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めがみ

「質問はありますか?」



 何の説明も無いまま、質疑応答から俺の物語は始まった。



 待て、もし「ありません」って言ったら、いきなり何かが終わったり始まったりするわけか? 一体なにが、どういう状況だっていうんだ!?

 混乱する頭を(かか)えて必死にひねり出した、俺の最初の質問は、これだった。


「...質問の回数や時間に制限はあるのか?」

「無いですぅ」



 よし。



 こうして俺の果てしなく長い質問攻めが始まった。



 俺は物覚えも物分かりも良い方では無いし、それでも石橋は叩いて渡る性格だ......だったはずだ。

 思い浮かぶままに浴びせていく俺の質問に対して、()()はいまいち要領(ようりょう)()ない感じで、次々に答えたり答え(そこ)ねたりしてくれた。


 そう、女神。


 見た目は子供、頭脳も大人とは言い難い、俺を今まさに迷宮入り案件へと引きずり込もうとしているこの、ダメっぽい女らしき神らしき、何か。


 和服系よりも古代世界史のような、何かの西欧神話を思い起こさせるような服装なのだけれど、スタイルの良いオネーサンやら肉々(にくにく)したおっさんやらが着るならともかく、子供がその姿だとかわいいというか、若干(じゃっかん)頼りない印象を受けてしまう。園児や小学生がやるお芝居(しばい)かお遊戯(ゆうぎ)みたいに見えてしまうのだ。


 ...だが子供だから、まだマシだ。


 「わたしは神です」なんて自己紹介する奴が現れたら、例えそれが本物でも偽物でも、迂闊(うかつ)に近寄らずに即「逃げる」べきだ。そして今の俺は「にげられない!」。


 ()()神なんて、危険な人ランキングで上位に食い込む職業(?)だぞ。闇堕(やみお)ち博士、ぬいぐるみ暗殺者、自称神と三人並べて勝手に優勝争いでもなんでもすれば良い、もちろん俺抜きでな! くそっ、「にげられない!」。


 俺が心の中で何度も「逃げる」を連打していると、目の前の幼い女神が悲鳴のような抗議の声を上げてきた。


「わ、私は危険人物なんかじゃないですぅ!」

「...酔っぱらいも嘘つきも、まだ酔ってない、嘘じゃないと言うものですが?」

「本当に神ですぅ!」


 ほっぺたをプクーと(ふく)らませた姿も、怖いというよりなんだか、かわいい。

 これで他人事(ひとごと)だったら楽しいのに。当事者だとぜんぜん笑えない。困ったぞー...


 ...目の前の自称メガミさんはさておき、俺自身のこともさっぱり分からない。


 俺には過去の記憶が無い。知識はあるけど、住所氏名生年月日やらの人生にまつわる情報がごっそり抜け落ちている。思い出せそうで、ぼんやりとしか思い出せない、もどかしい感じがする。


 知りたいならばメガミさんが話してくれるそうなのだが、「あまりオススメできない」と言われてしまった――一転して、暗い顔でつぶやくようにそう言ったから、きっとそういう前世なのだろう――...俺は死後にメガミさんに拾われたそうなので、もう前世がどうこうについては考えることを(あきら)めた...


 ...諦めさせるために記憶を消したのではないかとか、彼女が敵である可能性とかも少し考えたけれど、それについても今は確認できる(すべ)が思いつかない。ひとまずは、メガミさんの言うことを疑うのはやめることにした。



 少し複雑な気持ちなったが、頭を振って、切り替える。


 ...問題は()()()()だ。



 俺はこれから『迷宮』と呼ばれる場所へと転生して、第二の人生を歩むことになるらしい。


 その『迷宮』というのは、いくつかの階層で区切られた()()で、俺は()()を相手に、()()するらしい。

 おい、「何か」って何だ! 肝心なところをぼやかすんじゃない! 始まる前から本当に「迷宮入り」させてくれるつもりかっ!?


