■第6話「守りたいと思うやつがいると、人はちゃんと強くなる」
人が強くなる理由なんて、だいたい決まっている。
守りたいものがあるかどうかだ。
それがあるやつは、勝手に強くなる。
――たとえ本人がそれを望んでいなくても。
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「……あの人、今日も来てますね」
ギルドの片隅。
リオが小声で言った。
視線の先には、一人の男がいる。
整った顔立ちに、ややきつい目つき。
無駄のない装備。
若いが、明らかに実力者の雰囲気。
「カイン・ヴェルド……だっけ」
「はい。最近名前上がってる人です」
リオが頷く。
「Aランク目前って噂で」
「へえ」
ガルドは興味なさそうに酒を飲む。
「で?」
「で、じゃないですよ」
リオはため息をつく。
「問題はそこじゃなくて……」
ちらりと、別の方向を見る。
そこには――
「セリアさん、これお願いします」
「はい、今行きますね」
忙しそうに動くセリアの姿。
そのセリアを、カインはじっと見ていた。
「ああいうことです」
「なるほどな」
ガルドが頷く。
「わかりやすい」
「ですよね」
「惚れてるな」
「完全にそうですね」
その時。
カインが立ち上がった。
まっすぐセリアの方へ歩いていく。
「セリア」
「え? あ、カインさん」
セリアが振り向く。
「今日の依頼、無事終わった」
「そうなんですね、お疲れ様です」
「……これ」
小さな袋を差し出す。
「え?」
「薬草。いいやつだ。使ってくれ」
「そんな……ありがとうございます」
セリアが困ったように笑う。
カインはそれだけ言って、戻っていった。
「……わかりやすいな」
ガルドが呟く。
「ですね」
「いいやつじゃねえか」
「いい人ではありますね」
「でも報われなさそうだ」
「それ言います?」
リオが苦笑する。
⸻
「ガルドさん」
その時、セリアがこちらに来た。
「おう」
「今度、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「なんだ」
「採取の護衛をお願いできませんか?」
「採取?」
「はい。少し珍しい薬草で……森の奥にあるんです」
「危険か?」
「そこまでではないんですけど……一人だと少し不安で」
ちらりと、リオを見る。
「もちろん、リオさんも一緒に」
「はい、ぜひ」
リオは頷く。
「報酬は?」
「えっと……あまり高くはないんですけど……」
「いいぞ」
即答だった。
「え?」
「いいって言ってる」
「本当ですか?」
「たまにはまともなことする」
「たまにはってなんですか」
リオが呆れる。
セリアは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
⸻
翌日。
森の中。
「この辺りですね」
セリアが地図を確認する。
「どんな薬草なんだ?」
ガルドが聞く。
「“ルミナ草”っていうんですけど……」
「光るやつか」
「はい。治癒効果が高くて」
「へえ」
その時だった。
「……やっぱり来たか」
声がした。
振り向くと――
カインが立っていた。
「カインさん?」
セリアが驚く。
「一人で行くって聞いたからな。危ないと思って来た」
「でも……」
「問題ない」
カインの視線が、ガルドに向く。
「……そいつは?」
「ガルドさんです。護衛をお願いして」
「……ああ」
明らかに警戒している目。
「こんなやつで大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ」
セリアは即答した。
「ガルドさん、すごいんです」
「へえ」
カインは鼻で笑う。
「見た目はただのおっさんだが」
「それは否定しません」
リオが言う。
「でも、強いです」
「……そうか」
カインは納得していない顔だった。
⸻
森の奥へ進む。
空気が少し重くなる。
「この辺りからですね」
セリアが言う。
「気をつけてください」
「おう」
ガルドは軽く返す。
その時。
気配。
複数。
「来るぞ」
ガルドが呟く。
次の瞬間――
影が飛び出した。
狼型の魔物。
三体。
「任せろ!」
カインが前に出る。
速い。
無駄のない動き。
一体を一瞬で仕留める。
「……やるな」
ガルドが呟く。
リオも戦う。
連携はまだぎこちないが、確実に成長している。
残り一体。
セリアに向かう。
「危ない!」
