ごういん
妖精女王の隷属魔法を解呪するための鍵言葉は「5963」だった......なんだか、イラッとした。
まさかの解呪に目をまんまるにする妖精達と、サキ、ユキの前で、俺はここに至った経緯を説明した――
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鍵言葉とやらが数字で、何度間違えても良いとなれば、話は単純だ。
正解するまで片っ端から試せばいい。あとは時間の問題だけなんだ。
普通は――まぁ、前世での話だけど――...パスワードの類は、連続で失敗すると一時的な利用停止を強いられたり、失敗を本来の所有者に通知したりして、「他人からの不正な突破」を抑止するための仕組みをつくるはずだ。
だけど俺は今回、それでも強引に突破する方法に賭けてみた。
俺が妖精女王の解呪に連続で失敗した時に、魔法的な何かでこの世界の誰かに通知が行くのかもしれないが、今回は解呪がどうこう以前に「女王ごと」まるまる盗ってしまっているのだ。
女王の居場所を特定できる仕組みがあるのならば人族はすぐにでも女王を奪還しにくるべきだし、取り返しに来たところを戦力に勝る妖精達が逆に捕まえてしまえばいい。
怖いのは、鍵言葉を途中で変更されたり無効化されたりしてしまう場合だが...それは無い方に賭けてみた。
あれだけ「杖持ち」の数がいて、パスワードを覚えられない奴もいるような状況では、迂闊にパスワードの変更はできないだろう。
変更したパスワードを覚えられない連中が紙にでも書いて、その紙を見られたり無くしたりなんてのは実際によくある話だ。それでも街中に飛び交っている妖精達にもまだ知れ渡っていないのならば、紙に書く必要すら無いほどに簡単な仕組みで管理されている...と推測した。
それを踏まえて、俺は鍵言葉を片っ端から試すことにした。
一秒に一回ペースで試したとして、0番、1番、2番と数字をひとつずつ増やしながら解除を試みれば、一時間で「3600番」まで、三時間以内に「9999番」を超えるだろう。
四桁の場合に「1番」と「0001番」で違いがある恐れは有ったが、そっちは後で試すことにした。
重要なのは、たかだか三時間の実験で人族と妖精族の正面衝突を回避できる可能性があることだ。死傷者が出ないうちにこっそり決着をつけてしまえるのなら、それが一番だ。失敗したところで俺一人の徒労に終わるだけなら、やってみる価値はある。
俺は鍵言葉が四桁以内であることを祈って、片っ端から試していった。五桁以上ならば、また考えるつもりだった。
万が一、解呪失敗時のダメージがあると怖かったから、周囲を巻き込まないように俺一人(と妖精女王)だけで試すことにした。
...そして、俺は賭けに勝った、という訳だ。
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「―――よく分からなかったけど、さすが主様です!」
うん、サキは正直だなー。がんばって説明したつもりなんだけどなー。ショックだなー。
ほら、こういうのって、だいたい説明してもウザがられるのは分かってるんだけど、どうしてもこの苦労やアイデアを分かち合いたくて、説明したくなるものじゃない?
名探偵とかも犯人を特定する場面で「詳しくは法廷で。ほい、逮捕」とはならないでしょ? ちゃんと説明して、犯人やみんなを納得させようとするじゃない? それが人情ってものなのよ?
「わ...わたしは分かりましたよ? 主様」
「え!! ユキちゃん!? ...わ、わたしだって、分かりましたけどぅ〜?」
君達、無理するな。俺はそんなに落ち込んでない。
それなら説明してみろ、なんて絶対に言わないから、大丈夫だよ。
「あの、その、ほら、...魔法! まほうと、星の位置が、関係あるんですよねっ!??」
サキの掘る墓穴が深すぎて辛い。むしろ、その新説については詳しく聞いてみたくなってしまう。
あ、うん。ユキ、心配しなくても大丈夫だから、俺なにも言わないし聞かないから。
うん、サキ、よく分かったねぇ〜、すごいエライよぉ〜。
解呪に成功したはずの妖精女王は、まだ虚ろな瞳でぼーっとしたままだった。
魔法に詳しいらしい妖精が、まだ呪いの反動が抜けきっていないと診察した。
俺も自分の目と【鑑定】スキルで何度も確認してみたが、分かる限りでは命に別状はなさそうだったので、このまま快癒を待つことにした。
酒場のテーブルで、俺と、妖精女王と、サキ、ユキを囲んですっかり宴会状態の妖精達......病み上がりの女王を囲むな! 無理をさせずに、そっとしておいてやれ!
