第95話 さーって、おっ始めるかね
シュウウウウウウ――。
熱を含んだ白い蒸気が、崩れかけた天景楼の周囲からゆっくりと立ち上っていた。
ガラガラッ、と少し遅れて石の崩れる音が響き、天景楼の土台へ連なる石垣の一角が耐えきれずに崩落する。積み重ねられていた石は互いの支えを失うと、そのまま斜面を転がり落ち、砕けた土や瓦礫を巻き込みながら旧白鷺城の敷地へ広がっていった。
爆風が通り抜けた場所には、まともな形を残しているもののほうが少ない。
塀は途中から折れ、屋根の一部は吹き飛び、地表には細かな亀裂が何本も走っている。周辺に生えていた木々のうちで熱波をまともに浴びたものには火が移っており、〈フレア・ショット〉の残火が焦げた枝葉を舐めるたびに、乾いた木材特有の匂いに魔力の焼けた鼻を刺す臭気が混じった。
赤い火の粉が、風に押されてふわりと浮く。
揺れている木の葉。
その下へ伸びる、黒い影。
そして、ほんの少し前まで激しく暴れていた空間へ、今度は静けさのほうがゆっくりと降りてきた。
音が消えたわけではない。
燃える木の爆ぜる音も、瓦礫が転がる音も、遠くではまだ何かが崩れている音も聞こえている。それでも戦闘のただ中にいた者にとって、攻撃と攻撃の間に生まれる数秒の空白はそれまで鳴り続けていた轟音が急に遠ざかったように感じられる。
時間そのものが遅くなったのではない。
張り詰めていた感覚が、一度に外側へ開いたのだ。
「……はぁ……っ」
ココは大きく息を吐き、握っていた弓をゆっくりと下ろした。
肩が上下する。
一度では足りず、もう一度、深く空気を吸い込む。
「はぁ……はぁ……」
直前まで、ほとんど息を止めていた。
聖騎士だからといって、呼吸という生理機能まで人間と別物になるわけではない。むしろ高密度の魔力を扱う者ほど呼吸の使い方には一般人以上の注意を払っている。
肺へ空気を取り込めば胸郭が広がり、横隔膜が下がる。
吐けば、その動きは反対になる。
ただそれだけのことに見えるが、魔力回路は血流や神経活動と完全に無関係な器官ではなく、肉体側の状態変化から少なからず影響を受ける。特に大きな出力を一度に扱う場合、呼吸が乱れれば体幹がぶれ、体幹がぶれれば魔力を送り込む際の基準となる姿勢も崩れやすい。
弓を扱うココにとっては、なおさらだった。
照準を定める瞬間に胸が大きく上下すれば、肩、肘、手首、指先まで僅かに動く。数メートル先なら誤差と呼べるほどの揺れでも、数十、数百メートル離れた射撃では、その小さな角度差が最終的な着弾位置を大きく変える。
だから射手は、息を止める。
正確には無理に肺を空にするのではなく、吸気と呼気の切り替わる一瞬、胸郭の動きが最も小さくなる“静かな場所”へ射撃動作を重ねる。
今回のココは、そこへさらに〈テンション〉の制御まで組み込んでいた。
当然、身体への負担は軽くない。
(……やった)
それでも、ココの表情には確かな手応えがあった。
テンション数「4」。
今の自分が戦闘中に安定して扱える範囲としては、相当に大きな数値だった。
しかも今回は、ただ威力を上げただけではない。
付与したエネルギーをほとんど散らさず、ひとつの矢、ひとつの着弾点、そしてひとつの爆発へ集中させることができた。
同じ総量のエネルギーであっても、それが広い面積へ散れば一箇所あたりへ加わる力は小さくなる。
反対に狭い範囲へ集めれば、局所的な圧力や熱量は急激に増える。
たとえば同じ重さを足全体で踏みつける場合と針の先端へ乗せる場合では、対象へ掛かる圧力がまるで違うのと同じ理屈だった。
〈フレア・ショット〉も例外ではない。
炎を広く撒き散らせば制圧力は増すものの、一点を破壊する力は薄くなる。今回はそこを逆転させ、攻撃範囲を意図的に狭めることで、熱、衝撃、魔力、そのすべてを少女の身体へ集中させた。
その“精密さ”を支えていたのが、夜月だった。
夜月の支援があったからこそ、〈テンション〉によって矢へ付与したエネルギーを、照準修正や追尾判断へ余分に割くことなく極限まで一射へ集中することができた。
結果として、ほとんど理想に近い形で限りなく小さな「一点」に一撃を叩き込めたのだ。
変わり果てた周囲の景色が、それを嫌というほど物語っている。
壁へ叩き込まれた少女は、まだ動かない。
少なくとも現時点では、自発的な魔力反応も観測されていなかった。
完全に意識を失っているのか。
あるいは身体だけが一時的に機能を止めているのか。
そこまではまだ断定できない。
ただ、あれほどの衝撃が極端に狭い一箇所へ集中した以上、無傷で済んでいる可能性だけは考えにくかった。
