かいつう
連日、金属製の大扉の前で、にぎやかに魔法をドーンとかバーンとかやる妖精とネコ。
炸裂した魔法についてみんなで感想と分析を言い合った。
魔法の長所と短所を述べ合って、攻撃と防御のそれぞれについて意見を言い合う......なんだこれ? どうしてこうなった?
扉を開ける話がいつの間にやら、魔法と戦術の研究会に。うちの子達はみんな、戦闘大好きだな、おい。
加熱に冷却、風で切り裂き、岩をぶつけて水をぶつけて、色々とやってくれた。
変わったものだと「吸魔」、吸い取る魔法だ......以前、ティが俺に悪戯半分(?)にやってくれたやつだ。
人だけではなく、魔法が宿る物質にこれをやると、劣化や風化でもしたかのようにボロリと崩れる。意外とこの世界の多くの物質には魔法の力が宿っているようだ......俺がボロリと崩れなくて良かったよ...
ところで、ティには参考にならないと言われた俺の【まほう】スキルだが。
「主の魔法は、とても凶悪」
「...ニア、俺の【まほう】が凶悪なんだよね? 俺が凶悪じゃないんだよね?」
「主は優しい。主、サラマンデルの目を狙って、火を出していた」
「ニア、それ、俺が凶悪な例だよね?」
「本当は、サラマンデルの目を奪えば良かった」
「......ニアも、それに気づいちゃったかー...」
そう、実はそれが一番、手っ取り早くて残忍な戦い方だ。
俺は狙った場所を収納したり取り出したり出来る。それで地面を少し掘ったりもできる。
目の前の鉄の大扉のような硬いものは少し削るのも一苦労だが......生物の目玉をほんの少し削る位なら、おそらく簡単にできる。あとは座標の精度の問題だけだろう。
身体の欠損ではなくても、全身を収納して天から落とすだけでも十分な威力だろう。それはスライムさんの収納実験の段階で、もう思いついていた発想だ。
【勇者】達との戦いに備えての手段の一つとして、考えてはいたのだが......
「...だけど、それをやったらもう、おしまいだと思うんだ。火で焼くのも収納で抉るのも大差ないのかもしれないが......火なら距離を離せば手加減できるが、抉れば加減なんてできずに必殺だ。一度やりだしたらどこまでも悪化していく、そんな魔法な気がしたんだ」
手段を選ばないなら、他にも方法は色々あるはずだ。世界はそれこそ、毒と生物兵器で満ち溢れるとか、そういう話な気がするんだ。
何かの攻撃方法を想定して、それに備えることは必要だ。
だけど、抑止力だなんだと言って所持しだすときりがない。武器は使わなければ錆びてしまって、いざという時に使いものにならないんだ。一度持ったら使わざるを得なくなり、あとは皆で使い合い滅び合うだけ、という単純な話だ......だけど、こっちの世界だと、皆はその辺、どうしているのだろうか...?
...俺の回答に満足したのか、ニアが俺を少し引っ張って、下げた頭をよしよしと撫でてくれた。少なくともニアは、同じように思ってくれたようだ。
たまたま隣にいたサキも、良く分からないままに一緒に俺の頭を撫でてくれた。
ありがとう、偉いでしょ、俺? 二人共、もっと撫でてくれて良いんだぞ?
そんな訳で俺は自分の【まほう】スキルについては、ティやニアが大扉の前で暴れた後の、片付けの方で役立てた。
炎で焦げたあれこれや、水浸しや岩まみれになった周囲の状況を、地面を耕すように掘り起こして埋めることでそれなりに元通りに整地した訳だ。
そして地面を降り起こしながら、ふと思い出した。これまで聞きそびれていた地面の下についての話だ。
「この地面を果てしなく掘っていった場合どうなるの? ここって迷宮でしょ?」
と、ティに質問してみた。
この迷宮は空があったり、広さ、深さが分からなかったり、謎が多すぎる。
ティが「それは分からない」と前置きした上で話してくれたのだが...この迷宮、神様達がつくった特別な領域になるらしい。つまり、常識が通じないということだ。
なんでも幽界...あの世とこの世の「間の世界」に性質が近いという物騒なことを言っていたが、実は俺のつくった【白昼夢】の領域もそうだと言われて、ゾッとした。
...メガミさん、お願いだから大事なことはちゃんと【辞書】に書いてくれ。心臓に悪すぎる。
そんな迷宮だから、この地面を掘り進めたり地平を延々と進んだりした時に、行き止まりに突き当たるか「どこかに繋がる」かは、時と場合によるらしい。これはかつて、俺のような疑問を持った者達が試してみた結果で、先人達は色々やってみて「分からない」ことが分かった、それらを一言でいえば「常識が通じない」ということが分かったらしいのだ。
そうなると、地平線の彼方で迷子にならずに「無事に徘徊できている」のは、ひとえにメガミさんがくれたスキルのおかげなのだろう......俺の何の生産性もない「徘徊の頑張り屋」という職業(?)が、この迷宮においては光り輝いているようだ。まさかの職業の有用性に、本当に感謝していますメガミさん。
19階層は殺風景なので、俺は気分転換に少し引き返してみることを提案した。
あんまり連日、魔法でドーンとかバーンとかやっているのも心が荒んでくるので......みんなは生き生きとしているが、俺は鬼っ子や妖精やネコちゃんにはもっと和ましい(?)姿を見せて欲しいので、 せっかくだから、夜の18階層をみんなで見物しようと言ってみたんだ。
そして、その日の夜。18階層に俺達は立った。
夜、星空の下を、淡い赤い光たちがユラユラと舞っている。メメラ達だ。ふんわりと、ほんのりと、闇を温めているかのように空を行ったり来たりしている。
そして大地の果て、所々に見える溶岩の強い赤が、闇を下から熱している。深緑一色だった草原世界と違って、暗い中に所々に灯る明かりが大地の営みのようなものを感じさせた。
黒の中に、優しい強い赤が宿る、不思議な光景が広がっていた。
「...幻想的なのは良いのじゃが、少々、暑いのう」
あれ!? 感動してたのは俺だけだった!?
