vsゆうしゃ2
(※戦闘描写あり。苦手な方はご注意下さい)
「見よ、小鬼の子よ、オークの子よ。こういう愚か者のことをこう呼ぶのじゃ。『飛んで火に入る夏の虫』と!」
それはそれは邪悪そうに笑いやがるティの姿に、むしろ【勇者】よりも俺の方がドン引きだった。
一方で【勇者】のやつ。覚悟の表情で一歩も退かない。地面に置いた剣もそのまま、拾う様子も見せない。
「...おや、ティ。お前たち来ていたのか? むこうで待ってろって言ったよな?」
「やっとわらわの存在を認知してくれたのう?」
まったく、かき回してくれやがって......
...だが、俺の一存で人族の勇者を逃がした所で、場合によっては今度は俺がゴブリンやオークに恨まれることになるかもしれない...とでも思ったか? それでティの奴は、敢えて割って入ってきたのか?
俺だって、この【勇者】の若造の事情について色々と分かる前ならば......たぶん言うことはたいして変わらないなぁ?
もー、俺、一体どうすれば良かったんだよぉ...? とりあえず泣いておくか?
ほとほと困り果ててティの方を見ると、ティは今度は「いつもの」ニヤニヤ笑いを向けてきやがった。
お膳立てはしたぞ? なのか、さぁこの場を収めてみせよ! なのかは分からない。
ただ、あの楽しそうな微笑み、間違いなくいつもの悪戯が成功した時の笑い顔だ。コイツぅ...
サキとユキ、シータの表情は読めない。怒りか苦渋かそれ以外か、その心情は量れない。
仇敵である人族、その代表である【勇者】を前に今どんな気持ちなのかなんて、俺には量れなくて当然だろう。
ニアは分かる。「ねぇ、主、まだ?」だ。唯一、和む。
彼女達が、俺達の話をどこから聞いていたのかは知らないが......
「...おい、【勇者】どうする? お前がもたもたしている内に、まずます逃げづらい状況になったぞ?」
「俺は逃げない」
そして、この真面目である。もー、死ねば良いのにぃー......
こいつ、自分が死なないみたいなことを言っていやがったが、俺の攻撃が効かないという訳ではないのは俺にも分かっている。
苦痛も恐怖もあるはずだ、むしろ俺はあの時、その全身に徹底的に恐怖を刻みつけたはずだ。逆の立場なら俺はもうとっくに怖くて泣いているはずだ......あっちの立場でもこっちの立場でも俺は泣いてばっかりだなぁ、ねぇ、なんで?
正直、同じ『渡り人』同士(?)ってことで同情も無いわけではない。
相手が自分より明らかに強そうな猛者ならばいざ知らず、人間の、未来ある若者相手に気持ちよくボコれるほどに俺は狂っちゃいないつもりだ。
勇者自身はいっそ、殴られたほうが懺悔できた気分にでもなれるのかもしれないが...
...やはりこれに乗じて、俺達の敵であるこいつを消しておくか? ......それこそ勇者の言う通り「筋が通らぬ」わ、このたわけがっ! くだらんことを考えるなっ!
「...主様」
「まだじゃ。黙って見ておれ、ユキ」
......
...よかろう。
お前が命を懸けるというのなら、その茶番、俺も付き合ってやる...!!
「...この【徘徊する逢魔】を前に無事で済むとは、よもや思うまい。先ほどの妖精の空耳が言った通り、俺はお前を壊せるし、殺せる」
「......覚悟している」
「...抵抗するなとは言わん、むしろ全力で抗ってみせろ!
お前が筋とやらを通したくば、まずはこの【徘徊する逢魔】を退けてからだ!」
どうせ前に進むしか能が無いのだろう、ならば俺が皆を代表して、邪魔してやる!!
「さぁ、来い【勇者】!!」
このたわけが、本当に、剣を拾わずに飛び込んで来やがった。
ティの言う通り、飛んで火に入るなんとやら、だ。
その度胸だけは褒めてやる! お前の輝かしい最後の勇姿は、俺も、俺の仲間達も決して忘れないだろう!
