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あの一球  作者: 天魔幻想
2/2

中編



 ベンチに帰る途中でも、勇樹はみんなから手荒い祝福を受けていた。俺自身もその輪の中に加わり、勇樹の背中を思い切りたたく。



「サンキュー勇樹っ!お前のおかげで助かったぜ」


「いや、捕れたのはたまたま運が良かっただけだよ」


 それを聞いた隆之は、勇樹の首に手をまわして


「くっそ~、大物ぶりやがってっ!そういう奴はこうしてやる~」


 そのまま勇樹の首を締めだした。勇樹は慌てて


「ちょっ!?ストップッ!ストップッ!正樹も笑ってないで助けてよっ!!!」


と、こちらに助けを求め出した。それを見かねた正晴が


「おいおい、お前ら・・・まだ二回の表が終わったばかりなんだぜ?今からはしゃいでどーすんだよ?はしゃぐんなら、この試合に勝ってからだろうが?」


 そう言って、みんなの気持ちを切り替えさせた。


 『こういうところはやっぱり副キャプテンなんだなぁ~』


と失礼なことを考えていると、正晴が小声で


 「―――完璧に打たれたな」


と言ってきた。その声の真剣さに俺も真剣に返す。


 「ああ・・・次からは歩かせるぐらいの気持ちで攻めるか?」


 「それよりも、アイツの前にライナーをためないのが優先だな。・・・まぁ、どっちにしろお前の負担は大きいんだけどな。しっかり頼むぜエースッ!」


 「そっちこそ・・・しっかりリード頼むぜ!」


 そう言って、俺達は笑い合った。




◆◆◆



 その後は俺達も相手も決定打を欠いた。


 

 相手のエース(右投げスリークォーターの本格派)が調子を上げ、俺達のチームは得点はおろか、ヒットを打つことすらままならない。

 二回の裏は六番のコバが見逃しの三振、七番のマーシーがショートフライ、八番の俺がセカンドゴロの三者凡退。

 三回の裏は、先頭のナベシンがレフト前へポテンヒットを打つものの、続く矢部っちがバント失敗でワンアウト一塁。勇樹も外角のスライダーを引っかけさせられてセカンドゴロゲッツーとなり無得点だった。

 四回の裏は、先頭の正晴がセンターライナー、続く隆之もセカンドフライで早々とツーアウトとなったが、五番のシオがサードのエラーで出塁し、六番のコバも四球で出塁。久々の得点チャンスかと思われたが、マーシーが空振り三振で無得点に終わった。


 

 一方、相手高校の攻撃はさすがに厳しいものがあった。

 三回の表は先頭の八番をファーストゴロで打ち取ったものの、次の九番バッターにはライト前に打たれ、一番にはセーフティ気味の送りバントを決められた。二番には四球を与えたものの、三番バッターをレフトライナーに打ち取り、何とか高木に回さずに済んだ。

 四回の表、先頭の高木は俺の投げたボール気味の内角シュートを苦も無く打ち返し、三塁線を破るツーベースとなった。勇樹はマウンドまで駆け寄りたそうに見えたが、俺と正晴にとってはある程度想定の範囲内のことだったので、勇樹には手で『なんでもない』と合図を送り、マウンドには集まらなかった。続く五番打者には送りバントを決められ、ワンナウトランナー一塁。しかし六番はレフトへの大きなフライに打ち取りツーアウト。その際に高木がタッチアップでホームを狙ったが、隆之の強肩がうなり、ホームでタッチアウトにすることが出来た。 五回の表、この回は七番からの下位打線ながら、先頭バッターに死球を与えてしまい一転ピンチとなった。続くバッターはセオリー通り送りバント、先ほどヒットを打たれている九番へと打順が回ったが、何とかライトフライに抑えることが出来た。その間に二塁ランナーが三塁へと進み、次に迎えた一番バッターを再びの勇樹のファインプレーでアウトにすることが出来た。



 そして試合は1-0で俺達のチームが優勢なまま、何とか五回の裏を迎えた。



 ◆◆◆



「―――ストライクッ!バッターアウトッ!」


 

