てぶくろ
「主様は、あまり食にはこだわらぬ方なのか?」
「うん? どうだろうな...あまり考えたことなかった。というのも、サキとユキ、それにメイの料理で満足していたから、これ以上の望みは特に無かったなぁ」
そう言われてみれば俺にも多少なりとも前世の記憶とやらはあるはずで、過去に食べた料理についても記憶はある。
記憶があって、かつ、今の料理に幸せを噛みしめているということは、こっちの料理が十分においしいということだ。それともみんなの料理の腕が良いのだろうか。
迷宮に来てはじめて食べたリンゴっぽい果物がとてもおいしく感じたのを思い出した。素材もきっと、良い物が揃っているのだろう。
良かった良かったと勝手に一人ウンウンとうなずく俺に、ティが質問の意図を教えてくれた。
「かつてわらわの見てきた『渡り人』達は、ミソだのショウユだのと騒いでおった。それを手に入れる為ならば万難を排してでも、という意気込みが主様には見られぬものでな」
なるほど。そう言われてみて思い出した。確かに、俺も初めて道具屋さんを見つけた時はまっさきに塩を調達していた。
「あー。あとコメとかマヨとかね」
「そう、それじゃ!」
「が...は...」
「確かに俺もそれらは好きなんだけど...入手手段が道具屋のおばあちゃんのところくらいだったのとか、それについて思い出す余裕も無かったとか、色々あるけれど、うーん......やっぱり一番の理由は、みんなの料理がおいしいからじゃないの?」
「それは何よりじゃが、むー、ちとつまらぬの」
「...ぐ...ぎぃ...」
「えー? つまらなくなんてないぞー? まー、手に入るなら欲しいけれど、やっぱり俺にはそういうこだわりが無いのかもなぁ。パンでもコメでもおいしければ何でも良いし。こっちの調味料や食べ物も、俺の知らない良さがあっておいしいし。
なに、あの『魔法で味付け?』ってやつ? 俺の知っている文化にはない画期的なジャンルの――」
「――...ボス...主っ!」
「うん、どうしたシータ?」
「も、もう降参だ! 少し、休憩させてくれ...っ!」
そう、俺はシータと戦闘訓練中で、その途中でティが話しかけてきたんだった。
「むー。だらしないのぅ、シータは」
「全然だらしなくなんてないぞ、ティ。
むしろシータは、何回投げても何回蹴飛ばしても、何度でも這い上がってきて......ってゴメン、シータ!? おい、ティが途中で話しかけるから! 俺もすっかり加減を忘れて...」
「いいんだ主! ...実は...ティ様が話しかけてくれた隙を狙って、俺も攻撃していたから...」
「...いや、シータが隙を逃さずに狙ってくるから、むしろ、動きが読み易かった」
「なん...だと...っ!?」
「むずかしいものじゃのー」
シータは筋が良い。きっとイケメンは何をやってもセンスがあるのだろう。
ただ、今は一対一の訓練中だから攻撃してくるのはシータ一人しかいないわけで、俺はずっとシータにさえ気をつけていればいいわけだ。そこにシータの勘の良さが裏目に出て、俺の読みにピタリとはまってしまっていた。
「シータがすげー体力あるから、つい調子に乗って、投げまくってしまって......シータの肉々した体格と体幹の良さは、俺の練習にもなって、俺も本当に助かる」
「役に立て......なによ......だ...」
「...シータの奴は全然助かっておらぬ、もう虫の息のようだがのう?」
「...そ、それはっ、ティが途中で話しかけるから俺もうっかり! ...えっと、それで、何の話だったっけ?」
サキやユキとは全く違った投げがいのあるシータが本日何回目か何十回目だかの休憩に入ったから、俺はティに話しかけて時間を稼ぐことにした。
「主様の料理がうまいという話じゃ」
「...俺の料理なんて、細かく刻んで弱火でコトコト煮込むくらいだぞ?」
「それがサキやユキには好評のようだがのー。わらわも主様の作る料理が好きじゃぞ?」
「おぉ、ありがとう。でも、うーん、どうだろう?
...大抵の食材は時間をかけて煮こめばそこそこの味になる。うっかり煮沸すると味が飛ぶから、自信がなければずっと弱火だけで煮続ければ良いんだ。野菜の種類によってはその方が味も引き出される......もっとも、アク抜きが必要な野菜までも一緒にコトコト煮込んだ苦い経験も一度や二度ではないけれど...」
「...主様は妙に、所帯じみておるのー。この前の茶カボの煮付けもうまかったし...ほれ、シータ、休憩は終わりじゃ、がんばれ!」
「いや早いよ、ティさん! もうちょっと休ませてあげて!?
