まちびと
それは、メイに言われた言葉だった。
「大変申し訳ございませんが、ご主人様。判断に困る事案が発生しました」
「うん? どうしたの」
「...【勇者】が面会を求めています」
「...マジで?」
そういえば前に、メイが【勇者】に不穏な動きがあるなんて言っていたけど、ついに来たか......
話を詳しく聞いてみれば、どうやら手に負えなくなってきたので俺に収めて(?)欲しいという話らしい。
あの人族の21階層襲撃事件からしばらくが経った後、なぜか【勇者】がオーク達のもとへ謝罪にやってきたのだという。20階層の転送門、ドワーフ達の街に奴が一人で現れた。
当然、ドワーフ達は【勇者】を叩き返したという。本当に謝罪なのか、罠なのか、いずれにしてもそんな前科のある得体のしれない危険人物を21階層へと素通りさせるわけにはいかない。それでも【勇者】は、なかなか諦めなかった。
強行突破に及ばなかった【勇者】の心意気だけは買ったドワーフ達。せめて【妖精王】であるティ(と俺)へと話を通しておくとともに、何か良案は無いかと知恵を求められてしまった、とのことだ。
「...なるほど。それで、オークの人達はこの件は知っているの?」
「オークの族長様は、手に負えない案件ゆえご主人様とティ様のお力をお借りしたい、と」
「...それで、ティは?」
「行方不明にしてしまえ、と」
「ですよねー...」
あまり暴力推奨は良くないけど、今回の件は...既に関係が破綻した昨日の今日で、いきなりふらっと一人で来られてしまったところで、ティで無くとも色々と思うはずだ。人族の連中だって、21階層でのあのドワーフとオーク達の怒りを肌で十分に感じたはずだろうに...
「...あれっ? その【勇者】、人族の連中は誰も止めなかったわけ?」
「それが......ご主人様は、三大宗派についてはご存じでしょうか?」
メイの説明によると、人族の『王国』を実効支配している3つの宗派があるらしい。
今回のオーク襲撃を主導していた『白き鏡』が崇めているのが【不滅の正義】こと【勇者】らしいのだが、今その【勇者】が白き鏡から「失踪中」なのだそうで...
それについて、武闘派集団である『赤き剣』は静観、というより興味なし。聖女率いる『青き鎖』は密かに【勇者】を捜索中、というのが現在の人族の国の、三大宗派の状況なのだそうだ。
...んんん? 【勇者】は白き鏡とやらの崇拝対象のくせに、白き鏡から失踪? それで個人的に謝罪? なんで? 疑問が増えるばかりだけど、とにかく...
「...それで、ティとしては『失踪中ならばそのまま行方不明にしてやれ』と」
「ご、ご明察です」
「俺だって正直、そう思ったりも、ね......もう一つ言えば、本当はティに俺には黙っているように口止めされてたりしない?」
「ま、まさに、仰る通りで...申し訳ございません」
「いや、これからもメイの一存で秘密にしたりバラしたりしちゃって良いからね? 俺に教えてくれれば、俺がメイから無理やり聞き出したことにするからさ」
「...ティ様も、ご主人様ならそう仰ると」
「バレバレだね!? ...ゴホン、とにかく、それで、メイとしては俺にどうして欲しいとか要望があるの?」
「...それが、分からないのです」
メイが悩ましげに目を伏せた。
「...真に心の欲するままにと問われたならば、オーク達の件などとは関係なく、憎き人族の【勇者】を八つ裂きにして微塵切りにして、その一片ずつを人族の王国へと日々送り届けてやりたいという気持ちも大いにございますが......それはご主人様を、ひいては先代様方を辱める行為であることも重々承知しておりますので...力及ばず汗顔の至りではございますが、ご主人様のご助力を賜りたく」
ちょ、ちょっと具体例がアレすぎて驚いたけど、メイが悩んでいることはよく分かった。
それに、まぁ、一応俺も人族で神の使徒だから、ティ以上に【勇者】に近い存在ということで、俺に判断を求めてくれたって何もおかしなことはない。
メイもドワーフも、みんなが悩んでいるのに、なんなんだよ【勇者】。人族も神の使徒も皆が皆、自由人なのか...?
「...分かった、それなら俺が...あ、それで、現状はどうなっているの?」
「30階層に待たせた【勇者】を妖精達で取り囲んで帰宅要請を浴びせていますが、いまひとつ効果がありません」
あれっ!? 八つ裂きにするかと思えば、なにそのメルヘン展開!?
...あ、うん、いいんだ、そっちの方がメルヘンチックで平和的で......いや、違うな、これ完全にティのやつが遊んでやがるな? 待ち合わせ場所で待ってるところに妖精達に囲まれて「かーえーれ! かーえーれ!」って合唱されるのはわりと辛いぞ!?
