へいわなせかい
先日の会話でモタさんは何かに満足でもしたのか、それ以来、彼は俺と話し込むよりも周辺の野外調査の方に力を入れ始めたように見えた。
たぶん、俺が嫌われたとかでは無いと思う。見た感じだと元気というか上機嫌に動き回っているし、俺にも以前よりも気さくに声をかけてくれるようになったと思う。
犬、猿、鳥の数匹を引き連れては森や川を散策し、時にはティすらも連れて行っているようだ。
そんなモタさんと入れ替わりになったのが...
なぜか俺と一緒に、俺の隣で膝を抱えて体育座りしているサンシータだ。
「...あのお二人は、強いっスね」
「...あぁ。ティとニアは、確かに強いね」
坂道を転がってくる巨大果物をどかす作業をサンシータと一緒にやっていたのがあの二人だ。
ティも最初のうちは「えぇい、すぐに砕ける!」と、魔法で粉々になった果物に苛ついたりもしていたが、今となってはもっとふんわりとした魔法で止めたりずらしたりに成功している。
ニアに至っては転がる果物に飛び乗って、そのまま斜めに転がすという新しい遊びに挑戦している有様だ...
とうとうサンシータも戦力外通知...いや、サンシータは戦力外なんかじゃない! みんなに飲み物を配ったり、動けなくなった犬猿を救助したり、縦横無尽の大活躍だ。サンシータは!
自主的に後方支援に回ったサンシータが、膝に矢を受けたわけでもなく引退した俺の隣に座って、つぶやいた。
「...どうすれば、強くなれるんですかね」
貴方に不可能はない、がんばれ! と雑かつ的確(?)な助言をぶつけて、男二人の体育座りが醸し出すこのしみったれた空間からさっさと追い返してやろうかとも思ったけれど、ここは引退兵として未来ある若者にアドバイスしてみようと考えた。
とは思ったものの...テイとニアの二人を基準に考えるのはおかしいし、そもそも俺もあの二人には勝てないだろう。
かたや妖精の女王様で、もう片方は「其処に在る死」と恐れられた魔法少女。そして双方ともに、結構な修羅場を歩んできた末に、あれに至ったのではなかろうか...
...サンシータには何となく、そっちの方向性で頑張って欲しくは無いんだよぉ。
俺なりに真剣に悩んだ末に、俺は彼の望んでいないであろう答えを返したのだった。
「...俺はサンシータは十分に強いと思うし、あなた達は種族的に人族よりもはるかに強いと思うよ?」
犬猿を抱えて川を渡ったり大きな果物を一人で抱え上げたりするサンシータは明らかに怪力の部類だし、そこに見た目のカッコよさや細かい気配りができる頼れる男らしさも加わって、むしろ腹立たしい(?)イケメンだ。爆発しろコノヤロウ。
だが、彼は俺の言葉、特に「あなた達は」の部分に何か不愉快なものを感じたらしい。
「...あんな連中、他の種族にペコペコしながら身なりばかりを気にしている奴らなんて...」
その「あんな連中」というのは、21階層のお店の人達のことだろう。何か彼らに対する劣等感でもあるのだろうか?
とはいえ、サンシータ自身が「身なり」にだらし無い訳ではない。服装は少しラフだけど清潔感があるし、髪型や眉毛も自然に見えて、実はかなり丁寧に切ったり剃ったり、セットされている。上層の荒々しいドワーフ達どころか、人族のモタさんや俺と比べたって一目瞭然なくらいにオシャレに差がついている。
そういう身だしなみやら礼節やらの習慣がもう、彼は自然と板についているのだろうか?
「サンシータは、あなた達オークと他種族が交流するのが不満なの?」
「そんなことは無い、けど......もっと他に、やり方があるだろうっ!」
「そのやり方って、例えばどんな?」
「それは...」
言葉に詰まり、沈黙した。
とはいえ、さっき「どうすれば強く」などと言ったのだから、そういう何かなのだろう。
...俺だって分かるよ。俺も昔は強くてなんぼだと思っていたし...昔?
