第32話 聖騎士の作戦
「無事だったんですか!」
『ええ、ご心配をお掛けしました』
まさかこんな所にいたとは。
『それにマァも一緒なんて』
「そうね、お久しぶり。死んでないとは思っていたけど」
オーロラさんはその返事に笑った。
マァはそっぽを向きつつ俺に近づく。
そしてこっそりと手を差し出した。
「で? どうしてここにいるのかしら」
「それは私が説明しましょう」
二人の会話に割って入ったのは聖騎士だ。
後ろ手に部屋の扉を閉めるとそのまま扉の前に立つ。
「どういう事?」
「彼が私をここへ連れてきたのです」
「へぇ」
マァの目が細まる。
「聖女様の仰る通りです」
そして淡々と説明を始めた。
最近頻発している行方不明事件。
聖騎士自身も独自に調査していたらしい。
「犯人が教会内にいる事までは突き止めました」
今まで襲われた人達は教会と繋がりのある人ばかりだったという。
「聖女様へ危害が及ばないよう隠していたのですが……」
「何かに気付いて調査を始めてしまった、と」
「その通りです」
オーロラさんを見ると少し申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、もしかして」
「? 何か」
「いえ何でも」
聖騎士に聞き返されたが首を振る。
最初にオーロラさんが言っていた怪しい身近な人物。
あれこの人の事だったんじゃ……。
「じー」
「えぇ……」
オーロラさんから何か凄い圧を感じる。
言うなという事だろうか。
「話を続けます」
「はい、お願いします」
今は聖騎士の話に集中しよう。
「教会の誰かが関与しているのは分かりました」
ただ、犯人が誰かまでは特定出来ていないらしい。
「私はアグリィが怪しいと睨んでいます」
「アグリィ?」
誰だそれ。
「マーク=ウェルス=アグリィの事ですか?」
オーロラさんが言う。
「ええ、一般の方にも分かりやすく言うと教会の司教ですね」
なるほど。
司教ってたしか結構地位が高い人の事だよな。
そんな人が犯罪に手を染めてるって?
「ただ、彼が犯人である証拠がない」
「そうなんですか?」
「ええ、ただ怪しいというだけでは尋問も出来ませんし」
司教相手だし勘違いでしたじゃ済まない訳か。
「じゃあ何で怪しいと思ったんですか?」
「被害者にはアグリィ派に否定的な方が多かった」
「アグリィ派?」
教会の派閥か何かかな。
「教会内におけるアグリィ家を中心とした勢力です」
「へぇ、そんなのがあるんですね」
「ちなみに説明しておくと、勢力は大きく分けて三つあります」
聖女派、聖騎士派、司教派。
「その司教派の内の一つがアグリィ派になります」
「司教派の中にもそれぞれ勢力があるんですか」
「ええ、各司教ごとに分かれていますので」
なるほどね。
「あと聖女派は分かるんですけど、聖騎士派っていうのは?」
「言葉の通り聖騎士を中心とした騎士の集まりですね」
「つまりあなたを中心にした?」
「いえ、私は聖女様付きですので」
「?」
「私以外にも聖騎士は存在するのですよ」
「ああ、なるほど」
司教と同じで聖騎士も一人じゃないんだ。
「聖騎士派とは各聖騎士を中心とした聖堂騎士や教会騎士の集まりです」
説明によると、大聖堂で働いている騎士を特別に聖堂騎士と呼ぶそうで、それ以外の教会で勤めているのは教会騎士らしい。
「要は武の派閥になります」
「へぇ」
「私なんかは聖騎士ですが、聖女様付きですので聖女派になるでしょう」
この人は特殊って事ね。
「分かりました。説明ありがとうございます」
「いえ、では続けますね」
特に気にした風もなく話を続ける。
「このアグリィ派ですが、トップであるアグリィの思想が少し偏っているのです」
「偏っている?」
「はい、教義を守るのはいいのですが……」
オーロラさんをちらりと見る。
何か言いにくい事があるんだろうか。
「少し盲信が過ぎるといいますか」
「……ああ」
何となく分かってしまった。
聖女第一主義みたいな感じなんだろう。
さすがに本人の前では言えないか。
「ですから場合によっては暴走する可能性はあるのです」
聖女の邪魔になるやつは消すって事か?
