もり
翌日、俺達は再び21階層の探索を始めた。
現状報告も兼ねて森を見せるためにメイも連れて来た。
メイは周囲を見回して何かを納得したらしい。植生でも見たのだろうか、俺には見ても分からない何かを察したようだ。
「えっと、メイ? ここ、どういう森なのか分かる?」
「土壌が豊かで食料が豊富に取れるようです。枯れた土地では育たない、貴重な実をつける植物が多く育っています」
「道すがら、いくつか試しに持ち帰ったほうが良いのかな? 味はともかく、食べられるかどうかならば【鑑定】スキルで俺にも分かりそうだし」
「はい、お願いします」
昨日は特に、ニアが活躍していたようだ。
森のあちこちで拾った木の実や食べ物をメイに納品していたらしい。ニアとしては素材の探索というよりは、遊びの一環として色々見つけていたようだが。
「採取については余力のある範囲で結構です。この階層は安全なようですが...」
「...ですが?」
「がんばってください」
「あ、はい」
ざっと森を観察し終えて満足したメイは、ニアの呼んだ【白昼夢】でさっさと引き返してしまった。
...ちょっとぉ、「ですが」って、気になる言葉を残して帰らないでくれるぅ?
「主様、大丈夫ですっ!」
「...そうなの?」
「もちろんじゃ、主様はわらわ達が守るからの」
「「はいっ!」」
うれしい......けどっ、違う、そういう問題じゃないんだっ! そもそも守られるような事態に陥りたくないんだ!
俺の作戦はいつも、「ガンガンいこうぜ」ではなく「命を大事に!」なんだっ。色々やろうぜなんて以ての外だっ!
俺は石橋を叩いて渡ったり渡るのやめたりしたいのに、刺激を求める奴らが多すぎる!
せめて、メイの「この階層は安全」の言葉を噛み締めながら森を歩いているうちに、もう「次の階層」の時間が来てしまった。
左右にサキとユキがいて、みんなで楽しくぞろぞろ歩いていると時間が過ぎ去るのが早く感じてしまうようだ。
そういえば上の階層はめっちゃ暑かったし、その上の階層では巨大兎に追い回されていたし、みんなでのんびり、ぞろぞろと歩いていられたのは初めてだったのかもしれない。
草原で見た転移門は石に囲まれた風の遺跡のように思えたが、同じ転移門でもこの森の中で見つけると、なにやら更に神秘的な、隠された秘密にでも触れるような幻想的な雰囲気を、俺は勝手に感じてしまう。
まるで何かに誘われるような、それこそ妖精でも出てきそうな...
...いや、俺の周囲でブンブン飛んでいるやつじゃなくてさ。
あぁ? わらわもれっきとした妖精? お前の出現領域は転移門じゃなくてイケメンのいる店だろう、この女王妖精......俺のほっぺたを伸ばすんじゃない! サキやユキも笑っているだろう! あと、そろそろ逆の頬も伸ばしてちゃんとバランスを取れ!