ココは小さく息を吐き、少し離れた位置へ視線を向けた。
「……助かったよ」
安堵していたのは、彼女だけではない。
そして今回、夜月に勝るとも劣らないほど重要な支援を行っていた人物がもう一人いる。
シルバーだった。
ココの矢は夜月の〈オートメーション〉によって実戦上ほとんど“必中”と呼べるほど強い軌道補正を受けていた。
その効果を成立させた最大の要因は、班単位での「連携」と夜月の能力だった。
しかし、それでも敵は“反応”していた。
反応し“きれなかった”とはいえ、矢が近づいていることその「事実」に即座に対処しようとしていた。
「反応は?」
「……今はありません」
夜月は、事前にシルバーへ伝えていた。
敵の「炎」は、外部の魔力を取り込む可能性がある。
最初に入手した黒い球体の情報。
あれが黒く見える理由の一つに、異なる魔力や物質を内部へ取り込み、分解している可能性があるのではないか。
ココの〈テンション〉によって強い一撃を与えることができても、それ自体を相手の処理機構へ取り込まれてしまえば意味がない。
その予測に対して、夜月はシルバーへ伝えていた。
敵の行動そのものを、ほんの僅かでも止められる何か。
そしてそれに該当したものが、シルバーのスキルだった。
シルバーのスキルは、〈マインド・キャンセル〉。
固有霊装〈クリアランス〉と呼ばれる杖を用い、中距離から遠距離の術式支援を得意とする彼が持つ、極めて特殊な技能の一つである。
〈マインド・キャンセル〉は、一定範囲内に入った生物の“思考処理を一時的に停止させる”。
厳密には意識そのものを消し去るわけではない。
対象が知覚した情報を次の判断へ結びつけ、行動命令へ変換する“その短い連続”を強制的に途切れさせる。
効果対象は生物に限られ、持続時間も長くて数秒。
相手の魔力量や精神抵抗、魔力回路の状態によってはそれよりさらに短くなる。
しかしこのスキルのもっとも強力な点は、その効果領域をあらかじめ“設置”できるところにあった。
言ってしまえば地雷に近い。
敵が指定した領域へ踏み込んだ瞬間、自動的に術式が起動する状況を作れるため、条件さえ噛み合えばほんの一瞬とはいえ「完全な判断停止」を生み出せる。
シルバーは自らのスキルをシオンの〈ガム〉によって“拡張”していた。
即興ではあったが、合わせ技としては十分すぎるほどの効力を発揮していた。
空中へ張り巡らせていたのだ。
敵がどこから出てくるのか。
その大まかな予測は立っていた。
しかし、その幅を一点まで厳密に指定することはできない。
そこでシオンの能力を借り、〈マインド・キャンセル〉の効果領域を薄い膜状に引き伸ばし、網のように空中へ配置していた。
敵が出てくる可能性の高い空間に網を張り。
そこへ触れた瞬間、止める。
ただでさえ反応が遅れていた状況だった。
〈マインド・キャンセル〉の領域へ触れてしまった少女は、ほんの僅かな間だけ「判断」を遮断された。
通常の生活なら、瞬きを一つ忘れた程度で終わるほど短い時間。
ただ。
間に合わなかった。
数秒どころか、ほんの数瞬でさえ命取りになる距離だった。
即座に対応しなければならない間合いだった。
不意に訪れた「空白」は、少女にとって致命的な〈隙間〉になった。
「――応援は?」
問いかけながら、シルバーは開いたままの通信符へ視線を落としていた。
外部との連絡確認については、夜月から彼へ一任されている。自分たちが敵を食い止めている間に、周辺支部や封境管理局、それ以外の関係機関へ要請が届いているかを確認し、もし返答があれば即座に戦況へ反映する――役割としては単純だが、現状では戦闘そのものと同じくらい重要だった。
封境管理局の特務封域隊がすでに現場へ到着している以上、鷺ノ浜で異常事態が起きていること自体は、外部へ伝わっている。
そこまでは間違いない。
問題は、その先だった。
「……おかしいですね。なぜでしょう」
シルバーの声が、わずかに低くなる。
通常、地方支部の管轄内で広域緊急要請が発令された場合、その情報は一つの通信先へ向けて送られるわけではない。近隣支部、巡回中の聖騎士、封境管理局、指定された行政機関といった複数の経路へ同時に信号が流れ、登録済みの通信符には〈緊急共鳴〉と呼ばれる警告波が走る。
音が鳴る、という表現とは少し違う。
通信符同士を繋いでいる魔力波形へ、ごく短い強制信号を重ねる仕組みに近い。
通常の会話通信では、送り手が相手の識別式を指定し、その通信符と一対一、あるいは限られた人数で回線を開く。だが〈緊急共鳴〉の場合、あらかじめ登録された一定範囲の識別式へ同一の波形を一斉送信するため、受信者が通信を開いていなくても通信符そのものが微弱に振動し、使用者の魔力回路へ警告として伝わる仕組みになっている。