「それでも帰らないなんて、すごいな【勇者】の心......もしかして【勇者】、わりと思い詰めている感じだった?」
「はい。報告では表情ひとつ変えぬまま、うつむいていた、と」
...やべぇ、俺、会いたくないんだけど。俺に、一体どうしろ、と...?
---------------------
そして、その30階層。
いつも通りにファーっと転移門で降りた先は、一言で言えば、廃墟。
草原の向こうにかつて有ったのであろう街は、今は壁や建物の残骸だけが残っている。人影や生き物の姿は全く無いようだ。
規模としてはほぼ、10階層の街に同じ。だが相当に年季の入った廃墟であった。
年月を経て風化した雰囲気もあるけれど、どちらかというと自然に壊れたのではなく誰かが壊したような跡が多く見られた。
ここを中心に爆発でもしたのだろう、とか、誰かがここを何かで殴り壊したのかな、とか、激しい戦いでもあったかのような傷跡が散見されたからだ。
メイの指示通りに、途中から俺は一人で先に進んだ。
俺一人で行くと言っても、最初はみんなが反対したけれど、「この先でちょっと、メイに頼まれたことがあって...」と【勇者】の件は伏せたまま話したら、全員がすんなりと納得した。
みんなのメイへの信頼がすごいなーと思った......俺への信頼ないなーなんて思ってないし、悔しくなんてないんだ、チクショー。
ティは【勇者】の件は知っているはずだけど、まだ黙ってくれていた...
俺は一人、廃墟の奥へと歩みを進める。屋根の無い、壁の壊れた家々を眺めながら、街の中心の大通りを踏みしめていく。
そして、俺が着いた場所。街の中央広場であったであろう場所。
【勇者】がいた。
...ここまで来たらもう、やむを得ん。俺はそいつに話しかけた。
「...あー、その節はどうも、オヒサシブリです【ユウシャ】サン」
よくよく考えればこいつとまともに話すのは、初対面で叩きのめして埋めて以来だった。
俺史上かつて無いほどに話しかけづらい相手に、俺は自分でも何を喋っているのか分からないくらい緊張しながらカタコトで話しかけた。
奴も俺が何者なのか気がついたのか、腰に佩いた剣に手をかけて......地面に置いた。
...どうやら武器を置いて、話し合いをしたいという意図らしい。思ったよりも律儀なやつだ。
そもそも、鎧姿でもなく旅装。剣も以前の『聖剣』とやらではなく、もっと簡素な意匠に見える。
メイから聞いた話の通り、そのままの台詞が【勇者】の口から出てきた。
「謝罪させて欲しい」
冷静にこうやって見ると、こいつ、俺と同じでかなり若い。そして俺と違ってイケメンだ。声もなんだかカッコ良い上に【勇者】だし、きっと人族相手にモテモテなんだろうな。俺は人族の天敵扱いなのにな!
...まぁ、八つ当たりはさておき、
「謝罪......何に対してだ?」
「オーク族の襲撃についてだ」
頭に血が上る。
怒り? 警戒? とにかく俺はこいつが嫌だ。
そもそもサキ、ユキの件だってまだ終わってはいないはずだし......落ち着け、俺。奴は剣を置いたんだ、いまはその一点を拠り所にしてまず、対話を試みろ。
「...オーク族の襲撃の、何を、誰に謝罪したいんだ?」
「......21階層のオーク族は討伐対象ではなかった。俺達が去った後、残った兵士達が勝手に暴れたと聞いた。それを......オーク達に謝罪したい」
勝手な言い分に思わずため息が出るが、続けて質問する。
「ハァー......質問させてくれ。まず、あの【慈悲無き兵器】って言ったか、あいつも暴れてはいなかった、と?」
「...俺と一緒に20階層から放り出された」
「......お前ら以外が、全員暴れたってことか?」
「...そうだと聞いている」
「オーク族は討伐対象ではなかったと聞いたが、途中にいた犬、猿、鳥とモタ・ローさんは討伐対象だったのか?」
「違う。 ...だが、犬、猿、鳥は魔物だ。魔物は討伐対象だ」
「...俺と、ゴブリン二人は討伐対象だな?」
「そうだ。ゴブリン二匹は捕獲対象だ。生死は問わない」
もうこいつと話したく無くなってきたけれど、ここはオーク達のため、メイの顔を立てるためと思い、どうにか対話を続ける。
「その謝罪、人族全体としての謝罪か、それともお前個人の謝罪か?」
「...俺個人の謝罪だ」
「...お前の所属組織の上層部はこのことを、今のこの状況を知っているのか? あるいはお前の雇い主なのか、今回の作戦に関わった連中はお前がここに謝罪に来た件にも関わっているのか!?」
「......いや、関わっていない」
「......作戦に関わった連中から、損害賠償とか再発させない保証とか、そういうのはあるのか?」
「.........ない」
てめぇ、ここに一体何をしに来たっ!!
