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おうまがとき

 翌日、再び俺はニアと二人で19階層に立っていた。


 【白昼夢】の方に建設中の新居はほぼ完成なのだそうだけど、家具の配置や装飾やらの「住む人が決めた方が良い」話がいくつかあるとのことで、引き続きニア以外の皆にはあちらに残ってもらっていた。


 ニアも夜に戻った時には、ティと魔法的な相談事をしているようだ。「幽界に杭をうって存在を固定する」とか難しそうな話をしていたので、そこは素人(しろうと)の俺は口を出さないことにした。


 俺がやったのは、家が「動かない」ことの確認だ。空も飛ばない、ちゃんと定礎して(?)固定されていた。これ重要。



 そんなわけで、今日もニアと二人、おしゃべりしながら19階層を歩いて行った。


「ねぇねぇ、ニア?」

「なぁに、(あるじ)?」


 なぁに、と言いながら尻尾を「?」の形に曲げるニア。無意識でやってるのかな? それとも自分で器用に曲げてるのか? かわいい。

 ...あぁ、そっちは一旦、置いておいて、


「ニアはどうやって、あの『逢魔(おうま)(とき)』って召喚魔法を覚えたの?」


 俺達が10階層を襲撃......少しにぎやかな挨拶を妖精達と行った時に、ニアが使った召喚魔法について聞いてみた。

 霧がバーっと出て、彼女の仲間がワーッと集まってきた、あの魔法だ。


 【白昼夢】と並ぶ、俺の【はいかい】スキルに含まれるやつだ。そして俺は使ったことがない、使い方がわからない。


 俺の質問に対してニアが答えた。


「本で読んだ」


 え!? 教科書読めばできちゃうものなの、あのすごい魔法!?


「【徘徊する逢魔】のお話は有名。本がいっぱい出てる」


 話によると、どうやらニアは伝承をもとに【魔導】のスキルで再現したらしい。そして本というのは魔法に関する書籍のようなものではなく、絵本とかおとぎ話の本のことみたいだ。

 もともとが【徘徊する逢魔】の技なので、その本来のスキルである【魔導】によって問題なく発動できた、ということだろう。


 俺とニアの技の違いといえば一点、MPを消費する点だ。

 俺の【はいかい】スキルは一切MPを消費しないが、ニアの【魔導】は何をやるにもMPを、魔力を消耗してしまうらしい。

 【魔導】も、俺の持つ【まほう】も、MPなしでは何もできないという注意点があるそうだ。


 もっとも、ニアは【魔導】なしでも十分に強そうな雰囲気だが......昨日の四天王との戦いでも、一撃だったし。



 ところで、俺の【けんせい】とニアの【魔導】は、俺達の神様達が勝手に交換してしまったスキルだと聞いている。

 俺は、メガミさんからもらった【辞書(へるぷ)】の、【はいかい】スキルの説明ページを開いた。



 【はいかい:

 特定の事象に遭遇する確率が増減する。幸運と不運の両方に作用する。通常時は遭遇率が増加、拒絶の意思により遭遇率が減少する。

 ※我が使徒に右記の能力を授ける:白昼夢、逢魔刻】



 スキルを交換したという話なのに、なぜか俺にはこの【徘徊する逢魔】特有のスキルが残っていることになる。

 ニアがあの時に使ったこの【逢魔時(おうまがとき)】という技......俺にも使えるってことなのだろうか?


「その、ニアが伝承から覚えた技って、俺にも使えたりするのかな?」

「たぶん、使える」


 お、やったぁ!

 喜ぶ俺に、ニアが早速、使い方を伝授してくれた。


「右手、前」


 あ、はい。......「けんせい」の件があったから、ちょっと不安になってくるな。


「それで、心を霧の向こうに集中しながら、【白昼夢】の時みたいに強い声で呼びかける。『来たれ、朝霧(あさぎり)』」


 思ったより、なんだか単純(シンプル)だね?

 来たれ、朝霧(あさぎり)


 ...おぉ! なんだか霧が出てきたね!? すごいね、ニアさん!


「わたし呼んでない」

「えっ!? ...もう俺が呼んだの? これ?」

「(コクリ)」


 なんだか随分と簡単にできちゃったぞ?

 それに、これって...