 それからその『迷宮』で、何かが襲いかかってきたら、何かで斬ったり、何かを()()()()すると、何か撃退して何かを手に入れたりするらしく、手に入らない場合もあるそうだ。なるほど、さっぱり分からん!

 むしろ俺の方から教えてやる! 襲ったり襲われたりした後に唱えてもらう「何か」といえばお(きょう)か念仏で、「手に入る」ものといえば(むな)しさだけだ、覚えておけ!



 ...そして何かを何かしながら、『迷宮』を下に進んでゴールを目指すだって?



 なんだ? エレベーターに乗る順番を待てばいいのか? それともエスカレーターか? エスカレーターは右待ち派と左待ち派のどっちなんだ? いや、そもそもエスカレーターは歩くことを前提に作られてはいないんだぞ? ちゃんと手すりにつかまって正しく......何、違う? エスカレーターでも階段でもない? まさか、ハシゴかロープ? 命綱(いのちづな)くらいは付けてくれるんだろうな?


 「てんいもん」で「ファー」って下に降りる?


 「てんいもん」ってなんだ? ドラ○もんの親戚か?

 ファーって何だ? ゴルフの時に叫ぶあれか? うん、石に囲まれた門に入ると上からファーって、そうか......分からねぇ、さっぱり分からねぇ!?


 俺は頭を(かか)えて、(うめ)くように質問した。


「...ちょっと? 説明が雑すぎて分かりません。もう少し、順を追って説明頂けませんか? ダメガミさん」


()(がみ)はひどいですぅ...」


「あ、ついイラッときて......えっと、良い意味でダメガミ...愛称ですよ?」


「愛称? ...ちょっぴり、うれしいですぅ」


 わぁ、はにかんじゃって、この娘、ちょっとかわいい。

 他人事(ひとごと)だったら本当に(なご)むのに、このあどけなさの餌食(えじき)になるのが俺だと思うとゾッとするぅー。


 俺の物言いもひどいのは分かっているが、このまま「何か」が始まった時の犠牲者は俺なんだ。幼女をいじめているようであまり気は進まないが、ここは一歩も引かずに、とにかく納得いくまで質問を続けるしか無いと、俺はあらためて気を引き締めた。



 ...そんな俺とダメガミさんの、謎の白い空間で二人きりで繰り広げられるモヤモヤ質問劇場の中で、俺の頭には徐々に少しずつ、RPG(ロールプレイングゲーム)っぽい何かを思い浮かべていた。


 ほら、あのギ○とかベギラ○とかでスライムを焼いたり焼かなかったりする、あれだ。きっとそういう、剣と魔法と冒険と世知辛(せちがら)さに満ちた世界にでも俺は送られるのだろう......たぶん。


 とは言ったものの、ホラーとかグロイのは、やめて欲しいんだけどなぁ......おなじR15やR18なら、せめてエロい方にしてくれ。ぐへへ。

 それに、謎解きとかパズルとかも苦手だし、シミュレーションも得意じゃない。よくよく考えれば俺はゲームはすべてEASY(かんたん)モードしかやらない性格だったはずだ。初代の頃から無数のマリ○達を谷底に沈めてきた罪深き男だからなぁ、フフフ。


 ...絶対に、混ぜるなよ? アクションホラー謎解き恋愛シミュレーションとかが始まったら、俺はきっと、ヒロインを魔法(ギラ)で焼く。



 ...始まる前から、だんだんやる気がなくなっていくのはなぜだろう?

 ゲームをやる直前のわくわくする気分というよりも、むしろ罰ゲームでも前にしたような陰鬱(いんうつ)とした気分になってきた。



 ...えっと、つまり? こういうことですか、メガミさん?


 迷宮を歩くと遭遇する「テンいもん」とやらを念仏(まほう)で燃やすとファーってなるから......え、違う?

 あぁ、迷路のような建物を徘徊(はいかい)して重要な機密情報を集めつつ、上から下へと敵を倒しながら降りていく、エレベーターで下を目指すアクションゲームで......え、違うの?