でもいなくなっているのはアグリィ派に否定的な人だよな。
……自分達の考えを否定する事イコール聖女自体を否定する事とか思ってる?
「厄介ですね」
「ええ、本当に」
聖騎士は溜息を吐く。
この反応、厄介に思ってるのは本当なんだろうな。
「でもどうするんですか?」
それだともう手がないように思う。
「お伝えした通り、アグリィに探りを入れるのは危険です」
犯人を捕まえたいが、教会内部での余計な揉め事は避けたい。
そういう事だと思う。
「よってこの計画を考えました」
聖騎士はオーロラさんを見る。
そういえばオーロラさんはこの人に連れてこられたんだったな。
「聖女様の行方を隠す事で犯人に動いてもらう」
「?」
「分かりませんか」
「何で聖女様を隠す事で犯人が動くんですか?」
いくら手詰まりとはいえ強引すぎないか。
下手したら今までの事件の犯人として捕まりかねない。
「自分の犯行ではないと分かっているのは犯人だけです」
それはそうだ。
まだ誰も犯人を捕まえてないんだし。
「聖女様が誘拐された事は前代未聞の大事件です」
「そうですね」
王都民からしてみれば身近な崇拝対象がいなくなる訳だからな。
「捜索にはどの勢力も本腰を入れるでしょう」
「それはそうでしょう」
「調べていけば、過去の行方不明事件も調べざるを得ない」
「似たような事件があれば調べますね」
「ええ、そうなれば犯人は焦るはずです」
自分が起こした事件じゃないのに、過去の自分の犯行が調べられる切っ掛けになる。
しかもどの勢力も血眼になって探すだろう。
それはたしかに犯人も焦りそうだ。
「賭けではありますが、尻尾を掴むにはこれしかない」
だから聖女様をここにお連れしたのです。
聖騎士は最後にそう締め括った。
「なるほどねぇ」
今まで静かに聴いていたマァが呟く。
「でも何で教会の人間を斬ったのよ」
この作戦なら黙ってオーロラさんを連れていけばいい。
わざわざ人を斬る必要はなかったはず。
「それは私が説明しましょう」
オーロラさんが話を引き継ぐ。
「宿舎から連れ出されたあの日、扉越しに聞き耳を立てている者がいたのです」
「え?」
オーロラさんによると、聖女の居室周りは基本的に立ち入り禁止なのだという。
特別な許可を得た者以外は侵入者として処理される決まりらしい。
「……」
侵入者、か。
俺は聖騎士を見る。
何も言わないが、この人も不法侵入だったんじゃないか?
「ですので彼が斬ったという訳です」
気配に気付いた聖騎士がオーロラさんを守るために扉越しに剣で突いた。
それが真相らしい。
「その方が誰なのかは分かりません」
「私もその場で尋問する訳にもいかず……」
嘘を吐かれたり、逃げられたりするリスクもあるしな。
それにもし斬らずに捕まえたとしたら、お前こそ何でここにいるんだって話になりそう。
「ただ犯人の一味である事は間違いないと思います」
オーロラさんは断言する。
「犯人は複数犯だと?」
「私はそう考えています」
アグリィ派の全てが犯行に手を染めているかは分からない。
ただ、状況が動き始めているのはたしかだ。
「私だけでは出来る事に限界があります」
聖騎士は少し悔しそうな顔をする。
本当は自分一人で解決したかったんだろう。
「どうか手を貸してもらえないでしょうか」
聖騎士は頭を下げる。
「巻き込んでしまってごめんなさい」
オーロラさんも頭を下げる。
恐らく信頼出来そうな協力者として俺の名前を出したんだ。
知り合いのマァが一緒にいたのは偶然かな。
「いいのよ。私とオーロラの仲でしょうに」
「俺だって助けたいと思っていたし問題ない」
今回に関しては自分からオーロラさんを探していた。
何かの助けになるなら力を貸そう。
「助かります」
「ありがとうございます」
そう言って顔を上げた二人の表情は、さっきよりも少し和らいだように見えた。
その後、俺達はこれからどう動くかについてしばらく話し合った。