...という怒りの声をすんでのところで飲み込んだ。
ダメだ、冷静とか俺には無理だ......だが、俺は今は当事者ではない、落ち着け。こんな奴相手に真剣になって、妙な期待を寄せちまうからいちいち腹が立つんだ!
どうやら俺の心情が伝わってしまったのだろう、奴は心底気まずそうに、苦渋の表情で視線を落とした。奴にも、色々とまぁ、思う所はあるのだろう......クソッ。
話題と気分を、どうにか逸らす...
「...お前、『渡り人』ってやつなのか?」
「...そうだが?」
「...その見た目から、大学生、か?」
「いや、高三だ」
...っあぁーーー!? そうかーー、そういうことかぁーー......
俺は死後、若返ってこちらに来たはずだが、こいつは見た目通りの年齢らしい。
俺が高校三年の時に、責任だのなんだの、難しい話なんて理解できたか? ぜったい無理だ! ...そう考えると、むしろこいつ、相当にしっかりしている方だぞ...?
「...こちらの世界に生まれ変わった、とかではないのか?」
「いや、こっちの世界に突然呼び出された」
嫌な予感はしつつも、俺はその疑問を投げかける。
「それはご愁傷さま。もしかして......いや、お前の名前は?」
「偽りの世界で名乗る名などない」
...っあぁー......やっぱり、そうかー......そういうことかぁーー......
...そう、あの時に、4階層でこいつを倒した後に【鑑定】スキルで見た時のこいつの【なまえ】は「未定」だったんだ。
そこに俺は底知れぬ闇を感じたけれど、考えたくもない気分だったし、さっさと見なかったことにしたのだが......
「...もしかして、もとの世界に戻れるのか?」
「...戻れると、戻すという約束だ」
...約束。
「...拉致された上に、戻るあてもなく、【勇者】を続けさせられている、と」
「...お前も、戻る方法を探しているのか?」
「いや、俺はもう死んだと聞いているから気にするな......悪いが、戻る方法については俺も知らない」
「...そう、か......」
あからさまに落胆したな。戻る意志はあるが、方法はまったく分からないといったところか。
そして、自分を拉致してきた連中の「元に戻す」という約束を素直に信じる純粋さというか、信じるほか無い立場の弱さ、弱みとか......
「お前、もしかして元の世界に戻ることを条件に【勇者】をやっているのか?」
「...【勇者】は人族の不滅の拠り所であると戦女神に言われて、引き受けた。
そして、俺を召喚し、元の世界に戻すのは人族の役目だと、人族は言っていた...」
...神も共犯、と。
仮に本当に戻れるとしても、その保証が無いのならば、戻れないのと同義だ。
その成否を握るのが「人族」である以上、勇者を手放す特別な理由でもない限り、手放さない。手放すはずがない。
勇者も言っていた通り「人族の拠り所」なんだぞ? 俺が為政者ならばどんな手を使ってでも飼い殺す、国防の為にそうせざるを得ない! ...【勇者】を、そして渡り人を、同じ人族としてではなく兵器として、あらゆる手段を講じて保持し続ける......
...ダメだ。話が逸れてきた。
今は、こいつの件は後回しだ。
「...悪かった。話を一旦戻そう。俺と【勇者】の話、オーク族の話に戻すが構わないか?」
「構わない」
「お前は、オーク族に謝罪をして一体どうするつもりだ? 謝罪して何になる?」
「俺のけじめの問題だ」
なるほど、真面目か。討伐対象なら殺し、そうでなければ殺さない、職務に忠実。
お前が過ちだと思うものは少なくとも自分の中では正したい、と。
そうか、そうか......なるほど...
「よし、おまえ、今すぐ帰れ」
「...なんだと?」
「そういうわけにもいかぬじゃろう、主様?」
間に合わなかった。
...あぁ゛ー、も゛ーー、なんで全員でここに来ちゃうかなぁ!? ティ、お前!!
サキ、ユキ、ニアそれに『シータまで』、全員を連れて来やがった!?
