おやぶん
大通りに戻ると、サキとユキが大勢の男たちに囲まれていた。
いや、まだ少し距離があって、これから囲まれそうになるところだった。
俺の方に気づいた二人に、「どうしたの?」と視線を送ると、二人はそっと首を横に振った。二人にも何がどうなっているのか分からないらしい。
さりげなく俺は足早に二人に合流して、囲んでくる連中と対峙した。
そして、連中の一人が、低い声で俺達に威圧するように誰何した。
「おぅ、お前たちは、一体なんだ?」
...おやおや。人に尋ねる前に、まずは自己紹介するのが礼儀ではないですか?
ほら、言ってごらんなさいよ「私共は、ガラの悪いゴロツキ12名、1ダース分にございます。あなた方はどちら様でしょうか?」ってな。または「我輩、ゴロツキナリよー!」って言ってみろよ。
ゴロツキ12人。おそらく人族、帯剣が2名と、棒状の武器所持が3名。それと別に「変な形の杖」を持っている者が...数名。
頭らしき、後ろに控えた奴の肩には...妖精? なんでお前一人だけ、メルヘンなの?
いずれにせよ彼らはもう、俺達の前から退く気は無いのだろう。
仕方がないから、彼らの最初の質問に俺は答えようとした...
「俺達は...」
...そう言えば俺達、ずっとモモフの着ぐるみを着たままだった...
「...通りすがりのモモフ族です」
「そうだ」
「モフ!」
俺が適当なことを言って、ユキとサキも俺に続いた。
念の為、俺は【鑑定】スキルを【相殺モード】にしているのだが、もちろんそれはユキとサキには適用されない。
着ぐるみ姿とはいえ、まだ人族から逃亡中のサキとユキを見て何の反応もしないということは、彼女らについては知らないし、鑑定スキルとかも持っていないのだろう。
...それとも、本当にいるのかな、モモフ族? あと、「モフ!」ってなんだよサキ、かわいいな!?
「はぁ? モモフ族ぅ!? 知らねーなぁ!?」
「お前達が知っているかどうかなど関係ないモフ。いいからさっさと、そこを退くモフ」
彼も俺も誰も知らない「モモフ族」という設定で、もう押し通すことにしたモフ。
モモフ語なんて知らないが、俺が聞いたことのあるモモフの声は「ギニャァア」と「モ゛ァァー」の2つだけだ。その2つ以外でちゃんと喋ってやるだけありがたいと思うがいいモフ!
周りにいた他の人族の連中が、ゾロゾロと集まってきやがった。
おい、どこから涌いて来た。お前ら、昼間っから暇なのか? 面倒なことになって来たな...
「...お前達、さっきから失礼モフな。親分を呼ぶモフよ!」
「誰だぁ? その親分ってやつは?」
うん? 誰だろうね?
ちょっと楽しくなってきて、つい、調子に乗りすぎた。失言だったモフ。
...あ。そういえば、いたよ。『親分』。
「...お前達、大親分を知らないなんて、さては上の階層からは来なかったモフな?」
そうだ、この第十階層には地上への『転送門』があるって道具屋のおばあちゃんが言っていた。
ここにいる連中の大半はその『転送門』からこの迷宮に入ってきたのだろうから、言われてもすぐには思いつかないんだ。上層から来たのなら嫌でも思い出すだろう、このすぐ上の階層にいる大親分を...
目の前の連中の一人、気合の入ったモヒカン刈り(?)の男が狼狽した。
「お、おい、この上にいるモモフの親分って言ったら...山モモフだ!」
Mt.モモフ?
あの白い山、そう呼ばれているのか。もしかしたら他のモモフ達にもサイズ毎にそれっぽい名称があるのかもしれないな。日常会話でモモモモモフとかって、使いづらいなとは思ったんだよ。「モ」の数を間違えそうで。
モヒカンの言葉に、今度はスキンヘッドの男が狼狽しながら反論した。
「そ、そうだとしても、あれが上層の門を通れる訳がねぇ!」
確かに、あの大きさだと、門に入るどころか踏み潰してしまうだろう。
むしろ、今まで踏み潰さなかったのが不思議なくらいだ。うっかりジャンプしたら、周囲の諸々が跡形も無くなるんじゃないのかな?