眠っていても気づくように作られている、とまでは言わない。
それでも戦闘任務中の聖騎士が見落とすような信号ではない。
しかも現在の鷺ノ浜周辺には、東霞第一支部、第二支部、封境管理局に加え、異常災害への対応を目的として王宮魔導院の臨時通信線まで重ねられている。
本来なら、一つの回線に異常が起きても別の経路が生き残る。
それが通信網に複数の系統を持たせる理由だった。
一本の橋が落ちても、別の橋から渡れるように。
だからこそ奇妙だった。
シルバーたちはすでに要請を送っている。
送信履歴も残っている。
通信符の内部式にも、発信そのものが失敗した形跡はない。
にもかかわらず。
緊急応答がない。
確認信号もない。
近隣支部からの通常返信さえ、一つも戻ってきていなかった。
そんなことが、本当にあり得るのか。
最初の要請からはすでに十分な時間が経っている。
たとえ東霞第一支部が戦闘対応中だったとしても、第二支部か封境管理局の外周部隊、あるいは通信管理担当の誰かが受信確認だけでも返してくるはずだった。
全員が同時に応答不能になる状況など、普通は考えにくい。
それこそ。
通信先の全員が沈黙しているのではなく。
こちら側だけが、外部から切り離されていると考えたほうが自然なくらいに。
「気を抜けば死にますよ」
「っ――」
背後から穏やかな声が届き、シルバーは弾かれたように振り返った。
そこに立っていたのは、背の高い男だった。
細身ではあるが頼りなさはなく、長い手足を持つ身体には、余計な力を一切入れていない者特有の静かな安定感がある。切れ長の目、その下へ薄く影を落とす痩せた頬、そして肩から膝近くまで垂れる灰色の外套。
ヴァルター・シュトラースベルガー。
「……あ」
シルバーの口から、意味を持たない声だけが漏れた。
もちろん、名前は知っている。
封境管理局直轄〈第三特務封域隊〉副隊長。
異常災害、特に通常の封域術では対処しきれない高危険度事案を担当する実戦要員であり、通称は〈豹牙〉。
第十九班の面々にとっては、記録や報告書の中で見かける側の人間だった。
実績。
経験。
対異常災害における生還回数。
どれを取っても、自分たちとは明らかに違う。
強い人間を前にしたから怖い、という単純な緊張ではなかった。
自分たちが今まさに必死で処理している状況を、この男は過去に何度も経験しているのだろう。
そう考えた途端にこちらの未熟さまで見透かされているような気がして、自然と背筋が伸びた。
「何者かが、通信そのものへ干渉しているようですね」
「……干渉?」
「ええ」
シュトラースベルガーは通信符へ一度視線を落とし、すぐに周囲へ目を向けた。
「少なくとも、単純な回線障害ではなさそうです。送信記録が正常に残っている以上、あなた方の通信符は“送ったつもり”になっている。にもかかわらず外から応答がないのであれば、信号が一定距離を越えたところで消されているか、あるいは別の波形へ崩されている可能性が高いでしょう」
「そんなことが……」
「できますよ。難しいですが」
言い方は、ひどく穏やかだった。
「魔力通信は、結局のところ一定の規則を持った波です。波である以上、重ねれば乱れますし、位相を合わせれば弱めることもできる。まったく同じ波を反対向きにぶつければ完全に消える、などというほど単純ではありませんが、受信側が識別できない程度まで形を崩すことなら可能です」
魔力通信は、術者の魔力をそのまま遠くへ投げているわけではない。
発信時に通信符内部の術式が魔力へ一定の周期と識別情報を与え、それを周囲の魔力場へ伝播させ、受信側が同じ規則を読み取ることで内容を復元する。
つまり、途中でその規則性だけを壊されれば。
信号そのものが届いていたとしても、受信者から見ればただの雑音と変わらない。
ただし、単純な通信妨害だけでは説明しきれない点が、まだ残っていた。
鷺ノ浜で何らかの異常が起きているという情報そのものは、ニ時間前の時点ですでに外部へ共有されている。第十九班も各調査隊もその前提に基づいて正式な派遣命令を受け、この土地へ集められている以上、今さら「鷺ノ浜では何も起きていない」と異常そのものを隠蔽する意味は薄い。
問題はそこではなく、異常が発生したという最初の情報に続いて、外部が現在どのような“続きを受け取っているのか”――シュトラースベルガーが疑っているのは、むしろそちらだった。
「恐らく、向こう側の仕業でしょう」
シュトラースベルガーが静かに言った。
その物言いには、妙な余裕があった。
