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第七項:幸せになります。

第七項:幸せになります。


014


 更に季節は巡り、遂に正嗣さんの誕生日である十二月二十日になってしまいました。今までは穏やかに私と正嗣さんの仲を取り纏めようとしていたお父様達でしたが、なんと今日は正嗣さんの誕生日パーティーと共に私達の婚約をグループ企業の各位に発表するつもりでいるようです。正嗣さんとしては、結婚式でないだけ重畳。らしいのですが、私としてはどちらにせよ同じだと思いました。各位への発表を正式に行ってしまえば、破棄をすると方々に迷惑をかけてしまいますから。しかし、正嗣さんも準備は終わっているからどちらに転ぶにせよ、今日で決着だと言ってくださいました。

 着々とパーティーの準備(立食パーティーなのでテーブルの上にクロスを敷いて料理と取り皿を並べているだけです)が進められていく中、正嗣さんは深刻な表情をしてその様子を眺めています。緊張なさっているのでしょうか?

「正嗣さん」

「……なんですか?」

「なんだか緊張なさっているようなので、大丈夫かなと」

「大丈夫ですよ」

 そう言って微笑む正嗣さんですが、指は落ち着きなく動いています。余計なことを聞いてしまったのかも知れません。

 婚約破棄同盟と言ってもそのための準備をしたのは全て正嗣さんですし、私がしたことと言えば茂徳さんへの恋を実らせたことくらいです。しかし、それも正嗣さんと麻美さんが動いてくれたから成し遂げられたのであり、結局のところ私は何もしていませんでした。

「今からでも私に何かできることはありませんか?」

「今からですか……そうですね、これから何が起こっても俺を止めないで、茂徳と幸せになることだけに重きを置く覚悟をしておいてください」

 随分と仰々しい言い回しをなさりましたが、つまり何もしないで待っていろ、ということです。今更言い出した私が悪いのですが、少し距離を置かれている気がして少し寂しいですね。

 会場の飾り付けも完了し、いよいよパーティーが始まってしまいました。

 正嗣さんが関係各位に対して軽い挨拶を済ませた後しばらく談笑をし、正宗様が直々にアナウンスを始めます。

「皆様、宴もたけなわでございますが、ここで皆様にご報告したいことがございますので、こちらにご注目ください」

 全員が正宗様に注目したところで、正嗣さんと私は正宗様の隣に向かいます。ここまではお父様達の思い描いた通り。

「では正嗣、お前から言いなさい」

「はい」

 マイクを受け取った正嗣さんは、深呼吸をしてから関係各位を見渡して言いました。

「皆様、まずはもう一度、お集まりいただいたことにお礼を申し上げます。お忙しい中ありがとうございました。さて、本題に移る前にもう一つだけ皆様に言って置かねばならぬことがあります。申し訳ございません」

 正嗣さんは綺麗な直角で各位に頭を下げます。その時間は少なくとも一分ほどです。正宗様は困惑しているようですが、本題を確認するまでは止めに入られないようでした。頭を上げた正嗣さんは身体ごと正宗様の方を向き、右手で力強く正宗様を指差します。

「今日は私、鳳凰堂正嗣と平等院加奈子様の婚約を発表する予定でしたが、今この場をもってその約束を破棄すると宣言します」

 正宗様は眉を軽く潜めますが、それでも落ち着いた冷淡な口調で正嗣さんに語りかけ始めました。

「許すとでも思っているのか?」

「ええ、父上は許すと言うでしょう」

 先程までの緊張が嘘のように、堂々とした口調で正嗣さんは正宗様に立ち向かっていきます。

「許さない。と言ったらどうする?」

「父上は許すと言います。絶対に」

 このままでは話が一向に進まないと考えたのか、正宗様は正嗣さんの陰に隠れる私に話の相手を変えました。

「加奈子様からもこの阿呆に言ってくださいませんかな。加奈子様の言葉なら聞くでしょうから」

 二人とも、と言うより会場全体が私に注目するのが痛いほど分かります。

 なるほど、普通の挨拶を述べる時よりも遥かに緊張しますね。

「私も、正嗣さんと同意見です。正嗣さんとの結婚は辞退させていただきます」

 噛まずに言えました。ではなく、私の言葉に反応したお父様が私達のところまで走って来ました。

「加奈子。一体何を言い出すんだ」

「私達はお互いに別の恋人が居るのです」

「だったらそいつらをここに連れて来なさい。そう言えば引き下がると思ったのだろうが、証拠がなければ意味がないよ」

 チラッと正嗣さんの顔を見ると、無言のまま頷かれました。呼ぶようです。

 正嗣さんが電話を掛けると、会場の外に控えていた茂徳さんと麻美さんが重い扉を開けて入ってきました。誰もが驚いた表情で二人を見つめます。きっと半分は麻美さんがメイド服だったからでしょうけれど。

