ズレている
ややあって、静かな声で睦月は言った。
「……じゃあ、橘さんは、今、どこにいるんですか?」
「そ……それは……その。……まだアレっていうか……ちょっとダメなんだけど」
ブツブツ呟き、言葉に詰まる。
ふぅー、と。睦月は、己の腹の中から湧き出てくる正体不明の感情を押し沈めるため、深く、それはもう深く息を吐いた。
「……先輩。ひょっとして、俺が嘘を吐いたと思ってますか?」
「思ってない! 思ってないわ! ムーちゃんが嘘を吐くわけないもの!」
首をぶんぶんと振る。それから、にっこりと笑って言った。
「でも、大丈夫なの! ムーちゃんは、なーんにも心配しないでいいわ。だから、安心して!」
「…………はあ?」
人がバラバラにされて死んだと、睦月が言う。それを信じると、華音は言う。
なのに、心配しないでいいだとか、仕事に出て欲しいだとか……何かが、根本的に間違ってる気がした。
だけど、この状況を言い表す的確な言葉が思いつかなくて、睦月は黙り込む。
(なんだろう……? これは一体? ズレてる。何かが、決定的にズレている)
と、華音は上目遣いでズリズリと近寄り、彼の手を握りながら言った。
「ムーちゃん。大変だったよねぇ! でも、もう大丈夫よ。なんにもないんだから、橘さんのことは気にしないでいいの!」
そして、華音は恐る恐ると言った様子で続ける。
「もちろん、嫌だったら、お休みしてもいいのよ。でもね、今、すごーく人手が足りなくて……出てくれたら助かるんだけど……」
そしてまた、にっこり笑う。
睦月は、目の前がクラクラするのを感じた。
「嫌とか、嫌じゃないとか……っ!」
(そういう問題じゃ、ないでしょう!)
思わず大声で怒鳴りつけてしまいそうになる。だが、華音に悪気はないのだろう。
その真剣な眼差しを見れば、本気で睦月を心配しているのがわかる。
わかるだけに……天真爛漫な彼女の笑みが、今は悪魔か死神の被った仮面のように見えた。
「……ちょっと、すみません。あの。考えさせてもらえませんか」
ようやく、それだけ絞り出すのが精一杯だった。




