へいさ
19階層には、スライムさんを除く全員でやって来た。
もちろんスライムさんを仲間はずれにしたわけではない。ちゃんと行く前に一緒に来るかを確認したら、彼はいつもどおり地面に張り付くようにして留守番したいと答えたのだ。
一体この何もない霧の河原の何が、彼をこんなにも留守番に惹きつけるのだろうか? ...俺も留守番の係がやりたいなぁ。
ティとメイが俺に対して「スライムと会話できるのか...?」という訝しげな目を向けてきたが、俺は逆に「会話できますが、なにか?」という視線で返してやった。メイもちゃんと、スライムさんと仲良くしてあげてね?
とにかく、話を戻して、メイも一緒に19階層に来た。
これには理由があるようで、ティが俺に説明した。
「わらわ達の帰る場所は主様だと、ここで皆に宣言してくれぬか?」
...なに、その恥ずかしいやつ? 罰ゲームかな? 俺、なにか罰をうけるようなこと、やったっけ?
しかし、ティも冗談でそれを言った様子では無さそうなので、仕方がないから俺も、その要求に全力で応えることにした。
「みんなの帰る場所は、俺だっ!!」
ドーン......!!
...えっ、やっぱりこれ、罰ゲームだよね!? 恥ずかしいんだけどっ!?
みんなの拍手によって更に戸惑う俺の横で、メイの目がピカーっと光った。
「...申請を受理しました」
...なにこれ?
メイの謎の承認メッセージについて、ティは良く分からない説明をした。
「これで主様自身も『帰る場所』、つまり、わらわ達にとっての『家』と認識されたわけじゃ。まぁ、家妖精にとっての裏ワザみたいなものじゃの」
「えーっと...つまり、さっきの『儀式』で俺がメイに、家として登録されたってこと?」
「うむ。念の為に【白昼夢】の外でやっておきたかったから、メイと主様をここに連れて来たのじゃ」
「...それで、家に登録された場合、どうなるんだ?」
「それは......色々じゃ。素敵な特典があるぞ?」
そんな具体的な説明も無いまま、ティがニヒヒと笑い、メイは「ご協力ありがとうございました」と言って、ニアに連れられて【白昼夢】の方へとそそくさと帰ってしまった。
...まぁ、俺が心配なのは、寿命が縮むとかのデメリットについてなので、ティの言う通り「特典」であればそんなに酷い目にあったりはしないのだろう......しないよね? 信じてるぞ、メイ?
この件についてはもう、そのまま好きにさせておくことにした。
「さて、問題はこっちの鉄の大扉の方なんだが」
昨日と同様に、はるか高く聳え立つ大扉は閉まったままだった。
やはり営業時間外で閉まっていたとかではなさそうだ。いや、もしかして夜間営業だったりするのか?
そういえば上の階層にいた時は夜も偵察に走ったりしていたけど、11階層から下ではまだ夜間の散策はしていなかったな。
そんな風に俺が謎の扉の営業時間を疑っている前で、サキとユキが扉をコンコンとノックした。来訪の挨拶かな?
「この扉なら...どうにか」
「私達が全力をだせば...」
ノックしていたのは来訪のご挨拶ではなく、強襲前の材質確認だった。
彼女達の言う全力というのは、おそらく酒と血のスキルのことだろう。
だけど待って欲しい、扉は壊すのではなく開くのが正式な使い方だったはずだ。
いや、はっきり言おう。俺は君達の全力はあまり見たくない......例のズドーンやら、血に飢えたうっとりとした微笑みやらは、君達にはその...うん、俺のわがままだけど、かわいいままの君達でいて欲しいの! だからお願いヤメテ!
俺は慌てて、他の二人に助言を求めた。
「えっと、ティとニアは、どう思う?」
メイを送り届けて戻ってきたニアも交えて話してみると、
「ふむ。削るにしても、少しずつじゃの」
「...魔法でドーン」
...うちのメンバーは、思ったよりも脳筋だった。
ティはさ、その背中の羽は、なんなの? 飛んで上から覗いてみるとか、そういう提案は無いのかな? それともあの高さまでは飛べないから言うまでもないとか、そういうこと? ...いや、10階層で二階建ての建物を超えて妖精達が飛んでいたぞ? この高さなら頑張れば行けるんじゃないのか?
そんな俺の「飛ばないの?」という問いかけに、ティは首を傾げてニッコリと笑顔で返してきた。彼女は解決よりも楽しさを選びやがったようだ。
ニアもさ、ドーンとやる以外の魔法って無いの? 扉を開けるとか、短距離を転移するとか......え、知らない?