 えっと、何かが襲いかかってきたら、何かで斬ったり、何かを唱えたりすると、何か撃退して何かを手に入れ......え、何かが違う? おい! 今のは「さっきの説明」をそのまま言っただけだぞ!? 否定するんじゃないっ!



 ...彼女なりに一生懸命なのはなんとなく伝わってくるのだが、説明(あなた)質問(おれ)も、両方下手(ヘタ)クソ過ぎて、話がちっとも前に進まない。

 質問した数だけ謎が増えて±ゼロというか、一進一退の攻防の中でいたずらに時間と心を消耗していっているだけなような気がしてならない......!


 ...それでも今は、目の前のメガミさんに頼るしか無い。



 俺は質問を重ねていった。そもそもいきなり迷宮スタートってどうなのかとか、衣食住はどうするのかとか、消費税が何パーセントで、青が進めで赤が止まれで合っているのかとか、(なか)自棄(やけ)気味になって聞きまくった......



 ...いっそこのまま、エンディングなりスタッフロールなりが流れてきて、最後に「The End」とか表示されれば誰も傷つかずに終わるのになぁ...と目の前の現実から目を()らし始めていると......そんな俺の心を知ってか知らずか、


「なかなか始められないですぅ」


 と、メガミさんが半泣きで悲しそうに(おっしゃ)ったので、もう、仕方がないから、


「...大切そうな質疑応答については、後でも確認できる『仕様』にしてもらえますか? ヘルプっぽい何かで」


 と頼んでみたら、快諾(かいだく)してくれた。


 わりと無茶なお願いのわりにはすんなりと引き受けてくれたのは、さすが女神......いや、(だま)されたらダメだ!

 そもそも神なら、もっとこう、頭にスッと必要な情報とかインストール(?)してくれても良いんじゃないのか? なんで質疑応答形式なんだ!?


「まかせてください」と、両手をグッと(にぎ)ったポーズは可愛(かわい)かったが、あざと可愛ければなんでも許されると思ったら大間違いだ! 俺は許しちゃうけどな、コイツめっ!


 ...いや、結局、俺はこの子に押し切られただけじゃないのか? なんて恐ろしい子だ。コイツめ。


「...ハァ......まぁ、転生直後に惨殺(バッドエンド)とかでなければ良いんで、あとで確認できるようにお願い致します。

 お忙しいダ...女神様に、私にばかり、いつまでもお時間をさいて頂くわけにもいかないでしょうし」


「わりとヒマですぅ」


「......」


「じょ、冗談です、とっても忙しいですぅ」


「...色々不安になって来ま()()けど......最後にそちらから何か、私への注意点とかございますか?」



 どうやら俺はもう前世では死んだらしいので、帰還を目的に頑張ったりする必要は無いらしい。

 となると、次の転生先(?)とやらでは、一体何が目的や目標になるのか?



 魔王でも倒せというのならば、責任問題になる前に辞任できるのか聞いておきたいし、今のうちから遺憾(いかん)()とかドーナツのドとか表明する練習をするけれど、きっとそういう訳にもいかないのだろう。


 魔王になれというのならば、朝から晩までモヤモヤと口から毒の霧でも吐き続けてやがて世界を(つつ)み滅ぼすという、有害な蚊取り線香みたいな生き物を目指すつもりだが、きっとそういう訳にもいかないのだろう。


 もし「それでも良い」のならば、最初からドーナツや蚊取り線香のお化けみたいな奴を放り込んで、世界を平和にしたり煙に包んだりすれば良いのだから、そもそも俺が行く必要など無いはずだ。



 ...そんな冗談半分本気半分の妄想はさておき、最終目標や、やってはいけないことがあるならば、あらかじめ問題を回避するためにも先に聞いておきたいのだが...


 その辺はどうなっているんですかね、メガミさん?


「...転生して、どうしますぅ?」


 またまたぁ、メガミさーん...


「...質問に質問で返されても、ちょっと困りますぅけど、その質問の意図は?」


「え、笑顔が怖いですぅ...」


 その泣き顔はずるいですぅ......

