閑話 ハッズの諜報網
光差す場所には必ず対となる影も存在する。
それはグロリアス王国で最も発展した都でも同様だった。
道端に置かれた樽の裏、建物と建物の僅かな隙間、部屋に置いてある家具の隅に至るまで。そんな意識しなければ気にも留めない場所にて――その二匹は話していた。
「ちゅう」
「チュ」
一方はハッズだ。ダンジョン装備の黒子頭巾を身に纏い上手く影と同化している。
もう一方は普通のネズミだった。ハッズよりも小さい身体は茶色の毛で覆われている。黒子姿のハッズに臆することなく会話を続けている。
「ちゅ」
しばらくするとハッズは懐から何かを取り出した。
香ばしい匂いがふわりと漂う。
「チュ!」
それは一粒のナッツだった。
ハッズの食事用としてマァが渡した物。
どうやら食べずに隠し持っていたようだ。
「ちゅう」
ハッズが片手で差し出したそれを両手で受け取る茶ネズミ。
目がキラキラと輝き、色んな角度からナッツを眺める。
中々手に入らないご馳走なのだろう。
カリカリカリッ
茶ネズミはその場で食べ始めた。
住処まで我慢出来なかったようだ。
「チュ~」
食べかけのナッツを一度床に置き、目を細め頬を両手で抑えている。
とても美味しいらしい。
鼻がピクピクと動いていた。
「ちゅう」
ハッズはその様子に頷く。
自身もその味を思い出しているのだろう。
じんわりと口の端に涎が滲んでいた。
「チュウ」
その後すぐにナッツを食べ終わった茶ネズミは、慌てた様子でハッズに頭を下げる。
変なところを見せてしまったと後悔しているのかもしれない。
「ちゅ」
ハッズが鳴くと茶ネズミはゆっくりと頭を上げた。
気にしないように伝えたのだろう。
茶ネズミは一つ頷くと、ハッズに背を向けて歩き出す。
「チュ」
少し先で立ち止まり、ハッズの方へ振り向いた。
どうやらついて来て欲しいらしい。
「ちゅ」
ハッズもその後を追う。
二匹はそのまま影から影へ伝い走り、崩れた石壁の隙間を抜けてとある広場へと辿り着いた。
「ちゅう」
そこは彼らのような小さい者達しか入れない秘密の場所だった。ただ、入口に比べて中はかなり広い。恐らく周辺に住むネズミ達が全て集まったとしても入りきれるだろう。
「チュチュッ」
茶ネズミが頭を下げつつ脇に退くと、広場の中心に焦げ茶色のネズミがいた。茶ネズミよりも一回り大きく、どっしりとした身体つきをしている。
この辺りを治めているボスなのかもしれない。欠けた耳や顔に走る傷跡が彼の生き様を表していた。
「ヂュ」
ボスは低く落ち着いた鳴き声を上げるが、乗っているクッションからは動かない。
ボスとハッズの視線が交錯する。
張り詰めた空気の中、まずはハッズが口火を切る。
「ちゅう」
その鳴き声にボスはゆっくり頷くとこちらも鳴いた。
「ヂュウ」
「ちゅちゅう」
「……ヂュウ」
「ちゅっちゅ」
内容は分からない。
ただ、ハッズはボスに対して何かをお願いしているようだ。身振り手振りも交えつつ会話は続いていく。
「ちゅう」
「ヂュウ」
一頻り鳴いていた二匹は合意が得られたのか、お互いに頷いた。
「ヂュウ!」
「「「チュウチュウチュウ!」」」
ボスの号令で広場に沢山のネズミ達が姿を現す。どうやら二匹の話を邪魔しないよう隠れていたらしい。そしてボスから何か声を掛けられると、各々が別の方向へと駆け出して行った。
しばらくしてボスとハッズ、脇に控えていた茶ネズミだけがこの場に残る。
「ちゅう」
ハッズが懐からナッツを取り出す。
すると茶ネズミが代わりに受け取りボスへと渡した。
「……ヂュ」
ボスはナッツを一口齧る。
その表情からは何も読み取れない。
だが味は悪くなかったようで、そのままゆっくり食べ始めた。
「チュウ」
その様子を横目に茶ネズミがハッズに声を掛ける。どうやら今日はここまでらしい。そのまま茶ネズミに付き添われ広場を後にする。
「ちゅう」
「チュ」
ハッズと茶ネズミはそのまま影の中へと消えていく。
この日の出会いがハッズ独自の諜報網を構築していく礎となった。時が経つにつれ得られる情報は増え、その質も良くなっていく。
そして諜報網が王都の全てをカバーするようになった頃――。
「あら、またナッツが欲しいの? さっき食べたばかりじゃない」
「ちゅう~」
対価として渡すナッツの量が増えた事で、ハッズはマァに食いしん坊であると誤解されてしまうのだが――それはまた別の話である。