...茶カボって、あぁ、南瓜みたいなあの、皮の硬いやつね。それってやっぱり、茶色以外のカボもあるの?」
「...俺は...だ、やれ...る!」
「茶カボは料理に、青カボは家畜のエサに、赤カボは攻城兵器に使われるのう」
...うん? 攻城兵器? ...俺の聞き間違いかな?
「聞き間違いではないぞ主様。そう、城攻めに使うのじゃ。
赤カボは育てるときに水の加減を上手くやると、とても硬い実がなるのじゃ。それこそ下手な石や砲弾よりもな。それにそのまま地面に置けば、不思議なもので大地が肥えると言われておる」
「...俺は...まだ......やれるっ! おぉ゛!」
「...シータ、荒ぶると余計に手が読み易くなるぞ? もっと落ち着いて息を整えろ。
いや、カボチャをぶん投げて城を落とすって.....さらに土地も肥えて、まさに一石二鳥ってことか?」
「然様。欠点といえば、城に腕の良い料理人がおれば赤カボも食べられてしまうことかのう。つまり、短期決戦にしか使えぬ兵器ということじゃ」
「えー。兵器というより、ネタじゃない、それ? 砲弾や弓矢で攻略されるよりも、野菜で攻め落とされる方がなんだか精神的にキツいという......おや? つい最近、そんな光景を見た気がするぞ?」
坂から転がってくる野菜や果物をネコちゃんや妖精さんが魔法で粉々に砕いていくアクションゲームを、つい最近見たような気がする。
...こっちの世界では野菜攻撃が標準仕様なのだろうか? 食べ物で遊んだらいけないんだぞ。
「いや、そんなことをする連中はあの迷宮の樹魔どもくらいのものじゃ...そろそろシータも限界のようじゃな」
「...おれは...ま...だ......や......」
「ゴメン、シータ!? ほら、ティ! お前が横から話しかけるからっ!?」
「...いや、主様もなかなかに遠慮がないというか、情け容赦ない鍛えっぷりに思えるのだがのぅ...?」
この数日の間は迷宮には進まずに、シータと俺の訓練に時間を費やすことにしていた。
迷宮という死地へと赴く前に俺達がある程度ちゃんと連携できるように、互いの実力を確認しておくという意味合いもあった。
ただ、想定外にシータは強かった。攻撃の強さではなく、その頑強さと根性が、ちょっと俺の想像を超えてくるものだった。
それでも、そんなシータが悔しそうにつぶやいた。
「...クッ、手も足も出なかった......やっぱり俺は主の足下にも...」
「待て、シータ! お前だって大概だぞ!? 普通の人は、そう何度も倒れて何度も起き上がってきたりはしない! ひょっとして君はあれか、不死身とかイケメンとか、そういうスキルでも持っている奴なの?」
しかもこの訓練に選んだ場所、よりにもよって自宅の前の石の河原だ。
普通の人間は石の上に叩き落とされれば良くて再起不能、悪くて...悲しいことになってしまうだろう。
「...俺も後半、調子に乗って投げまくっちゃったけど、こんな場所で普通は人を投げ落としたりはしないんだ。ねぇ、やっぱり練習場所を変えませんか、シータさん?」
「だけど主、サキさんと、ユキさんは...!」
「いや、あの二人もあれだぞ!? ...ほら、なんか、伝説の姫の血統がどーとかの、とにかく、参考にしたらダメなやつだ!」
「...それでも、一族の意地にかけて、二人に負けるわけにはいかないんだ...!」
「あー......それは、なんぎだなぁ」
「うむ。難儀じゃのう」
まぁ、その気持ちは分からないこともない。まして二人は女の子だから、男としての意地もあるだろう。俺だって、いつも二人が突撃かましてくるのを命がけで避けずに受け止めきっているのはもう、ただの主様としての意地だ......おかげで俺も足腰が鍛え上げられちゃったからな!
