いえ
俺の【白昼夢】の領域に、家が建った。
そろそろ「俺の【白昼夢】の領域」という言い方も、何か別のものに変えたほうが良いかもしれない。
俺の知らないものが色々と増えてきて、もはや俺にも良く分からない謎空間となってきたからだ。
テイ、ニア、メイ、そしてティの仲間達が色々といじったり付け足したりして、今の状況に至っている。
元々は霧に包まれた、どこから来てどこへ去るかも分からない、ささやかな河原の世界だった。
今は、河原から少し離れた場所にあきらかに違う景色の、緑の領域が増えている。
芝生と木々に囲まれた立派な家。和風というより洋風に近い、白い石壁に緑の蔦や小さな花々が美しく映えるお屋敷だ。
屋敷の向こうには家庭菜園らしきものすら見える。
これらに関してはもはや河原などではなく、最初よりも「土地が増えている」。
そして、遠景には、謎の城。
霧の向こうにチラチラと、見えたり見えなかったり、位置が時々変わったりしている。
だが、ツッコまない。
俺はあんなものは知らないし視界に入ってなどいない。一定距離よりも近づいてきたら、あらためてティに抗議しよう。
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それから、前に建築チームが勝手に建てた「神殿」。
あれの縮小版を霧の世界の片隅にあらためて残すことにした。残すならせめて小さくしてくれと頼んだら、こうなったとも言える。
そんなに神殿が欲しいならば仕方がない。偶像も絵画も聖遺物も何も無いけれど、そこで俺が勝手に「メガミさん」を祀ってお供え物を置くことにした。決して俺を祀ったものではないという意思表示、とも言える。
だけどなぜかこの神殿、メガミさんを祀ったつもりだったのだけれど、俺の思惑から外れて「歴代の【徘徊する逢魔】の使徒達」のためのものだと思われてしまったらしい。あるいは女神と使徒をセットで祀ったと思われたのか。
建築関係者や四天王達といった「歴代の【徘徊する逢魔】」に世話になったのであろう人々が喜んでお参りしだしたものだから、俺も「いえ、違うんです」とは言いづらくなってしまったんだ。
それでも、皆の心がそれで安らぐのならばそれを受け入れようと思ったのだけれども......
その結果なのかこの神殿が不思議なことに、何やら禍々しい雰囲気というか、黒く渦巻く気配をまとい始めてきてしまったんだ。
まるでご先祖様の声が......いや、俺、この世界でご先祖様なんていないのだけど。とにかく、何かを俺達に呼びかけるような声のような音のような何かが、ムォォォんって感じで低く響いてくるような気がするのだ。そして参拝者達が、「先代様の...」「魔王様の無念が」なんてザワザワと言い出す始末だ。なんだこれ?
俺はメガミさんの使徒ではあるが、信じているのはメガミさんであって、この神殿でも使徒でもない。
それならばもう、こんな物騒な神殿はさっさと取り壊すことを決意した。俺を止めようとすがり付いて来る建築関係者達を振りきって、右手にハンマーを、左脇にニアを抱えて、ドーンと粉々にする為にいざ禍々しい神殿へと向かったのだけれど...
...神殿で何かを報告するように祈り、涙を零すメイ。それを沈痛な面持ちで見守るティ。
そんな二人の姿を見てしまって......さすがに俺と、俺を止めようとした関係者達全員で、何も見なかったことにして無言で立ち去ることしかできなかった。
その日の夜中、俺は一人で酒瓶を手に、神殿へと向かった。
一献だけ酒を酌み交わし、瓶をお供えし、自然と出た言葉は感謝とか畏敬とかのものではなく、苛立ちだった。
「...良いから黙って見てろ。さっさと眠れ!」
祖霊だか怨霊だか、歴代の【徘徊する逢魔】なのだか知らないが、もうお前達の出る幕じゃないさっさと休め、死んだ後にまで働くつもりかっ!? そしてなにより、うちのメイドや妖精に、なんて顔をさせやがる!