「貴様、メイドの分際で正嗣を……」

「今の発言はパワハラ、モラハラ、セクハラのどれとも取れるのでお気を付けください旦那様」

「君は……茂徳くん?」

「へへっ、おじさん久しぶり」

 腹の据わったお二人はいつも通りの様子です。頼もしいと言うか……。

「お父様、これでよろしいですか?」

「いや……しかし」

 納得してくださらないお父様達に、正嗣さんは更に言葉をぶつけます。

「お互いに既に愛する人が別に居る。それなのにお二人はその仲を引き裂いてまで私達を結婚させたいのですか? そんな結婚に、本当に意味はあるのでしょうか?」

 しかし、正宗様は正嗣さんの意見に心動かされてないのか鼻で笑います。

「一方向から物事を考えるなど愚かなことを……お前達が結婚すれば平等院家との繋がりが確かなものになる。それがこの結婚の意味だ」

「お互いに好きでなくてもですか?」

「ああ、そんなものは法律上で繋がっているから問題ない」

「離婚は?」

「させると思うか?」

 本当に、正宗様は私達の気持ちなどお構い無しなのですね。自分が第一なのでしょう。

「……父上、これを見てください」

 正嗣さんは麻美さんから紙束を受け取り、お父様達に見せます。それは使用人の皆様が書いてくださった署名でした。

「これは?」

「我が鳳凰堂家と加奈子様の平等院家で働くメイドの皆様です。私と麻美さん。加奈子様と茂徳を応援してくれる。私と加奈子様の婚約破棄に賛同して名前を書いてくださりました」

 千二百十六……麻美さんを抜いて千二百十五人全員が賛同してくださりました。本当にありがたいです。

「これ、本当に全員が書いたのかい?」

「当たり前ですわお父様。そうしなければ認めてくださらないでしょう」

 お父様は何度も署名を見て驚いています。これはもしかして納得してくださったのでしょうか。

「だからどうした」

 正宗様はお父様から署名の紙束を奪い、投げ捨てるように正嗣さんへ返しました。

「これ程多くの人が、応援し、認めてくれているのです。裏を返せば、ここに名前を連ねてくれた方々は私達の婚約に反対なのです。それを無視するおつもりですか?」

「無視はしない。だからそのメイド達は全員クビにしてしまえば良いのだろう? 確かに労働者の貴重な意見は尊重したいが、辞めてしまえば聞く意味がないからな」

 こう言ってはなんですが時代錯誤もはなはだしい人ですね。こんな横暴を関係各位が居る中で言えるなんて恐ろしい。

「そんなことが許されるとでも?」

「許されるのではない。私が許すのだ」

「お父様も正宗様と同じ意見ですか?」

「わ、私は……」

 チラッと正宗様を見たお父様は、正宗様の迫力に圧倒されたようで身震いをしてうつむきました。

「……私は、加奈子と茂徳くんの仲を応援したい」

「お父様……」

「おじさん……」

 残るのは正宗様ただ一人です。ですがその一人は凡人が何人束になったところで敵わないような方。正嗣さんはどうするのでしょうか。

「父上、認めてくださらないのですか?」

「何度も言わせるな」

「なら……」

 そう言って正嗣さんは何枚かの書類を開き、正宗様に突き出します。

「一緒にやり直しましょうか。父上」

「貴様……」

 正嗣さんが突き出したのはまたも署名された紙のようですが、それはメイドの皆様が書いて下さった物よりもはるかに重大な意味を持った物でした。

 解任請求の署名。

 つまり、正宗様の解任をグループ会社の社員が求めている。

「この結婚を強行するなら父上を解任するとグループ企業全体の三分の二以上が賛同してくれています。この人数は解任条件は満たしているので、これを株主総会で提出します。よろしいですね?」

「……そうか、本気なのだな」

「ええ、紛うことなく」

「いずれ後悔することになるぞ。あの時くだらん反抗期しなければ良かったと」

「例え地べたを這いつくばることになっても俺は、今日下したこの決断を後悔することは致しません」

 カッコイイ、と茂徳さんが正嗣さんの邪魔にならないほどの声で囁きました。麻美さんも口元を隠していますが、何とも言えない表情で正嗣さんを見つめています。あれ程のことを言われたら当然の反応でしょうか。

「ならば好きにしろ! だが、一人勝手に地べたに落ちないよう気を付けるんだな」

 正嗣さんが反論しようとすると、麻美さんが右手で口を塞いで言葉を封じました。

「失礼ですがそれは不可能です。なぜなら、私は正嗣様と共に居続るからです。例え正嗣様がホームレスになったとしてもずっと」

 正宗様はお二人を睨み、ついでに私達を睨んでこの部屋から出ていきます。

「……もういい。平等院家との婚姻は白紙にする。好きにしろ」

「ありがとうございます。……というわけで、関係会社の皆様、私と加奈子様は結婚いたしません。真実の愛を勝ち取ったからです。皆様ご協力ありがとうございました」

 正嗣さんが仰々しく身振りをしながらお辞儀をしたので、私と茂徳さんと麻美さんも頭を下げます。まるで演劇が終わったみたいですわね。ともあれ、私達の願いは叶い、これからの安泰を示すような温かい拍手に祝福されました。