それなら、ドーンとやるやつなら色々知っているのかな。結構頑丈そうな扉に見えるけど......え、知らない?? いま考える?
...いま考えてくれるのは、ドーンとやる方「だけ」なのね。
でも、扉壊しちゃって、怒られないのかなぁ......え? むしろ壊れそうにないから、いっぱいドーンできて楽しい? そっかー、楽しそうで良かったねぇ......
色々、一人一人に文句を言ってやりたいところだったが、かといって俺にもそれほど良い代案が浮かばないので、ひとまずは「みんな、一旦、落ち着け」としか言えなかった。
結論から言うと、一週間ほどかけてこの金属製の大扉に穴を開けて、通過することになった。
別にそこまでは先を急いではいないし、急ぐにしても11から17階層までを俺が有り得ない早さで踏破してしまったのもあって、せっかくの「開かない扉」を俺達はしばらく楽しむことにした。
メイ(とスライムさん)の方でも新しい自宅の方の仕上げに入るので、俺達が新天地をうろつくよりは一週間ほど足止めをされていた方が安心できるという話だった。
勝手に扉を壊して良いのかという件については、一応ここは神の試練の迷宮とやらのはずだから途中で行き止まりとかは無いだろう、と自分に言い訳をしておいた。だけど、もし扉を叩いている途中で扉の管理者が飛んで来たなら、俺が代表して土下座で謝り倒すことにしよう。むしろ来てくれるなら早めに来て欲しい、扉が扉であるうちに。
そして、扉相手の魔法実験が始まった。
ニアが言っていた通り、小手調べの魔法でドーンに始まって、扉相手に俺達はいろんな魔法を試したり、研究したりした。
頑丈な扉を相手に、魔法に詳しいティが色々な攻撃魔法の威力と効果を実演し、説明してみせた。
サキとユキが、その魔法ならばこうやって近づいてから攻撃すると考察し、そういう相手からは迷わず逃げろと俺が訂正し、ニアがその魔法を更に凶悪に改造してみせた。
もちろん、扉を破壊する以外の方法も考えてみた。
例えば、地面に穴を掘って扉をくぐるというやつだ。実際、攻城戦とかでそういう戦術もあるんじゃなかったか?
そんな俺の提案をみんなは「地味でつまらない」と、やんわりと却下してきた。
みんな、ドーンが好きらしい。俺も嫌いってわけじゃないけどさぁ......ほどほどにね?
そんな物騒な魔法発表会? 講習会? とにかく俺達の勉強会の中で、サキとユキを相手にティが悲しいお知らせを発表していた。
「主様に魔法を教わっても無駄だと思うぞ? 教わるならば主様よりもメイの方が良いであろう。主様の使う魔法は特殊過ぎて参考にならぬ」
俺は戦力外通告されてしまった。悲しい。
「ティ、俺の魔法が特殊すぎて参考にならないのは確かなのだが、俺も自分の魔法についてさっぱり分かっていないので、理由を教えて下さい」
「...抗議なのか賛同なのか質問なのかよく分からぬが......主様は、火の魔法はどうやって使っておるのじゃ?」
「火の魔法? ...あぁ、薪に点火するときのやつは、収納空間から火を取り出しているんだ」
「その収納空間とは、なんじゃ?」
「それは、その......こう、モヤっとした黒い、謎の空間で」
「サキ、ユキ。今のが悪い例じゃ」
おい! ティ、失敬だな! まったくその通りで返す言葉もないじゃないか!
...サキが、俺の言った「モヤっとした黒い謎空間」を、首をかしげながら「こうかな?」と両手でどうにか再現しようとしてくれている姿がかわいいけれど......ティの言う通り、悪い例だからがんばらなくて大丈夫だよ?
そしてティは、さらに続きの例を上げた。
「だが主様の種火の魔法は、ただ炎を取り出している訳ではなかろう?」
「...厳密には、炎ではなく熱を出し入れしているんだ。出すときもそのままではなくて、一点に圧縮して集中して放つ感覚だよ。
熱自体ならば水にもあるし、凝固や気化でも増減する。高熱すなわち炎という訳ではない......細かい部分は俺も試行錯誤している最中だ」
そもそも俺の【まほう】で収納できる範囲が分からない。
手でつかめる物ならばまだ想像もつくけれど、空気や大地を削り取ったり、果ては自分の体力をも削って治癒魔法として応用してみたり、結局何をどうやって出し入れしているのかが分からずに使っているんだ。
そんなさっぱり分かっていない俺に、ティは「そもそも魔法とは」と説明しだした。
「火の魔法や水の魔法、おなじ魔法と呼んではいるが、全くの別物じゃ。魔法というひと括りで呼んでしまうから誤解が生じてしまいやすい」
あれ? 違うものなの?
