めいきゅうぬし
シータがやべぇ。
もともと筋が良い、戦闘センスの高いやつだとは思っていたけれど、何かのコツでもつかんだのかそれとも何かが吹っ切れたのか、急に動きのキレが増してきた。
風のように樹魔めがけてかっ飛んで、剣で滅多斬りにして、一気に薪に変えてしまった。
...教官さーん、あなたの教え子ちょっと、強すぎるんだけどー? 俺、勝手にあなたをいじわる教官のイメージにしちゃっていたけれど、ちゃんとまじめに指導していたんですね、すごいですよ!
...会計さーん、ここに伝統を守らない奴がいますよー? オークはもっと、集団で棍棒片手にフゴー! って感じだと思うんですけど、こいつはむしろフゴー達を倒す方の主人公みたいになってますよー! イケメンだしっ!
そろそろティに頼んで四天王さんでも呼び寄せて、シータにちゃんとした剣術を指導してもらった方が良いのかなぁ? 俺やニアの指導だけだと、少し偏っちゃいそうだからなぁ。
「ハハハッ! 主、さぁ、はやく奥に進みましょう!
こんな雑魚ども何匹来ようが、片っ端から俺が薪に変え......っ、うそ、冗談です主、俺は冷静です! あの『水でザバー』の魔法はやめてくれっ!」
若干、シータの奴が戦闘酩酊気味で危うかったから、その度に俺の【まほう】で頭から大量の水をかけてやったら、三度目にはもう自分で制御できるようになっていた。うん、シータはとても筋が良い。
シータが俺達に馴染んだあとは、俺達の進行速度が更に上がった。
俺が11階層から先を突っ走った時も十分にどうかしていたけれど、あの時はニアと俺の二人だけ、いまは6人がかりなのだからもう、向かうところ敵無しだった。
俺が何もしなくても、わんぱく猫ちゃんと極悪妖精が一度舞い踊れば樹魔達は皆、あの世へと強制的にご案内だ。
薄暗い森を煌々と赤黒く照らす焼き畑の隣では、次々に木に鉄の杭を打ち込んで行く猫ちゃんの姿。毎日毎日そんな闇御伽話を見続けるとそのうち夢にまで出てきそうで......ちょっぴり、すっごく、怖かった。
そう考えると、速攻で29階層までたどり着いたのは良かったのかも知れない。
どうせ行けども行けども薄暗くて辛気臭い森の中、代わり映えのない木の魔物が次々にわらわらと寄せて来るのを繰り返すだけなんだ、こんな観光できない観光地などさっさと通りすぎてしまったほうが良い。
俺もやる気を出して、サキとユキ、そしてシータと一緒に、押し寄せてくる木の魔物どもを片っ端から薪へと変えていった。
ティのやつが「いっそ、全部更地にしてくれるわっ!」といきり立っているのに思わず俺も同意してしまいそうになってしまった。
見晴らしが良くなればいつかのように、またみんなで夜涼みでもできるかなーなんて......こんな物騒な森を夜中に歩けば、こんどは虫刺されとかが酷いんじゃないかなと思って、全部燃やすのはやめておいた。
それにしても、なんでティはこんなに殺る気マンマンになっちゃっているんだろう?
その答えは、29階層に待っていた。
迷宮主。
巨大な樹木の化物が、俺達の前に立ちふさがっていた。
ここで話が少し遡る。
遡るというか、今更ながらこの迷宮について、ティとメイに講義を受けた時の話だ。
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迷宮の9の階層(9、19、29...)には迷宮主という、迷宮の『逆走』を防止する門番がいるのだそうだ。
なぜ逆走かというと、もともとこの迷宮自体は『神へと昇る』ための試練の迷宮(であることを今更ながらティが俺に白状した)、それ以外の目的の為に多用されることを良しとしないのが、神々の意思であるのだろうという話だった。
地上への出入り口や、迷宮の各所にある地上への『転送門』、それらを行ったり来たりすれば地上の各所へ移動できる、つまり地上を近道できるという話だ。
それが、軍での移動となるとなおさらだ。もはや迷宮と転送門はその底へと挑むものではなく、他の国や土地へと進軍あるいは奇襲するための移動経路へと成り果てて、地上では各所への転送門の奪い合いの時代が始まった。
そしてそれは、迷宮主の出現で終わりを告げた。
ちなみに、念の為に「それなら迷宮主というよりは階層主じゃないの?」と聞いてみたけれど、「迷宮の主じゃろう?」と、特に疑問は持たれなかった。
迷宮の主って神様だと思っていたのだけれど、その辺はわりと適当なのかも知れないな...