 主審の無情なコールが宣告される。俺が見逃し三振したことで、スコアボードに早くもワンナウト目が記された。


「おしかったね」


 そう言ってくれるのは勇樹で


「ドンマイ、正樹。点を取るのは、俺たちに任せな!」


 これは隆之だ。


 俺がベンチで一息ついていると、後ろから正晴が


「ばてたか?」


 と聞いてくる。


「いや・・・まだまだ大丈夫さ」


 俺がそう強がりを言うと、正晴はニヤッと笑いながら


「それだけ強がりが言えれば大丈夫だな。後半戦もしっかり頼むぜっ!」


 そう言って、俺の背中をバチーンと音がなるほど強く叩いた―――正直とても痛い。


 ナベシンがファーストゴロ、矢部っちがショートライナーでこの回が終了し、グラウンド整備のため、試合は長めの小休止に入る。その間にアンダーシャツを着替えた俺は、正晴が待つグラウンドへとゆっくりと足を進めた。スタンドの方を見ると、直也が応援に来てくれた方々に冷たい飲み物を配っている姿があった。

 

 そして次の瞬間、全くの偶然に直也と俺の視線がぶつかり、俺の視線に気づいた直也は大きく口を動かした。


 『ガンバレ』


 声は聞こえなかったが、言葉はしっかりと胸に届いた。



 ―――さあ、後半戦だ



◆◆◆


 六回の表の相手高校の攻撃、この回は一番からなので三者凡退に打ち取らない限り、高木まで打順が回る。しっかりと抑えていかなくては。

 先頭バッターの胸元へストレートを投げ込む。バッターは投球に入ると同時にバントの構えをし、俺の投げたストレートを一塁線へと転がした。


『セーフティバント』


 完全に意表を突かれた俺は、ボールを拾うもののバッターランナーはすでに一塁ベースをかけぬけようとしており、どこへも投げられずに終わった。相手は足の速い一番バッターなのだ、予想してしかるべきだった。 



 ・・・いや、反省は試合が終わってからすればいい。今考えるべきなのは、この場面をどうやって抑えるべきか、だけだ。ノーアウトランナー一塁、打順は器用な二番。さて、相手はどうやって攻めてくるのか。


 

『―――盗塁か?


 ―――バントか?


 ―――ヒットエンドランか?』



 セットポジションに構えたまま、俺と正晴は無言でアイコンタクトを交わす。次の瞬間、俺は一塁へと牽制球を投げ込んだ。一塁ランナーが一塁ベースへと素早く戻るのを確認した正晴は、俺へとサインっを送る。正晴が構えたコースは、外側の相手のバットに届かない位置。球種はストレート。


 『まずは一球外して様子を見る、ということか』


 俺は内心でつぶやき、正晴の構えたミットへとストレートを投げ込んだ。


 「走ったっ!」


 ファーストのコバが叫ぶ。その瞬間、俺は正晴の送球の邪魔にならないようにマウンドでしゃがみこんだ。相手バッターの援護の空振り、それを気にした様子もなく正晴はボールを捕ると、流れるような動作で二塁へと送球を放つ。




 「セーーーフッ」


 二塁塁審の無情な掛け声。正晴の唇が『チキショウ』と動いたのが見えたが、今の正晴の送球でも刺せないのならばランナーの足を褒めるしかない。バッターの方へ視線を移すと、こちらはしっかりとした送りバントの構え。相手チームの作戦としては、ここは確実にランナーを進めてくるようだ。こちらとしてはそれは何とか避けたい。出来ればバントは失敗して欲しいのだが・・・


 ―――コツンッ


 こちらの思う通りにはいかずに、 相手バッターは外角高めのストレートをきっちりと三塁線へ転がしてきた。俺はそのボールを拾いあげると


 「ファーストッ!」


 という正晴の声に従い、ファーストへと送った。


 「アウトッ!」

 