細い目尻に沿うように伸びた眉は僅かに下がっており、黙っていれば人当たりの良い学者か教師にでも見える。
けれど、どこか掴みにくい。
表情は柔らかいのに、目だけは周囲のあらゆる変化を拾い続けている。
穏やかな顔の上へ誰にも見せていない別の表情を薄紙一枚だけ重ねているような、そんな奇妙な距離があった。
「……何か、別の報告が流れている?」
シルバーの呟きに、シュトラースベルガーは小さく頷いた。
「その可能性は、考えておいたほうがいいでしょう」
彼はシルバーの通信符へ視線を落としたまま、どこか講義でもするような落ち着いた声で続ける。
「通信というものは、内容だけを送っているわけではありません。誰が発信したのか、どこから送られたのか、どの任務に紐づいた報告なのか、受信側が何を返したのか――そうした識別情報や履歴まで含めて、一つの通信として扱われます」
魔力通信において情報と呼ばれるものは、文章や音声だけではない。通信符が信号を発するとき、その魔力波形には発信者固有の識別式をはじめ、所属、任務番号、発信時刻、通信先、優先度といった複数の付帯情報が重ねられ、受信側はそれらを照合したうえで、「誰から届いた、どの任務に関する正式な通信なのか」を確認し、初めて内容を復元する。
だから本来であれば、第三者が文章だけを真似したところで、本人の通信として認証されることはない。
けれど逆に言えば、もし文章ではなくその“外側”にある識別式や認証情報まで模倣できるのなら、話はまったく変わってくる。
「たとえば、こちらから送った緊急要請を、わざわざ途中で消す必要すらないのかもしれません」
「……どういう意味です?」
「通信が出たという事実だけは残し、その先で内容だけを別の形へ置き換えるんです。あるいは、それより厄介な方法を取るなら――こちらが送った通信に対して、外部から返された応答そのものを、途中で別のものへ作り替える」
シルバーの表情が、わずかに強張った。
通信は、一方向へ情報を投げて終わる仕組みではない。現場から報告を送れば受信側は受領確認を返し、必要に応じて追加の質問を寄越す。現在位置を確かめ、被害規模を尋ね、必要な支援人数や危険度の変化を確認し、その往復によって外部は現場の状況を少しずつ更新していく。
もし何者かがその往復の途中へ入り込み、双方へ異なる情報を返しているのだとすれば。
外側では今も、自分たちと正常な通信を続けているつもりになっている可能性がある。
「……偽の受領確認まで?」
「ええ。むしろ、そこまでやらなければ意味が薄いでしょうね」
シュトラースベルガーの声音は淡々としていたが、説明している内容は決して軽くない。
「外側の担当者が『鷺ノ浜から何も返ってこない』と認識すれば、その時点で通信障害や現場壊滅を疑って、別の手段を取ります。ですが記録上、『定時報告を受領した』『現地責任者と連絡済み』『危険度に大きな変化なし』と確認できているのなら、緊急性を判断する材料そのものが失われる」
それは、情報を消す方法ではない。
むしろ、情報を残したまま意味だけをすり替えるからこそ質が悪い。
外部が本来なら抱くはずだった疑問や違和感を、疑問として形になる前に潰してしまうやり方だった。
たとえば外側から鷺ノ浜へ、〈現地状況を報告せよ〉という確認通信が送られたとする。その信号が実際の夜月たちへ届く前に、何者かが同じ識別経路へ入り込み、正式な形式を装って〈調査継続中〉〈危険度に変化なし〉〈人員損耗、軽微〉〈増援不要〉と返してしまえば、それだけで通信記録上はひとつの往復が完成する。
文章は、むしろ短いほうが都合がいい。
詳細を書けば、そのぶん実際の部隊構成や現地状況との食い違いが増えるが、最低限の内容だけを、正しい通信形式、正しい発信者識別、正しい任務番号、正しい時刻情報とともに返しておけば、受信側の記録には機械的に「応答済み」が残る。
さらに厄介なのは、魔力通信が複数の中継点を経由する仕組みである以上、操作すべき対象が必ずしも本文そのものとは限らない、ということだった。
経路情報、受領時刻、優先度、緊急度、送信者の識別印、どの中継術式を通過したのかという履歴――それらは一見すれば通信本文より重要度が低いように思えるが、実際には外部が「この情報をどう扱うか」を決めるための基準になっている。
だからその一部を書き換えるだけでも、外側から見える状況は大きく変わる。
緊急信号を通常報告として処理させることもできる。未確認の通信を受領済みに見せることもできる。本来なら複数部署へ同時共有されるはずの報告を、一部の管理系統だけで処理済みに見せかけることだって、理屈の上では不可能ではない。