文句があるなら俺が聞いてやるから今すぐに出てきて、かかってこい! ...と、夜の神殿にしばらく一人居座って睨み合ってみたけれど......結局、その夜は何が出て来るわけでもなく、俺は酒瓶だけ置いてその場を立ち去った。
その翌日、神殿の周囲がお花畑になっていた。
穏やかな朝日と霧に包まれた白く輝く神殿。その足元を朝露に香り立つ花々が祝福していた。昨日までは花はおろか緑もない、硬い土の地盤だけだったはずだ。
俺は真っ先にティに疑いの目を向けてしまったが、ティも目を丸めて「わらわも何も知らぬぞ!?」という顔をしたから、どうやら彼女のイタズラでは無いらしい。
そして、両手で口を覆って、ハラハラと涙を流すメイ......ごめんなさい、俺にはどういう状況なのかさっぱり分からないけれど、原因はどうやら昨夜の俺らしい、他に思い当たらない。
とりあえず俺が気の弱い社会人らしく、一にも二にもまず謝罪しておこうとした矢先に、メイが「さすがご主人様です...!」などと言い、ティも深くうなずくものだから、俺はもう謝るタイミングすらも失ってただ状況を受け入れることしかできなくなってしまった。
話を聞きつけて集まって来たらしい建築関係者や四天王の皆様方も、禍々しさを失って何やら花と光舞うすっかり様変わりした神殿を前に、感動に打ち震えだすものだから、もう、いよいよ神殿は撤去できなくなってしまった。
...何がお気に召したのかは知らないが、禍々しくないのならば構わない。もう放置だ、放置っ! 好きなだけ光り輝いたり花畑ったりするがいい!
そしてこの一件で俺は関係者達から、「認められし真なる魔王」などという訳のわからない称号を賜って、頭を抱えたのだった。
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それはさておき。
家が完成したことで、別の頭の痛い問題が発生した。
ついに「ローテーション」が組まれたんんだ。
何がって? まぁ、待て。
家には各員に、それぞれ個別の部屋が用意された。
サキとユキは本人たちの希望で二人で一つの部屋になった。遠慮とかではなく、二人一緒の方が安心するらしい。それに眠るだけなら広さは要らないし、今の部屋でも十分に広いのだそうだ。
ティとニアに関しては、部屋はもらったもののほとんど自分の部屋にはいないようだ。集合部屋としても使っている食堂か、他の誰かの部屋にいることの方が多い。つまり彼女達にとっては「ぜんぶ自分の部屋」というわけだ。
余りの部屋は客間として使うのだとか。一体、部屋がいくつあるのかは怖くて聞けない。
何? 地下室?
やっぱり、部屋がいくつあるのか教えてくれ。何? 怖くて言えないだと?
...おい、待て! 逃げるなティ! メイ! せめて、「安全」なのかだけは、はっきりと確認させろっ!?
そして、俺の部屋。
俺は自分の部屋が欲しかったし、自分の時間も欲しかった。
一人の時間も空間も大切にするし、プライベートは大切にしたい派なんだ...プライベートを大切にしない派がいるのかは不明だが。
とにかく、俺は一人でいるのは好きだし、むしろ一人だけの時間の方が好きだし、ぶっちゃけ前世はきっと「ぼっち」な人だったのだと思う。
こっちの世界に来てすぐの頃、だだっ広い平原の中に一人置き去りにされるという参加者一人の放置プレイ。そして観客がメガミさんただ一人という過酷なドッキリにも耐えられたのは、俺がソロでも日々の生活を楽しめるタイプの人間だったからに違いない。
そう!
俺は一人が好きだし、一人にしてくれ!
...という俺の願いは一切届かず、俺が「一人で眠る日」はほぼ、無くなった。
そう、家が完成したことで、
ついに「解禁」になり、「ローテーション」が組まれていたのだ。
何がって? なんのだろうね?
ニアは、俺の上に乗っかってスヤスヤ、ゴロゴロと眠るのが好きらしい。
多少重いが、重さのことを女性に言うのは失礼にあたるらしいので、ちょっと重ための枕か漬物石だと思って、おとなしく俺は一晩漬け込まれていることにしたのだが......問題は、残りの三人の方だった。
一族が再興だとか、妖精力の補充だとかで、ニアとは少し別の趣きで俺にのしかかってきたりして、俺もニヤニヤしたりヒヤヒヤしたりしているんだ。
そう、いくら俺や下心先生が若さに満ち溢れていたとしても、多勢に無勢というやつなんだ!
なに? ちゃんと一対一での真剣勝負にしている? 違う! 毎晩ローテションを組むなと言っているんだ! それは気配りとは言わないぞ、メイ!
それに、色々と問題があるだろう!? 浮かれている場合じゃないんだ、俺達はまだ、どこにも辿り着いてはいないんだぞ!?
何だって? すべてお任せ下さい?
いや、だから俺達はまだ迷宮をさまよっている最中で、住所不定無職のままなんだ...
え? すべてお任せ下さい?