 これでワンアウトはとることが出来た。しかしランナーは三塁にいる上に、次は三番からのクリーンナップ・・・確実に高木へと打順が回る。自分たちのブルペンを見ると、一つ年下の二番手ピッチャーであるウッチーが投球練習をし始めたのが見えた。

 


  『ここが正念場だな』



 肩に力が入るのが分かる。しかしそんな時だった。




 「正樹っ、気楽にいけ、気楽にっ!俺のところへ打たせれば、またアウトにしてやるぜっ!」




 ・・・まったく、隆之はいつも気楽だな。でも、今の一言で気持ちが大分楽になったのも事実だ。正晴の方を見ると、苦笑しつつもどこかすっきりとした表情をしている。




 『俺は自分に出来ることをやるだけだ』



 三番バッターを攻める初球に正晴が要求したのは、内角へのストレート。しかし実際にボールが収まったのは外角、それもボール球だった。自分の狙ったコースには投げられなかったが、落ち込みはしない。俺のコントロールは所詮この程度―――でも、相手を抑えるために全力を尽くすのみだ。次に要求されたのは外角へのカーブ。俺はコントロールを気にするよりも、腕を振りぬくことを意識してボールを投げ込んだ。


 

 ―――キンッ


 

 相手バッターが思い切り良くバットを振りぬき、打球は三遊間へと飛ぶ。ランナーはスタートせずに、打球の行方を見守る構えだ。この打球が抜けていれば一点だったが、何とかショートのナベシンが打球に追いついた。しかしボールを捕るのが精いっぱいで自身の体勢を立て直せず、どこにも投げられない。

 バッターボックスへ高木が入る。ここで正晴が二度目のタイムを取り、マウンドへと駆け寄る。勇樹達内野陣もマウンドへ集まり、互いの表情を見交わす。

 


 「点はやらずにすんだが、ランナーが一塁三塁。しかも次は四番の高木だ。おまけにアウトカウントはまだ一つ・・・結構ピンチだぜ」


 表情が多少こわばっているのを自覚しながら、そう切り出してみる。


 「バカッ高木にビビってんじゃねえよ!気持ちで負けたらそれまでじゃねえか!」

 

 「いや、弱気になっているつもりはないし高木にビビっているわけでもないんだけど・・・冷静に判断して、今の状況で高木を抑えるのは難しいと思うんだ」


 「確かに・・・正樹はさっきバント攻撃で走らされたからね。ちょっと制球が乱れてるみたいだ」 

 

 俺の発言に勇樹が同意してくれて助かった。正晴もすぐに俺の言いたいことを理解してくれたようで


 「敬遠する気か?」


 と返してきた。


 「ああ」


 「・・・分かった。ただし、次の五番六番は絶対押さえるぞ。最悪でもこの回は一点でしのぐっ!」


 「「「「「おうっ!」」」」」


 正晴の声に、俺達の声が被さる。そして、みんなはそれぞれの守備位置へと戻って行った。


 

 正晴が定位置に戻り、審判が試合を再開させた。そして先ほどの打ち合わせ通り正晴は敬遠のために立ち上がり、俺はそのミット目がけて四回ボールを投げ込んだ。


 そして迎えた五番バッター。正晴はその初球、内角へとミットを構える。俺は微塵も動じることなく、そこへ目がけてボールを投げ込んだ・・・つもりだったが、ボールはストライクゾーンよりも上へとそれてしまった。気をとりなおして、先ほどと同じ内角を狙ったものの、今度は低すぎて正晴のミットに収まる前に、ワンバウンドしてしまった。



 「ピッチャー、楽に楽に」



 セカンドから勇樹が声をかけてくれているのが分かる。 



 『大丈夫、落ち着け』


 

 

 次に要求されたのは外角へのカーブ。コントロールに気を使って投げた球―――それは結果的に、スピードもコースも打ちごろのボールとなり、 相手のバットの餌食となった。



 ―――カキインッ



 ボールは勇樹の頭上を越え、センターの矢部っちの方へと飛んでいく。飛距離はあるが、矢部っちの頭上を越えるほどではない・・・しかし、犠牲フライには十分な飛距離だ。矢部っちはボールを捕った後すぐに中継の勇樹へと送球する。勇樹も素早い連携をみせたが、もともとの打球の飛距離が遠すぎたため、ゆうゆうを三塁ランナーはホームへ帰ってきてしまった。