そうなれば、誰も「情報が消えた」とは考えない。
第一支部は、封境管理局が処理していると思う。
封境管理局は、現地責任者からすでに報告が上がっていると思う。
王宮魔導院は、自分たちへ追加要請が来ていない以上、状況は管理下にあると判断する。
全員が、自分以外の誰かがすでに処理を済ませていると思い込む。
通信網そのものを完全に止めてしまうより、そのほうが遥かに静かで異常の発見も遅れる。
「外側では……もう、こちらから返事が来ていることになっている?」
シルバーの声が、自然と低くなった。
「可能性はあります」
シュトラースベルガーの返答は短い。
ただ、その一言が意味するものは重かった。
自分たちはここで、助けを求めている。
それなのに外部の記録上では、第十九班が、あるいは封境管理局が、あるいは現地責任者の誰かがすでに状況を報告し、支援は必要ないと判断し、任務を予定どおり継続していることになっているのかもしれない。
現実では戦闘が続いているのに、帳簿の上では平常。
こちらでは人員が消耗しているのに、外では損耗軽微。
現場が増援を求めているにもかかわらず、記録上の現場自身が「増援不要」と答えている。
その食い違いは、単なる誤報とは性質が違う。
誤報なら、どこかに事実との矛盾が残る。
だが通信経路そのものへ介入して、質問と返答を対になった形で偽装されれば、外部から見た情報だけは整合してしまう。
「……でも、そこまで正確に偽装するなら、発信者の識別式まで必要になりますよね」
シルバーの問いに、シュトラースベルガーは僅かに目を細めた。
「そうですね」
「通信符ごとの識別式は、普通なら外から簡単に読めるものじゃない。少なくとも、戦場で一度信号を拾ったくらいで完全に再現できるようには作られていないはずです」
「その通りです」
通信符の識別式は、単なる名前札ではない。
使用者固有の魔力特性と通信符内部の術式構造を組み合わせ、そこへ所属情報や登録番号を紐づけた認証鍵に近いものであり、表面上の波形だけを真似ても、照合段階で細かな不一致が生じるよう設計されている。
つまり、識別式まで自然に偽装できるということは。
相手が通信を“見てから真似た”だけではない可能性が高い。
そこで初めて、シュトラースベルガーの口元に残っていた薄い笑みが消えた。
「だから、厄介なんですよ」
声の調子は変わっていない。
それなのに、その場の温度だけが僅かに下がったように感じられた。
識別式を偽装できるということは、単に高度な魔力通信への干渉技術を持っている、という話ではない。
誰が鷺ノ浜へ派遣されたのか。
誰がどの通信符を使用しているのか。
各組織がどの順番で報告を上げるのか。
緊急時には、どの部署がどの通信系統を優先して使用するのか。
場合によっては、通信符そのものが持つ認証構造や封境管理局内部の運用規則まで。
相手が事前に把握している可能性を意味する。
偶然その場に居合わせた誰かが、即興で通信を妨害しているだけでは説明がつかない。
識別式を知るには、情報がいる。
通信経路を偽装するには、制度を理解している必要がある。
複数機関へ矛盾のない偽報を流すなら、それぞれの連絡体系や判断基準まで把握していなければ、どこかで綻びが出る。
準備が必要だった。
しかも、その準備は今回の異常が起きるより前から始まっていなければならない。
シルバーは通信符を見つめたまま、無意識に指先へ力を込めた。
もう、これは通信障害などという軽い言葉で片づけられるものではなかった。
現地で実際に起きている事実と、外部の人間が「現在の事実だ」と認識しているもの、その二つを意図的に切り離し、それぞれ別の形へ組み立て直すための工作。
情報を遮断するのではなく。
情報の先にある判断を操作する。
言い換えれば、彼らは鷺ノ浜を外の世界から隠しているわけではない。
むしろ見せている。
ただし、それは今ここに存在する鷺ノ浜ではない。
戦闘も、損耗も、増援要請も存在せず、すべてが予定どおり進んでいることになっている、作り物の現場。
外側の世界へ向けて、彼らは本物の鷺ノ浜の上に――“別の鷺ノ浜”を重ねて見せているのだ。
「来ますよ」
「……え?」
耳を疑うより先に、周囲の空気が変わった。
先ほどまでとは、違う種類の緊張だった。
誰かに見られているわけではない。
音がしたわけでもない。
それでも身体の奥が、理由を理解する前から危険を告げ始める。
悪寒。
得体の知れない何かが、地中の深いところでゆっくりと温度を上げている。
まだ噴き出してはいない。