とりあえず話は通じたみたいだから、俺はそのまま押し通してみた。
「つべこべ抜かすと、我輩と大親分で跳躍するモフよ」
なんだか我輩、このキャラづけが楽しくなってきたモフ。
我輩が適当なことを言っていたら、モヒカンがさらに震えだした。
「...空が、落ちる...」
ん?
「空が抜け落ちる!! あの噂は本当だったんだっ!?
九層の山モモフが跳躍すると、大地が壊れて、十層の空が落ちてくるんだ!!」
おや、俺の想定外の大事になってきたぞ? それはさすがに、杞憂じゃないのかな?
だけどとりあえず、モヒカンの話にそのまま乗ってみた。
「そ、そういうことモフ! あまり我輩達を怒らせないほうが良いモフ!」
モヒカン以外の連中は、同じように青ざめる者達が半分、厄介事に顔を顰める者達が半分といったところだ。
俺は、【相殺モード】を一瞬だけ切って、【鑑定】スキルで目の前の連中をざっと見回していく...
「まったく、我輩、久しぶりの人里をのんびりお散歩中だというのに...」
やはり目の前の連中は、全員人族だ。魔法使いや戦士といった戦闘系の職業の者達も一部いる。
うち、数人が持っていた杖は『隷属の杖』という物騒な道具だった。
中心の偉そうなリーダーらしき男の肩に乗っている、妖精? とにかくそのちっこい奴の首に付いている『隷属の首輪』とやらと対になっているのかもしれない。
そして、問題のその、肩の上のちっこい奴の正体が...
【妖精王】
...クソっ、また厄介事に関わっちまったか...!?
ただでさえお尋ね者の状況下で、人族に囲まれて、これ以上何かに巻き込まれるのは危険すぎる。
俺は「急いで逃走」の方針へ軌道修正するが...
「...もう、このままそっとしておいて欲しいモフ。では吾輩達はこの辺で...」
――タスケテっ!
頭の中に直接響くような、不思議な声に俺はハッとして、前方の男の肩の上、妖精王とかいう「小羽の女」の方を見る。
だけど、そのちっこい奴の瞳は虚ろのままで、まるで人形のようだ。こいつの声ではない?
再びの「タスケテ!」の声に、気のせいではないと、視線を左右に配る。
すると、サキとユキ、彼女達は俺の後ろをチラっと見た。
...いつの間に俺の背中に、助けを求める「妖精」がいる...!?
「おねがいします! モモフ族の偉い方! わたしたちをタスケテ!」
なんてこった...俺はいつの間にか「偽モモフの偉そうな奴」から「モモフ族の偉い方」に昇格してしまったようだ...
だが、俺達は忙しいんだ、今は他をあたってくれ――
「おねがい! 誰もたすけてくれないの! おねがい!!」
――胸に、チクリと刺さる声...
...俺は冷静だ。冷静なはずだ。冷静なんだ! もう既にサキとユキを追う人族達を敵に回しているクセに、十階層に来て早々に別の厄介ごとに首を突っ込んで、さらに多くの敵をつくったりするはずなど無い! 俺はやれる、今度こそ、ちゃんと「見捨てる」ことができる。下心先生なんてどこにも存在しないんだっ――
――...左右のサキとユキ、二匹のかわいい偽モモフが、心配そうにこちらを見ている...ダメだ、そんな目で見られたら、俺は......
...フフ、こういう状況をなんて言うか知ってるかい、下心先生?