 御代鋤高校の校歌が演奏されるのを聞きながら、マウンドの感触を確かめ直す。そうしていると



 「ドンマイドンマイッ!ツーアウトツーアウトッ!」


 隆之が大声を張り上げた。


 「ツーアウトでランナーが二塁にいるからなっ!外野バックホーム体勢だぞっ!」


 正晴も大声で指示を飛ばす。そうだ、ここまでは何とか予定通り。後のバッターを抑えて、次の回の味方の攻撃に期待すればいい。もっとも、油断は出来ない。二回の表では、それで一点を失いそうになっているのだから。

 次の六番バッターが左打席へと入った。初球は外角へのストレート。やはりコントロールが落ちているのを実感する。ボールは高目へと外れ、これでワンボール。次に要求されたのも全く同じコース。今回もやはり高めに浮いたものの、何とかストライクが入りワンストライクワンボール。三球目、正晴の構えたコースは真ん中やや外側へのシュート。左バッターの相手にとっては、外へと逃げていく球になる。ボールが先行しているが、腕を振りぬくことは忘れないようにし、正晴のミットめがけてボールを投げ込む。

 相手バッターはその球を待っていたかのように足を踏み込み、コースに逆らわずにボールを打ち返した。



  

 ―――ッッインッッ



 再び三遊間へと打球が飛ぶ。しかし今回の打球は、さっきの打球よりもずっと速い。シオが打球へと飛びつくが、それをあざ笑うかのように打球はグローブの先を駆け抜けていく。


 二塁ランナーは、三塁ベースを回ってホームへと突っ込んでくる。


 「バックホーーームッ!!!」


 正晴が全力で叫ぶ。その叫びに応えたのは、隆之のレーザービームだった。ボールが正晴のミットへとグングン吸い込まれていく。



 ―――ホームベースへと滑りこむランナー、そしてそれをブロックする正晴



 土煙が演出する、天然の芸術がそこにはあった。




 「アウトォッ!」




 主審がそう宣告するのを聞いても、俺はしばらくそこから動くことが出来なかった。






◆◆◆


 「さすが隆之っ!ナイスバックホームッ!」


 「正晴こそ、ナイスブロックだったぜっ!」


 ベンチに戻ると、そこにはチームメイトの歓迎を受ける中、お互いのプレーをたたえ合う二人の姿があった。


 「二人ともナイスプレー!」

 

 勇樹も二人とそれぞれハイタッチを交わし、すぐにバッターボックスへと向かった。

 そんな中俺は、頭の中でさっきのプレーを何度も再生していた。俺の投げた球は相手バッターに完璧に捉えられ、一点取られてもおかしく・・・いや、一点取られなかったことの方が奇跡に近い。


 ―――打球の鋭さ


 ―――隆之の強肩 

 

 ―――そして何より、打球の跳んでくるコースを避けるために、ランナーがホームまでの最短距離を走れなかったこと



 これらのうちのどれか一つでも欠けていたならば、確実に失点していただろう。本当に、運が良かったと言うしかない。


 そして同時に、俺の投げる球が相手打線に捉えられ始めていることにも、気付かざるを得なかった。これまではみんなのファインプレーと幸運によって助けられてきたが、今後もそうであるとは限らない。俺は不安になった。

 そんな俺の不安を見抜いたかのように、誰かが俺の頭をはたく。



 「おいおい、しけた顔してんじゃねぇよ。これから俺たちの攻撃だろうが?」


 ・・・隆之だった。


 「いや、別にしけた顔をしてるつもりは―――」


 「ど~せ、打たれた責任でも感じてるんだろ?そんなもん、俺たちが取り返してやるよっ!」

 

 ―――まったく、こいつはいつも


 「それに、前に直也が言ってたじゃねえか?