...そして、俺の方はもう、すっかり消耗しきっていて限界だった。
強引に解呪を試す過程は単純作業だったのだが、解呪の瞬間を見落とさないか、実行中に事態が急変しないか、かなり神経をすり減らしながら実行していた。
念の為に【辞書】も広げて自身の状態も確認していたが、MPが増減していた所を見ると、解呪実行時にMPが減り、それが自然回復してを繰り返していたのだろう。
この作業が何かの経験となったのか、俺のMPや、かしこさの【ステータス】が増えていたのは、少しうれしかった。
ちなみに、新しい【スキル】の取得は無かった。「はっかー(hacker)」ならともかく、うっかり「くらっかー(cracker)」とか取得してしまったら、なんだか後ろめたい気持ちになってしまう......食べるほうのクラッカーだよ? ほら、【料理】スキルとかぶるから、ね?
とにかく、もう心身ともに限界の俺は、宴会を辞退して早めに二階の宿へと引っ込むことにした。
サキ、ユキも俺に遠慮して二階に付いて来てしまうので、二人には少し申し訳ない気持ちになったけれど、これ以上無理はできなかった。
去り際に、妖精女王には言っておいた。
「...おい、俺に、『ありがとう』は?」
いまいち意識が戻っていない妖精女王は、俺の台詞をただ、繰り返した。
「...あり、がとう?」
「...どういたしまして」
これで俺は、妖精女王から直接、礼の言葉を受け取った。
この件はもう、これで終了だ。
終了ったら、終了。他の妖精達が何か礼を言ってきても知らん。俺達は宿だって提供してもらえたわけだし、これで俺達の貸し借りは無しだ。
俺の左右でニマニマする二人と一緒に、俺は宿の階段を登っていった。
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その日の夜中、なんだかエロいお姉さんに襲われる夢を見た。
襲い返した。
途中で「わ、わらわじゃ! あの時、助けて貰った、妖精じゃ!」と説明してきたけれど......それが真実ならば、なおさらアウトだっ!!
貴様、一体どんな「おとぎ話」のつもりだっ!?
助けてもらった亀も、鶴も、傘地蔵も、お礼に夜中に襲ってきたりなんてしないからなっ!? 宿で饗されてすっかり油断した旅人がいつも、そのまま大人しく喰われて帰らぬ人になるとでも思ったら、大間違いだ!
この邪悪な妖精めぇ覚悟しろ! 俺の夜の枕草子でお前の春をあけぼの(?)にしてやるっ......!!
......
...昨夜の出来事は、どうやら夢物語ではなかったらしい。
涙目でモジモジしながら、俺と同じくらいの大きさになった「昨日、助けてもらった妖精の女王」が、俺に苦言を申し立ててきた。
「お、おぬしは、このっ...ばかっ! この、あほっ! ...このっ、......すけべーー!!」
俺は不名誉な三冠王に認定されてしまった。
同じもらえるなら、もっとカッコいいやつが良かったのに。
打率王、本塁打王、すけべとか。
名人、棋聖、すけべとか。
...それはさておき。
緑髪の超絶美人へと変貌した外見と反比例するように、すっかり語彙力が低下してしまった『【妖精王】のティターニア』さんを相手に、俺は怒っていいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちで困惑していた。
ちなみに女王ではなく【妖精王】なのは、そういう【スキル】名で、【職業】なのだそうだ。
ティターニアさん曰く、ほんの悪戯のつもりだったらしいのだが、真夜中に魔法の蔦で縛り付けてくる行為はもう、悪戯では済まされない。
俺は序盤はもう、本当に殺されるかと思って、ゾッとしたんだ。
彼女のサイズが大人姿だったから良かったものの――人相手ならば、勇者程度なら倒した実績があるものの、俺の常識が通じない小人サイズのままだったなら、きっと絶体絶命だっただろう。
必死に蔦を何度も引きちぎり、それを「使って」、ようやく「反撃」に出た時には、もう謝っても許さんと......許さんと、どうしたんだっけ? ...記憶があるような、ないような...ねぇ、本当は夢だったんじゃないの?
異変を感じたサキとユキも、すぐさま俺の部屋に駆けつけたらしい。
最初は俺を助けるかどうか迷ったそうだが、その数分後から翌朝までは、むしろどっちを助ければ良いのか分からなくなったらしい。
...おい、お前達!? 翌朝まで黙って見ていたのか!? 見てないで助けろ! どっちかって? 俺だよ、俺っ!! 他に誰がいるというんだ!?
サキとユキがティターニアさんに、妙に優しかった。生温かったというべきか。おかしいな、俺が加害者みたいなのは、なんでだろう? 二人が彼女に「わかりますよぉ」と同情しているのは、一体なにが分かったと言うのだろう?
「...うぅぅ...ばかー!」
このティターニアさんが元の小さいサイズに戻ったのは、俺から受けた力(?)とやらがようやく抜けきったという三日後のことだった。




