めいど
【白昼夢】の拠点へと引き返すと、ティと「メイド服」の二人に俺は捕まった。
昨日、俺の方をチラチラ見ていたというか、ジロジロと睨みつけていたあのメイドだ。ついに捕まってしまったようだ。
「我が名はメイデイ。新しき主になるやもしれぬお方、以後、お見知りおきを」
なに、この子。怖い。
見た目がいかにも可愛げなゴシック調の、本格派では「ない」方のメイド服。作業服というより観賞用だと俺が思っている感じの、ひらひらしてるファンタジーでコスプレな方のメイド服だ。
サキとユキとそう変わらない身長と歳頃に見える子がそれを着るととてもかわいらしく見える、はずなのだけど......目つきとか、殺気とか、やべぇ。メイドというより戦士に見える感じだ。
どういうことなの、こんどは一体何なの? という目線をティに送ってみたが...
「主様、彼女は古い家妖精で、かつては魔王に仕えていたこともある家政婦なのじゃ。だから...その...」
言いにくそうにしているティの横から、メイデイが続けて言った。
「最強の魔王に仕えしメイドこそ、まさに最強の職業なのです」
「仕事は完璧じゃぞ」
...あぁ、つまり、また「厄介さん」ね? だってほら、ティも今「仕事は」って言ったじゃない?
俺も「ファンタジーなメイド」は大好きだけど、そもそも彼女の仕事ってのは一体何だ? ファンタジーなメイドの主要業務といえば家事全般より歌や踊りや戦闘の方が中心だぞ? むしろ特技か就労内容に戦闘が含まれていなければそれはもうメイドではない! 食器や床をいつもキレイに磨き上げているのは、いざという時に敵の血を吸わせたり消したりを円滑に行うための布石だと言っても過言ではないだろう、いや過言だっ!
そんな勝手な妄想に困惑したり思いを馳せたりしている俺に、メイデイが不敵に笑いかけながらこう言った。
「...それゆえに、最強の私には、それにふさわしい最強の主人を求めるのです」
「じゃぁ俺、メイドは要りません」
断ってみた。
うちはもう戦闘要員は飽和しているんだ。
...落ち着け! 俺が悪かった! 急に泣かないでっ!!
俺ももっと、就労内容とか、特技とか趣味とかちゃんと確認するのが先だった! あれ...でも雇うのは俺だし別に断っても...? ...いや、大丈夫! まだ考え中だ! 結論は出してない! 諦めるな諦めたらそこで試合終了だぞ! ...おい、ティ、この子、大丈夫なの? ...おい、目を逸らすなティ!
「メイデイはその、色々と完璧なのじゃが、彼女に相応しい主の方が滅多に現れぬのじゃ。かといって、中途半端に妥協させると、彼女という武力を持たせてしまうことで他の連中と色々......均衡が崩れてしまうのじゃ」
「おい、今、武力って言ったな!? メイドじゃないのか!? それに武力だったら、この前の四天王とやらはどこ行った!?」
「彼らもまだ、主様のもとへの就職は熱望しておるのじゃが......彼らは皆、戦闘特化の者達じゃからのー。メイデイは何でもできる娘だし、彼らよりも強い」
えー、やだ、もー......
じゃぁ、メイデイさんがご主人様で、四天王をメイドにすれば良いじゃない。
「...うん。やっぱり、メイデイさんがご主人様で、四天王がメイドで良くない?」
「それはそうなのじゃが、それでは彼女の存在意義が......頼む! 主様! 彼女は必ず役に立つ! お試しでも良いから、使ってやってくれ!」
なんだよ、もー、この状況......
メイデイさんは、まだエグエグ泣いているし、ティは縁故採用を求める親戚のおばちゃんみたいだし、俺の中の下心先生は『雇え! さぁ、雇え!』って歓喜の悲鳴を上げているし...
雇うも何も、俺がこの子に挑戦するわけなんでしょ? 俺の方が挑戦者の側なんだよね?
...ただ、気の毒なのも、少し分かる気がした。
俺が相応しいのかはさておき、彼女は家妖精なのにその仕えるべき家が見つからないという話らしい。つまり、それは彼女にとって死活問題なのだろう。つい先日の残念会で泣き崩れていた四天王の姿を思い出してしまった。ティが連れて来るだけの、彼らの事情がきっとあるのだろう。
それに、数百年生きているというティが必死に拝み倒してくるくらいだ、ほんの数年待っていたという話でもないのだろう。
きっと、そうとう長い時を、待ち続けて待ち焦がれているのだろう。
「...少なくとも、ティは彼女を雇った方が俺達にとっても得だと思っているんだな?」
「彼女ならば、間違いない」
俺よりも長生きで、この世界を知っているティが断言しているんだ。
...もー、分かったよ、ティ。
「......ティに感謝しろ、メイデイさん」
「...グスグス......へ?」
「俺は貴方に挑む、メイデイ! 俺が相応しい主であることを、ここに証明してみせよう!」
あ、なんか笑顔になったぞ、かわいいなぁ。
あ、でも一瞬だけだった。すぐに邪悪な感じの笑顔になった。怖いなぁ、残念な子だなぁ。
「...フ、フハハハハハハ!