まぁ、とにかく、なんだかんだで腕力はものを言うし、「強い」というのは単純かつ難しい命題だ。人類永遠のテーマだと言ってもいいだろう。
だけど、あのお店に関しては、オーク達の存亡をかけた場であるという話を女主人に聞いてしまったんだ。
腕力も、知力も金も権力も、その全てが強さだ。人々はそれぞれで常に殴りあっている。そしてオークのあのお店は魅力で殴りあうのを選んだのだろう。
「...もしも俺が、どんな手を使ってでもサンシータに勝たなければならない時がくれば、俺はきっとあなたに対して毒を盛る。あるいは寝込みに周囲を燃やす。正面切って戦ったりはしないと思うよ?」
「えっ!? ...それは...卑怯じゃないッスか?」
「敵の方が自分よりも強い場合に...それでも仲間を守るために退けない時に、あるいは、自分に屈辱を与えた怨敵を見つけた時に、それとも、なんかムカついた時に。
どの状況ならば絶対に、毒は使わないと断言できる? ...自分に対して使われないと言い切れると思う?」
「...毒ですか......考えてもみなかったですね」
「つまり、どれだけの武力があれば敵の不意打ちを躱せるのか、背後からの奇襲や騙し討ちに対しても無事でいられるかという話なのだけど...」
「......」
「...それはさておき。俺よりも体格の良いサンシータが、俺の手を引っ張ったとする」
「え? こうッスか?」
そう言いながら、俺が握手するように右手を差し出して、それをサンシータが引こうとするが...
「...おわっ! あれ!?」
サンシータが目を丸くしたのは、俺があっさりとサンシータを前に引き崩したからだ。
「...実は今のは、あなたが手を伸ばしてくるのに合わせてこっそりと、俺は手を下げていたんだ。俺の有利な位置や体勢にバレないように誘導しながら、つかませたんだ」
そんな説明をする間も、サンシータは興味津々に俺の手をつかんでは、二度三度とコロコロ転がった。
「つまり...こう中心に手を差し出したら両手でつかみに来るかもしれないでしょ? だから確実に右手でつかませるように角度を付けて手を差し出したり。もし俺が左利きだったら左手を差し出したり。つかむ前から準備を重ねてそう仕向けたんだ」
「これはつまり...魔法っスね!?」
「......そう、魔法だっ!」
違うけどっ! ...だけど俺も習い始めはそんな感じだったはずだから、もう、それでよし!
「...その方法で、アニキは俺を倒せるってことッスか?」
「それが、違うんだ」
「違うんですか?」
「サンシータを引き倒すのに成功したなら、俺はその隙に逃げる。
サンシータの手足の長さや間合いが把握できたなら、俺はその中には入らない。
周囲の空気や気配が正しく察知できるようになれば、そもそも危険な場所には近寄らない。
『君子危うきに近寄らず』なんて言うけれど、真に強い人はそもそも争いに『遭遇しない』んだ」
...俺にもっと力があれば、【勇者】やらの厄介な連中とも遭遇しない、はずなんだ。
まぁ、俺のことは良いとして、サンシータが欲しい強さって、果物を割ったりするやつのことではないのだろう。
「訓練すればサンシータを引っ張ったりは上手くなるけれど、少々身体を鍛えた所で剣だと斬られるし矢は刺さるから......あぁ、この世界だと魔法で跳ね返したりしちゃうのか?」
「...なんだか俺、自信が無くなって来たッス」
俺も自信が無くなってきちゃったよぉ......いや、違う! そういうことじゃなくて! 俺はアドバイスするんじゃなかったのか!?
「あー...もし、モタさんの目の前に、血まみれの剣を持った俺と笑顔のサンシータの二人が立った場合、モタさんはどちらの方を警戒すると思う?」
「えっ、急になんですか? ...それは、まぁ、アニキの方ッスよね?」
「不機嫌そうな俺と、笑顔のサンシータだった場合は?」
「...アニキの方っス」
「俺と、笑顔のサンシータなら?」
「さっきから俺、なんでニコニコ笑っているんですか? ちょっと、気持ちが悪いッスよ?」
「なんと言えば良いのかな......とりあえず一発殴って相手の出方をうかがってみるのを是とする世界の方が、俺にとってはよほど、気持ちが悪いよ」
「......」
「...そもそもサンシータは、ものすごく強くなったとしたら、何がやりたいんだ?」
もっとモテたいのか、ん? このイケメンめ。
「それは...みんなで仲良く、平和に暮らせたなら」
「えっ!?」
「えっ? ...あっ」
ちょうど俺がサンシータの言葉に驚いたタイミングで、俺の後ろに音もなく現れて、背中によじ登ってきたのはニアだった。
それを見てサンシータが苦笑した。
「スミマセン、また俺が大事なアニキを長く借りすぎてしまいましたね」
「待て、サンシータ。この子、単に登りグセがあるだけなんだ」
だけど、こちらにサキとユキも近づいて来ているようだ。
次の展開を予想してか、サンシータは俺とニアに笑顔で軽くお辞儀をして、あちらの犬猿達の方へと戻って行った。
...俺は一体、何をやっているんだ。
「...主?」
「俺もサンシータの気持ちは分かるんだ。だけど...
