ブラックが解放
……疲れた。
少し離れた所で喧嘩をしている二人……二匹?
一人と一匹?
んー。
二人
を見ながら、莉伽は長々とため息をつき一休みする。
『見ながら』、と言っても莉伽に見えるのは一人だけなのだが。
「もー、しつこいなぁ。嫌だってば」
「さっさとあいつの指輪から離れろ」
「やだよ」
「離れろ」
「やーだ」
子供みたいだな。
先程からこの言い合いの繰り返しである。
喧嘩をしているのは、黒猫と精霊。
『嫁になれ』
と言ってきた黒猫。
そして、莉伽の呪いの指輪に乗り移り、生命力を吸いとりながら『ごめんねー』などと思ってもいないことを言う精霊、ライト。
まぁ、生命力を吸い取られている、という感じは全くしないんだけどね。
呪いの指輪がはまっている人差し指も、今はもう痛まない。
だが、何だか疲れた。
莉伽の今の状況は、
指輪の呪い(どんな呪いかは不明)+精霊ライト(生命力取られる)+黒猫(嫁になれとうるさい、めんどくさい)
「……はぁ………」
莉伽は、まだ喧嘩続行中の二人をぼんやりと見る。
実際に見えているのは、虚空を睨み付け、喋っている黒猫だけなのだが。
精霊ライトの姿はやはり莉伽には見えない。声だけが聞こえるようになったのは、ライトが莉伽の指輪に乗り移っているからだろうかと思う。
姿が見えないのは、
莉伽に力がないから、だろうか。
それとも、人間には精霊は見えないものなのだろうか。
「だーかーらー、僕を起こしたの黒いのじゃん。ちゃんと責任とってよ」
「何故俺が責任なぞ取らないといけないんだ」
「だから起こしたからだってばー。覚えてないの?封印解いたの黒いのなんだよ?」
「知らん」
「うわ、サイテーだね」
「生命力なら他の奴から取ればいいだろ。何故あいつなんだ」
「僕の封印を解いたのが黒いのだから。黒いのの責任だから。
でも黒いのは、僕が契約できそうな装飾品、つけてなかったし。
だからあの子のつけてる指輪と契約したの」
って、ちょっと待った。
「封印解いたのって、黒いのがしたの!?」
莉伽は遺跡にもたれ掛かっていた体をうかして叫ぶと、黒猫がとても嫌そうな顔をしてこちらを振り向く。
「……黒いのと言うな」
「あ、ごめん」
精霊ライトの呼び方がうつってしまったらしい。
「封印の解放なぞ、した覚えはない」
「したんだってばー。そのせいで僕、さっき死にかけてたんだから。
しかもそんな僕に『お前が元気になる方法は?』とか無理矢理聞いてくんだよ?
自分で解放しておいて、なんだそれ?って感じじゃない?
封印されたままだったら、生命力なんて必要なかったのに」
「どーいう事?」
姿は見えないが、多分この辺りにいるんだろうなと思う辺りを見ながら、莉伽はライトに問う。
「封印されてた時は寝てる状態だったけど、黒いのに封印を解放されたから寝てた状態が、起きた状態になって、そのせいで生命力が必要になったって事。
精霊が起きて活動するには、生命力が必要なの」
「だから、俺は封印を解いてなどいない」
「まだそんな事、言うのー」
ということは、
精霊の解放は、黒猫が無意識にした。
封印から解放されたライトは眠りから目覚めた状態になり、生命力が必要になった。
精霊が乗り移れるのは、装飾品だけ。
黒猫は装飾品などつけていなかったので、黒猫と一緒にいた莉伽の指輪に乗り移った。
だが、その指輪には呪いがかけられていたため、乗り移ろうとした時に呪いとライトの力が反発し、莉伽の指に激痛が走った。
指輪は抜けないので、
このまま莉伽がライトに生命力をあげ続けなければならない。
精霊の解放は本意だったが、生命力をあげないといけない、ってのは本意じゃない。
指輪さえしていなければ、こんなことにはならなかったというわけか。
つくづく呪いの指輪だな。
これ。
というか、精霊を元気にしようだなんて思わなければ良かったのか。
後悔先に立たず。
「で、結局封印の解放ってどうやったの?」
「黒いのが遺跡に触った時点で封印は解かれたよ」
触っただけで?
「それなりの力を持ってる者が遺跡に触ると、封印は解けるシステムになってたみたいだね」
結構簡単なシステムだな。
「君は力がないみたいだね。それなりの力があれば、生命力の質が上がってすぐに元気になれるのに」
こんなちまい生命力じゃ、元気になれないよー、とカチンとくる言い方をするライトに、莉伽は見えないながらも応戦する。
「じゃ、力のある人の所にさっさといけばいいでしょ」
「やだ」
「なんで」
「めんどくさいし」
「めんどくさがるな」
「それに、その指輪と契約しちゃったから」
契約?