良い度胸です! 人族の男よ!
その蛮勇をもって、この最強のメイドに挑んでみせなさい!」
あ、はい。がんばります。
...こら、ティ。そこで、してやったりって顔をするな。もう少しごまかせ。あと俺が勝てるかどうか、まだ分からないからな?
そしてメイデイ。君も、もう勝ったような顔をして見下ろすんじゃない! いや別に、良いんだけど、君は勝ったらマズイんじゃないのか? 少しくらい手を抜いた方が...
...あぁ、もういい! とりあえず、はじめよう! やれば良いんだろ、やれば!
集まったのは俺達三人に加えて、サキ、ユキ、ニアの三名。あとスライムさん。
いざという時は彼女達にも止めてもらうが、そうでなければ、彼女達はあくまで観戦という位置づけだ。
メイデイもティの言うことを信頼しているのだろう、集まった三人と一匹の見学を快く受け入れてくれた。
俺達二人は距離をとって対峙して、ティは真ん中の離れた位置で、審判を務めた。
武器も防具も持たない俺に対してメイデイは何も言わなかった。ティから俺について聞いたのか、昨日の戦闘を見たからなのだろう。
一方で、メイド服姿のメイデイも特に何も持ってはいなかった。隠し武器か素手か魔法か、ひとまずは俺も様子見だろうか......
ティが開始の合図をした。
一気に距離を詰めてきたメイデイが、俺の腹めがけて左の回し蹴りを叩き込んできた。
それを両手で受け止める。
確かに、強い。華奢な見た目からは想像できない素早い動きからの強力な攻撃だ。
そして、蹴った後も、俺から目を離さない......互いに追撃はせず、メイデイは再び距離をとった。
なるほど、彼女の強さは十分に分かった。だが......
...ちょっと! なんでそっちから攻撃してきてるんだ!? 俺が挑戦者じゃなかったのか!?
開始と同時に突っ込んできて、殺る気満々じゃないのさ! 蹴り重いし、あれ、まともに食らったらマズイやつだぞ!? 君、本気で就職する気あるの? ねぇ!?
それに、蹴り! 蹴りはイカンぞー!
そのヒラヒラした短いスカートで、お嬢さんが足を振り回すんじゃない!
走るだけでも十分にマズイのに、色々と見えてしまったらどうするつもりだ!
けしからん、じつにケシカランぞ!
次はぜひ、上段への蹴りをケシカラン!
そんな俺のけしからぬのか、けしかって欲しいのか良く分からぬ複雑な事情を察してくれないメイデイさんが、とても上機嫌に俺に言い放った。
「なかなかやるデスね、人族! メイドの土産に私の本気を見せてやるデス!」
えー、なにこのメイド、怖い。
お土産なら、おいしい茶菓子か、上段への蹴りをお願いします。
...あ、はい。真面目にやりますから、みんな怖い顔しないで。じつにけしからん!
どうやら彼女は本気になったらしい。
残念ながら、その両腕の爪と手刀での戦いに切り替えてきた。
そして俺も......本気で迎え撃った。
本気になった以上は、言わせてもらうぞ。
...けしからんな。全くもって、なっていない!!
その大層な威力の手足はお前の自慢の武器なのだろうが、人の体は全てが武器で、そして枷だ。
...簡単に手を差し出しおって、このたわけ!!
こうやって掴まれて、投げられたらどうするつもりだ! 体格差で不利なのはお前の方だぞ!? 不用心過ぎる!
今度はなんだ、そのつま先から飛び出した刃物は!?
苦し紛れにそんな玩具に頼るな、たわけ!
武装兵や獣相手ならばいざ知らず、生身の人間など靴のつま先で小突いてやれば十分なはずだ! よけいな装飾品を増やして動きを鈍らせるんじゃない!
お前、またその右手か!?
いま倒されたばかりだろう!! なぜ工夫しない!?
それとも少々助走と速さを増したことを工夫だと思っているのか!?
良いだろう! そこまで己の力に自信があるというならば、今、この場でしっかりと教育してやるっ!!
俺は奴の突き出した右手を外から回しつかみ、奴の着地点、足を踏み込む場所に先に、俺の足を置いて割り込ませた。
不意に飛び込んできた足場に、体勢を崩した奴は、さらに俺に腕を引かれて転倒した。
そして奴の右の手首を俺の手が掴んでいる。
もう枷は、繋がれた。奴は、逃げられない。
奴はすぐさま俺の手を掴み返そうとしたが、俺は左手で奴の右手親指を取って軽く捻ると奴は悲鳴をあげた。
次は強引に起き上がろうとしたから、途中で引き倒して邪魔をした。
まだ自由な左手や両足で攻撃しようとしてきたから、掴んだ手を上下に、持ち上げたり降ろしたりして攻撃を邪魔した。
体格差で勝る俺が、奴の右手一本を上下左右に動かすことになんら障害はない。右手を宙に奪われた状態で、奴は何度も起き上がろうとしたり倒れたりを繰り返した。
どうやら奴は実戦に、あるいは対人戦に慣れていないようだ。
いくつか理由はあるが、もっともマズイのはその乱れた呼吸だ。あんなに激しく息を見せれば、大抵の獣や戦士が相手ならば動きの予兆が察知されてしまう。
殴る直前に息を深く吸うな! 止めるな! これから殴りますと宣言しているようなものだ、たわけ! 口だけでなく鼻も使って呼吸を整えろ、目を見開くな歯軋りするな、もっと感情や行動を読まれないようにしろっ!!