...俺がこの世界に来て最も『平和な世界』を見せつけておいて...なんて思ってさ」
ニコニコ笑って犬猿鳥に中年おじさんまで巻き込んで大きな果物とじゃれあっているこの不思議な空間を、平和な世界と呼ばずになんと呼ぶんだ! 一体どうやってこの世界を作った!? 何が不満なんだよ、このイケメン!
俺は、殴るだの投げるだのしか知らないから......サンシータの方がうらやましいよ。
そうこうしているうちに、サキとユキが俺の両腕を奪ってきた。
「どうしましたか、主様?」
「イケメンが爆発すれば良いな、って話だよ」
「爆発させてきましょうか?」
「やめてっ!? ただの言葉の綾だからっ!」
俺がそんな軽口を叩いていると、サキとユキがもう一度、俺に問いかけてきた。
「それより主様、その、大丈夫ですか?」
「主様、元気がなさそうですよ?」
...あぁ、うん。そう見えちゃった、か?
「...最近少し、長居しすぎたかなって思い始めているんだ。彼らと親しくなりすぎてしまったというか」
「えっと、良かったですね?」
「うん。仲良くなれたのは良かったけど......【徘徊する逢魔】と深く関わるとその、彼らにとって危険性が増してしまうのではないのだろうか、と」
「「......」」
人族に、関係者として命を狙われてしまいかねない。
「10階層の妖精達とか、道具屋のおばあちゃんとかの規格外な人達は良いけれど、争いを望まないオーク族や、学者のモタさんやケモノ達が俺達と親しくなるのは...」
「主様! ...その、うまく言うことはできませんが、それは違うと思います」
「みんなちゃんと戦っています!」
「主、考えすぎ」
...戦えないなんて決めつけるのは、失礼か。
「みんなと仲良くなるのは、だめなんですか、主様?」
...その言葉に対して、俺はうまく答えられなかった。
みんな仲良くすればいいのにと思っているクセに、俺が拒んでいるのは矛盾している...
「...どうすれば良いのだろうな」
「そんなもの、全て倒してしまえばいいに決まっておる」
俺の目の前に、いじわるな妖精が舞い降りてそう断言した。
「ティ、そんなことばっかり言ってると、それこそ、そこの犬や猿達に悪い魔物認定されて退治されてしまうだろ?」
「それこそ主様が、そこの犬や猿やオークの若造も皆、統べてしまえば良い!」
「そうですよ主様!」
「主様は最強です!」
「主が一番つよい」
「やめてよぉ...俺には小鬼さんとネコちゃんだけで、十分だよぉ...」
「...待て! わらわだけ仲間はずれにするでない!」
もちろん、スライムさんやメイのことも、忘れてなんかいないよぉ...
そんなくだらないことを言い合っているうちに、皆が集まり、昼食を囲む時間となった。
いつもの光景となりつつあったので、メイが俺に、サンシータ達も含めた全員に向けての昼食も持たせてくれていた。毎日、転がってくる巨大果物や野菜だけではさみしかろうというメイの気遣いだった。
モタさんやサンシータはもちろん、ケモノ達も大喜びであったことは忘れずにメイに伝えておこう。
そんな光景は俺も大好きだったけれど、この坂道に溝を掘る作業を一旦の区切りとして、彼らとは別れようと俺は心に決めていた。
今はニアやティがいた方が彼らも安全なのかもしれないけれど、下の階層で何かの魔物とでも遭遇した上に、俺達を追ってくる人族と挟み撃ちにでもなればもう、最悪だ。だけど俺達がいなければ、追ってきた人族達は素通りしてくれるだろう。
...彼らとは一旦分かれて、いつの日か下から「引き返してきた」俺達と再会できれば良いんだ。
その時は、下の階層のお土産でも持ってこよう。