いやいや、だからそうだとしても、他にも色々と安全や生活面だって...
ん? すべてお任せ下さい?
いやいやいや、そもそもこの不安定な収入で新しい家族とか...
あぁ? すべてお任せ下さいだとっ!?
...こら、メイ!! 適当な返事をするんじゃない!
え? なになに...
俺の取得した迷宮産の品々で、すでに十分な資産を形成しつつある?
道具屋はもちろん、ティやメイの交友関係も使って、新たな販路や情報網も構築しつつある、と...
現状の資産とその運用についてはお手元の資料をご覧ください? ...ちゃんと帳簿や計画表まで作っているんだ、すごいね? メイって会社で勤めてたりしてたの?
あの自宅の側の家庭菜園も利用して、幽界特有の野菜薬草の栽培にも着手して、新たな雇用も生み出している?
え、それって家庭菜園じゃなくてもう、農業だよね? しかも労働力を外注? 防衛力も外注? なにその防衛力って、どこの何から何を防衛するの?
ゆくゆくは、あの遠景にある城を使った観光事業についても......ってもういい、分かった!
あと、城は却下だ!! どさくさにまぎれて復活させようとするんじゃない!!
うちのメイドさんは、俺を、俺達をどこへ連れて行くつもりなんだ...?
メイドが優秀すぎて、もはやメイドじゃ無ぇし......主人を立てるフリをして、主人を制御する、アレだ。怖いね。
そういうわけで、すべてお任せくださいウフフ! ...って?
...もう良いよ。俺には何も言えないよ。
実際、君はがんばっているし、むしろ本当に、褒めてあげたいくらいだよ。
好きにやってくれて構わないよ。ただ...
...ただ、俺や俺達の休息や睡眠時間って死活問題なんだからね? 迷宮は危険なところだから体調管理は大切なんだよ?
うっかりすると、俺もすぐ、あの神殿で祀られることになってしまうんだ。
その日の夕食が豪華になった。
豪華というか、
肉とか肝とか、
ニンニク系の香草とか、
ドロッとネバッとした料理とか、
飲むと全身が熱くなる謎汁とか...
つまりあれだ、やたらと精力がつく料理ばかりが用意された。
...違う!
こんなものは料理とは言わない!
「シュー」とか「モ゛ー」とかの音を発する物質は食べ物ではなく生き物だ! 胃で暴れるやつなんだ!
やたら激しい三原色の主張は、食の彩りではなく、主に毒のある生物の特徴だ! 触ったら肌がかぶれるやつなんだ!
あぁ? 匂いは良いので嗅いでみて下さい? もうここに来る前からずっと臭ってきてるよ!? せめてこの十分の一か百分の一に希釈しろ、そして混ぜるなっ、単品でも十分過ぎる殺傷力だ!
食べると死者でも生き返りますだと? 死人を基準に料理を作るなっ!
目に染みるわ、鼻を刺すわ、喉がカラカラになるわで、口に入れる前から倒れそうだよ!
こんなものうっかり食べちまったら、鼻血どころか七孔噴血なのは目に見えている!
そこに待つものは健康ではなく死だよ、死っ。惨死っ!!
はぁ? 「産地直送だから品質は保証する」って?
産地って、うすうす気がついてはいたけど、「ココ」だよな?
あの家庭菜園、そんなものばかり作っていたのかっ!?
俺の火魔法の特訓の成果を今すぐに見せてやる!
焼き畑農業の何も育てないやつをやってやる!
えぇーい、離せ! お前も焼き畑にしてやろうかっ!?
俺は燃料を補充して欲しいんじゃない、戦う回数を減らせと言っているんだ...っ!
俺が部屋にこもって、延々とふて寝を続けたら、三人とメイ、みんなで「冗談ですよー」と謝りに来た。
うん、君達が一応は本気で謝罪しているのは知っている。
そして「冗談ですよー」が冗談半分、本気半分なことも理解しているつもりだ。
その上で、君達が譲歩してくれるというのなら、俺はうれしいし、俺は君達を...かろうじて、どうにか、なんとか信じている!
だから、俺が一人で眠りたいってことも、理解してね?
...うん、大丈夫?
......本当に大丈夫?
...申し訳なさそうに俺の肩や腕を揉み始めるんじゃない! かえって不安になるぞ!?
そして、ふて寝する俺を枕に眠り続けていたニア。扉なんて開けてない、気がつけばいつの間にそこにいて、スヤスヤと眠っていたのだった。




