おんなせき
俺も最初は勇者の登場に、思わず歓声を上げてしまった。
その男の衣装は、俺の服装を忠実に再現していた。
俺の服はメガミさんから貰った特別製ではあるけれど、外見は至って普通の服だと思う。別に何かが神々しいというわけでもないし、普通に草原や荒野を歩ける身軽な服だ。
とはいえ、あのスーツだらけの美男子世界においては明らかに浮いている服装だし、中身が俺ではなくイケメンでは、まったく似合っていない不自然な格好なのは否めない、チクショーめ!
そんな彼の登場に、俺は驚きながら聞いてしまった。
「あの服装スゴイな! 俺の服を見て、いま用意したんでしょ!?」
「はい! このハッピもあの服も、あたし達が作ったっス!」
「そうなの!? この短時間でよく出来たね!?」
「男物の衣装については、サンシータのアニキにしっかりと仕込まれたっス!」
俺は、俺のハッピを持って来てくれた下っ端口調の女の子と共に興奮気味に観戦していた。
だが、少し冷静に考えれば俺もすぐに分かったはずだ。
彼女達と顔も知らぬサンシータの兄貴の苦労は、むしろ裏目に出てしまうことを。
俺の服を着たイケメンの登場によって、サキとユキのテーブルを包む、氷の世界の、凍度が増した。
「...マズイ、今すぐに奴を止めろ!! 早くっ!!」
「えっ?! ...えっ!?」
俺の警告の意味は分からなかったかもしれないが、向こうから増してきた寒気には気がついたらしく、俺の周りに座っていた女達も焦りだした。
ニアは俺に寄りかかってグデーンとしたままだった。マイペースだな、おい!
明らかにマズイ空気が包むテーブルへと向かって、俺の服装をしたイケメンオークこと偽俺の歩みは止まらない。
俺の服装ではあるが、俺よりも背は高く、俺よりも筋肉が主張しているタイプのイケメンだ。
おそらく俺の外見で俺よりも上等な中身で勝負をかけたのだろう、チクショーめ!
だが、明らかにマズイ。
あのテーブルを包み込む、殺気を超える何かの気配に気づかぬかのように、偽俺は近づいていく。
気が付かない訳はない、あえて空気を読まない、そういう彼の【スキル】的な何かを全開にしているのだろう。
それくらいの度胸と覚悟がなければ、このお店という「彼らの戦場」では生き残れないのかもしれない。
それでも、あれはマズイ! マズイって!?
俺は慌てて、店の主人らしきマダムに目を向けると、彼女は意味深に、少し冷や汗と共にニッコリと微笑んだが、ぜんぜん笑っていられる状況ではない!
俺はマダムに分かりやすいように、サキとユキ、あの男、マダムの順に視線を移してから、親指で「首を掻っ切る」動作を示した。
俺の分り易い説明に、さすがに青ざめたマダムが慌てて止めようとした時には、もう遅かった。
男が、サキとユキの目の前に立ち何かを言おうとした瞬間、サキの左拳が男の腹部をトンっと叩いた。
「ごぶろっ」という、俺には再現できない悲鳴というか音を発して、偽俺は崩れ落ちた。
おそらくは男が発しようとした言葉の頭は、「ご主人様」の「ご」。
腹部からこみ上げたであろう悲鳴の「ぶ」。
喉から出てきた断末魔の「ろ」。
その三音が、ほぼ同時に、発せられた「ごぶろっ」なのだ。
サキの放った拳も、いつもの力任せの「ドーン」じゃない。
相手に素早く差し込んで、引く。俺が教えていた「突き」だ。いつの間に上達したなぁ......いや、感心している場合じゃない!
「...ニア! 起きろニア! あの二人の所に行ってくれ! 俺の護衛は大丈夫だから、頼む! どうにかあの場を収めてきてくれっ!」
いま俺が行けば、火に油を注ぐに違いない!
俺が仲裁人を送り込もうとする間にも、状況は進行していく。
サキの突きで両膝をついて青ざめている男、身体能力が高いのか、どうにかまだ生きている。
周りの男達は、とっくに空気になっている。既に殺気に耐えられずに気絶している奴すらもいるようだ。
サキとユキが薄く笑う。
笑っているのは口角だけ。顔の上半分は無表情だ。瞳の色は消えている。やばい。
「よりにもよって、主様を愚弄する姿でここに立とうとは...」
「その度胸には、さすがに私も感服致しました...」
「ならば良いだろう」
「お望み通り私達が相手だ」
「「...踊れ、ブタ」」
サキとユキが飛び出そうとした刹那――
――テーっと走っていったニアが、二人の間に、ポスっと座った――
――機先を制されたサキとユキがきょとんとしながらニアを見て、ニアが走ってきた方角、俺の方を向いた。
俺は二人にニッコリと手を振ると、サキとユキもニッコリと俺に手を振り返した。
...俺は全力の愛想笑いと共に手を振った時、ハッピは脱いで席から立って、少し前に移動していた。女性を左右に侍らせたまま二人を止めたって、説得力が皆無だからだ。
俺が笑いかけて、ニアが二人を和ませている一瞬の隙に、オークの男達は倒れた仲間を引きずりつつ、どうにか全軍撤退に成功した。
ひとまず、向こうの場が収まった様子を確認して、俺は自分のテーブルの三人に対して言った。
「...もう、あっちのテーブルはあれで大丈夫だから。
軽食と飲み物だけを持って行ってあげて、そっとしておいてくれるかな?