そのあとも転倒させたり、上げたり降ろしたり、軽くつま先でつついたりを続けてやった。
こちらに伸ばしてきた手を足を掴んだり離したり、それを引っ張ったり押し戻したりを繰り返した。
地面との接地を奪われて、俺との接点と重心の支えを常に揺らされ続けた奴は、初動を制限され続けて力を入れることもままならずに、俺と繋がれたままゴロンゴロン、ブランブランと虚しく抵抗し続けていた。
そして、ついに奴は、グデーンと倒れたまま動かなくなった。
精根尽き果てたのか、腹を見せて伸びきった犬か猫みたいに、大人しくなった......なにこれ、ちょっとかわいい。
「おぬし......本当に、【拳聖】なんじゃな...」
と、ティが驚くような呆れるような講評を述べた。おい、俺、一生懸命やったのに、その言い方はひどいんじゃないのか?
お前もサキ、ユキみたいに胸前でグッと拳を握って「さすが主様です!」くらいの賛辞を述べてみろ!
あとニア、寝るな。飽きるな。起きろ。俺、がんばったんだからな。え? もう強いのは知ってた? そうか、フフフ......寝ててよし!
こうして過激な一次選考なのか最終面接なのかが終了し、メイデイさんが俺に言った。
「...心より感服いたしました。ご主人様。
これより、この身も心も全てご主人様のもの。
ご主人様のその身が灰となり土へと返るその日まで、誠心誠意お仕えいたします」
んん?
君、家妖精なんだよね? なんだか少しイメージがおかしくない? 家「を燃やす」妖精とかじゃないよね?
あと、サラッと物騒な言葉を差し込んでこないでね? 俺が燃えて灰になる予定を勝手に立てたらダメだからね?
「私のことは、メイデイではなく、メイドとお呼び下さい。私に勝利したご主人様のみに許された呼称です」
んんん?
なんだか、変な方向に行きつつあるぞ? 使用人って、そんなんじゃないよね?
その理屈だと、君も俺に勝つまで「ご主人様」って呼んだら駄目じゃない?
...うそ! 冗談だから! 急に泣かないでっ!! 俺が悪かった! ちゃんとメイドって呼ぶからさ!! 君も俺のこと主人でも親分でも、好きなように呼んで良いからさ! ...うん、笑顔になったね、かわいいなぁ。 ...ねぇ、ティ、この子、大丈夫なの? ...おい、目を逸らすなティ! ここに連れて来たお前も最後まで責任を持つんだぞ!?
さすがに「メイド」だと固有名詞すぎるので、メイドか「メイ」のどちらかで呼ばせてもらうことを了承してもらった。俺以外の仲間も「メイ」って呼んで良いかを聞いてみたら、彼女は快く了承してくれた。
...よし、みんなもメイって呼ぶんだぞ。よく分からんけど、責任分散だ!
こうして、うちに押しかけメイド(?)が増えたのだった。
他のみんなとも問題なく仲良くやっていけそうな、微笑ましい雰囲気を見て俺は安心した。
...普通にしていればこんなに良い子に見えるのに、さっきのやつはなんだったんだ? 戦わせなければ大丈夫なのか、それとも主不足で情緒不安定だったのかな? よく分からないけれど、俺ももう一度戦うはめにならないように気をつけよう。
そしてメイは、優秀だった。
食事の支度に、洗濯、雑用、「とりあえず何でもできる」という言葉がぴったり当てはまった。ティ達が作った新居の方でも、足りないものや変えた方が良いものを細かく指示していたのはどうやらメイのようだった。俺達に生活用品の有無を聞き取りながら調達を引き受ける一方で、あらたに菜園やら施設やらの追加まで求めていた。
「はぁ〜...色々思いついて、次々とこなしていく、メイはスゴイいメイドなんだねぇ...」
「激励のお言葉、誠にありがとうございます。今後もご主人様のメイドにふさわしくなるために、日々精進していく所存です」
待って。俺って結局、単に暴力でねじふせただけだよね?
...それなのにさっきから俺が「選ばれたご主人様」みたいになっているのは、すごく恥ずかしいぞ!? これはあくまで、ティが縁を取り持っただけの、ただの縁故採用みたいなものなんだ! むしろ俺の方が君にふさわしいご主人様にならなくてはまずいだろう!? ちょっと、もう少しペースを落としてくれ、俺が君に追いつけない!
それにメイは俺のメイドではなく、「みんなの」メイドだからな! 責任分散だぞ!