 『例え試合で失敗しようが、全力でプレーした人間を責める資格は誰にも無い』


 ってな」




 ・・・思い出した。あれは一つ上の先輩達が引退し、俺達がチームの中心となってから初めての大会のことだった。俺達のチームは県大会の三回戦まで勝ち進んでいた。

 乗りに乗っていた俺達だったが、その試合で隆之が、真正面に飛んできた簡単なフライを後ろに逸らしてしまった。結局そのランナーによる失点が決勝点となり、俺達は負けた。




 ・・・試合後、隆之は泣きに泣いて『俺が悪かった』という謝罪を繰り返した。しかし、俺達は隆之を責めるつもりはなかった。だが、泣いている隆之相手に言葉を上手く伝える事が出来ない。そんな中、キャプテンである直也が隆之の正面に立って


 「お前が全力でプレーしたことはここに居るみんなが分かっている。だから泣くな。


 全力でプレーした人間を笑う資格は誰にも無いんだからな」


 と言って、隆之を諭したのだ。



 ―――そうだった。俺には、こんなに素晴らしいチームメイト達がいるじゃないか


 そう考え、隆之に礼を言おうとした瞬間、周りで歓声が上がった。勇樹がセンター前にヒットを放ったのだ。それを確認した隆之が


 「じゃあ、俺も行ってくるぜ―――続けよ、正晴っ!」


 前半は俺に、後半はバッターボックスに立つ正晴に向かって、そう声をかけた。そしてネクストバッターズサークルへと歩き去って行く。俺はその後ろ姿に言いようのない頼もしさを感じていた。




 続く正晴が打席に入った時、相手の内野陣はバントを警戒しているようだった。


 『無理もない・・・うちが先制点を取ったのと同じパターンだからな』


 正晴はバントの構えをせずに、初球を見送った。外角に外されたボール球は、そのままミットへと収まる。次の一球、今度は正晴はバントの構えを見せる。相手バッテリーはそれを見ると、サードとファーストをもう一歩前へと出させた。何としても、二塁にランナーを送らせたくないらしい。相手ピッチャーの渾身のストレートが外角へと投げ込まれる―――その刹那、勇樹がセカンドベースへと走り出した。相手キャッチャーは勇樹をセカンドでアウトにしようとただちに送球体制に入った。しかし、そのミットへとボールが収まる前に


 ―――キンッ


 正晴のバットがボールを捕らえる。そしてその打球は、前に出ていたファーストの脇を駆け抜け、ライト前へと転がっている。それを確認したサードコーチャーのミヤは、一気に勇樹を三塁まで進ませる。ライトから返球が返ってくるが、勇樹がサードベースへ滑り込む方が早い。


 『ヒットエンドラン』


 一歩間違えれば、せっかくのチャンスをつぶしてしまうかも知れなかった危うい賭け―――しかし正晴はそれを成功させ、一気にノーアウト一、三塁のチャンスを生みだした。

 打席へと入るのは頼りになる主砲、隆之。これで盛り上がらない方が嘘だ。


 「頼むぜ、隆之っ!」


 気付けば、自然とその身を前へと突き出していた。



 マウンドへと集まっていた相手の内野陣が元のポジション位置へと戻る。隆之は、いつもと変わらぬ自然体・・・いや、この状況すら楽しんでいる表情で打席へと立っている。その隆之への初球。相手投手の渾身のストレート。しかし、それは高目に外れる。相手ピッチャーも、このピンチに肩に力が入っているらしい。

 そして二球目。変化球が低目に行きすぎ、ワンバウンドとなる。





 ―――後ろに逸らせば一点





 しかし、ここは相手キャッチャーが体をはって止め、ランナーはどちらも進むことが出来ない。ベンチのみんなからも、思わずため息が漏れる。そして三球目、これも外角へ外れ、スリーボール。


 『やはり、相手ピッチャーの緊張も凄いものらしい』


 そう思ったが次のストレートは、内角へズバッと決まった。さすが御代鋤高校のエース、意地を見せる。さらに次の外角へのスライダーを隆之が空振りし、これでカウントはツースリー。一塁ベース上で正晴が屈伸をしている様子が見える。恐らく長打だった場合、一気にホームへと帰ってくるつもりなのだろう。