「さっきも言ってたけど、契約って何?」
「指輪が僕の本体になったってこと」
「本体って?」
「体ってこと」
「……体って?」
「体は体だよ。僕の体。
つまり、君と僕との今の状態は、いわば一心同体ってことかなぁ。身も心も一緒」
わけわからん。
幽霊みたいなものなのかな。魂だけー、みたいな。
精霊ってゲームとか本とかでも体ってないもんだったっけ?
ファンタジーの世界は複雑すぎて、わけがわからんな。
「んー」と唸っていた莉伽の耳に、
「指輪の呪いで君の指から指輪は外れない。僕が指輪と契約もした。だから君と僕とは離れられないわけだよ。ずっと一緒だねー」
とライトの声が聞こえた。
『ずっと一緒』
あー………
これは、うん。あれだな。
幽霊……いえ、
精霊にとりつかれました。
うぅ、
なんだか、気分が……。
悪寒?
「ちょっと待て。こいつとずっと一緒にいるのは俺だゾ」
黙って聞いていた黒猫が、会話に割り込んでくる。
なんだ君まで。
ずっと一緒って。
「こいつは俺の嫁だ。こいつと一緒にいるのは俺だ」
「残念だねー。僕はこの子から離れられないから。ずーっと一緒にいないといけない定めなの、運命なのー」
「運命などと、くだらない」
「くだらなくなんてないよー。じゃあ、三人仲良く一緒にいよう」
「お前はいらない」
「いらないって言われても、離れられないし」
…………頭、痛い。
というか、
「めんどくさ………」
ボソッと呟き、
とりあえずこの問題は置いておこう、そうしよう、と莉伽は問題を先送りにする事にした。
前にもしたな。
先送り。
黒猫と、姿の見えないライトを置いて、莉伽は歩きだす。次の行き先はアルローンの国、サイシャと言う町の遺跡だ。
さて、どうやって行こうか。
「おい」
「待ってよー」
黒猫とライトがあわてて追いかけてくる。
ライトは声しか聞こえないのだが、黒猫の方は姿が見えるので、不機嫌なのがまるわかりだ。
莉伽の能力。
動物の表情がわかる、という能力は今だ健在だ。
「その指輪を外せ」
外せたら、こんな苦労はしてないっての。
「外れないって。知ってるでしょ」
「呪いはどうやったら解ける?」
「知らない」
「何故知らない」
莉伽はため息をつく。
黒猫とのこの押し問答にも、すこぶる飽き飽きだ。
イライラしちゃうから、そろそろ私の気持ちを察して下さい。黒猫さん。真剣に、マジでお願いします。
だが、黒猫さんは喋り続ける。問いかけ続ける。
……あれ?察してくれないっぽいね。
「ねぇねぇー、名前教えてよー」
意味のない押し問答をして、イライラの限界が来ていた莉伽とそれに全く気付かない(もしやわざとか?
)黒猫にライトは、場違いなほど明るい声で
「僕は名乗ったのにぃ」、と不満そうな声を洩らす。
莉伽はため息をつき、黒猫との押し問答を止め、
「莉伽」とそれだけ言う。
対して黒猫はというと、
「名前なぞない」
とライトに冷たくいい放った。
名前ないんだね、黒猫さん。
………野良猫?
「えぇ!?黒いの名前ないの?何でさ」
「必要ないからだ」
「えぇー、名前は必要だよねぇ、リカリカ」
「…リカリカって何?」
「愛称」
「………」
馴れ馴れしいな、
この幽霊……じゃなく精霊。
「じゃ、黒いのの名前リカリカが付けてあげれば?」
ライトが莉伽にそう提案する。名付け親になれって事ですか。まぁ、嫁になるよりは全然マシなんだけど……。
「じゃ、黒」
「嫌だ」
黒猫に即座に却下される。黒いの、と呼ばれるのを嫌がっていたから当然か。
「じゃ、猫」
「センスなーい」
今度はライトに却下される。まぁ、確かに猫はヒドイな。ひどすぎる。
というか君、猫の意味知ってんの?
「じゃ、ブラック」
「ブラック?」
「そう。ブラック。それでいい?」
黒猫は何も言わなかった。ブラックでいい、という事だろう。
『黒猫』改め
『ブラック』
うん。
自分には名付けセンス皆無だなーこれは、と思う莉伽であった。
安直すぎるよね。
ブラック。




