はやし
オーク達の集落を離れて、木々の生い茂る草原へと歩いて行く俺達。
俺に置いて行かれたことが気に入らなかったのか、俺の肩の上に居座ったティがずっと俺の頬をぐいぐい引っ張り続けている。
「...みょー、悪ひゃったよ、みょー」
俺達が揉めている間も終始楽しんでやがったティ。彼女に関しては、俺達の我が家まで「少々遠回り」すれば一人でも帰還できると聞いていたので、あのまま彼女が気が付かなければわりと本気で置いて行こうかななんて思っていた。
殺伐とした迷宮探索の日々のなかで、せっかくの憩いの機会を得たというのなら存分に楽しんで行けば良いと......もちろん俺のことじゃないよ? ティのことを言っているんだよ?
「ひょれで...君らはあそこでどんな話をしていたの?」
「皆がわらわを称えるから、もっと褒め称えさせてやった」
...もー、君、あそこに住んじゃえよ。 ...まぁ、そのくらい楽しむのが正解なのだろうけど。
その一方で、サキとユキは、
「「話すことは、何も」」
でしょうね。
あの氷の世界は凄かった。
もしかして、入店してからほぼ一言も喋らなかったんじゃないかな、この二人?
「それより、主様は...」
「...ニヤニヤされておりましたね?」
「えっと...!? あれは、その、きれいなオネーサンに囲まれて愉快だったというよりは、物珍しさで楽しくなってしまってその......申し訳ありません」
そりゃぁ、男ですもの。きれいなオネーサンは大好きさ!
うちの子には勝らずとも、勝敗よりも、みんなそれぞれにキレイ......ゴホン、もう、黙っていよう。ボロしか出ない。
「まぁ、ああいうお店っていつの時代でもあるのだろうけど...っと、二人共、腕をギュッとしないで! 大丈夫(?)だから!
それより、ほら......ああいう『狩場』っていうのは、ここでは一般的なものなの?」
「ふむ? わらわは見たことが無いのー」
「やっぱり、珍しいんだ、あれ。
魅力という罠で同胞を捕まえようなんて、考えようによっては、ちょっと激し目の観光事業とも言えなくもない......二人共!? 俺の腕に角をグリグリしないで! 大丈夫だからさっ!
と、とにかく、場所といい、仕組みといい、珍しい店だったよね!」
「それは違いない! 主様の醜態も愉快だったのう!」
...次があったら、やっぱりティは店に置いて行こう。
あのオーク達との遭遇は事故だったということにして、気を取り直して俺達は再び迷宮を進むことにした。
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「それにしても」
俺は周りを見渡しながら考えた。
森や林の一歩手前といった雰囲気の緑の迷宮。ある意味で、これまでで一番「迷宮」っぽい雰囲気ではある。
草原地帯よりは、草に足を取られる心配が少ないけれど、代わりに木々に服を取られないか少し気を付けなければならさそうだ。
視界も前方だけでなく、ところどころ空も塞がれて薄暗くなってきている。
俺がうちの美人さん達を相手にしどろもどろになっている間にも、うちのネコさんはそんな迷宮を満喫していたようだ。
あっちの方にテーっと走って行って、むこうの方からテーっと戻ってくるを繰り返している。
なんとなくネコっ娘なニアはこういう風景に慣れているのだろうという偏見が俺にはあったのだけど、俺だけではなく彼女にとってもこの景色は珍しいようだ。楽しそう(?)な姿を見ると、俺もなんだか楽しくなってくる。
相変わらず俺は【はいかい】スキルだけを頼りに、こっちかなと思う方に突き進んでいく。
草原や荒野に比べて視界が悪い状況下でも、なんとなく木があるだけで空気が清浄になった気がするなーなんてのんきなことを考えていられるのは間違いなく【はいかい】スキルのおかげだ。
この階層は何だか空気が少し肌寒い。上の階層が暑かったせいで余計に冷たさが際立って感じる。
木々の葉も緑だけでなく、赤や黄色も混ざっているので、つまりは「秋」の様相だ。
静まり返った林に、ヒヤリとした風が抜ける。
結構な距離を歩き続けてきたけれど、他の生物にまだ遭遇していない。何もない荒野でさえトカゲがいたというのに、木々や緑といった生き生きとした場所に何もいないと違和感を感じてしまう。
静かで寒い、さみしい林の中を、俺達は踏み込んでいく。
やがて視界の四方を木々がゆっくりと囲んでいき、ついには方角も良く分からなくなってきた。
気が付けば囲まれている。こっそりと増えている。
木々の密度が徐々にあがり、狙ったようにまばらに、同じ間隔で同じ木を並べたように、増えていく。
陽射しが真上にある時は良かったが、すこし日が傾き始めると木々が邪魔して、暗がりと肌寒さが忍び足で近寄ってくる。
もう、先ほどの街と転移門がどちらにあったのかが分からない。
薄暗い寂しさに包囲された。
静寂と涼やかな風が肌を撫でるが、振り向いた所で誰もいない。
似たような景色が延々と続き、進んでいるのか戻っているのか自信が無くなってくる。
気づいた時には、もう...
