない窓から夜風が室内へと流れ込む。その風が師匠の背中を伝う汗を冷やした。
「よし!そのオトコ、殺そう!」
「……はぁ!?」
「あ、いやいや。アーリアに手を出してたらだよ〜〜」
「極端っすねー。無理矢理旅立たせたの、師匠じゃないっすか?」
「それはソレ。これはコレ。君たちも可愛い妹がそんなどこの馬の骨とも分からない野郎に手を出されてたら、その男を殺すだろ?」
「殺しますね‼︎ 姉貴が知ったら八つ裂きっす!」
「だよね〜〜」
爽やかに答える弟子。それを何事もなく受け止める師匠。この師匠にしてこの弟子あり。
ヤると言ったら本気でヤる。
「でも、アーリアがあんな恋愛力0になっちゃったのって、俺たちの所為でもあるっすからね〜〜」
アーリアはこの師匠の元で十年もの間、生活を共にした。魔法や魔術、魔宝具製作は勿論、生活の仕方、言葉遣い、一般常識といったものまで、この屋敷で師匠と兄弟子、姉弟子と共に過ごし習ってきたのだ。一番年下のアーリアをみんなは寄って集って守った。甘やかした、と言ってもいい。そうしていたら恋愛関係に全く疎い女性に育ってしまったのだ。周りの男たちがアーリアにとって人畜無害だったのが特に致命的だろう。
だがそんな事実に関わらず、見た目は可憐で清楚に見える魔道士アーリアを世間の男共は放って置かなかった。本人が口説かれている事に気付かなかったことも多々ある。そうして勝手に撃沈した男たちはさて置いて、アーリアに私利私欲で寄ってくるクズ共は兄弟子たちが闇に葬ってきたのだ。それを師匠も推奨していた。これは本人の知るところではないが。
これではいけない!と師匠、弟子共に決断し、アーリアを独立させて一人でやっていけるように心を鬼にして取り組んだが、幼い頃からの刷り込み教育は、なかなか抜けなかったのだ。だから……
「この旅で少しは色々経験を積めるといーんすけどね?」
恋愛関係だけではない。人々の日々の営みや地方での生活や文化、特色を知り、人と人との繋がりの中で色々見聞きし、見聞を広げることができれば、逃亡から始まった殺伐とした旅も悪いものではなくなるだろう。
「いや、余計な経験は積まなくても良くないかい?やっぱり今からソイツを殺しに……」
「ハイハイハイハイ!今はダメっしょ?それに、その時はそのオトコはオレが殺るんで、師匠の出番はないっすよ〜!」
この親馬鹿な師匠も勿論、彼女の自称兄や姉たちは彼女をそれは大切に思っているのだ。彼女にとっては重い愛だろうが構う事はない。
「ま、姉貴の報告じゃ、大丈夫そうっすけど……」
弟子その1は、まだ見ぬアーリアの旅の共に思いを馳せた。
(俺らの妹泣かせたら、しょーちしねーからな?)
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裏舞台の師弟編です。二人は相変わらず思考が斜めに偏っています!
楽しんで頂ければ幸いです。




