ぎゃくそう
4階層の次は22階層? 訳が分からねぇ。
役人に呼び出された俺は、他の傭兵連中と一緒に説明を聞かされていた。
なんでもあの時【勇者】と一緒に戦って、そして逃がしちまったあの化物小僧が今、22階層に現れたって話らしい。
そして俺は再びその討伐部隊へと組み込まれていた。俺の都合など考えちゃいない、それは既に決定事項だった。
相当に急な話らしい。俺にとってはもちろん、雇い主の連中にとっても、だ。
集められた連中は腕はあるが、ひと癖もふた癖もある野郎どもだ。一言で言えば、金さえ積めば雇える連中。いつも緊急時にかき集められる顔ぶれだった。
あの【勇者】との戦いに居た、俺をロクに守ることもできなかった聖騎士や女神官のクソどもは居なかった......まぁ、ここではなく現地で合流するのかもしれないが。
そう、現地。
22階層なんて意味不明の場所まで向かうのは当然、地上からじゃねぇ、転送門だ。
あの要塞都市にあった迷宮入口から真っ直ぐに下って行ったのなら、俺の記憶が確かならば、20階層は「ドワーフの街」だったはずだ。そこの転送門から下に降りるのだろう。
試練の迷宮は1階層から順に降りなければならないなんて伝承があったはずだが、別に俺は迷宮を攻略しに行くわけじゃねぇ。あの魔王だとか言う小僧の首を狩ってさっさと引き返して来るだけの話なんだ......今度こそ、クソッ! あの地面に埋められた記憶は未だに夢に出てきやがるんだ! ぶち殺してやるっ!
長い道のりを馬車で移動するのは嫌な気分だ。自分の足で行くほうがまだマシだ。
獣人やらの奴隷女が同乗するならいざ知らず、むさっ苦しいクソ野郎共と密室で揺られるなんざ、なんて拷問だ。
辿り着いた場所は、ドワーフ達の転送門では無かった。
まぁ、良くよく考えてみれば分かる話だ。いくらドワーフが中立だとは言え、【徘徊する逢魔】を倒す人族の軍隊を送り込むなんて話に協力する訳が無え。むしろ下手を打てば、あっち側について襲いかかってくるなんて話も十分にあり得るくらいだ。
だが、だとすれば、ここは一体どこなんだ...?
ここはどう見ても廃墟。俺達が来る前から何かの作業でもしていたのか急造の宿営所や炊飯所があるようだが、それ以外は百年以上は放置されているであろう廃墟。しかも結構な広さの場所だ。
そんな場所のど真ん中へと連行されていく俺達......って、おいおい! まさか、ここで俺達、ここで処刑されたりする訳じゃねぇだろうな!?
焦っているのは俺だけじゃない、中には剣の柄に手をかけて警戒する奴までいやがった...クソッ、こういう時に俺は不利だ、さすがにあからさまに弓を構えるわけにはいかねぇっ!
訳も分からぬまま、考える間もロクに与えられないままに、潜った転送門の先も廃墟だった。
どうやら転送されたのは間違い無さそうだが、一体どこだ?
門を潜る前も後も廃墟、しかも、そこいらの街の規模じゃない。明らかに「以前は栄えていたであろう」それは見事な廃墟(?)だった。
その辺を漁れば年代物の金目のものか、何か伝説の魔法の武器か道具か、手に負えない魔物でも出てきたっておかしくは無さそうな雰囲気だった。
全員の移動を終えて、ようやく現状と今後についての説明が始まった。
そして度肝を抜かれた。ここは30階層だった。
6階層だって生きた心地がしなかったのに、30!?
しかもそこから逆走!?
てめぇ、俺達を殺す気か!? 迷宮の「9」の層には主がいることを知らねぇとは言わせねぇぞ!?
...いや、だからこそ、か。
【不滅の正義】に【慈悲なき兵器】なんて二匹の化物を送り込んだ上に、俺を含めた選りすぐり共まで付けたのは、その逆走の為なのか?
噂ではあの「四聖」まで連れて来たって話だし、魔法使い殺しの「破魔の矢」なんて恐ろしい武器が俺にまで支給されちまうようだ。
そんな大事な話をここに来てから、俺達の退路を断ってからするという念の入れよう。
逆走するための仕込みなのか、そうまでして逆走しなければならねぇのかは知らねぇが、連中が本気なのはよく分かった。
...まぁ、金払いは前回以上に充分だ。さっさと終わらせて引き返すまでだ。
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...この部隊の隊長だとかいう男が話す長ったらしい訓示がまだ終わらねぇ。
何が「正しい素行と正義をもって...」だ、バカヤロー。遠足じゃねぇんだぞ。てめぇらがわざわざ雇ったんだろうが、実力最高素行最悪の連中達を!
俺達が受けた契約は「魔王【徘徊する逢魔】を狩る」こと唯ひとつ。
契約書の「他は適宜調整」なんて文言は脳内でとっくに破り捨てている。隙あらば余計な仕事を増やそうとしてきやがって、そっちが俺達を使い潰す魂胆なのは見え見えなんだ、クソどもがっ。
だいたい前回だって、ゴブリンの娘二匹を好き放題に調教できるって話で引き受けたんだ! それがなんで【徘徊する逢魔】と一戦交えることになっちまったんだ!? あれから生還できたのは奇跡だっ!