「...シータ、それならばせめて、転がる時には円を意識して転がるんだ」
「円、ですか?」
「そう。受け身を取ったり地面を転がったりする時に、四角い箱ではなく車輪が転がる姿をイメージするんだ。面で衝撃を分散する時と、円で衝撃を逃がす時と、戦う場所によって使い分けるんだ......まぁ、ここは石の河原だから、あんまり使い分ける意味は無さそうだけど」
「...手本を見せて頂けますか?」
「えっ!? ...ぉ、おぅ、見てろよ」
...コロン。
「...思ったより、ふつう、ですね?」
「でしょ?」
「ふむ。ほとんど音がしなかったのう?」
「...あっ!?」
「(あぶねぇ...うまく転がれた...)ゴホン。そう、ドタンバタン転がるよりはこの方が痛くない。もちろん転がる前に地面が安全か先に確認するのが前提だけど、倒れ方や転がり方についても今後、教えていく」
「はい、主!」
...俺も昔、誰かに「人に教えるようになってからがようやく一人前だ」なんて言われた気がするけれど、まさか、この世界で弟子達をとることになろうとは......
しみじみとしている俺に、ティが問いかけた。
「それで主様、どうなんじゃ?」
「シータのこと? ...実力は十分だろう。サキやユキに迫る勢いだし」
「気を遣わないでくれ、主」
「...受け身の技術や柔軟性は二人には遠く及ばないが、攻撃を受けてからの復帰の早さはほぼ互角、頑強さはシータの方が上だろう。硬さだけじゃない、きっと勘が鋭くて、常に致命打を避け続けているのだろう。
いずれにせよ、問題ない。
これだけ強くて慎重ならば、きっと迷宮でも即死する可能性は低いはずだ」
「...おかしいな、主の言っている迷宮と、俺の知っている迷宮は違う場所なのか...?」
「魔王でも倒しに行くつもりなのかのー?」
結局、シータの参入からわずか数日の訓練(他のみんなは数日の休暇)をもって、早々に迷宮の探索を再開することとなった。
明日はシータの装備について依頼した道具屋さんへ取りに行って、それからいよいよ再出発だ。
その訓練の日の夜、みんなで自宅の居間に集まった後、俺にメイからのプレゼントがあった。
「...これは、銀製の手袋?」
「はい。魔法銀を糸状に特殊加工したもので編んだ、護拳です」
その手袋、見た目は押さえ目の銀色か灰色な感じだけれども、質感はまるで絹のような肌触りと軽さだった。目をつぶって着けたならきっと、これがナックルガードとは思わなかっただろう。
手の開け閉めに支障がない薄さに加えて、手の甲側と拳頭部分は布か板かのようなもので更に補強されていた。
「ご主人様、そこに魔力は通せますか?」
「魔力? ...回復魔法の時みたいな感じかな...おぉ!? 固くなった!」
「はい。通常時も十分な強度はありますが、装着者の魔力を通すことで意図的に硬直させることも可能です」
「ちょっと、何このトンデモ武器!? メイが作ったの!? ちょっと、すごくない!?」
「あっ、ありがとう、ございます!
...コホン。ご主人様の【スキル】の特徴は『タイジントッコウ』、人に関わるものだと伺っております。それゆえに、今後『人ならざるもの』を相手にする時のためにと思い、差し出がましいですがご用意させて頂きました」
「...うん? 俺の【けんせい】のスキルのこと?」
対人特攻? それとも特効? ...いや、どっちにしてもなんだか、物騒な効能のスキルだな!?
「はい。その......【拳聖】である神、【悔いなき拳】様については謎につつまれておりまして。そのスキルの詳細もほとんど調べられなかったのです」
「わらわの【妖精王】のように無名な神じゃからのー」
「むめー」
俺とニア、二人のスキルである【けんせい】と【魔導】については、うちのメガミさま達が勝手に取り替えっこしてしまったという少しややこしい経緯がある。
そして、うちの無名なネコちゃんは、神の使徒【悔いなき拳】としてよりも、謎の暗殺者『其処にある死』としての名の方が有名らしい......ニアさんもなかなか物騒ですね?