015


 さて、私達の婚約が破棄になったからといってパーティーがお開きになるわけもなく、もう一つの目的である正嗣さんの誕生をお祝いしています。

 茂徳さんはいつの間にか各テーブルを巡って来賓の方々とお話をしつつ料理に舌鼓を打っています。はっ、もしや私の家を継いだ時の為のあいさつ回り……なんて。

 麻美さんは正嗣さんの背後に立ち、時折グラスに水を注いでいます。本来の仕事中といった感じでしょか。

「……正嗣さん」

「何ですか」

 作戦が成功して気が抜けてしまったのか、正嗣さんもテンションが低い気がします。

「その、あの解任要求で正宗様が婚約破棄を認めてくれる可能性は、実際どれ程有ったのですか」

「かなり低かったですよ。あれだけの署名が集まったとはいえ、父上側の人間は居ますからね。一時離職したとしても、すぐに復帰出来るでしょう」

「では何故でしょう?」

「さあ、加奈子さんのお父様が茂徳を認めてくださったのが大きいのではないかと思います」

「そうですか。……こう言っては何ですが、もっと確実な方法はなかったのですか?」

 そう尋ねると、正嗣さんは小さく鼻で笑います。

「残念ですが、あの人にスキャンダルと呼べるものはありません」

「そうなんですか?」

「ええ、全然尻尾を見せません」

 無理な婚約以前に正宗様のことを嫌っているような口振りです。やはり杖で叩かれたことを根に持っていらっしゃるのでしょう。

「正嗣さん」

「はい」

「結婚は致しませんが、今回のことで平等院家と鳳凰堂家の繋がりは確かなものとなったと思います。何か困ったことがありましたらいつでもご相談ください」

「……そうですね。加奈子さんも遠慮なく申してください」

「はい、よろしくお願いします」

 結果としてはお父様達の望むものに近づいてしまいましたが、誰もが幸せなハッピーエンド。正嗣さんには感謝しきれません。


016


 パーティーも終わり、私は茂徳さんと帰り道を歩いています。せっかくしがらみが無くなったのだからと九十九を先に帰して。

「それにしても正嗣くんカッコよかったなー、俺もあんな台詞言ってみたいな」

「あら、言って下さって構いませんのよ?」

「いやいや、よっぽどのことがないと言っちゃいけないって」

「そうなんですか?」

「そうなの」

 よっぽどのことなんて、これから先に起こって欲しくありませんが、例え起こったとしても茂徳さんと居られれば私はそれで構いません。

「クシュン!」

「あら、冷えちゃった? ……ちょっと待ってて」

 茂徳さんは私に上着を掛けると、近くにあったコンビニに向かいました。

「はい、どうぞ」

 戻ってきた茂徳さんの手には肉まんが二つ握られていました。そのうちの一つを私にくださります。

「あ、ありがとうございます。えと、お代は……」

「いいって、これくらい俺に払わせてよ」

「でも……」

「男の見栄だから」

「……分かりました。では頂きます」

「どうぞ」

 私のために茂徳さんが買ってきてくれた肉まんは、口の中にふんわりと広がる匂いが昂っていた心を落ち着かせ、冷たい風が吹き付けても心から温かくなる味でした。

「茂徳さん」

「ん、なに?」

「不束ものですが、これからも末永くよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

 末永く、末永く……。


017


 パーティーも終わり、正嗣の両親から正式にに交際の許可を貰った麻美は、正嗣の部屋に訪れた。ベッドの上で脱力したように座っている正嗣の横に麻美も座る。

「今更ですが正嗣様。なぜ私をお選びになったのですか?」

 今だにうつむいている正嗣の顔を覗き込みながら、麻美は尋ねた。

「……麻美さんは若いから、かな」

「それだけですか」

「うん。若い方がやり直しが利くでしょ」

 自分よりも十歳若い正嗣にそんな事を言われて、麻美は苦笑いする。

「……そうですか。お疲れ様でした」

「ありがとう。麻美さん、ちょっとだけ抱きしめて良い?」

「どうぞ。私は本当に正嗣様のことを一人の異性として愛しております。いくらでも抱きしめてくださいませ」

「……ごめんね。ありがとう」

 正嗣は意識を沈めるように力強く麻美を抱きしめ、麻美はそれに応えるように微笑みながら、愛おしむように正嗣の頭を撫でた。

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