アルラウネ 夕川芽衣子
まずは一人目だ。
インカムを通して、アルラウネ役の夕川芽衣子へと指示を出した。……と、言っても、会話の合間に、少し早めにパレード車庫に入った方がいいと伝えただけだ。
最近、パレード車のバッテリーが上がっている事が多いから、確かめてから乗った方がいいと。
それ自体は別に、嘘ではない。
セクシーな衣装で、バッテリーの残量計を覗き込む彼女の首へと、素早く電線を巻きつけた。電線は、パレード車にトラブルがあった時、非常用のバッテリーをつなぐための物だった。
力いっぱいに引き絞ると、すぐに芽衣子の身体から力が抜けた。
彼女の身体を引きずって、例の抜け穴から森へと引っ張り込む。
懐から、厨房で拝借したナイフを取り出す。ボーニング・ナイフ……いわゆる食肉解体用のそれは、厨房の裏手で見つけた物だ。使う事など滅多にないだろうに、しっかり手入れされて、キラキラと美しい。
大振りの刃先を揺らし、さて、どんな印をつけようかと考える。
縦に裂くか? 横に裂くか?
悩んだ末に、ふと思い出す。昼間の、インカムを通して聞こえた、彼女と睦月の会話を。
(……そうだ。舌を、切ってみよう)
根っこを無くしたアルラウネ。
うん、これだ。
なんだか、とっても気が利いているではないか!
舌を落とした芽衣子の身体を電線で縛り上げると、パレード車庫沿いの街路樹へと吊り下げた。
彼女はアルラウネ。植物の衣装だったから、どうせなら、木に吊るしてみたくなったのだ。
予備のモーターを駆使し、苦労して吊り下げると、果たして、彼女の血と衣装と冬の寂しい木の枝は、絶妙なコントラストの中で、そこだけ花が咲いたかのように美しかった。
苦労した甲斐があったものだ。
いつも明るく挨拶をしてくれる、派手好きの彼女への、最後の手向けのつもりだった。
オペレータールームへと戻り、業務を続ける。
目を瞑ると、舌を失くした彼女の『顔』が思い出される。
白目を剥いてぽかんと開いた真っ黒な口から、とめどなくダクダクと血が流れている。
咲き誇るバラみたいな華々しい赤と、それとは対照的な真っ白な肌が鮮烈だ。歯も、下の前歯は血に濡れ光り、上の前歯は白いまま……本当に綺麗だ。
芽衣子さん、こんなに魅力的な顔をしてたんだな。
(その場に捨てるのもなんだか悪い気がして、舌を持ってきてしまった)
ポケットの中、冷たくなった舌をいじる。
血がモスグリーンのジャケットを通して滲み、染みを作った。
それを気にしながら仕事をしていると、ふと睦月が妙な事を言い出した。
「その……五条さん。今日、パレードの編成を変えたって言ってましたよね?」
「ええ。カボチャの馬車を抜いて、間にダンサーを入れる配置にしていますが」
「えっと……その場合って、最後尾の死神に、オブジェとか足したりしますか?」
「は? どういう意味でしょうか?」
死神に、オブジェ?
彼は、何を言ってるんだろう?
「例えば……人形を吊るしたりとか……」
「……すみません、睦月君。わかるように説明をしていただけますか?」
彼が何か言いかけた、その時。突如上がる悲鳴。
ひっきりなしに入る報告に、私は混乱する。
数分後。どうにか事態を把握して、本当に驚いた!
なんと、街路樹に吊るしてあった彼女の死体を、死神の鎌が引っ掛けて持っていってしまったらしい。
人を探すのに木の上を見上げる者はいないから、夜の園内は霧に満ちているから。きっと、パレード出発まで誰も気づかなかったんだろう。
まったく、奇妙な話だった。