しかし確実に沸騰へ近づいている。
午後の空気そのものは澄んでいた。
本来なら海から入り込んだ風には鼻の奥を冷やす程度の涼しささえ残っている。
ところが今は、その空気に別の重さが混ざっていた。
鉛を細かく砕いて肺の中へ流し込まれたような、鈍い圧迫感。
足首へ見えない何かが絡みつき、身体全体が地面へ数センチずつ沈められていくような錯覚まである。
喉が乾いた。
肌が熱を拾う。
しかも、その熱は上から降りてくるのではない。
地面の底から滲み出し、靴底を抜け、足首から脛へ這い上がってくる。
彼に言われるまでもなかった。
——誰かが来る。
そう理解するより早く反応したのは、夜月だった。
「……魔力場が、上がってる」
短い声。
彼女は周囲へ展開していた感覚を狭め、地表付近へ集中させる。
魔力場は空気と違って、目で直接見ることはできない。
それでも高出力の魔力が一定範囲へ集まり始めれば、周辺に存在する弱い魔力の流れを押し退け、局所的な偏りを生む。
水面へ大きな石を沈めれば、その周囲の水が押し出されるのと似ている。
夜月が捉えたのは、その“押し出され方”だった。
同時に空気の温度も僅かに上がっている。
地面付近の上昇気流が強くなり、粉塵が不自然に持ち上がり始めた。
ボッ。
崩れ落ちていた天景楼の瓦礫が、小さく跳ねた。
ひとつ。
ふたつ。
やがて細かな石片や瓦の欠片が、目に見えない手ですくわれるように宙へ浮き上がっていく。
噴水に似ていた。
ただし水の代わりに吹き上がっているのは砂と瓦礫だ。
地表から立ち上った茶色い粉塵は、まっすぐ伸びるのではなく内部から押し広げられるように丸く膨らんだ。
風船へ少しずつ空気を入れていくように。
その濁った輪郭の奥。
最初はただの影だったものが、次第に人の形を持ちはじめる。
右手には、だらりと下げた赤い剣。
足取りは遅い。
急いでいる様子もない。
それでも、一歩ごとに周囲の空気が押し退けられているように見えた。
――来る。
ココが弓を上げる。
シルバーも〈クリアランス〉を握り直した。
夜月は魔力の流れを再確認しながら、一歩だけ重心を落とす。
全員が反射的に構えた。
けれど、そこで理解する。
先ほどまでとは条件が違う。
ロックが作ってくれた好機は、永続する優位ではなかった。
敵が地中から前へ出てきたあの瞬間だけ、こちらの射線と敵の移動経路が重なり、ココたちにとって最も都合の良い距離が生まれていた。
いわば、互いの間合いが偶然ではなく戦術的に一点へ圧縮された状態だった。
だから〈フレア・ショット〉は通った。
だから〈マインド・キャンセル〉も決定打になった。
しかし今は違う。
敵はすでにこちらの存在を認識している。
姿勢も崩れていない。
どこへ移動するかも、自分で選べる。
先ほどはこちらが作った“線”へ敵を通すことができた。
敵が前へ出たあの瞬間にこそ、互いの有利な距離と間合いが重なっていた。
「下がっていなさい」
シュトラースベルガーは、封境管理局の隊員たちと合流するよう夜月へ告げた。
通信を遮断している「何か」は、まだ特定できていない。
ならば一度この封鎖域の外まで出て、通信符ではなく直接別系統の連絡手段を使って応援を要請する。
夜月は彼の意図をすぐに理解した。
しかし。
ドッ――。
最初に鳴ったのは、地面の奥を巨大な槌で叩いたような、腹の底へ響く鈍い音だった。
続いて、ドッドッドッ、と短い振動が連なり、夜月たちの足元を中心として地表が不自然に盛り上がる。石と土が押し退けられ、亀裂が幾筋も走ったかと思えば、その割れ目から紫色の繊維をまとった巨大な“植物”が一斉に噴き出した。
生えた、という言葉では足りなかった。
根が芽吹き、茎が伸び、時間をかけて形を作るような穏やかな成長ではない。地中で完成していた何かが合図を待っていたかのように一気に地表へ押し上げられ、何本もの太い蔓を四方へ弾き出したのだ。
「……なっ」
誰かの声が、途中で途切れた。
夜月が視線を下げた頃には、すでに遅い。
足首へ巻きついた一本が膝まで這い上がり、別の蔓が腰を絡め取り、さらに細い枝状の繊維が腕と手首を縫うように締めつけている。
一本ずつが動いているのではない。
地中に広がった巨大な一つの構造物が、必要な場所へ必要な本数だけ“腕”を伸ばしている。
そんな挙動だった。
夜月だけではない。
シルバーも。
ココも。
少し離れていたシオンとモモカさえ、ほぼ同じタイミングで拘束されている。
偶然近くにいた者を絡め取った、という捕縛ではなかった。
最初から人数と位置を把握したうえで、一人につき複数方向から伸びている。