カインが叫ぶ。
間に合わない。
――その瞬間。
ガルドが動いた。
一歩。
それだけで、間に入る。
剣が閃く。
魔物は、何もできずに崩れた。
静寂。
「……今の」
カインが目を細める。
「速すぎる……」
「普通だ」
ガルドはあくびをした。
「普通じゃない」
カインが言う。
「今の動き……見えなかった」
「そうか?」
「……」
カインは黙る。
何かを考えている。
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しばらく進むと――
「ありました」
セリアがしゃがみ込む。
淡く光る草。
「これがルミナ草です」
「綺麗だな」
リオが言う。
「はい」
セリアが嬉しそうに笑う。
その様子を、カインが見ている。
優しい目だった。
「……」
ガルドはそれを横目で見ていた。
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その時だった。
地面が揺れる。
「……なんだ?」
ガルドが眉をひそめる。
次の瞬間――
大きな影が現れた。
巨大な獣型の魔物。
「……ボス級か」
ガルドが呟く。
「なんでこんなところに……」
リオが構える。
カインが前に出る。
「俺がやる」
「無茶だ」
ガルドが言う。
「下がれ」
「下がらない」
カインは言い切った。
「守る」
短い言葉。
視線は、セリアに向いている。
「……ああ、そうか」
ガルドが少しだけ笑う。
「そういうことか」
「何がだ」
「いいからやってみろ」
ガルドは下がる。
「リオ、フォローしろ」
「はい!」
戦闘が始まる。
カインは強い。
だが――
押されている。
相手は格上だ。
「くっ……!」
傷が増える。
それでも、引かない。
セリアの前に立ち続ける。
「下がれって言ったろ」
ガルドが呟く。
だが、動かない。
「……まあいい」
その時。
カインが踏み込む。
無茶な一撃。
だが――
当たる。
急所。
魔物が崩れる。
静寂。
「……やった」
カインが息を吐く。
そのまま、膝をついた。
「カインさん!」
セリアが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「問題ない……」
傷だらけだが、立っている。
セリアが回復魔法を使う。
光が包む。
優しい光。
カインはその光を見て、少しだけ笑った。
⸻
帰り道。
「無茶しすぎだ」
ガルドが言う。
「……わかってる」
カインが答える。
「でも、やるしかなかった」
「だろうな」
「……あんたは動かなかった」
「必要なかったからな」
「……そうか」
少しだけ悔しそうな顔。
だが、納得もしている。
⸻
「カインさん」
セリアが言う。
「今日はありがとうございました」
「……いや」
「助かりました」
笑顔。
その一言で、カインの表情が緩む。
「……そうか」
それだけだった。
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守りたいと思うやつがいると、人はちゃんと強くなる。
無茶をする。
限界を超える。
それでも立つ。
――それが強さだ。
⸻
「なあリオ」
「なんですか」
「あいつ、伸びるぞ」
「ですね」
「ただし」
「ただし?」
「方向間違えると死ぬ」
「物騒ですね」
「事実だ」
ガルドは笑う。
⸻
「ガルドさん」
セリアが呼ぶ。
「今日は本当にありがとうございました」
「気にすんな」
「またお願いしてもいいですか?」
「酒奢るならな」
「え、えっと……考えます」
「冗談だ」
「半分本気ですよね」
リオが言う。
ガルドは笑う。
⸻
帰り道。
カインは少し後ろを歩いていた。
視線は、セリアへ。
その距離は、少しだけ遠い。
だが――
確かに、繋がっていた。
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「なあリオ」
「なんですか」
「若いっていいな」
「急にどうしたんですか」
「いや、なんとなく」
ガルドは空を見上げる。
「まあ、めんどくせえけどな」
「どっちですか」
「両方だ」
リオは笑った。
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騒がしくて、少しだけ温かい日常は――
今日も、ちゃんと続いていく。
そしてその中で、誰かが少しずつ強くなっていく。