...そして、ティはまだ何かを俺に隠している。
そもそも「地上と繋がる転送門」があるのだから、迷宮の底へと行きたいならば最初から最深部に一番近い転送門を潜れば良いのだ。つまり、20階層の転送門が存在する時点で、もう、1から19階層にはなんの意味もないことになってしまう。
ゲームとかでいうセーブポイントかチェックポイント的なやつ? 馬鹿を言うな、セーブできるくらいならクリア済みデータを俺によこせ! そもそも難易度設定を簡単に変更させろ!
それはさておき、数百年を生きていて下層のことや迷宮のルールについても詳しいティは、過去に一体どこまで下に進んで......いや、もう、今さら、かー...
ひとまず俺は、俺達は、きりがいいところまで下に進んでいくし、一層ずつ順番に観光していく、それだけだ――
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――とにかくティは、目の前の29階層の迷宮主と仲が悪いことは、よく分かった。
9階層の山モモフほどではないにせよ、結構な大きさの、まさに主と呼ぶに相応しい感じの大樹。そして人面樹。キモい。
薄気味悪い低い音、木製の大笛のような、木の隙間に強風でも吹き抜けたかのような、洞窟の奥から魔物が遠吠えでもしているかのような声とも音ともつかぬ話し声。
そんななんとも恐ろしい声で、ずいぶん弱気な発言をティにぶつけてきた。
「...き、...き、...貴様!? なぜここに来た! ティターニア!!」
「なんじゃ? わらわがどこに行こうが勝手であろう。
おぬしの方こそ、こんなところに無駄に生えておらずに、疾く往ね」
明らかに二人は顔見知りのようだった。そして出会って早々に始まる口論。
疾く往ねって......だめだぞー、ティ。みんななかよくしなくっちゃ。
明らかに縮尺のおかしな絵。
小さいティを見れば迷宮主がぼやけて、巨大な迷宮主を見ればティを見失う。むしろデカくて枝をザワザワさせて気持ち悪い大樹魔は嫌でも視界に入ってくるから、自然とティの存在感が小さくなる。
それでもなぜか、小さい方が大きい方を圧倒し続けて、叱責した。
「それに、おぬしの体たらくはなんじゃ」
そして、わりと本気で怒っていらっしゃる、少し低めのティの声。
まるで身に覚えの無い様子で迷宮主が不満そうに返事をした。
「ていたらく? 一体なんのことだ」
「なぜ、逆走を許した」
「......」
「なぜ。逆走を許した?」
うん? さっきから、なんだか力関係がおかしくないか?
なんで迷宮の主が、そのへんをフラフラしているだけの妖精さんに迷宮の管理体制について怒られて......いや、待て、逆走?
「なぜ逆走を許した!! 申してみよ!!」
...そうだな。その理由については俺も興味がある。
「......貴様のような凡愚の小娘には到底理解できぬ、深遠な――」
「――おおかた、おぬし、【慈悲無き兵器】と【不滅の正義】に恐れをなして、そのまま通りすぎるのを隠れて見ておっただけであろう」
...んー?
その理屈だと俺達のあの『19階層』でも、誰かが俺達を隠れて見ていて、素通りさせたってことなのかな? ...いや、でもあれは逆走ではないから別に良いのか?