地面そのものが、こちらの足元だけを選んで襲ってきたようだった。
「くっ……!」
夜月が身体を捻る。
しかし蔓はその動きへ合わせるように締まり方を変え、力を逃がすどころか逆に関節が動きにくい方向へ圧力を掛けてきた。
拘束が完成するまで、ほとんど時間は掛かっていない。
予期していなかった。
警戒していなかったわけではない。
問題は、警戒していた方向が違ったことだった。
視線は敵へ向けていた。
魔力反応も前方と上空を中心に追っていた。
それなのに攻撃は足元という最も近く、それでいて意識から外れやすい場所から現れた。
戦闘では正面へ集中するほど背後が薄くなり、上へ注意を向ければ足元への監視が減る。人間の視野にも魔力感知にも処理できる情報量には限界があり、すべての方向へ同じ精度で警戒を割り振ることはできない。
その僅かな偏りを、正確に突かれていた。
ザッ。
瓦礫を踏む音がする。
身動きの取れない夜月たちの前へ、ゆっくりと近づいてくる影があった。
赤い瞳だけが、暗がりの中でひどく鮮明だった。
観測値――五〇〇〇S。
「……上がってる」
夜月が掠れた声で呟いた。
先ほどまで三六〇〇S前後を推移していた数値が明らかに跳ね上がっている。
単純に魔力を放出している量が増えた、というだけでは説明しにくい上昇幅だった。全身を覆う黒い魔力は煙のように揺らぎながらも外へ散らず、赤髪の少女の周囲へ何層にも折り重なっている。
通常、身体から漏れ出した魔力は距離とともに拡散する。
密度が下がれば観測値も落ちる。
ところが今の少女は違った。
放出された魔力が周囲へ逃げず、自身の近くへ再び引き寄せられ。まるで厚い外殻を作るように循環している。
同じ魔力量でも、広く散らすより狭い範囲へ圧縮したほうが局所的な密度は高くなる。
五〇〇〇Sという数字が示していたのは、単なる“量”だけではなくその濃さまで含めた異常値だった。
そして。
その反応へ引かれるように、さらに別種の巨大な魔力が上空へ現れた。
「……上?」
一同の視線が、ほぼ同時に天景楼の上へ向く。
黒脈断層。
夜空そのものへ傷を刻んだように浮かぶ歪な裂け目、——その縁に二人の人影が立っていた。
「どれどれ。ざっと六人くらいか? ……レッドは何してんだ?」
気の抜けた声だった。
この場に漂っている張り詰めた空気など、最初から自分とは関係がないとでも言うような口調。
声の主は少女だった。
長い髪を左右で二つに結び、その毛先は腰の下まで流れている。
色は青灰色。
冷たい色合いの髪とは対照的に、表情にはどこか悪戯っぽい幼さが残り、紫に近い濃色の口紅をした唇近くには小さな金属飾りが埋め込まれている。
口元から覗く小さな八重歯がその印象をさらに強めていたが、肩へ担いでいるものだけはその可愛らしさから最も離れていた。
巨大な鎌。
本人の背丈とほとんど変わらないほど長い柄の先に、幅広の刃が弧を描いている。
刃は艶を帯びた濃い紫。
表面には細かな紋様が幾重にも絡まり、単なる装飾ではなく魔力を流すための術式線にも見えた。黒い柄の末端には鉤爪を思わせる重い金属装飾が取りつけられ、持ち主の細身の体格とは不釣り合いなほど武器だけが異様な存在感を放っている。
少女の長いスカートには縦方向へ留め具が並び、腰近くまで開けられるようになっていた。
その内側から覗くのは動きを妨げない短衣と、脚へ密着する戦闘用の脚衣。
肩を大きく露出させた上衣も含め、見た目だけならかなり奇抜だ。
けれど巨大な鎌を自在に扱うことを前提に考えれば、むしろ動作を邪魔する布を極力減らした実戦的な構造とも言えた。
その隣——
「口を慎め。曲がりなりにも、姫様の血縁者なのだぞ」
男が淡々と告げた。
低くも高くもない、感情の起伏に乏しい声だった。
王都でもごく限られた部署の秘匿手配書にしか情報が記載されていない危険人物。
封境管理局、黒蓮、銀桂の一部上層だけが詳細を共有しているという、〈刻印者〉の一人。
――Dr.フーゴ。
身体に刻まれた識別刻印は、〈Ⅺ-2〉。
金髪ショートのオールバックと、四角い顔。
ラウンド型のサングラスが目元を隠していた。
ライトグリーンのレンズが、太陽光にあたって反射している。
白いトレンチコートの下には、膝近くまで届く長靴。
土埃の舞う場所には似つかわしくないほど磨かれていて、動くたびに鈍い艶を返していた。
「対象は?」
「ちゃんと捕まえてるよ」
青灰色の少女は、足元を見下ろしながら軽く顎をしゃくった。
夜月たちを拘束している紫色の植物。
それこそが、彼女の術式だった。
アイリーン・シトラス。
識別刻印、〈Ⅺ-5〉。