22階層も上層と同様に、森だった。
違うところは、転移門の下に集落と平原が広がっていた21階層と異なって、着地点を取り囲む少しの平原だけを残してすぐに森が始まっていたところだ。門の光柱を降りてくる間に眼下に広がる光景も、より木々の密度が高まってきたような気がする。
俺達は上層と同じように、森を歩き出した。
【はいかい】スキルを持つ俺の後に、サキとユキがいつも通りに左右に続いて、ティとニアが遊撃だ。
...遊撃なんて呼ぶと本職の遊撃の人達に失礼だから、ただの「遊」に訂正しよう。俺の頬を引っ張ったり、あっちこっちにテーッと走ったりする、遊ぶ係の人達だ。いつも楽しそうだねぇ、君達は。
通り道にある木の実や薬草については採取しながら進んでいった。進行方向から離れたものは、よほど欲しいものでない限りは無視して歩くことにした。それでもサキとユキの目利きをもとに、結構な量の実や草花を採取することになった。
収納できるスキルの無いサキとユキが拾ったものは、俺がすべて【まほう】スキルで収納していった。逆にサキやユキのような【薬草】のスキルや知識に乏しい俺は、二人に道中の木の実や草花について教えてもらいながら歩くことになった。
初めて見聞きする草花の効能やそれにまつわる文化慣習について聞くことができて、二人の話はとても楽しくて為になった。木の実を干して食べる習慣とかは、前世の干し柿を思い出すような話で少し懐かしさを感じてしまった。
遊撃担当の二人には、草木の知識も収納手段も両方あるようだったが、ニアがティを、ティがニアを、交互に採取しあうことに忙しかったようだ......つまり、追いかけっこして遊んでいただけだ。
まぁ、サキとユキも笑って見ていたし、いざとなれば本当の「遊撃」として活躍してくれるだろうから良いけどね。
途中、適当な開けた場所にみんなで座って、昼食の休憩を取った。
昼食はメイが用意してくれたお弁当だった。パンで肉や野菜を挟んだもので、普通にお店で売れそうなすごいおいしいやつだ。
こういうのって実際作ってみると、パサパサしたりベチョベチョしたり加減が難しそうなのに、本当に上手に作れるものだと感心してしまう。もう20階層まで引き返してお弁当屋さんとか経営すればいいんじゃないのかな?
のんびりご飯を食べたり、森林浴したり、なんだかこのまま昼寝でもしたい気分に駆られたけれど、どうにか我慢して再び歩き出した。
そう、眠くなるくらいに、周囲は安全だった。
ところどころ、虫とか、リスとか、小さな生き物が目につくようになってきたけれど、こちらに寄ってきたり害になりそうだったりの動物はまだ見当たらなかった。
外敵に遭遇しないのは、たぶん俺の【はいかい】スキルの影響では無いだろう。
以前、俺が一人で草原を歩いていた頃は明確な「遭遇の拒絶」の意思で【はいかい】スキルを使っていたけれど、今は頼りになる遊撃部隊がいるから、あくまで転移門までの最短ルートだけを願いながら歩き続けている。
そしてモモフやメメラの時は、それなりの数に遭遇していたけれど、ここでは何にも遭遇していない。
降りて最初に遭遇したオーク達以外だと、出会ったものといえば......木?
...いや、それってもしかして......
俺がハッとして振り向くと...
...なぜかサキとユキが、獣を抱きしめていた。
サキが犬を、ユキが猿を。
大きさは二人が抱えられるくらいの、最初はぬいぐるみかな? と思ったくらいの大きさ。そう、ぬいぐるみのようなフワフワ感のある、和む見た目の獣達だ。
「えっと、それは......何?」
「「今日の夕食です」」
サキとユキが声を揃えると、犬と猿がしきりに首を横に振った......え? 言葉わかるの? すごいね。
どういう状況なのかティが説明してくれた。
「昼食の匂いにでもつられたのか、いつの間にか二匹が付いてきておってのう。二人がそっと捕獲した」
そこはせめて、捕獲じゃなくて、そっと抱き上げたとか言おうよ。
あと、二匹の方も、そのまま無抵抗で抱き上げられていないでがんばって逃げなさいよ。そのままだと食べられちゃうぞ?
それに俺も、かわいらしい犬と猿を食べるのは、ちょっと食欲が......スープとかで煮こめばいけるかな? あぁ、ゴメン! そんなに首振らなくても大丈夫だから!? いや、首振ってないで逃げろよお前達!
それに、そもそもこの二匹はどこから来たの? 襲ってくるならまだ分かるけど、妙に人に懐いて付いてくるところが、むしろ何だか......微笑ましいという言葉よりも、何か次のトラブルを呼びそうな嫌な予感という言葉の方が頭に浮かんで来てしまったのだが...?