それをお店のみんなに、君達三人で、伝えに行ってくれ...」
俺のテーブルの三人がコクコクとうなずいて、去って行った。
俺はソファーに腰掛けて、テーブルの上の水を飲んで、ハッピをたたみ直して深いため息をついた。
...はぁ、もう、何なの。
俺は両手で顔を覆って心の中でつぶやいた後、俺の目の前に座った女に、もう一度改めてつぶやいた。
「...はぁ、もう、なんなの?」
俺の前に座った、店の女主人らしきオークが苦笑した。
おそらく他の店員達よりも齢は上。桃色の肌に胸元の空いた紫のドレス。黒にやや赤みがかった長髪。整った顔立ちにタレ目気味の化粧と高めの鼻。美人というより妖艶という言葉が思い浮かぶ。
歩き方や座り方の所作が上品で、ゆっくりとしていて、隙がない。
...おそらく、手練。腕も腰も首も細いが、そもそも俺とは種族が違うから当てにはならない。
「そんなに警戒しないでくださいな。無礼については、謝罪致します」
「...いえ、こちらこそ、血の気の多い仲間が、申し訳ない」
そして俺は、マダムに説明を求めた。
あっちのテーブルでケタケタ笑ってご満悦の妖精女王は何かの事情を知っているように見えたのだけど、結局、俺はまだこのお店についても階層についても彼女から一切の説明を受けていない。
別にティの説明の有無とこの今の状況は関係ないのだけれど、ここはもう、ぜんぶティのせいということにさせてもらいながら、
「...そんな訳で俺は何の説明も受けずにこの店に来たので、あなたの方から色々と教えていただけませんか?」
とお願いしてみた。
俺でもマダムでもなく、第三者の不手際による不幸な事故に仕立てあげたい気分だった。決して、この騒ぎの最中でも終始楽しそうに笑っていたティにイラッときたわけではないんだ、あのヤロー。
マダムも「説明不足で申し訳ありません」と再度、謝罪を述べた上で、この店の状況について教えてくれた。
端的に言えば、この店は人族を捕まえるための場所である、と。
人族や他種族を捕らえて子孫を残す。あるいは交流に利用するのだという。ただし、その手段は極めて平和的に、である。
彼女達オークはこの21階層から下へ向かう探索者達を捕まえて、饗して、彼らに気に入ってもらうのだという。
もしも彼らの心に残り、彼らが再びここを訪れるならばオーク達の勝ち。もしここに定住することを望めば大勝利であるのだという。
ここを訪れる者達から情報や迷宮産の品々を譲り受けることがあればそれを他の種族との交流に利用して、ここに定住する者達とは子孫を残して、あらたな文化と生活をここで育むのだという。
人族に限らず、森人でも獣人でも誰でも良い。鉱人や妖精のような「極端な者」達でなければ、優秀な者は誰でもオーク達は歓迎する。
この21階層に来るものは武であれ才であれ、あるいは財であれ、なんらかの来られるだけの理由があるはずだ。もしもただの罪人が紛れ込んで来たのであれば、その時はオーク達も「適切に処理」するのだという。
異種族間の交配自体は珍しくない。
ただし、単純に子を成すまでの確率が極端に低いのだとか。
それゆえに、人をさらうタイプの種族や魔物達は、その男なり女なりが自らの一族の血に馴染むまで、休む間もなく徹底的に苗床にするから、大抵は壊れてしまうのだという。
そうではなく、彼らは異種族交流を平和的に行いたいのだという。
一緒に平和に生活したいだけだ。
オークは元々、身体能力は低くない。あとは食事を少々節制し、知恵をつける努力をすれば、他の種族達にも「モテる」だけの素質はある。
あとは気に入ったもの同士でイチャイチャすれば、できるものは勝手にできるという算段なのだそうだ。
それを同族同士で行わないのは、血脈的にも文化的にも外の血を入れたいから。
もっと大きな一族や国であれば同族同士でも問題ないし、地上にいるであろう他の同胞達と出会ったならば、彼らと共に歩むのかもしれない。
だが、一族の人数の少ない現状は、このやり方で人を増やすのが最善手である...