 



 球場全体がかたずをのんで見つめる中、六球目が投げ込まれた。



 低目に絶妙にコントロールされたストレート、その球に思いっきり踏み込む隆之。



 ―――カキィンッ


 快音を響かせ、打球は左中間へと飛んでいく。





 「「「抜けろーっ!!!」」」





 ベンチにいる全員が叫ぶ・・・しかし、ボールは懸命に打球を追ったセンターのグラブへと吸い込まれる。ただ、犠牲フライには十分な飛距離である。勇樹は三塁ベースを蹴り、余裕を持ってホームへと戻ってきた。セカンドベース手前まで進んで様子を見ていた正晴は、センターがボールを捕ったのを確認すると、素早く一塁ベースまで戻って来た。


 これで一点を取り、まだワンナウト一塁。ベンチへと戻ってきた勇樹と隆之は、ベンチのみんなとハイタッチを交わしている。


 「ナイスラン、勇樹っ!」


 「ナイバッチ、隆之!」


 「く~、出来ればヒットで出たかったんだがな~」

 

 「隆之、さすがにそれは欲張りすぎだよ」


 そんな会話に笑顔を投げかけながら、次のシオの打席を見守る。一球目、緊張の糸が切れたのかボールはキャッチャーのミットの上を通過していった。それを確認した正晴は、二塁へと進む。相手キャッチャーが



 「ドンマイ、ドンマイッ」



 とピッチャーに声をかけているのが見えるが、ピッチャーは肩で息をしており、大分疲労が溜まっているようだ。相手側ブルペンでは、既に二人のピッチャーが準備万端のようだし、もしかしたらピッチャー交代もあるかも知れない。出来れば、今グロッキーになっているこのピッチャーからもう一点取りたいところだ。

 そして次の一球、先ほどまでよりもスピードの落ちたストレートがシオのバットに当たる。ふらふらと上がった打球を、セカンドとライトが懸命に追う。






 「「「落ちろー!」」」





 俺達の願いが届いたのか、打球はライト前へ落ちる。ライトがボールをしっかりと拾おうとしていると






 「バックホームだっ!」




 相手チームの誰が叫んだのかは分からない。しかしその声に従ってホームを見た俺は心臓が止まるかと思った。





 ―――正晴が三塁ベースを回り、ホームへ向けて懸命に走ってきている





 ライトは慌ててボールを拾うと、ホームへ向けて強肩をうならせた。





 「―――セーーーフッ!」

 




 ・・・本当に微妙なタイミングだった。ライトからの返球が逸れていなければ、アウトだっただろう。まだワンナウトなのだから、無理をする場面ではなかったはずだ。俺はベンチへと戻ってきた正晴に向かって駆け寄りながら尋ねた。


 「―――何であんな無茶したんだよ?無理する場面じゃないだろう?」


 「ああ悪ぃ・・・どうしてもこのピッチャーが動揺してる間にもう一点取りたかったんでな、つい体が動いちまった」


 どうやら、俺と同じことを考えていたらしい。しかし、それを無茶してでも何とかしようとするのが、正晴らしいというか何というか


 「だが、効果はあったみたいだぜ



 ―――見ろよ、ピッチャー交代だ」



 正晴の声に従ってグラウンドを見やると、相手の二番手ピッチャー(左のサイドスロー)がマウンドへと上がるところだった。



 

 『相手のエースを引きずり下ろした』


 

 それは俺達のベンチの中で、確かな興奮となって駆け巡った。




 ―――しかし二番手ピッチャーとは言え、相手は他の高校ならば十分にエースと呼ばれる実力の持ち主であった。六番のコバは内角へのストレートに詰まらされたショートゴロ、それをショートの高木が軽快にさばいてダブルプレーとなり、六回の裏のうちの攻撃は終了した。

 


 そして七回の表のマウンドへと上がろうとした俺も下へ、監督から無情な命令が下された。



 「正樹、ピッチャー交代だ」




 




  



 

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