「お前達、刮目せよ!!」
つかみ掛かって来た【勇者】を相手に、俺は前に、間合いを潰して肘を腹に打つ。
歯を食いしばる奴をそのまま担ぎ、派手に縦に一回転させて地に落とす。
「...人は重力には逆らえぬ。必ずどこかで地面を踏みしめ、どこかに着地する。足を、重心を奪えば、必ず転倒する」
奴が俺から離れようとしたのを、俺は逃さない。
つかんだままの手を捻り上げて、無理矢理立たせて、もう一度派手に投げ飛ばす。
「身体には、頭頂から爪先に至るまで経絡、急所が存在する。関節には曲がる角度と可動域がある。
俺がいつもお前達の手をつかんだだけで圧倒しているのは、そういうことだ」
奴は倒れたと同時に、呻き声を上げながらも、力づくで俺の手を引き剥がした。
素早く数度転がって、俺から離れて即座に立ち上がったのは、前回の戦いから学んだのだろう。
だが足りぬ。そこには既に、俺が追いかけ間合いを詰めている。
喉に指、胸に掌、腹に拳を、三連撃で叩き込む。
「急所に針を打つように、狙った位置に『刺せ』。指で、拳で、相手を鋭く押すのだ。
方向や深さ、刺しかた押しかたを変えるだけで活かすことも殺すことも出来る。動く相手に合わせて押すのは、慣れだ」
打突で呼吸が、痛撃で神経の流れが止まったはずだ。
それでも【勇者】は、歯ぎしりと共に手を伸ばす......その状況では手を伸ばすことしかできまい!
手を取り、腕と関節を決めつつ、体捌きで奴の体勢を崩し、再び奴を縦に一回転させて叩き落とす。
「目線や間合い、あらゆるエサで誘導し、相手がそこへ手を伸ばしたならばその手を奪え。二重三重と重ねれば、気付いたところで対処は難しい。
お前達が俺に簡単に投げられているように見えるのは、そういう技の組み合わせによるものだ。
勘だけでは防げない、経験と洞察力も、鍛えろ!」
それから俺は、奴を何度も打ち、何度も投げた。
指を、拳を、掌を、肘を膝を、奴のあらゆる部位に叩きつけた。
顔を、首を、胸、腹、腕、足、あらゆる場所を突き打ち、つかみ極め、投げ飛ばした。
「目や耳の周囲に何かが近づけば人は怯み、頭を小突けば脳が揺れる、首や手首には血管がむき出しで、指一本でも捻られれば動けない、人の身体はそういう風にできている。
鍛えてどうにかなるものではない、人は脆いのだ。斬ったり折ったりしなくても、優しく素早く触れるだけで、人は十分に、倒せる」
...それでも奴は何度でも立ち上がる。
こいつはこいつで、狂ってやがる。
あらゆる苦痛や恐怖に怯まずに、呼吸も体力も尽き果てた鈍い動きで、勝機も無いままに、正気の無い眼で亡者のように襲い掛かってくるその執念は、まさに【勇者】と呼ぶに相応しい...!
あぁ嫌だ。
何が正義だ、気持ち悪い目をしやがって。
何が正義だ、こんな若造を振り回しやがって。
何が正義だ......ならばこいつこそを、救ってやれ...
...キリが無ぇ。そう、きりがないから、ここで終わりにする......同情ではない。
「...強く掴めば緊張し、優しく触れれば弛緩する。反射だ。生き物はそういう風にできている。
生き物同士が相対すれば無意識下で相手に合わせる。呼吸だ。そういう風に反応してしまう――」
――石や鉄が相手ではできぬ、人ゆえに、必殺――
「――優しく触れた後に強く、肉と臓腑の中へ、息を感じて根を止める」
奴の心臓――から腹そして鳩尾へと拳をずらしたのは、手加減じゃない、俺の本気を、手の内を見せてやるほどお人好しじゃないからだ――...