「...何やら空耳が聞こえてくるが、話を続けるぞ【勇者】」
「どうした主様、わらわ達はみな、ここにおるぞ?」
「あっちで待っていてくれと頼んだはずの仲間達の声が聞こえたり姿が見えたりすれば、それはもう気のせいに違いない、俺は仲間達を信じている! 仲間達も俺を信じて、絶対に手出しはしない!! そして【勇者】っ!!」
「「......」」
「お前、一人で謝罪に行ってどうする? 殺しに行くのか殺されに行くのか、どっちが望みだ?」
「...俺は【勇者】のスキルで死ぬことはない。俺が諦めぬ限り、俺の命が尽きることはない。心配は無用だ」
「それは過信じゃぞ【勇者】。主様の【まほう】ならば、おぬしを殺せる」
「黙っていろ空耳っ!
...いいか【勇者】、仮に『謝罪を二つに分けよう』、金銭的なものと心情的なものだ。
お前が持って来たのは後者のようだが、前者が無いならさっさと帰れ、無意味どころかむしろ逆効果だ!」
「...なぜだ?」
「心情は量れない、確実に量れるものが金銭や物品だ。
誠意を見せたくば彼らの里を復興するなり安全を確保できるような資材を提供するなり、まずは形を、実績を示せ!
金ならばあらゆるものと交換できるという点で最も融通が利くが、なんでも良い、とにかく形になるものを持って、出直して来い」
「......」
「無論、その上で謝罪も必要だが、お前が謝罪して何になる?
お前は手を下していないのだろう? それにお前、殺しても死なないんだろう?
そんな絶対に勝てない人間を生け贄に差し出されたとしても、むしろ絶望が深まるだけだろう、少なくとも俺がオークの立場ならそう思う」
「だが、俺は...」
「そうだ、『お前の』都合だ! お前の気持ちに区切りを付けたいだけなら、そんなものは迷惑だ!
お前の都合のためにやって来たというその事実が、むしろ火に油を注ぐだけだ!
お前一人が納得し、彼らの怒りは増す、お前はここに何をしに来たんだという話だ!」
「......だがっ」
「百歩譲って、お前の謝罪がオーク達に届いたとしよう! だが『当事者達』は納得しない!」
「っ!?」
「オークを襲った連中、それを支持した連中、そのすべてが納得しない!
...お前が勝手に謝罪したことに焦った連中が、和解されたら困る連中が、再び話を蒸し返す!
人族はオークを討伐対象とし、オーク側の味方だと勝手に名乗る者達が謝罪が足りぬと声高に叫び、争いを蒸し返し更に激化させるだろう!」
「人族は最低じゃのー」
「空耳うるさい!
最低でも、お前ではなく直接の当事者同士でなければ決着はつかない! 外野が入ればこじれるだけだ!
...人が増えれば一人二人と、必ず『争いで利益を得る』者達が現れて、仲間や代理を名乗って争いに加わって、かき混ぜて、背中から斬りつける者達が双方に現れる、正義や道徳や善悪の問題じゃない、金儲けと政治の問題なんだよ!」
「「.....」」
「それを解決するのは難しいから、外交官とか交渉人とかの専門家達だっているものなんだ。
少なくとも【勇者】! お前や俺では、それは決して、解決できない!!」
「...アドバイス、感謝する、魔王...
......だが、それでも俺は...っ、
それでも、この偽りの世界でもっ......
...筋は、通さねばならない!!」
あぁぁ゛、面倒くせぇっ!! 真面目かっ!!
お前いま、自分で『偽りの世界』って言ったよな!? こっちの世界に住む気がないから名前が「未定」のままなんだよな!?
それで、人族の【不滅の正義】になりつつ、オークにも謝罪して筋を通したい!? なんだお前、欲張りかっ!?
こいつ、信頼されるタイプか、利用され尽くして真っ先に壊されるタイプだぞ、そしてたぶん後者だ! いや、こいつの女神様とやらは、こういう奴だからこそ【勇者】とやらに選んだのか? いずれにせよ、ご愁傷さまだな、おい!
...そして、俺はこいつの殺し方は予想が付いている。
ティがさっき言った【まほう】を使った方法は知らないが、別の方法や結末なら分かる。
メイやティから聞いていた、そしてこいつもさっき自白した【勇者】のスキルの特徴、「諦めぬ限り不滅」。
...このクソ真面目な若造が、人族に蹂躙されたオーク達の怨嗟に囲まれて正気を保っていられるとでも? 否、断じて否だ! そこでこいつは「滅ぶ」!! ざまぁみろ!!
「......クソがっ」
「一人で解決しようとするから、こうなるのじゃ」
...おい、ティ、お前いま、どっちに言った? さては、俺だな?
「...やれやれ。
...見よ、小鬼の子よ、オークの子よ。こういう愚か者のことをこう呼ぶのじゃ。『飛んで火に入る夏の虫』と!」
そして神の使徒【羽ばたく悪戯】が、それはそれは、邪悪そうに、笑いやがるのだった......