...確かに炎や熱についての知識と、水や海についての知識だと、ぜんぜん領域が違うものではあるけれど。
「わらわが魔法を使うときは、単純に地水火風に呼びかけて力を借りているだけじゃ。だが、主様はそうではない。お互いに見えているものが違うのじゃろう」
ふむふむ。確かに地水火風の霊達(?)なんて俺には見えないし、見えてしまったら、怖くて夜中に一人で歩けなくなってしまうだろう。
「そんな超常の力の一つ一つを丁寧に読み解いて、片っ端から修めていった変人達を、人々は賢者や魔法使いと呼んだのじゃ」
同じ火を付けるにしても、火の何かにお願いするのと、道具や摩擦熱で火を起こすのではやり方も違うだろう。そのそれぞれを『読み解いて』いく人達が魔法使いってことなのだろう。
「だが、普通の人々には賢者達が何をやっているのか、見たところで全く理解ができない。彼らの使う得体の知れない技のすべてを、総じて魔法と呼んだのじゃ」
火の霊の力を借りるのも、道具を使って火を起こすのも、よく分からねーから全部まとめて魔法って呼んじゃえ、と。
「そんな過程ではなく結果だけに着目した最たる例のもう一つが、神の【スキル】じゃ」
よく分からないけれど「着火できちゃった」、が神の【スキル】である、と。
「一度【授与】されてしまえば訳が分からずとも使えてしまう。もちろん訓練することで強い効果を発揮できる場合もあるが、それでも全く理解せずにただ【スキル】が身体に馴染むだけでも【レベル】は上がってしまうのじゃ」
...その言い方だと、得体の知れないものに慣れていくことがレベル上げだって聞こえるな? なんだか怖いんだけど?
いや、それは前世の世界で言うところの、自動車がどうしてアクセル踏めば前に動くのとか分からずに練習して、スマホでどうやって通信しているのか分からずにタップして、分からないままに使い方を身体に馴染ませていたのと同じことなのか...
「...つまりティ、俺の【まほう】って、神様に【授与】されちゃった道具だから、道具を持たないサキやユキに使い方を説明したところで無駄だろう、と」
「然様。家妖精であるメイならば、霊に呼びかける方法でも、火打ち石を使って火を起こす方法でも、一から教えてくれるじゃろう」
「...メイだけではなく、俺の目の前には、妖精の女王がいるのだが?」
「わらわは難しい話は苦手じゃ」
つまり、めんどくさいからメイに丸投げ、と。もしかしてメイって、わりと苦労人だったりするんじゃないのかな? こういう我儘な女王やら上司やらに丸投げされてしまうタイプの......おっと、主様も気をつけなくちゃ。
それはともかく、なるほど、確かに俺はこの【まほう】こと、メガミさんにもらった面白パワーについて何一つ説明することなどできやしない。
そしてティのその指摘に対して、サキとユキが迷惑そうに眉をひそめた。なんだか俺、申し訳ないことをしちゃっていたかな...?
「...えっと、ごめんねサキ、ユキ。俺もよく分かって無いのに、面白パワー(?)について説明しようとして?」
「それでも良いんですっ!」
「私達は、主様の説明が聞きたいんですっ!」
その言葉はうれしいけれど、それってつまり、さっぱり理解できない俺のおしゃべりに付き合うのが楽しいんだって言っているよね?
...確かに、気持ちはわかるけどっ......それはアレだ、自分の知らない領域について話すマニアの会話を聞くときの、つまり、実用ではなく趣味の話だ! 俺が実用として話すのを、君達は娯楽として楽しんでいるわけだ!
「無邪気とは時に残酷なものじゃの」
「黙れティ! 俺はそんなサキとユキが大好きだ!」
「まぁ、落ち着け主様、それでも主様は『例外』なのじゃ」
「なんだよー、まだ俺に、なにかあるわけかー?」
「先ほどの賢者の話じゃ」
「...たしか、超常の力の一つ一つを読み解いて、片っ端から修めていった変人、だったか?」
「そう。主様は己の魔法について、一つ一つ読み解こうとしておる。授かった【スキル】をただなぞるだけの自称魔法使い連中よりも、主様の方がよほど魔法の知識に勝っておる」
「この世界の魔法については知らないけれど、それはさすがに、無いと思うぞ?」
それこそ、この迷宮ではなく地上にでも行けば、そういった魔法についての学問や研究のようなものがあるはずだ。ニアも本をヒントに魔法を覚えたと言っていたし。
そして、魔法やスキルについての知識の積み重ねで俺に勝っているであろう人族と戦うのが怖くて、俺は必死に手持ちの【スキル】を訓練し続けていたんだ。
「それに【けんせい】」
「うん? 【けんせい】がどうしたの?」
「それは主様が神に【授与】されたものでは無いのではないかのー?」
「...でも、俺はこの【スキル】を持っているよね?」
「それは授かりものではなく、主様がそれを理解し、自力で獲得した技なのじゃろう?」
「とんでもない!!」
それはない! 確かに、少々の知識はあるが、それが身についているかどうかは別問題だ!