するとニアが...
「上」
その声にみんなで少し目線を上げると...鳥? なにやら青い鳥がこちらに向かって飛んできている。そして、
「まて! 待ちたまえ! その犬と猿を離しなさい!」
鳥の下に、遠くからこちらに走りながら叫んでいる男の姿が見えた。
サキとユキは「逃げますか?」とか言っちゃダメでしょ? 向こうはこちらに用がありそうなんだから......いや、そう言えば前に似たような状況で逃げた気がするな? なんだっけ?
ニアは「倒す?」とか言うんじゃない! 見ず知らずの人をとりあえず倒すという発想は......いや、俺も見ず知らずの人族の拠点を襲撃したり、見ず知らずの空飛ぶトカゲを撃ち落としたりしてきたから、そういう主さんだと思われちゃっているのかな?
そんなことを考えているうちに、謎の男はみるみるうちに近づいてきた。
服装はカーキ色、淡い茶色の作業着か軍服のような地味な格好。おしゃれ着ではなく防具っぽい硬めの帽子と、黒縁のメガネ。身長は俺よりも低め、一般人男性、探検家かフィールドワーカー? なんて言葉が思い浮かんだ。
俺はそういう探検家みたいな職業に詳しいわけではなくて、映画やゲームなんかで森や洞窟で活躍する、罠を避けたり転がる岩に追いかけられたりする教授みたいなのを連想してしまったのだけれど...
俺達5人と捕獲された二匹の目の前まで来る直前、一瞬だけ走る速度が落ちたのを見逃さなかった。
あの彼のかけているメガネ......道具屋のおばあちゃんのものとは違うけれど、俺達を見るその反応には何か通じるものがあったから、何となく察してしまった。
「サキ、ユキ、二匹を開放して」
揉めるのも嫌だから二人に人質(?)の開放を指示すると、二人は特に夕食への未練もなく、抱いていた二匹をそっと地面に下ろした。本気で食べる気はさすがに無かったのだろう。
...離された二匹は、二人を「良いの?」とでも言いたげに、彼女達をほんわかと見上げていた......そんなほのぼのとした様子に、なんとなく二匹が簡単に捕まっていた理由というか、どんな感じで捕まったのか、その光景が目に浮かんでしまった。
だが、そうも言ってはいられない。二匹が早く逃げ出してくれないものだから、変な人がついに、俺達の目の前に辿り着いてしまった。
「...君達......ゼェ、ゼェ...その......」
「あ、大丈夫です。待っているんで、先に息を整えて下さい」
「...す、すまない......」
見た目は中肉中背の中年男性に見える彼は、悪い人ではなさそうだ。
慌てて走っては来たけれど、ちゃんと安全な距離を置いて礼儀正しく話しかけてくれているし、見た目は明らかに年下であろう俺に対して丁寧に接してくれているような気がする。
むしろこちらの方がよほど怪しい集団に見えるはずだ。
怪しげな妖精、怪しげな小鬼二人に、怪しげなネコちゃんをはべらせた、怪しげな人族の少年だ。こんな集団によく話しかける度胸があったものだ。
俺の心のつぶやきが漏れていたのか、怪しい妖精が「なぜ、わらわが筆頭なんじゃ」と俺の頬を引っ張ってきた。
「...そろそろ、いいかね?」
「ろうろ、おひになひゃらう」
「そちらの二匹を開放......してくれたのだな。礼を言う」
「つい先程まで夕食になりそうでした、たいへん申し訳ありませんでした」
「夕食!? あ、あぁ、それを阻止してくれたのだな。ありがとう」
「ところで...」
「あぁ。私の名はモタ・ローという。もし君達も迷宮の下を目指しているのなら、まずは一緒に転移門まで歩かないかね?」
この謎の人族であるモタローさん......犬、猿、鳥と、モタローさんと俺達はしばらく行動を共にすることになった。