ティの言葉でハッとしたが、俺は昼間はずっとここを歩いていたから、忘れていたんだ。
それにティは魔法で涼んでいるはずだから、彼女はサキとユキの為に、その言葉をあえて口にしたのだろう。
「大丈夫です!」「まだ、見ていたいです!」と言うサキとユキに、俺が慌てて収納魔法から水を用意しようとした所で......一緒に来ていたメイが、さっと椅子とテーブルを用意して、人数分の氷水の入ったコップを並べて、どうぞと一礼した。
うちの新しいメイドさん、もうすっかり慣れつつあるのだけど、優秀過ぎる。
テーブルとかは収納スキルか何かで出したのか? でも氷水なんて、予想して準備していたのか、それとも今つくったのか。さり気なくやれるようなことじゃない。
俺が咄嗟に【まほう】スキルで出せるものなんて、せいぜい大水か大火事くらいのものだ。俺もイスとか持ち歩いたほうが良いのかな? ...それはそれで、いざという時にはイスで、大トカゲやら【勇者】やらに殴りかかってしまいそうだなぁ。
そんなメイの気配りにも助けられて、俺達はしばらく夜の18階層で夜涼みを楽しんだ。
あの大扉が無かったら、そのまま素通りしていたことを考えると、いま思えば扉が閉まっていて良かったのかもしれない。
「...俺はこういう世界には居なかったから、地平の溶岩とか夜空の火トカゲとか、見ているだけで楽しいのだけど、みんなには珍しい物でも無かったかな?」
「そんなことないです主様! 楽しいです!」
「郷のお祭りを思い出します。篝火を囲んで、みんなでお祝いごとをしました」
「わらわの眷族達は皆、こういうのは好きじゃぞ? 火でも水でも、そこに輝くものがあれば皆、踊り舞うものじゃ」
みんなの笑顔を見ると、無理に付き合ってくれている訳では無さそうで安心した。
俺一人だけで異世界を楽しんでいるのだと、なんだか申し訳ないからね。
...ニアは椅子で寝てた。椅子の背を前にして、グデーンとしていた。
うん、夜だもんね。もう寝る時間だ。申し訳ない。
だけど、あんまり椅子寝はマスターしないで欲しいなぁ。それに熟練すると駄目な大人になってしまう可能性が高いんだ。椅子とかダンボールとかに歓喜する、会社という名の不夜城の住人になってしまうんだ。
うち、ブラックじゃないからね? もう帰ろうか? え、それなりに楽しんでグデーンとしているの? ごめんね、もう少しだけ俺のわがままに付き合ってね...
たまに俺の指先に飛んできて、あむあむ甘噛みしてから去っていくメメラメラを見て、そのかわいらしさにサキとユキが小さく声を上げて喜んだ。
...あの俺の指を甘噛みする習性はなんなのだろう? 俺の指は噛むと出汁でも出るのかな?
...ニョロリのやつは来なかった。
気を利かせて来なかったのなら礼を言いたい。ここで魔法でドーンとかバーンとか始まらずに済んで助かった。
そんな19階層と18階層で過ごす日々の中、結局、あの大扉の方は少しずつ焼き溶かす方針になった。
扉相手にドーンしたりバーンしたりして遊ぶのと並行して、地道に確実に、俺達が通れそうな大きさの穴を開ける作業も行った。
溶けた金属で、回収できたものは不格好な形の金属塊にして、扉の横に積んでおいた。
穴を開けたのを怒られたら、これを使って俺達がまた元通りに埋め塞ぐ予定だ......元通りは難しいだろうから、むしろより頑丈に埋め塞ぐ!
...この扉、作ったのって、誰なんだろう?
【神器:辞書】と違って「壊せる」から、おそらくは神ではなくて人の手だとは思うのだけど...
こうしてついに、扉にトンネルが開通した。
扉の厚さは、俺の肩幅より少し小さいくらい?
つまり結構な厚さがあって、魔法やらサキやらがドーンとやるには少し無理がありそうな代物だった。
本当に、何の目的でこの扉なのか。つまりは何かの通行を制限したかったわけなのだろう? 内と外、どちらから何を、守っているのだろう?
扉の向こうには予想通り、20階層への転移門があった。
結局19階層には誰一人、なに一匹として現れず、それでいて妙な緊張感のある謎の空間であったというのは俺達全員の共通した感想だった。
それでも謎は謎のまま放置しておく。
何か正解したところで、ステキなプレゼントがもらえるわけではないだろう。むしろ余計なモノを押し付けられそうで怖い、何も起きないうちにさっさと通過してしまうことにした。
20階層へと降りて、眼前に広がる光景は、10階層のそれに似ていた。
荒野の向こうにほぼ円形に壁で囲んだ街並みが見える。
10階層と違うのは一面に芝生ではなくむき出しの大地と、すこし荒々しい感じの低く太い木々が、ところどころに逞しく育っているところだった。
遠目に見える街並みは、繊細や上品といったものではなく、荒々しく力強い印象だ。岩石なのか家なのか見分けがつかない建物(?)がちらほらと目についた。
そして、この20階層、街を管理しているのは背が低めで筋肉質、立派な髭をたくわえた鉱人達であった。




