追跡の果てに見たものは…
...これは、一体どういうことだ?
どうして小鬼の生き残りなんて追いかけて、【勇者】達と迷宮に潜るのか、俺には謎だった。
この迷宮の上層には例の兎もどきの化物しかいないはずだが、それでもここは迷宮だ。何が起こるか分からないし、下まで行くなら命がいくつあっても足りないだろう。
全滅を避けるためにも、それなりの人員を派遣するのは当然だ。
それは分かっちゃいるのだが......後方支援部隊に、神官に、【勇者】までも連れて行くのはどういうことだ? わざわざ部隊を編成するくらいなら、いっそのことそいつらに全部任せてしまえば良い話だ。あいつらか俺達か、どちらか片方にした方が余計な連携をする必要もなくて、早いだろう?
それに、ゴブリン? もう滅びたと聞いていたぞ?
訓練所時代に、苦手な座学の講義の中でしか聞いたことのない種族の名前だ。実物は俺も見たことはない。
滅びたんじゃなかったのか? それがなぜ「逃げられ」て、どうして「追いかけて」いるんだ? 俺にはさっぱり分からなかった。
馬車も騎馬もなしに鎧で歩き続けるのは面倒だが、ここが危険な迷宮である以上は仕方がない。
これも上からの命令で、俺の聖騎士としての任務だ...
迷宮という名の草原地帯を何日もかけて歩き続け、弓使いの奴の鋭い追跡能力と獲物への嗅覚を頼りにようやく追いついたのは......親戚の姪っ子を思い出すような二人の小娘。
額の小さな二本角に気が付かなければ、ゴブリンだってことも分からなかった。
あんな小柄な娘二人を捕まえるために、わざわざ俺達を派遣したのか? 一体、なんの冗談だ?
弓使いの放った隷属の矢を、人族の若者が盾になって防いだ。
隷属の矢? ...まさか、あのゴブリン娘達を、そういう趣味の連中に捧げるために、わざわざ【勇者】を駆り出してまで追いかけさせたってのか?
舌なめずりする弓使い、神は許しますと言う女神官、ゴブリン達をかばった若い男の姿にも眉ひとつ動かさない勇者......そして、こいつらを守る俺。
どいつもこいつも狂ってやがる。
涙目のゴブリン娘の二人。
身を挺してかばった蹲る若い男は、どう見ても『人族の少年』だ。
そして、それを狩る人族......
...落ち着け、冷静になれ!
俺はどちらの聖騎士だ!
あれは......「人」じゃない! ゴブリンと、その仲間だ!!
勇者が無言で聖剣を振り下ろした。
......そして、聖剣が折れた。
三大教派の技術と魔法を結集して生み出されたという、人族の叡智と権威の象徴とも言われる、聖剣。
その折れた刃がくるくると宙を斬り裂きながら天高く弧を描き、まるで涙を零すかのようにキラキラと陽光に瞬きながら、その折れた刀身がスッと音もなく大地に突き立った、その時......【勇者】も大地に倒れ伏していた。
聖剣、折っ......おいっ【勇者】あぁぁーーーーっ!!?
嘘だろうっ、冗談だろう!? うっかり転んだとかでは無いよな!?
いや、【勇者】だって人族だと聞いている、転ぶことくらいはあるはずだっ! 転べば立ち上がるし、再び襲い掛かったところを殴り倒されたり、起き上がったところを投げられたりすることだってきっとある......わけないだろおいっ!? どういうことだ!! なに遊んでやがる【勇者】っ!? ぜんぜんシャレにならねぇぞ!!
それに、【勇者】をボコボコにしてやがるのは、さっき矢で射られたはずの『あの男』!?
一体どういうことだ!? 隷属の矢が胸に刺さっていてなぜ動ける!? 自力で抜いたのか!? ありえない!
そして、その隷属の矢を浴びせたはずの弓使い、奴が再び次の矢をつがえた瞬間、【勇者】と交戦中のあの男がすぐさまそれに反応し、訳の分からない何かを放って、弓使いを倒しちまった!?
まずいと思って、俺が聖なる盾の【スキル】を発動しようとした瞬間、盾の内側に灼熱が広がった――同じ攻撃を食らったのか?? その衝撃と苦痛で弾かれて、俺も倒れた。
...な、なんだ? 火の魔法か!? だが奴は火を放つでもなく、俺の前にそれを出した...!? ダメだ、さっぱり分からねぇ、一体さっきから、なにが起きたってんだよ......
火傷と酸欠で動けねぇ、頭が回らねぇ......霞む視界の向こうで、まだ勇者がボコボコにされている。
おかしい、訳が分からねぇ。
なぜ、あの【勇者】が徐々に弱ってきているんだ!? 【勇者】だぞ? どんな傷や毒からもたちまち回復するあの神の使徒、【不滅の正義】という化物だぞ!?
あれの厄介さは俺達は皆、目の当たりにして知っている。あいつには剣も魔法も、何も効かないはずだ!
それが、なぜあんな若造相手に負けている!?
あの男は人族の少年じゃなかったのか? 人の姿をした魔物か!?
神の使徒【勇者】、そしてこの【迷宮】......座学が苦手な俺には古い伝承のことはよく分からねぇ。知っているのは【勇者】ってのは超回復機能がついた化物だってことと、聖剣は何でも斬れるはずだったってことだけだ。
...だが、そんな俺でも知っている、覚えている、有名な伝承を1つ思い出した......
かつて人族を滅ぼしかけたという神の使徒。【勇者】の天敵がいたはずだ......そいつは得体のしれない【魔導】を使うという......
...そして、『あの男』の振り上げた止めの一撃を......
「「主様っ!!!」」
二人のゴブリンの小娘が必死になって、『あの男』を抱き止めた。
...なんで、だよ? なんでお前達が止めたんだ? ...普通、逆だろう??
目の前のこの光景は、一体......何なんだよ...!?