絶体絶命? 違う、そうじゃない。これは、「自業自得」って言うんだよ。
...そう、我輩は今、「モモフ族」モフよ。
さっき、大親分の名前を出してしまった以上、ここでこの妖精を簡単に見捨ててしまったら「大親分の顔に泥を塗ってしまう」ことになるモフ。そう、我輩が「大親分の名を使ってしまった」のがいけなかったモフ! モモフ族の一員としてもう後には退けないモフ!
モモフ族なんて居ないって? 馬鹿を言うな、よく見ろ、ここに三匹もいるだろう! 「中の人」など居ないっ! さぁ、覚悟を決めるんだ!
...関わる覚悟は決まったが、やはり状況はマズイ、助けるにしても一度撤退に変更は無い。
多勢に無勢な上に、首輪をつけた人質っぽい【妖精王】は、あちらにいるんだ。
この助けを求める妖精にとっての「勝利条件」が分からんし、迂闊に手を出して状況が悪化する可能性だって否めない。
ここはかき回して撤退、情報を集めて、仕切りなおしだ!
「...サキモフ。我輩やっぱり、あの人族の、『ちょっとおしゃれな杖』が一本、欲しいモフ」
俺が発した、奴らの持つ『隷属の杖』の強奪宣言に、人族達が目を丸くした。
そして、『ユキが』すぐさま陽動に動き出し、人族の目を集める。相談なしにすぐに動けてしまうこの双子は、本当に優秀だ。
最寄りの杖持ち目掛けて、ほんの数歩、ユキが走って、足を止めた。
その時にはもう、サキが別の男から、杖を奪っていた...って、動きが速ぇ!? 着ぐるみ着てて、なんだ、その速さは!? じつはこの着ぐるみ、着ると素早さがアップする効果がついてたりしないよなっ!?
俺も二人とほぼ同時に走りだし、逃走のために前衛の一人、二人程度を足払いで転ばしておく。
...つもりだったが、気がつけば5、6人ほど倒していた。
...いや、こんなのは誤差だ誤差、仕方ないだろう! 三人倒した時点で杖を振りかざす奴一人、魔法を詠唱する奴一人、何か叫ぼうとする奴が一人居たものだから、8人倒したんだ! ...まだ少々計算が合わないが、それも誤差というか、うっかりだ!
多少強めに叩いたところで、着ぐるみ効果で強めにモフっとしただけだろう、大目にみて欲しいモフ!
場の勢いで既に半数以上倒してしまった状態だが、俺達三人は逃走した。
「...や...やーい、やーい! 我輩達をいじめるから、こうなるモフ!
これに懲りたら、これからは毎朝毎晩、九階層の門に向かってゴメンナサイと謝るモフ!」
言ってる本人にも訳の分からない捨て台詞を残して、その場を走り去った。
「こっち!」
俺に話しかけていたっぽい妖精が、俺達を先導するように羽ばたいた。
街の大通りからすぐに、細い路地へと入り、右へ左へ曲がりながら、奥へと突き進む。人族の追っ手も走って来たが、俺達三匹と妖精一匹はあっと言う間に振り切った。
どんどん進み、「ここ!」と小さな声で叫んだ妖精が曲がった先は、地下へと進む階段。
降りた突き当りにあった木製の扉を前に妖精が「開門っ!」と叫ぶと、扉が自動で開き、俺達を迎え入れた。
俺達が飛び込んだ場所は、酒場のようだった。
狭い階段からは想像がつかなかった、広めの店内。だが、開店前なのか人の姿は見当たらない。
俺達三人が入った時点で、店の扉は勝手に閉じて、ガチャリと鍵が閉まる音がした。
うーん。十階層に来て早々、忙しいものだ。
上にある小さな明かり取り窓から薄っすらと光の差し込む静かな空間。石畳の上に木製のテーブルが並ぶ広間を見回しながら、ひとまずここが安全そうであることを確認した。
「...そろそろ説明を聞かせてもらっても、いい?」
俺は近くのテーブルの椅子を引き、勝手に座らせてもらった。
そして、サキとユキは俺のすぐ後ろに控えるように立った......って、二人共!? 別に君達も座っていいと思うよ! この陣形だとなんだか俺、すごく偉そうに見えない!?