「「!!」」
仲間達が声にならない悲鳴を上げた......あぁ、これを見せたのは二度目、か? あの木を相手にした時は失敗したけどな。
そして、奴は前屈みに崩れ落ちた。
人族の【勇者】は、倒れた。
...普通の人間なら絶命していてもおかしくない回数は叩いた。
鍛えている者でも三日程度は動けぬくらいには投げつけた。
最後の一撃は、手を抜いたといえど全身に回ったはずだ。少々回復力があった所で、しばらくは動けまい。
「...さて、準備運動も終わった所で。お前達、要望はなんだ? 言ってみろ、俺が代わりにやってやる」
俺の質問に、ティが邪悪そうに笑った。
「あとは、腕の一、二本でも千切ってやれば良いのではないか?」
「黙れ、ティ。俺は、三人に聞いている」
...サキとユキが、首を振った。
「「...何も、ありません」」
シータが顔を青ざめさせた。
「いや、もう......十分だ」
ニアは欠伸をしただけだ。興味は無いらしい。
皆の裁定を受けて、俺は【勇者】に促した。
「...動けるか?」
「.......時...経て......動け...る...!」
「...お前の謝罪、この【徘徊する逢魔】が確かに受け取った!! では、さらばだ!!」
...「お前の」謝罪はこれで終わった。あとは「俺が」責任を持つ......分かったな? さっさと帰れ。
俺は、皆を引き連れてその場を通り過ぎた。
【勇者】から距離を置くためにしばらく歩き続けたが、ビビったのか、気を遣ったのか、俺の近くには誰も寄り付かなかった。皆、俺の後ろを無言で歩いた。
...卑怯な手を使った。
周囲に喧伝するように身内や部下をわざと徹底的に叩くという、あれだ。周囲の者達に「もう許してやれよ」と思わせれば勝ちという、あれだ。
上司や偉い奴やらが部下を守るためにわざとやって、むしろお前が一番壊しちゃっているというあれだ。
あるいは荒々しい連中が皆に示しを付けるという名目で、実は自分の暴力と優位性の誇示に酔いしれているというだけのあれだ......おや、俺、今かなり心が真っ黒だぞ? 大丈夫か?
とにかく、サキとユキ、そして何よりここで唯一のオーク族であるシータの優しさにつけ込んだ。
三人はいつも俺と訓練しているから、さっき見せたあれが相当「痛い」のは想像がつくはずだ。
俺の手加減もバレたかもしれないが、そこそこの勢いでぶん投げたのは分かったはずだ。
...21階層でシータを止めた時を踏まえて最低限、このくらいまではやらないと納得しないだろうことを意識した、というのが正直なところだ。
それを見てなお、三人は「殺しちゃいましょう」とは言わないだろう、その優しさに甘えたんだ。俺が見捨てた【勇者】を三人に助けさせた......シータが俺を魔王でも見るような目で見ているから、少々やり過ぎたかも知れないが、やむをえまい。誤差だ。
「...とにかく、俺はこういうのは苦手なんだ、ティ」
隣に飛んできたティに、愚痴を言った。
「こっそり一人で解決しようとするから、こうなるのじゃ。
だが、さすがは主様、敵も味方もねじ伏せて、みごと有耶無耶にしてみせた。わらわでは、こうはいかぬ!」
「腕ちぎれとか、余計なこと言いやがって......お前も、うまく話を合わせてくれて感謝する」
結果的には、俺一人で抱え込まずに済んだ。勇者は命懸けの謝罪を成し遂げて、一応、それをみんなも見届けたという体裁を取れた。気は引けるけどオーク族には俺が話をつける、気は引けるけど。 ...勇者が納得できたかは知らん、納得しろ......俺にできるのは、この程度だ。
「そんな眉間にしわを入れて感謝するでないぞ〜、ニヒヒ!」
俺の頬を引っ張りながら、ティが笑った......あれっ? 眉間にしわ?
...あ、やっぱり皆、ビビって俺に近づかなかったのか?
後ろからみんなが近づいてくる気配に、ようやく俺は安堵のため息を、深くついた。
―――――
【ステータス】
なまえ:コージ
しょくぎょう:がんばりや
しゅぞく:ひとぞく
HP:999
MP:999
ちから:255
すばやさ:255
かしこさ:255
うん:14
【スキル】
はいかい Lv10
けんせい Lv1
まほう Lv7
かんてい Lv8
りょうり Lv5
ほんかど Lv7
...他(やくそう Lv2など)
【しょくぎょう】
がんばりや
けんせい
まほうつかい
みとめられししんなるまおう
あそびにん
めいわくきゃく
たいいくずわり
すくいて
みためからはいるいかくまおう
きこり
ぱにっしゃー
ぶきようでやさしいまおう
徘徊する逢魔
...他(ごしゅじんさま、など)
【げんざいち】
めいきゅう 第30層