その挙句に、あの帰還途中に奴隷女でウサを晴らせば、同乗していた別の「猫耳の小娘」に半殺しにまでされる始末......あぁっ、思い出しただけで、ブチ切れそうだ...!!
...チッ。
...むしろ、今回の裏の意図だって、俺には見えている。何人かは別契約でそっちの「協力」を引き受けているんだろう。
21階層にあるというオークの村、それが【徘徊する逢魔】の案件のついでに動いているに違いない。
俺が「あの経路の20階層はドワーフの街」なんてわざわざ覚えているのは、そのすぐ下に住んでいるというオーク達が有名だからだ。昨日今日の話じゃねぇ、百年以上も昔からの話だ。
金持ち連中の間では「試練の迷宮の21階層にあるという桃源郷。好奇心旺盛な才人達がそこへ赴き、帰らぬ人になるらしい」なんてのは有名な噂だ。
言葉は飾っちゃいるが、ようは、有能な人材とやらが過去に何度もオーク共に誘惑されて引き抜かれてきたって話らしい。
そして今回、どさくさ紛れにそれを叩き潰せってことだ。
そこに男を惑わす女共とやらがいるんだろ? ここにいる連中が略奪しないわけがねぇ。
わざわざ隊を2つに分けるのだって【徘徊する逢魔】に対しての戦術じゃねぇ、オークの村を襲撃し、向こうの連中に駆けつけるであろう援軍を潰すために時間差で送り込むための後続部隊だ。
俺達みたいな猟犬にわざわざ高い金払って、迷宮深くで大人しく暮らしている豚共に噛みつかせにいくなんざ、我が事ながら笑っちまう話だ。最初からその逃げられた才人とやらに払って引き止めてやれば良かったのにな、ハッハ!
俺が参戦するのは後続の部隊の方だ。
さすがに前回でもう懲りた。
もちろん、よもや負けるとは思っちゃいない。
神の使徒が二人、「白き鏡」が派遣したという四聖、「青き鎖」が提供したという魔法の武器、他にも名の知れた戦闘狂達が何人もいる。
だが、あの化物小僧は......
...いや、そんなことはどうでも良いんだ。先発部隊があとは勝手にやるなり、やられるなりするだろう。
先発部隊に配属されたゲス野郎どもが「てめぇが来る前に俺がしっかりと調教しておいてやるぜ」なんて言いやがった。おこぼれはくれてやるってつもりらしいが、馬鹿言うな、俺はその調教された奴を、さらに調教し直すのが好きなんだ。
それに、あの魔王がいるってことは、あの時に調教しそこねたゴブリン娘もいるってことだろう?
あぁ、俺はそれを考えただけでもう、ずっと眠れなかったんだ...あれを見てから、おあずけ食らって、ようやくだ、今度こそ、どさくさに紛れて、俺がしっかり、調教してやる...ケッケッケ...!
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【慈悲なき兵器】が同行する傭兵の一人を斬り捨てやがった。よりにもよって、「白き鏡」の方で雇った兵士を。
どうやらその兵士が同行した案内役の給仕女に手を出したのが発端らしいが、あぁなったのは綱紀粛正だとか正義感がどうこうの問題じゃない。
鬼人【千刃】ドラーオン。きっと戦闘狂の奴を相手に、その斬られた兵士が剣でも抜いたのだろう。
あの神の使徒はおろか、「赤き剣」という集団がそういう連中の集まりだ。力こそ全てという集団を偶々あの最強の神の使徒が束ねているだけだと言ったって、言い過ぎじゃねぇ。
そして【勇者】。あいつは何を考えているのかさっぱり分からねぇ。
一応は「白き鏡」の崇める神の使徒であるところの奴が、ドラーオンの暴挙に対して何も文句を言わねぇものだから、もう、この場はそのまま収まらざるを得なかった。
「四聖」も動かないようだ。ここで殺し合いを始めたら、もう魔王どころの騒ぎじゃなくなっちまうから、当然といえば当然か?
【勇者】と【千刃】、組み合わせとしては最悪だ。せめて「青き鎖」の聖女でも寄越してくれれば良いものを、正義馬鹿と戦馬鹿の二人を並べて......まぁ、良いのか。魔王の首を狩るだけならばむしろ、その方が何かと都合が良いのだろう...
...前言撤回だ。
最悪だ。【千刃】の奴が【勇者】を連れて、さっさと出発しやがった。
おい、さっきの長ったらしい打ち合わせと訓示は何だったんだ!? 「正しい素行」とやらは、どこ行った!?
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「おい【勇者】! その【徘徊する逢魔】って野郎はどうなんだ、強いのか!?」
「...知らん」
未だ名前も名乗らぬ不機嫌な同僚を、強引に半ば引きずるようにして鬼族の戦士の男は29階層の転移門目指して走りだした。
全軍出立は翌朝だという言葉を聞いて、冗談じゃない、待ってられるか! と。
必死に止める、討伐隊の代表の誰だったか名前を忘れた男に対してドラーオンは「心配するな、目印は置いていく!」と見当違いの言葉を残して去って行った。
転移門の光を「登る」二人の神の使徒。
30階層の廃墟の街を見下ろしつつ、ドラーオンがワクワクしながらつぶやいた。
「【徘徊する逢魔】、どんな戦士なのか、楽しみだぜ!!」
...ちなみに彼はこの時、その標的を「通り過ぎて」結局会えない事態になろうとは、露ほども考えてはいなかった。