俺の前の椅子に...いや、テーブルの上に、妖精さんがそっと降り立った。
おぉ、なんてファンタジー!
ついに俺も、徹夜明け以外の素面の状態の時にまで「妖精を見る」日がこようとは......って、なぜか俺には前世の「痛い記憶」をちょいちょい思い出す傾向があるな......
「おねがい! わたしたちを、たすけてほしいの!」
店内の陰から、他にも数匹の妖精達が、わらわらと現れた。
あれか? 妖精って奴らは一匹みつけたら、あと十匹は覚悟しなくちゃならないという、あれなのか? やっぱり燻煙剤とか必要なのか!?
「...あー、ゴホン。俺達、ここに来たばかりで状況が分かっていないんだ。順を追って、説明してもらえるかな。一体誰を、どう助けてほしいの?」
妖精達が助けて欲しいというのは、やはり先ほど遭遇した【妖精王】(でも「女王」らしい)のことで、彼女はいま人族の隷属の魔法によって縛られてしまっているのだそうだ。
この十階層を管理しているのは、このちっちゃい妖精族達。
地上のとある場所と繋がっているという転送門を通じてやってくる、いくつかの種族達と交流を持ち、千年以上も昔からこの街で暮らしているという。
そして数百年前から妖精族を束ねていたという妖精の女王。彼女は数年前に人族の魔法を受けて、操り人形になってしまったという......
...少し話がそれるけど、数百年とか数年とか、妖精達の時間感覚の大雑把さがひど過ぎる...
...話を戻して、その操り人形と化した女王を盾に、人族の柄の悪い連中が街にいる他の種族達に嫌がらせをし続けてきた。奪ったり、燃やしたり、暴れたり、好き放題に振舞っているのだとか。
そしてこの街はすっかり賑わいを失ってしまった。
人族に抗議をしても、彼らは全く取り合わない。そもそも人族の大使や外交官のような、妖精族に対する窓口を引き受けるものがこの街には無いようだ。
妖精族は悪戯好きだが、それでも彼らの女王を奪い、こんな目に合わせる人族がもう許せない。人質となったままの女王が傷つくことも覚悟で、女王を奪い返し、人族を滅ぼそうという一触即発の状況が、もうすぐそこまで近づいてきてしまっているのだそうだ...
途中で俺の足りない知識をサキ、ユキに補ってもらいながら、妖精達から受けた説明はこんなところだった。
「...それで、その妖精の女王様の、隷属の魔法とやらを解く方法はあるの?」
集まってきた妖精達が、口々に答えた。
「命令にも解呪にも、鍵言葉がひつよう!」
「杖を持って、鍵の言葉を唱えるの!」
「杖と鍵、両方がひつよう!」
「わたしたち、鍵の言葉、しらない!」
なるほど。さっき見た、『隷属の杖』とやらを持って、人族達が知っている『鍵言葉』とやらを、妖精女王に対して唱える必要があるのか。
...その杖があれば、何か分かるのかな?
道具屋のおばあちゃんあたりに聞けば、何か知っているかもしれない。
人族達が、俺達と妖精達が一緒にいることを知っているのかも気になるな。こちらが鍵言葉とやらを調べていると気づいたら、妖精の女王を隠してしまう可能性がある。
鍵言葉の取得と女王の奪還は同時にする必要があるか? それとも女王の方が先か?
その前に、まずは杖とやらを【鑑定】でも使って確認してみるか?
「...サキ、さっき俺が頼んだ時、『杖』って奪えた?」
俺が問いかけると、サキがテーブルの上に、そっと『隷属の杖』を置いた。
そして、ユキがテーブルの上に、そっと『妖精の女王』を置いた。
...おや? 「女王も」? ......うちの二人が、優秀過ぎるのだが?