それに剣を振り回す連中や、サキやユキのような超人じみた者達の動きが『視える』ことや、それに対して俺の身体の『動きが間に合う』のは、きっと【スキル】とかの面白パワーの恩恵に違いない!
「いいかティ、俺も【けんせい】が何なのかは良く分からないが、理解とか獲得とかには程遠いんだ。
かつて俺の世界では、偉い人はこう言った、『歩く姿が武である』と。
武道に限らない、道を極めようとする者は行住坐臥、その全ての所作に己の道を問い続けるんだ。生活の中にそれを取り入れて、それを追い求めていくんだ。それをもう極めたなどと、俺のような若輩者が...」
「わ、分かった主様! 落ち着くのじゃ!」
「ヒソ(...ねぇ、ユキちゃん。『ぎょうじゅうざが』って何?)」
「ヒソヒソ(それはね、歩いたり眠ったり、つね日頃からっていう意味だよ)」
「ヒソ(それなら主様、いつも毎日欠かさずに練習しているよね? それのことなのかな?)」
「ヒソヒソ(うん。座り方ひとつでも、主様はいつも隙が無いよね。それに...)」
「...(それに?)」
「(...寝こみを襲っても)」
「(...勝てない)」
「二人とも、どうしたの?」
「「ひゃぃ!? なんでもありません主様っ!?」」
「ほんとーに主様は面白いのー、ニヒヒ」
果てし無き【けんせい】の道はともかくとして、俺はこの【スキル】という面白パワーは正直、怖い。
自分が使う分には良いけれど、それで人に襲われてしまうのが怖いんだ。もちろんそれは【スキル】に限らず、便利な道具のすべてにおいて言えることなのかもしれないけれど......
俺達が雑談してる間にも、鉄の扉に面白パワーをぶつけては少しずつ削っていたうちのネコちゃんも、こっちの方にやって来た。
「...ニアの魔法はスゴイねぇ。さっきニアが出してた雷って、四天王さんが使ったやつじゃない? もう、他の人の必殺技を覚えちゃったんだねぇ」
「うん。でも、主の必殺技はまだ、私には真似できない」
「俺の必殺技?」
「うん。主、サラマンデル達をグーで倒した」
...あれは必殺技じゃないよ? グーだよ? グーが必殺技だったら、もう俺、ジャンケンできないじゃない? もう怖くてチョキとパーしか出せないよ......チョキも必殺技だったりするのかな?
「...ニアさん、確かに俺はグーでトカゲさん達を倒したらしいけれど、必殺技というほどでは無いんだよ。それこそサキのズドーンの方が必殺技っぽいんじゃないのかな?」
「主様直伝です!」
「えっ、ちょっと待ってサキ! あれ、俺が教えたの!? ...確かに、もっと腰と重心を落とせとか、当たる瞬間に握り込めとか、叩くときのコツは色々と教えているけれど...」
「...無自覚に必殺技を教える【けんせい】とは、恐ろしいものよのう」
「待て、ティ! 俺は別にそういうつもりじゃ...」
それを言うならむしろ、いちいち必殺したりされたりしないで済むように、上手に戦えるように技を教えていたつもりだったのだけど...!?
「主、私にも必殺技おしえて?」
「ニア、別に必殺......うん、教えてあげるからね?」
「私も主に、必殺技をおしえる」
「できれば、殺さない技も教えてほしいなぁ」
そしてこの後も、みんなは鉄の扉を前に、様々な必殺技の実演と考察に励んでいた。
...俺も必殺技は遠くで見る分には好きだけど、もっとこう、必殺ではない魔法とかってないのかなぁ。掃除をしたり、料理を作ったり、そういう魔法についても知りたいのだけど。この4人が盛り上がる共通の話題って、なぜか必殺技と超必殺技の話なんだよなぁ。
俺も今度サキとユキに並んで、メイに一緒に魔法を教わることにしよう。メイドさんならきっと、もっと生活に役立つ魔法とかを教えてくれるはずだろう......たぶん。