『9階層』については、通行許可が降りたものだと俺は勝手に解釈している。
ティの指摘に対して迷宮主が怒鳴った。
「ぬかせ! 誰も訪れなくなったこの迷宮に久方ぶりに訪れた、迷宮の上り下りも理解せぬ愚か者達を、寛大なわしがお目溢ししてやったのだ!」
......おい、
「...めこぼしして、やった、だと?」
こいつが見逃した? 見逃してやった?
「なんじゃ、人族の小童? ...ああ、貴様のことはずっと見ておったぞ、小童」
「見ておった?」
「そうじゃ! この迷宮の森の全てはわしの支配下――」
つまり、俺達を妨害したことはともかく、逆走する連中は最後まで素通りさせて見逃した?
俺達5人と2人と数十匹には果物をせっせと投げつけておいて、あの人族のならず者達はもれなく、素通り?
このぶつぶつ寝言をほざいている老木は...
「――...ゆえに、貴様らのここまでの奮闘に免じて、貴様が懇願するならばティターニアだけは素通りさせてやることを考えてやらぬでもない......ぬ、なんだ貴様? なぜ貴様、何も視えぬ?」
「それはおぬし程度の【鑑定】では主様の【相殺】が突破できぬからであろう」
この老木の気まぐれの、その結果が、あれか。
...そうか、なるほど、素通り、か。そうか、そうか...
「...そう、か。俺達もここを素通りさせてもらえるならば、と思っていたが」
「う、うむ! 良かろう! ならば、あと貴様も特別に通して...」
山モモフと一緒にボーッとしていたあのころが懐かしいな...
「...無理だな」
「...! そ、そうだ! わしに目溢しして欲しくば、貴様はわしに誠意を見せ――」
「――逆だ」
...今回は、今回ばかりは、俺がここを素通りする理由が、無くなった。
むしろ迷宮主や神々のお望み通り、その試練とやらを存分に『攻略して』やる...!!
「お、おぉぅ、主様の久々のあの目。虫ケラを見るような目にはゾクゾクするのぅ...」
「激オコです!」
「...主様、本当に怒ってらっしゃいます」
「おこおこ」
「えっ、えっ!? 一体、何が起こるんですか!?」
「...逆とは、どういう意味だ小童」
「何か職務上の理由や制約でもあってのことかと思えば、お前のただの気まぐれの結果があの、大惨事......
...いや、違うな。お前がその信念と職務に殉じようが、趣味や気まぐれに殉じようが、俺達には関係ない。ここに至っては結果は同じ、お前の末路は殉死の一択だ」
「なにぃ? どういう意味だ、小童っ!」
こいつが臆病風に吹かれて百の人族と神の使徒二人を素通りさせたこと自体は正しいのだろう。何故ならそれが、こいつの生存戦略だからだ。
だが......
「...フフッ、ククク...そうかそうか。お前、単純な足し算すらもできないのか」
「ごちゃごちゃと何を...」
ざわざわとその枝を俺に向けて伸ばし始める大樹魔。やる気があるようで何よりだ。
「...神の使徒二名を素通りさせておいて、ここにいる神の使徒三名は阻止するのか。職務に熱心で全く素晴らしいな」
しゅるりとその枝を引っ込めやがった大樹魔。おいどうした、もっとやる気をだせ。
「いや、正しくは兵士百と使徒2を素通り、か?
...ならば、一騎当千には程遠いが、俺もせいぜい人族百人分くらいの活躍はして、貴様の期待に応えてやらねばならぬなぁ!!」
「ヒッ......な、なっ生意気なことを、人族の小童!! 貴様など四肢を刻んでこの森の養分に還してくれるわっ!!」
「...その場合、百を受け持つのはわらわの役目ではないのかの?」
「主は2じゃ足りない、私が暇」
「...それよりも、俺達の分が計算に入ってないぞ?」
「「あっ!?」」
外野、うるさい。
そして俺とネコちゃんも、算数ができない子だった。