既存資料では土属性系統の魔力反応を示すとされているものの、具体的な術式構造や能力範囲には未確認部分が多い〈刻印者〉の一人。
オフショルダーのトップスから紡がれるアウトラインのそばでぶら下がった刀身が、尖った巨大鎌の存在感を余計に際立たせていた。
もっとも。
夜月たちが、その情報へ辿り着けるはずもなかった。
そもそも〈刻印者〉という名称自体、王都で一般公開されているものではない。
通常の聖騎士が閲覧できる資料に残っているのも、異常事例や未確認術者に関する断片的な記述ばかりで、〈Ⅺ-2〉や〈Ⅺ-5〉という数字が何を意味しているのか、同じ〈Ⅺ〉を冠する者同士にどのような共通点があるのか、その体系まで把握している者はごく限られている。
夜月たちから見れば。
今、天景楼の上に立っているのは。
正体の分からない、桁違いの魔力反応を持つ二人組。
——それ以上でも、それ以下でもなかった。
「んじゃ、お先に」
アイリーンが軽く片手を上げる。
そして、躊躇なく屋根を蹴った。
身体が夜空へ投げ出される。
飛び降りるというより地面へ向かって自分から突っ込んだ、と表現したほうが近かった。
頭を下へ向けたまま落下速度を稼ぎ、大きな鎌を背中側へ流して空気抵抗を減らす。
その姿勢には無駄がない。
人間が高所から落下すると、重心と空気抵抗の位置がずれたぶんだけ身体は回転しやすくなる。
普通なら、それを抑えるために手足を広げる。
ところがアイリーンは逆だった。
最初から回転を利用するつもりで、身体を細くまとめている。
ヒュンッ。
地面が迫ったところで、腰を軸に身体をひねった。
鎌の重量も利用しながら回転方向を変え、頭から下になっていた姿勢を足が下へ来る形へ反転させる。
バシュッ――!
両足が地面へ叩き込まれた。
着地と同時に膝を深く曲げ、股関節と足首まで使って落下の力を受け流す。
高所からの落下では、衝撃そのものを消すことはできない。
大切なのはその「力」を一箇所で止めないことだった。
膝だけで受ければ関節へ負荷が集中する。
全身を沈めながら受ければ減速に使える距離が増え、そのぶん単位時間あたりの衝撃を小さくできる。
それでも。
アイリーンの落下速度は、人間の脚力だけで処理できる範囲を明らかに超えていた。
グンッ、と地面が沈む。
円形に土がへこみ、細かな亀裂が周囲へ走る。
残った運動エネルギーの一部を、足元の土そのものへ逃がしていた。
担いだ鎌が上下へ大きく揺れ、その重さに引かれるように青灰色の髪もふわりと遅れて落ちてくる。
砂煙が立った。
アイリーンは片手を軽く振り、目の前へ漂った埃だけを鬱陶しそうに払う。
「さーって」
赤紫に近い瞳が細くなる。
「おっ始めるかね」
鎌は、まだ肩へ担いだままだった。
それなのに。
その場にいた誰も、彼女が無防備だとは思わなかった。
アイリーンは笑っていた。
不敵というより、これから始まる遊びを楽しみにしている子供に近い。
けれどその笑みのままリンたちへ歩いてくる姿には、妙な余裕があった。
「……くッ」
手足へ絡みついている植物は、ただの植物ではなかった。
強靱で、きめ細かな繊維が奥深くまで絡み合っている。
蔓と呼ぶには太い。
木の幹と呼ぶには柔らかい。
繊維の色は紫。
いくつかの濃淡が重なったような色合いだったが、自然の植物として見るにはあまりにも毒々しかった。
造形そのものは確かに植物の“それ”である。
にもかかわらず。
それ以上の異質さが、随所へ染み込んでいる。
折り曲げられるはずなのに、ある方向へだけはまるで折れない。
柔らかいはずなのに、力を加えた場所だけ硬くなる。
物体でありながら、一定の形へ固定されていない。
二つの矛盾した性質を同時に抱えているような、不自然な感触だった。
近くで見れば見るほど、それは顕著になる。
振りほどこうとしても、振りほどけない。
夜月は植物の内部へ雷属性魔力を流し込んだ。
内側から灼き切る。
少なくとも通常の植物組織なら、水分と魔力を含む以上、電流を通す経路にはなり得る。
そこで生じる熱を利用し、繊維内部から焼き切る。
一部でも構造を崩せれば、拘束を解く足掛かりになる。
ほかのメンバーも同じように、自分の能力で脱出を試みていた。
ココは手首を締めつける蔓へ炎属性魔力を集める。
外側から焼き払う。
シルバーは〈クリアランス〉へ魔力を戻しながら、植物そのものが生物判定に入るのかを測る。
シオンは拘束部の粘性と硬度の変化を観察し。
モモカは身動きのできない姿勢のまま、それでも自分の周囲へ新たな〈プリン〉を形成できる余地がないか探っていた。
そして。
夜月の紫電が。
蔓の内部へ、深く潜り込んでいった。




