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はじまらない

まだ、あんまり冒険は始まりませんが、しばらく生暖かい目で見守ってあげて下さい。

 最初に手にしたものは、剣でも棍棒(こんぼう)でも無く、「へるぷ」という表紙のついた一冊の辞書(?)だった。

 俺がメガミさんに頼んだ、この世界について知るための唯一の手がかりだ。



 とりあえず開いてみた。


 目次(もくじ)とか、はじめにとか、読みながら少しずつ覚えていく展開を期待したが、それは見た目通りの辞書だった。


 アイウエオ順に単語を引くアレだ......


 ...そうじゃない! 違うんだメガミさん!

 そもそも何の単語から調べれば良いのかが、分からないんだよ!

 俺が欲しかったのはもっとこう、もう少し使い勝手とか、ユーザビリティとか何かこう、あるだろう!?


 しかたがないから、(かん)を頼りに「ス」の(らん)を探してみると......


 幸いなことに、「スキル」とか「ステータス」とか、俺の予想した単語が書いてあったのだが......肝心の説明の方が、


  【スキル】色々ある。


 で終わりなのは、ちょっとした絶望だった。その()()について教えやがれ。

 この「へるぷ」の早急な()()()か、刷新版が出ることを強く求める。


 こんな【辞書(へるぷ)】にも関わらず、巻末の奥付(おくづけ)には「第1版 発行者 ダメガミ(愛称)」なんて可愛(かわい)らしいことが書いてあったから、(なご)むどころか破り捨てたい衝動に()られるのを、俺はどうにか我慢した。


 落ち着け、破り捨てるならせめて、野営する時の火の元に利用するんだ。紙切れがあれば、種火とか保温とか水気取りとか、何かと便利に使えるはずだ。

 そう、この【辞書(へるぷ)】は()()と役に立つんだ! 間違いない!



 【辞書(へるぷ)】の有用性について再確認できた俺は、あらためて本の巻頭の数ページを開いた。

 するとそこには、例の「ステータス」とか「スキル」とかの情報が書かれていた。


 どうやらこれが、俺の現在のステータスの一覧のようだった。



―――――

【ステータス】

なまえ:(未定)

しょくぎょう:がんばりや

しゅぞく:ひとぞく


HP:10

MP:5

ちから:5

すばやさ:5

かしこさ:5

うん:5


―――――



 ...さて、言いたいことは色々あるが。



 ...「がんばりや」は、職業じゃ、()ぇっ!!



 5歳児ならともかく、30歳児で「職業は頑張り屋です!」って名乗れるか? むしろそいつは「勇者」だぞ!

 プロの頑張り屋ってなんだ!? 魂削って頑張って50円貰ったり、100円払って頑張らせたりするのか? 世知辛(せちがら)さに涙が出るぞ!?


 「がんばる」ってやつは職業にしたらダメなやつなんだよ! 人によって尺度(しゃくど)が違うやつを取引や評価に使ったら危険が(ともな)うからダメなんだよ、命果てるまで「がんばり」を吸いとられるから売り物にしたらダメなんだよ! それはあくまで、自分一人のための贅沢(ぜいたく)なんだよ「がんばる」ってやつは!



 ...はぁ。落ち着け。一旦、冷静になろう...



 ...この【ステータス】の数値が高いのか低いのか、基準が分からないが、少なくとも五段階評価では無いだろう。

 数字が全部同じ5というのが、(ざつ)過ぎる。ちゃんと考えて設定してくれたのだろうか?


 他人事(ひとごと)だったら「へー」で済ませるけれど、いざ自分の評価となるとそうはいかない。この数字で俺の運命が、偏差値や受験校が、就職先や給料が、決まってしまうかもしれないからだ。一体、何を基準に「5」になっているんだ?


 これって、いま100メートルを20秒で走ったとして、『すばやさ』が5から50の十倍になったら、100メートルを2秒で走れるようになるってことか? きっとすぐに音速(マッハ)を超えるぞ? その時は走った時の衝撃波(ソニックブーム)で敵(?)も味方(!)も倒せるぞ?! もう怖くて走れねぇよ!


