中年男
それは、ボサボサ頭で、くたびれたベージュのトレンチ・コートを着て、ヨレヨレのワイシャツに濃い緑のネクタイをぶら下げ、眉間に難しげに皺を寄せた中年の男性だった。
男は睦月の隣に立つと、懐からタバコを取り出して口に咥える。すかさず、睦月は言う。
「すみません。ここは禁煙です」
言いつつ、手で喫煙所を指し示す。
「あちらでお願いします」
男はにやりと笑い、答える。
渋い、ガラガラ声だった。
「いや失敬。つい、ね……」
そして、タバコを箱に戻しつつ、背後を振り向き、雨に霞むドゥンケル城を見上げて言う。
「懐かしいなぁ」
中年の男一人で遊園地は珍しい。独り言だろうか。
そう思って黙っていると、男は睦月の方へと向き直って続けた。
「今年の秋、お彼岸の頃にな。ここに警察が入ったことがあるんだ」
「そうなんですか?」
無視するのも妙なので、睦月は答える。
男は口元を歪めつつ、左手で髪の毛をかき回した。
「あのオーナー、時計塔に鍵かけやがった。おかげで、まともな捜査ができやしない」
「捜査? ……ってことは、あなたはひょっとして?」
中年男は頷く。
「ああ。刑事だ。転……転ぶと書いて、うたたと読む」
そして、咳払いをひとつして、自分の姿を見せるように前に立った。
「子供の頃に、外国の刑事ドラマに憧れてなぁ。私立探偵と迷ったんだが……食っていけそうなので、こっちを選んだ。なあ、どうだい?」
「……は?」
「いや、だから、どうだと聞いている」
睦月は無言で首を傾げる。
転は、イライラしたように続けた。
「このトレンチコートとか、古着屋を探し回ってやっとみつけたんだが……どう見えるね?」
「そうですね。とても汚らしいし目立つから、脱いだほうがいいと思いますよ」
転はひどく傷ついた顔で、しょんぼりと木陰のベンチに座りこんだ。
なんだか可哀想になったので、声をかける。
「で、刑事さん。捜査中ですか?」
その一言に転は顔を上げた。
「さっきも言ったがね。あのオーナーが邪魔をするんでね、捜査はできないんだ」