...俺の背を、トンと叩く。
「うぉわ!? ......って、ニア。戻ってくる度に俺の背を叩くのは、一体、何の遊びなのかな?」
俺が話しかけた時には、ニアはもう、テーっと森の奥へと走り去って行っていた。
...あれで行って帰ってこれるなんて、ニアの方向感覚は、すごいな。
みんなで歩いているからまだ良いけど、ここ、俺一人で歩いたら寂しくて怖くて引き返しているし、【はいかい】スキルがなければとっくに迷子になってるぞ、たぶん。
どちらかというと、上の過酷な暑さと火を吹くトカゲの階層よりはずっと楽なのだけど、どうだろう?
果たして本当に、このままで終わるものなのか?
モモフやメメラも大きくなったり空を飛んだりして来たこの迷宮で、何も現れないのはむしろ気味が悪い......あぁ、そうだ、不気味。なんだか静かな森の気持ち良さというよりも、なぜか不吉という言葉がつきまとうんだ。
この視界の悪さと寂しさ。草原や荒野以上に、一人で歩くのは何だか怖そうだ。
これで引き返して、さっきの「お店」に入ったら、案外コロッと...
「主様は...」
「はいっ!? 反省しています!」
「えっ?」
「あ、いや、なんでもありません。どうしたの、ユキ?」
ユキが尋ねてきた。何だろう?
「ここにはその、人族もいるというお話でしたので」
「...ああ。彼らオークの里には人族もいたらしい、ね」
あのお店って、人族達を集めるための場所だという話だし。そして俺達がいたあの店が有った場所は、あくまで彼らの職場のようだ。
あの集落の生活感の欠けた雰囲気や子供老人のいなかった状況を踏まえても、彼らの家族や仲間達のいる住居は「別の場所」にあるのだろう。
「主様は、同胞には、会わなくてもよろしかったのですか?」
オーク達は人族のいる場所を明かさず、俺もあえて聞かなかった。
ユキは俺に気を遣ってくれているのだろう。
彼女達には同胞はもういない、そして俺はまだ同胞の里には行ったことがない。
俺がまともに話した人族って、今のところは10階層の酒場にいた従業員の一人だけだ。他の人族は、その......埋めたり、逃げたり、襲撃したり?
...とはいえ、俺もここで生まれ育ったわけではないから、この世界の人族に対しての思い入れは少ない。
確かに同族で争ったりはしたくないのだけれど、それは人族に限ったことではなく、誰が相手でも争いは避けられれば良いと思っている。
何より、今の俺には「みんな」がいるわけだし...
「...ここにいる人達がどんな風に暮らしているのかには興味があるけど、彼らの暮らしにまで踏み込むのは、良くないからねー...
あの店が彼らオーク達の職場というか、前線基地なら、彼らの里は彼らにとっての守るべき本拠地だからね。その場所は俺達に明かしたくは無いだろうし、明かすべきでは無いでしょう」
まして迷宮に来るような荒々しい異種族を相手に、だ。
この世界は安全ではない。剣や魔法で襲い合うような危険な世界であると、俺は認識している。
万が一を考えれば、彼らの弱点になりうる彼らの住居に近づかせたくはないだろうし、近づくならば排除せざるを得ないことだってあるだろう。
...あれ?
それを踏まえて、迷宮に住んだり、商売したりする彼らって、すごくないか?
10とか、20とかの階層はたぶん安全地帯に街を作ったのか、安全地帯にしたのだろう。そこに住むならまだ分かる。
だけど21階層なんて、迷宮真っ只中なんだろう? 大丈夫なのか?
「...うちの城、彼らに譲ってあげれば良いんじゃないか? あれって確か、移動できるんだろ?」
どうせ誰も住んでいないんだし。
そんな俺の提案に、ティが答えた。
「城を譲るわけにはいかぬが、主様が城に招くならば、止めはせぬぞ?」
...さりげなく、俺の魔王化を進めようとするんじゃない!
そしてサキとユキも「主様についに配下が」とか言うんじゃない!
それに、自然に「配下」扱いしちゃうのは、そんなにあのお店が嫌だったのか? ダメだよ、みんな仲良くね?
彼らを迎え入れるにしても、俺は関わらないぞ?
「...ティが城主ならば構わないぞ、女王様」
「ならばあと4つ、人数分の城を用意せねばならぬな、我らが魔王様」
あ、ダメだ。藪蛇だった。
なんだかオークの軍勢を引き連れて『お任せ下さい主様』とか言ってサキとユキが出撃しそうだ。
そしてニアは猫族、ティが妖精族を率いて出撃するんだろうなぁ......その時は、俺はスライムさんと一緒に留守番......いや、旅に出よう。平和を求めて。もう一度二人でモモフを追いかけながら、やり直すんだ、フフフ......
「...どうされましたか、主様?」
「いいえっ!? なんでもありませんよ!」
「...わらわ達もあのオークのような格好で主様をちやほやした方が良いのかのう?」
「主様もひらひらした服装の方が好きですか?」
「君達、チヤホヤだのヒラヒラだの言うんじゃありません」
「では主様もニヤニヤするではない」
「「しないでください」」
「ちょっと!? 俺、そんなにニヤニヤしてたかな!?」
何やら雲行きが怪しくなってきたから、俺もニアと一緒にテーっとひとっ走りしてこようかな?