「えっ、でも、ティさんは有名ですよね?」
「それはな、ユキ、妖精という種族が有名なだけじゃ。神や使徒の名についてはほとんど知られてはおらぬ」
「...俺も、ティ様が妖精女王であることは知っていましたが、その正体については、ほとんど何も聞いたことがありません」
「それはな、シータ、女は秘密が多いほうが良いからじゃ」
うちの【羽ばたく悪戯】さんは、いつもわりと、てきとーなことを言ってごまかしているだけだ。俺はだまされないぞ。
「...とにかく、差し出がましいどころか、まさにコレだよ! ありがとう、メイ! これでウサギとかトカゲとか、思い切り殴れるよ!」
「...訓練の後で良かったのう、シータ」
「...やめて下さい、ティ様。洒落になりませんって。首から上が消し飛びますって、ハハハ」
俺の【けんせい】については初耳というか、いまだに良く分かっていないのだけれど、メイのおかげで何やら人に関するスキルらしいことが今、判明した。
そう言われてみれば、なるほど、今まで感じていた戦う時の違和感というか勝手の違いも、なんだか納得してしまうような気がした。
モモフやメメラを相手にした時は手探り感が強かったのに、サキやユキとじゃれたりシータを投げたり【勇者】を屠ったりするのは初見でもできてしまったのは、きっとこの神の【スキル】のせいだったんだ。
...うん? これって【けんせい】の特徴じゃなくて、俺の祖父の特徴......いや、考えても分からないことは、気にしないことにしよう......
次からはもう何も考えずに、モモフもメメラも勇者もシータも、別け隔てなくこのグローブで片っ端から殴ってやれば良いじゃない!
メイからのサプライズに俺は歓喜したけれど、話はここで終わりでは無かった。
「こちらがサキさん、ユキさんの分です」
俺と同じ形式で、二人のサイズに調整したグローブに、二人が喜びの悲鳴を上げた。
二人が飛び跳ねて喜ぶ姿は俺もうれしかったのだけれど...そこで「主様とお揃いです!」と言われると、なんだかちょっと、違う気がした。
いや、お揃いは俺もうれしいけどっ! ...だけど、お揃いにするならこう、もっと可愛らしいアクセサリーとか、なにか他にあるだろう! よりにもよって年頃の女の子に『武具』で......いや、このグローブも何も知らなければ、ちょっといぶし銀のオシャレな手袋に見えないことも無い、か...?
「...シータ。後で俺の相談に乗ってくれ。あの二人が喜びそうな『もっと大人し目の贈物』について考えたい」
「了解です、主......ただ、こればっかりは、ものすごく単純な話だと思いますが」
「えっ、そうなの!?」
「...やっぱり自分で考えて下さい、主」
「待て、待ってくれシータ!? 俺、こういうのは全くダメで...」
「大丈夫ですよ。こういうのは深刻に考えない方が上手く行くものです」
そんなやりとりの一方で、メイが思わぬ方面からのよこやりに困惑していた。
「えっ、ニアさんの分ですか!? ...その、すみません、少々お待ち頂いてもよろしいですか...!」
同じ手袋を、魔法少女であるところのニアも要求してきたのだった。
...おーおー、困らせちゃダメだぞー、ニア? だって君、グローブ付けて殴ったりはしないでしょ? 魔法でドカーンか剣でグサーが君のいつものスタイルじゃない。
むしろ杖とかを用意してもらった方が...え、君も『お揃い』が良いの? そうかー、君も『武具』でお揃い派かぁ......おい、シータ! やっぱりちょっと、いますぐ相談に乗ってくれ!
「...その、つまり、主が贈ることに意義があるのですから、難しく考えない方が上手く行くと助言するつもりだったのですが...」
「そうなの!? ...そうか、そう、だけど......それが『武具』の話となると、ちょっと、迂闊なものは贈れないんだ...」
「そうですね......武具だと命に関わりますからね」
「そう、大事な場面で命を預けるものとなると、ちゃんと選ばないと」
「ですがお二人とも、その、魔法銀は、調達が難しいものでして...」
「カネかっ!? ...ゴメンよぅ、メイ。定職も稼ぎも無い不甲斐ないご主人様でゴメンよぅ......」
「いいえ!? むしろ稼ぎはっ......コホン、その、ものが単純に希少で、手に入らないのです」
「落ち着いてください二人共! ニアねーさんの真意はきっとそこではなく...」
結局、俺、メイ、シータの三人での審議の結果、ニアには同じ銀色の、もっとふわっとした感じの可愛らしい『武具ではない』手袋が贈られたのは、また数日後の話である。
「...わらわもお揃いの奴が欲しいのー」
「ティ、お前まで......そんなに欲しいなら、俺の手袋の中に放り込むぞ」
「主様は、わらわにはつれない......ふむ? 案外、それも悪くはないかもしれぬの?」




