ただいまフリッチュ
フリッチュの街の少し離れたところ、エルフリーデの屋敷に戻ると、ドアの前で国王が待っていた。
国王ベン=オイレンが娘エルフリーデを抱きしめる。てっきり大泣きするかと思ったが、周りに乳母のゲルダや侍従がいたことで自重したのだろう。
「お父様っ……」
力いっぱい抱きしめられているエルフリーデは、顔をゆがませ苦しそうにしている。ただ、安堵の表情で嫌がっているわけではない。
「無事でよかった」
父親の本心はそれしかなかった。事件の後、護衛を送って報告を受けていたとはいえ、自分が直接会いに行くわけも行かず、公務も滞りそうになるくらい心配ばかりしていた。
「お父様……」
エルフリーデもその気持ちをわかっているので、抱きしめ返す。旅に出るのは無事に帰ってくるまでが重要なのだとわかった。待っている人がいる場合に限るが。
自分の番はまだかと、ゲルダが国王の袖を引っ張る。名残惜しいと感じつつも、国王はゲルダや侍従にエルフリーデを譲った。
そしてそのあと、俺のほうへ近づいてきた。
何か罰があるのかもしれない。結果的に何もなく、村も回復させる原因を作ったわけだが、娘、王女をギリギリのところの状況に陥らせたことには変わりがない。今日、戻ってくるまでは保留だったというのが妥当だろう。
しかし、国王は右手を差し出してきた。俺が不思議に思い、顔を見上げた。
国王と握手とは、同等の立場がやることであり、俺は大罪人の可能性もある。しかし、まさかとは思ったが、差し出してきた手は握手を求める者であった。
国王は俺の右手を引っ張り、左手も添えて握りしめた。
「ありがとう、タナカ」
力強い眼差しで俺を見つめる。親バカっぽかったさっきとは異なり、歴戦を潜り抜けてきた戦士の目である。西洋人っぽい堀の深さが威圧を感じさせる。しかしそれは俺に敵意があるものではなかった。
「娘を守ってくれて、ありがとう」
国王は娘がおてんばな娘であることは承知していた。何かしらもめごとは起きるであろうと想像していた。護衛をつけなかったのは国王自らのミスであった。にもかかわらず、ただの商人である俺がその護衛になった。さらに娘に村とはいえ、国の一部を再生する経験をさせてくれたということで、感謝の気持ちがあったようだ。
「俺は罰せられたりとかしませんか?」
恐る恐る確認したが、国王は笑い飛ばした。
「感謝、それ以外、タナカには何もない」
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、とはいえ王女ですよね?」
「安心しろ、タナカと行動させているのは国王としてじゃなく、父親としてだから、エルフリーデの身分は気にするところじゃない」
そう言われると体の緊張が一気にほぐれた。ひとまず安心しまくった。そこで気になってたことを思い出した。
「バッケスホーフの領主……いや元領主でしょうか。それの処分ってどうなっていますか?」
ひとまず捕まえて憲兵に引き渡したのだが、そのまま結果がわからないとエルフリーデの心配の種が残る。
「それなら安心しろ、ちゃんと処理はすることになっている」
国王が言うには、そこそこ根が深かったようだ。
あの村の元領主シュテファンは、戦争と家督争いで勝利側にいたにもかかわらず、与えられた領土が気に入るものではなかった。
その領土が隣国ビンデバルトとの境界線に接していたのを利用して、過大に徴収して余った税、つまり作物を横流しして利益を得ていた。
さらに領土を売り飛ばすか、亡命することを画策していた。それでも立派に重罪である。バカンスと称し、その下準備をしていたところ、エルフリーデと俺が村を訪れたのだった。
シュテファンはエルフリーデのことを、国王の名代で査察に来たと勘違いした。そのまま追い返そうという考えもあったが、隣国でよしみだった貴族は人身売買をしていたこともあり、亡命の手土産としてさらう計画に変更した。
誤算だったのは、隣国の趣味の悪い衣装を着ていた貴族は、人身売買をしているのに、王女というとてつもない、取り扱いに困る品を出されたことで躊躇し、シュテファンの思惑通りに進まなかった。そこに俺や薬局のオーナーたちが現れて御用となった。
国王曰く、日程はこれからだが、シュテファンは死刑。その一家は国外追放。隣国の貴族はビンデバルトへ詳細を報告し引き渡すことになっているとのことだった。
まだ処刑が実行されずに投獄されて状態というが気になるが、それも時間の問題とのこと。娘のトラウマになっても良くないので、詳細な実行日は発表しないらしい。
「ということで、タナカは納得してくれるかな?」
「えぇ、十分です。騒動にしてしまったことをお詫びします」
「それで、タナカは褒美として何が欲しいんだ?」
「褒美なんて……蕎麦の流通に関して権利をもらっただけで足りてますよ。なんなら、王女を危険にさらしたってことで、罪に問われると思ってたくらいで、現状維持ならそれが褒美です」
それを聞いて国王はため息をつく
「いいかタナカ、お前は商人だろう? こういうときは少し溜めて、ちょっとだけガメつく言うのが良いぞ。商人ならな」
最後の「商人なら」というところで、国王の意地悪な笑みが見られた。俺が純粋に商人として育っていないということはお見通し、というのが含まれているのだろうか。ただ、今はそれ以上深く聞かれることもない。
とはいえ、商人らしく……か。オーナーからも同じことを言われたっけ。それ相応の対価+α……α部分が微妙に相手を悩ますくらい提案できれば良いんだけど、俺はあまり得意じゃないのかも。必要以上求めるとクビを切られる心配をしていた前の世界の記憶が残っているからだろうか。この世界の商人に向いていないのか? それは困る……。
「では、こういうのはどうでしょうか。他国と自由に行き来できる権利みたいなものとか」
「ほぉ、面白いことを言う」
基本的には貿易など商売に関しては自由な世界だ。しかし、自己責任だったりする。取引するにも見せ金だったり、実績だったり何かしら相手に対して表示することも必要だ。
つまり、俺が求めたのは、商業するのにビンデバルト国王の後ろ盾をください、というものだった。
17歳のぽっと出の若造である。なかなかそんな良いものはもらえると思わなかったが、国王は即決だった。
「よろしい、後で手形を渡すように伝えておこう」
「え? 良いんですか?」
「ん? いらないのか?」
「あ、いえ、要ります要ります! 頂戴します!」
「なら素直に受け取るが良い。それに、タナカには期待しているから、それも込みだな」
「期待ですか?」
「あぁ、何かお前は私たちの知らないことを知っているようだ」
ギク、っとしたが、国王は首を振った。
「それを詮索しようというわけではない。むしろ、私たちに教えてほしい。とはいえお前はまだ若い。だから見聞を広げるために手形ならちょうどよいだろ? そう思ったからだ」
そういうことなら俺もありがたい。どれだけこたえられるかわからないが……。
「ありがとうございます。できるだけ返せるようにしたいと思います」
謙遜してみたが、それは国王が望むようではなく、また首を振られた。
「しつこいようだが、商人として、もう少し溜めて話した方が良いぞ。それは気をつけろ。それとハッタリも必要だぞ」
国王は俺に対してやることは澄んだということもあり、ハハハハ、と笑い声をあげてまたエルフリーデのもとへ歩いていった。
確かに、商人としてのしたたかさは考えて行動したほうが良いかもしれない。素直に行動すると、いずれ俺の身分もバレる可能性がある。気を付けることにしよう。
*
この夜、エルフリーデの屋敷で晩御飯をよばれることになった。