「...と、言うわけです。
この『実りの階層』では食料や物資には困りませんし、ドワーフ達とは中立を保つという契約を結び、そこそこ仲良くやっております。
だから我々は、日々、のんびりと、来訪者を待っているわけです」
「...下の階層を目指す者達を待っているわけですか」
「はい。罠を張って、待っているのですよ。ウフフ」
美男美女で口説き落として、一族に加えてしまおうという罠。
剣で突いたり魔法で焼いたりして奪い尽くすよりは、よほど平和的な罠だ。
...もし、俺が連れて来たのがこのひと癖もふた癖もある彼女達で無かったなら、ここで仲間達を根こそぎ奪われていたかもしれないと考えると、それはそれで恐ろしい罠ではあるが。
「あら? こんな迷宮深くまで家族連れでいらっしゃるのは、それこそ若旦那様方くらいのものですよ?」
「わざわざこんな危険な場所まで来る者で、幸せな家庭を築いている者など少ないだろうから問題ない、と」
「それはなんとも棘のある言い方ですが、そう受け取って頂いても構いませんよ? ウフフ」
そして最近では来客も20階層の地上との転送門経由の者達だけになってしまい、上層からの客足がすっかり遠のいていたのだとか。
そこに来た久々の客が俺達だった、と。
「少し新人教育も兼ねて、うちの若い子達を当たらせてみたのですが、思わぬ上客ばかりで、危うく大火傷するところでした、ホホホ...」
苦笑いというか、笑ってごまかそうとするマダムに少々イラッときたが、うちの子達も彼女達に一撃、二撃と手を出してしまっているので、俺も苦笑してごまかすことしかできなかった。
「ハハ...俺達で訓練するのなら、あっちの、ティだけを使ってやって下さい」
「とんでもない! ティターニア様に骨抜きにされてしまっては逆に連れて行かれかねません! あのテーブルには新人なんて送れませんわ!」
良かったねティ、褒められているみたいだよ、たぶん。
...妖精に森の奥へと誘われて帰らぬ人に、なんて話は前世では定番だったけど、どうやらこっちの世界でも同じなのだろう。ティ達がオークにまでも恐れられていようとは。
その妖精に夜襲われたり、一緒に襲撃に行ったりした俺が言うのも、なんだけど。
まぁ、なんにしても...
「...俺達が、あなた達の期待に沿うことが出来なかったのは、申し訳ない」
俺がそう言うと、マダムは首をそっと横に振ってから、居住まいを正して、急に神妙な面持ちで、俺に問いかけた。
「...【徘徊する逢魔】様が【勇者】を倒したというお話は、真でございましょうか?」
...ティに聞いたのか、【鑑定】スキルで俺か仲間達を見て察したのかは分からない。
だが、「あなたが」ではなく「逢魔様が」と問われるならば...
「...【徘徊する逢魔】が、襲ってきた【勇者】を退けたという話は事実だ。
だけど、それだけのことだよ。
別に人族滅べとか、勇者許さじとか、そういうことでは無いと思うよ?」
そこから世界をどうこうするとか、続きのある話では、断じて無い。
「...そうでございましたか。ですが、もし【徘徊する逢魔】様が立ち上がるというのであれば、我々一族、微力ながらもそのお力になることができればと願っております」
...だから、それは断じて無いんだってば!
人族の天敵と言われているらしい【徘徊する逢魔】に何を期待しているのかは分からないが、どうにも少し嫌な予感がする。
マダムがそっと目を閉じ、そして見開く。
「...我々は人族からの略奪ではなく共存を選びましたが、それは諦めたという意味ではございません。
我らの魔王が再び立つのであれば、次こそは、その勝利も滅びも、共に行かせて頂きたく存じます」
...勝利も、滅びも。
真剣なマダムの言葉に俺が苦笑いで返すと、彼女は元の、意味深な微笑みで俺に返した。
...申し訳ないが俺達は彼女達とはまだ距離を置かせてもらうことにしよう。
「...おーい、みんなー。そろそろ出るぞー」
これで「お会計は...」とか請求されたらどうしようかと思ったが、彼女達はそのまま俺達を外へと見送ってくれた。
なにやらお酒や果物のお土産までもらいそうになってしまったが、あえて収納魔法は使って見せずに、俺が片手で持てる少量だけに止めさせてもらった。
また絶対に来て下さいねぇ〜の社交辞令には、俺もただ黙って意味深な微笑みを返してみた。
まぁ、またここに来る機会があれば、今度はこちらから手土産でも持って来よう。色々と肝が冷えちゃったけど、少しだけ楽しかったのも事実だ。俺としては、彼女達の「勝ち」ということで、良いと思った。
この階層に来て早々、なぜか休憩からになってしまったけど、さぁ、気を取り直して冒険の再会だ。
いくぞ、みんなー!
「――...って、待て! 待つのじゃ、主様!! なぜ、わらわを置いて行く!?」
元の妖精サイズに戻ったティが慌てて飛んできた。
なぜって?
胸に手をあてて考えてみなさい。