「...ニア、これって『朝霧』だよね? ...『逢魔時』じゃなくて」

「...間違えちゃった」


「え!? ちょっと!? これって呼ぶとどうなるの!?」

「知らない」


「ちょっとニアさん!? 知らないものを人に使わせたらダメなんじゃないの!?」


 俺は大慌てで、出し方はおろか効果も消し方も不明な謎の霧をどうにか消すことに成功した。

 この謎の霧が原因で余計な魔物や災害でも呼び寄せてしまったら怖すぎる。


「この朝霧ってやつも、徘徊する逢魔の伝承のひとつなの?」

「うん」

「へー、...そう、なん、だぁー...」



 そう言いながら俺は、再び【辞書(へるぷ)】の、【はいかい】スキルの説明ページを見た。


 【はいかい:

 特定の事象に遭遇する確率が増減する。幸運と不運の両方に作用する。通常時は遭遇率が増加、拒絶の意思により遭遇率が減少する。

 ※我が使徒に右記の能力を授ける:朝霧、白昼夢、逢魔刻】



 ...やっぱり、しれっと今、()()しやがった! 【朝霧】が増えてるし!!



 はるか天高くから「...昔のことで、覚えていないんですぅ...」と申し訳無さそうな声が聞こえてきた気がした。



 ...まぁ、【徘徊する逢魔】が持っていた【魔導】のスキルは、確か魔法を(つく)るスキルだったはずだ。

 つまり極端な話、何かを忘れてしまった所で、毎回新しく「作りなおせば」それで済むことだから、創る手間とかを度外視すれば、覚える忘れるは関係ないわけだ。


「...ニアは、他には『逢魔さん』のスキルって知ってるの?」

「んー...いまは、すぐには思い出せない」


 メガミさんにせよ伝承にせよ、使えそうな技とか派手なスキル以外は、記憶や記録に残っていないんだろうなぁ。

 だぶん【魔導】で色々創って、試しながら、使えそうなやつだけを常用したり洗練したりしていったのだろう。


「またニアが何か、面白い魔法やスキルを思い出したら教えてね?」

「うん。(あるじ)もまた、わたしに魔法を教えて?」

「うん。分かった」


 俺がメメラの上位種の羽や目を狙って撃墜していたという「メメラ落とし」も、ニアは見ながら習得したようだし、魔法に関してはニアが専門家(プロフェッショナル)なのだろう。

 今後も色々とニアと情報交換しながら、魔法について研究してみよう。



 そんな風に話をしながら、俺とニアは19階層を歩き続けていった。

 一応、周囲は警戒しているが、のんびり話していられたのには理由があった。



 19階層はまさに、平地だった。

 18階層は岩とか温泉とか溶岩とか、11階層では草木とか、とにかく地形に多少の凹凸が見られたものなのだが、この19階層はひたすら平地。大岩や丘も無く、地平線が見えるだけだった。


 そして、空を飛び地を這っていたメメラをはじめ、生き物達の影が一切ないのだが......これは何となくなのだけど、どうにも周囲、地平線の果てのどこかから見られているような気配というか、予感がしてしまっていた。


 とはいえ、はるか遠方から狙撃でもされない限りは安全だろうし、何かがこちらに寄って来るなら途中で気がつくはずだろう。

 ニアも気配には鋭いし、目も良さそうだ。彼女なら俺より先に気がつくかもしれない。


 9階層には山モモフがいた。

 だからこの19階層でも油断はしていないつもりだったのだが...



 ...延々と歩いていたら、着いてしまった。



「...たぶん、ここが20階層への転移門だよね?」

「うん」


 岩壁。


 壁の向こうは確認できないが、おそらく転移門の四方を岩壁が囲んでいるのだろう。

 そして正面に金属製の門。俺の身長の2、3倍はありそうな高さ。とても俺の腕では開けそうに無い大きさの門だ。


 その「閉じた」門の向こうに、転移門はあるのだろう。

 閉じているのだから、このままでは転移門には近づけないし、下に降りられない。


 ...といっても、四方は「壁」だ。つまり、壁を登り切ってしまえば、たぶん向こうへ超えることはできる。

 ティなんかは普段、飛んでいる訳だし。あの壁がティにとっての限界高度以上でなければ、なんとかなりそうな気は、しないでもない。


 壁も、ある程度の高さに、(のぞ)き窓のような人が通れそうな大きさの穴が空いている。

 つまり、壁の内か外、どちらかから(のぞ)くことができるのだろう......普通のハシゴでは届かないけれど、鉤爪(かぎづめ)とか足場とか、何か壁を登るような装置でも用意すれば届く高さではなかろうか。


「...いずれにせよ、次はもう20階層。前に見た10階層と同じように街があったり、管理している誰かがいる場所なんだろう。先へ行く前に一旦戻って、みんなと相談してみようか」

「うん」


 ひとまず、どうやって門の向こうに行くかの相談も兼ねて、俺達は一旦、【白昼夢】へと引き返すことにした。


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