 HPは、ヒットポイントとか、つまり生命力で合っているんだよな?

 HPが10ってことは、最大でも10回なにかダメージを受けたら「死」ということだよな?

 死んだらどうなるんだ? ちゃんと天国にいけるのか? まさか、またメガミさんが現れて「質問はありますか?」なんて聞かれるような無限地獄じゃないだろうな!?


 そもそもこの数字って、回復したり、鍛えて増やしたりできる前提だよな? 日に日に減ったりしないよな? 翌日はHPが9に、さらに次の日にはHPが8に減ってたら完全に恐怖(ホラー)だぞ!? もっとも、「かしこさ」なら、たまに減ってるような気がする日もあるけどな!



 ...まずい、ちょっと思考が否定的(ネガティブ)になりすぎだ。

 まだ何も得ていないけれど、失ってもいないじゃないか。

 このページで終わりとは限らない。どうやらまだ、続きがあるみたいじゃないか。


 こういう時こそ「神頼み」だ。


 これで終わりな訳がない、

 信じるんだ、

 メガミさんは、

 俺をきっと、

 救ってくれるっ!



 ...よし! 【ステータス】の次のページの確認だ!



―――――

【スキル】

はいかい

けんせい


(...以降、空白)

―――――



 【辞書(へるぷ)】は思いっきり引っ張っても破れない程度の強度があることが検証できた。

 きっとまだ「ちから」が5しか無いからだろう、早く255まで鍛え上げて、【辞書(へるぷ)】も天地も引き裂いてしまおう。


 それはさておき、職業の「がんばりや」とスキルの「はいかい」...どうやら謎が解けてきた。

 これは、あれだ、メガミさんの最後の質問に俺が答えたやつだ...



  ひとまずは

  『何もないところから、がんばって徘徊(はいかい)

  することになるのでは?



 あの時の俺のセリフで、こうなったのか......冗談だろう? ...俺は頑張って徘徊する技能(スキル)を得たというわけか!?

 あと「けんせい」ってなんだ? 牽制(けんせい)か? 俺の冷ややかな態度がそう思われたのか!?



 ...いや、違う! ここは前向きに考えるんだ!


 万が一あの時、うっかりメガミさんに「ひとまずは、世界とか救っちゃいますかね!」なんて答えていたら、職業が「勇者」とか「()(にえ)」とか「人身御供(ひとみごくう)」とかになったってことじゃないか?

 (あぶ)ねぇ、よくやった俺! 頑張って徘徊するほうがまだマシだ!


 だけど、それならもっとこう、「ひとまずは、遊ぶお金ください」とか「女の子といちゃいちゃしたいです」とか言っておけば良かったのか?

 その時は職業の「がんばりや」の前に、「夜の」とでも枕詞(まくらことば)が付いたのか?

 いや、それなら「徘徊(はいかい)頑張(がんば)り屋」だって、もう大概(たいがい)だぞ!? 生産性も何もない! こんなものは職業ではなく、ただの「趣味」だっ!


 失敗だった! やっぱり「普通のサラリーマンになりたいです」とか言っておけば良かったんだ!

 普通の異世界のサラリーマン(?)になって、ベギラ○で上司を燃やしたり、聖水で部下を溶かしたりすれば良かったんだ!

 むしろ、こっちがギ○で一掃(いっそう)されそうだけどな!



 ...なんだが、疲れてきた。

 この世界に来てから「まだ一歩も歩いていない」というのに、すでにフラフラじゃないか...



 ...違う、俺は前に進んだんだ。

 「何も分からない」ことが分かったじゃないか!

 俺の「かしこさ」はきっと増えたはずだっ!


 よくやった俺! 【辞書(へるぷ)】サイコー! ありがとうメガミさん!


 神は試練を与え(たも)うた! いま! (あふ)れんばかりに!



 ...ハァ。


 もう、いい。下手(へた)の考え休むに似たり、だ。ちっとも休まらねぇし、(なご)まねぇ。ひとまず歩くんだ。現状把握(はあく)と安全確保を(こころ)みるんだ。


 ひとまず歩いて、せめて物理的には前へと進んだ気分になっておこう......

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