 ま、まぁ、俺もかなり、(いら)ついてしまっているのだろう。さっきから別に、泣かすのが趣味ってわけじゃないんだ......



「...ゴホン、失礼......あー...

 どうするか、ですか? ...そうですね。


 ...ひとまずは


 『何もないところから、がんばって徘徊(はいかい)


 することになるのでは?」



 これまでのメガミさんの説明だけだと、使命も目的も無くただ迷宮を攻略するような話だろうと、俺は解釈した。

 いや、攻略という言葉すらも無かったから、ただ明日を求めて徘徊する(?)のだろうなぁ...するんですよね? という感じで、こっちも少し質問気味に返してしまったのだが......



「では、何もなしで、がんばって、はいかいして下さい〜」



 !?


 光のむこうへ、一気に視界と、メガミさんが遠ざかっていく。



 まさか今のが最後のやり取りだったのか? いきなり過ぎないか!?

 あと、俺の最後の質問、結局答えて無いよな!?

 それも含めて、さっき俺が頼んだ『ヘルプ機能』から探せっていうのか!?

 おい! ダメガミ!!――



 ――その愛称(ダメガミ)は、連呼されると(うれ)しいような悲しいような、ちょっぴり複雑な気持ちですぅ――



 そんな感謝とも抗議ともつかないメガミさんの別れの言葉を聞きながら、俺はその異世界(?)へと落とされた。





 そして、迷宮にいる。



 見渡す限りの平原......『迷宮』と聞いていたわりには、天井は無く、空と太陽(?)のある、不思議な世界。

 本当にここが雑な説明に聞いた『迷宮』で合っているのだろうか?



 そんな、俺の今の状況。



 服装については、(よろい)とか登山靴みたいな「重装備」というよりも、一般人なんて言葉が連想されそうな「軽装」だった。


 シャツに長スボン、(ひも)のない(くつ)。腰に付ける荷物入れ(ポーチ)とハーフコートが加わって旅装っぽくなっている。

 (すね)から足首までを守る「底のない靴下」みたいな布は初めて見たけれど、この「防具」以外の部分については、普段着と呼んでしまっても差し(つか)え無さそうな姿に見えた。


 ...旅装というより、むしろ観光のようにさえ見える気がするけれど、この服装で大丈夫なのか? 軽装すぎないか?



 自分の手をじっと見ると、若者っぽい手に見える。十代後半の男性といったところか? 中年よりも青年か少年に近いそれだろう。

 そんな自己評価がすぐに思い浮かぶということは、俺は前世でそれなりの年齢だったのでは無かろうか......いや、その考察については後だ、今は状況確認が先だ...


 スマホとか、腕時計とかは持って「無い」ようだ。

 服や持ち物に、金属類がなさそうだ。

 布やボタンの質感も、見た目は(おぼろ)げな「前世の記憶」のそれに近いけれど、素材はこちら特有な物なのかもしれない。触ってみると不思議な感触だが、悪くはない。



 ...あれっ?

 俺、草原のど真ん中で、手ぶらなの?



 そして、草原に座った俺の足元。



 一冊の「へるぷ」と書かれた、手帳よりは大きく辞書よりは小さい感じの本。



 あの野郎ぅ......いや、あのダメガミっ!?

 今どき分厚い紙の「取り扱い説明書」を渡すのかっ!? ふつうはオンラインか電子書籍か、そういう便利な何かだろ!?

 それに、いきなり俺の「手荷物」を増やすな! 地味に重いぞ説明書(これ)!?


 そもそも食料とか水とか武器とか全部無しで、この「へるぷ」だけで生き残れというのか...!?



 さわさわと風に揺れる草原のど真ん中で、俺は初期装備である「へるぷ」こと、「使い勝手の悪い鈍器(どんき)」を片手に、一人、呆然(ぼうぜん)とするのであった...




本作を見つけてくれてありがとうございます。


世界を救ったり滅ぼしたりはせず、いろいろ苦労した末に、ふわっと着地する感じのお話になります。


気長にお付き合いいただけるとうれしいです。


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