背中が渋滞中
「大丈夫!?」
連日忙しくしてたり、今日も早朝から動いていたので過労か? 振り返ると、エルフリーデが首を振る。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
少し強めに、言うが気丈にふるまっているだけじゃないだろうか?
「で、でも」
「大丈夫だって!」
振り返って表情を確認しようとしても、上半身をがっちり掴まれてて振り返られない。
……なんだこれ? どういうことだ? 俺、抱き着かれている……いや、そうじゃない。残念ながら“抱き”着かれてはいない。両腕と頭を背中に当てられているだけである。
……だけである? いやいやいや、だとしても、大胆! なんだこの状況は。
「え~、っと、あ、の、エ、エルフリーデさん? どうしたの、かな?」
こういう時、どういうことを言えば良いのかわからない。なんとも不甲斐ない。かっこ良くなれない。
「……と」
うっすらと聞こえない。エルフリーデは下を向いて発していることもあり、余計に聞こえない。
「どうしたの?」
振り返ろうとしても左右の肩をしっかりとがっちりと掴まれていて動かない。それじゃあ、と思ったので、腰から下も回転させてみたところ、エルフリーデも一緒に俺の後ろをぐるりと回ってついてきただけで、結局表情が見えない。
「もぅ!」
なんだかしらないが、エルフリーデが足を床に叩きつけ、一気にまくし立てた。
「こっち向かれると恥ずかしいから言えないんだってば。お母さんに会えたのは、結局元うぉだどればタナカと旅に出られたからで、それもお父様に了解取れたのもタナカが信用されたからで、それはさておき、お母さんと話をちゃんとできたのも、タナカが話をするきっかけをくれたからだし。知らなかったお母さんの話を聞けたのもそうだし。このあと私だけ残ってお母さんと一緒にいられるのもそうだし。それと、結構おいしい物を食べられているのもタナカのおかげだし。だから言いたいのは、ありがとう、ってことなの! いま言っておかないと後悔するような気がしたのよ!」
「あ、ありがとう」
う~、と唸っているエルフリーデは俺に対して感謝があったようだけど、言えなかったんだろうか。15歳の女の子。なかなか同世代男子に言いづらいのだろうか。そういう青春をおくってこなかったのでわからないけど。きっとそうなのだろう。嬉しい。
また、これから少しの間、各々別行動ってこともあるから、離れてしまって次に会うのが一カ月先なのか、7年先なのか、そんなことも思ったのかもしれない。
「俺も感謝しているよ。フリッチュやバッケスホーフのこと、楽しかったし。なかなか知らない国の裏側も知れたし。田舎を出てきたときには考えられない経験もさせてもらっているし……」
なんか今生の別れみたいな言い方だなぁ……あまり良くないな。
「というか、感謝を言うって恥ずかしいね」
俺も同じように恥ずかしさを感じた。たぶんこういう、なんというか、“もにょっ”とした感覚がこそばゆいのだろう。
「でしょ?」
エルフリーデはぎゅっと掴んでいた背中を離れ、俺の前に頬を少し赤く染めたドヤ顔を見せた。
「そうだね……ハハ、ハハハハハ」
かっこ悪いし、ダサいけど、可愛くて、でもかっこ良い姿を見て、俺はおかしくなっていた。
「ちょっと、笑いすぎだってば! タナカだって恥ずかしいって言ってたじゃない!」
「そうだけど、そんな、偉ぶって言われても、しまらないってば! ハハハ」
この楽しい時間はもったいないけど、同じ国にいるわけだし、またすぐに姿を見にくるつもりだ。職人の村・グレンツェを訪問して色々話しできれば、一旦。
エルフリーデは不貞腐れているが、チラチラこっちを見てくる。笑っていてもまんざらではないみたいだ。良かった。でも、思わせぶりなのは良くない。もし他の男性にしてしまったら、勘違いするかもしれない。いや、俺も経験不足ではあるが、ある程度の距離感を考えているので、端から勘違いとふんで行動できているから大丈夫なのだけど。
「思うんだけど、急に抱きついたりしたらダメだと思うんだ、俺は」
「どうして? 友達とハグしたりしないの?」
「いや、友達って言っても女友達でしょ?」
「そうだけど、勢いあまってたら男女関係なくない?」
「いや、男女は関係あると思うよ」
「兄姉と同じような感じで、親愛なる証拠みたいなものでしょ?」
「いや、兄弟とは違うんだよね……」
「……そうなの?」
「まぁ……」
また微妙な沈黙があり、それがエルフリーデに冷静さを戻させた。そう、俺は感覚的には親子か保護者なのだが、世間的には男女なのである。変な気を持たせると良くないぞ、と俺が言っているのが伝わったみたいだ。
「タナカは友達なの! だから男女とかじゃないの! だから大丈夫、ノーカンなの! わかった?」
「そういうことなら、俺はそれで良いけど、気を付けなよ?」
何がノーカウントなのかわからないが、理解してくれているなら安心する。
「タナカのアホ!」
「でもせっかくだから、その忠告は聞いておくことにしてあげる……ちゅ、注意するよ」
エルフリーデは自分のに荷物を担いで、「ほら、さっさとチェックアウトしないと宿屋に迷惑でしょ」と、さも俺のせいと言わんばかりに部屋を出て行った。
やれやれ、であるが、この街では母親と、ガーディアンの友人がいる義兄がいるのでひとまず安心だろう。
俺も荷物を担いだ。そして、わかりやすく部屋の机にメモを一筆置いて部屋の外に出た。
おそらく見守っていたであろう護衛にたいしての一筆だ。「イザという時はエルフリーデのことをよろしく」的なことを書いておいた。
しかし、今のやり取りも見ていたのだろう。俺の背中に引っ付くエルフリーデ。それでドキドキしてたはずだ。イザという時、どうやって俺を葬ろうかと。
チラっと部屋を振り返ったときには、もうその手紙は無くなっていた。
「本当に忍びがいたんだ」と実感した。




