5. 新たな協力者
「…ねえ、何が悪かったんだと思う?」
やさぐれた気分でニーナに尋ねる。婚約は免れたが、彼を激怒させたことは大きな失敗だった。
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マテウスが打ち解けてきたことが分かると、私はペラペラと薬草栽培を初めたきっかけを喋り始めた。梅雨時になってお城の中が臭くなる原因が分かって驚いたことや、マリーの話を聞いて薬作りを始めたこと。症状が改善されたマリーが嫁いでいったこと。
うんうんと真面目に話を聞いていたマテウスだったが、お父様の話をしたとたん、表情が変わった。
「それまでお父様が何もしてこなかったことは問題よね。みんなが困っているのに、何の手立ても講じないなんて、ちゃんと政治を行っているのかしら」
「国王はいつも民のことを考えている。父上はいつもそう言っている」
「そう? でも、この国って、他国に比べてずいぶん遅れてるみたいなのよ? 他の国には良く効く薬もあるようだし、便利な魔道具もあるっていうわ。この国では魔道具なんて見たこともないし…。はーあ…、他の国に生まれていれば、今よりもっといい暮らしが出来たでしょうね…」
しかし、一番の問題は、ここがアンデッドの国ってことなんだけどね!? 普通に人間の国に生まれていれば、不便や貧乏も、そんなに気にならなかったかもしれない。だいぶ馴染んできたとはいえ、やはりまだアンデッドを心から好きにはなれない。
「なんだよ、それ!? お前は、それでも王族か!?」
声を荒げたマテウスに、ハッと彼の顔を見た。唇を噛みしめ、憎々し気に私を睨んでいる。
「こんなやつが王女とは、この国の未来も知れてるな。おまえみたいなやつの為に、父上は懸命に働いてるわけじゃない! お前との婚約話もあるみたいだが、お断りだ!」
うわ~~~~!? なんか知らんけど、すっごく怒ってる~~~!?!?
そこへ、コールドウェル侯爵が戻って来た。
「どうだ? 仲良くなれたかな?」
にこやかに現れた侯爵を見上げて、マテウスは言った。
「父上、私はこのような者と婚約したくはありません。仲良くするつもりもありません!」
その後、焦って平謝りする侯爵を笑顔で許したのだが、最後まで気まずい雰囲気のまま、コールドウェル侯爵親子は帰っていった。
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マテウスと友達になることに失敗した2週間後、私は初めてお城の外へ出る事となった。
アンデッド王国では5歳になると、教会で神からの言葉、神託を賜るのだ。といっても、形式的に儀式を行うだけで、何か不思議なことが起こるわけではない。しかし、人間の国や、他の魔族らの国々では、スキルを授かったり、新たな力を得たりする奇跡も、稀にだがあるそうだ。アンデッド王国に住まうアンデッドは、魔力を持たず、他国の者のように、特殊なスキルを授かることはないのだ。
ニーナと共に馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬が走り出す。何気に、馬車に乗るのも初めてのことだ。緊張した私を乗せて、馬車は順調に城の門をくぐり、教会へと続く道をゴトゴトと揺れながら進んでいく。
今日はいつもの真っ赤な勝負ドレスではない。私としては、ぜひそれを着て行きたかったのだが、派手過ぎて教会に着ていくにはふさわしくないと止められた。初めての国民へのお披露目なので、この日ばかりは、いつものお古のドレスではなく、新調した淡い紫色のドレスを身に着けている。確かに、青白い肌によく合っていて、たいへん似合っていると思うのだが、この色では血がついてしまった時、とても目出つ。口から血が垂れないように、常に口の周りに注意を払わなければならない。念のため、奥歯と頬の間に綿を詰めてきたが、それでも不安が顔に出てしまう。
「ほらほら姫様、もっと笑ってください! 姫様を一目見ようと、大勢の民が集まっていますよ!」
ニーナに言われ、僅かに開けた馬車の窓から外を覗くと、教会の周りに、たくさんの民の姿が見えた。近づくにつれ、歓声がどんどん大きく聞こえてくる。
停止した馬車のステップを、ドレスの裾を持ち上げながら、ゆっくりとした足取りで降りる。王女らしさを損なわぬよう気を付けながら、ふわりと微笑んで、国民らを見回した。
すると、大声で声援を送っていた民らの声が一斉に止んだ。シーンとした空気が辺りを支配する。
えっ、なんで!? みんな、どうしたの!?!?
焦りながらも、頑張って微笑み顔をキープしていたその時、一人の少年の弾んだ声が聞こえた。
「わあ、すごーい! ねえ、ねえ、すっごい綺麗な子だね! あの子が王女様なの!?」
少年に目をやると、頬はピンク色に染まり、興奮した様子で母親に尋ねている。母親も頬を染めながら、少年を必死でなだめている。他の民らも、「本当に美しい」「まるで人間のようだ」と、感嘆の溜息と共に口々に呟き始めた。その顔はさっきの少年と同じに頬をピンクに染め、潤んだ瞳を向けてくる。どうやら、悪い感情ではなさそうだ。
ボディクリームの美肌効果のおかげか、民の期待を裏切らなかったようでホッとする。王女様が綺麗じゃなかったら、きっと国民はがっかりするもんね。
みんなからの熱い視線に気後れしながら、笑顔で軽く会釈をすると、教会の中へと足を踏み入れた。
古びた教会の中は、ガランとしており、私とニーナ、護衛の騎士の他は誰も参拝者はいなかった。私が訪れるということで、今の時間は立ち入りが禁止されているのだろう。そこへ、待ってましたというように、初老の男性と、私より少し背の高い少女が足早に近づいてきた。
「お待ちしておりました、王女様。私がこちらの教会の神父を勤めます、ペレヴィと申します。王女様におかれましては、これまでお健やかにお育ちの上、神託の儀を無事、迎えられる日が来られましたことをお祝い申し上げます。アンデッド王国の希望の星であられます王女殿下が、こちらへお越しいただけたことに、我らが神でおわします慈愛の神ロージス様も、大変喜んでおられることでございましょう」
神父は挨拶が済むと、にこやかに微笑んだ。
へっ!? 今、慈愛の神ロージスって言った!?
正面にそびえる巨大な像を見上げた。布を体に巻き付けた筋骨隆々の精悍な顔つきの、若い男性の彫刻が祀られている。名前は同じだが、私が会った神様とは、見た目は全くの別人だ。まず、髪の量が全然違う!
驚きはしたが、それを顔には出さず、静かに微笑み返した。
「丁寧な御あいさつをありがとうございます。本日は私のために、神父様の貴重なお時間をいただき、感謝いたします。お式の執り行いは、神父様に全てお任せしてよいと伺っています。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ペレヴィ神父は少し驚いた顔をした後、頬を僅かに赤らめて、もう一人の少女を呼んだ。
「こちらは末娘のエミリと申します。王女様の案内係を勤めさせていただきます」
私は頷いて、エミリに向かって「よろしく」と微笑んだ。
「は、はい! こ、こちらこそ、よ、よろしく、お願いします!」
エミリは頬をピンクに染め、ペコペコと頭を下げた。さきほどの民衆や神父、この子もだけど、これほどにピンクに染まった頬をこれまで見たことがなかった。王女で、しかも神経質そうな顔立ちの私を前にして、よほど緊張しているのだろう。こんな調子じゃあ、私がちょっとでも不機嫌な顔をしたら、泣き出してしまうんじゃないだろうか…? 「大丈夫だよー。私、見た目ほど怖くないよー」と、心の中で呟きながら、なるべく笑顔でいようと誓った。
「ま、まず、この国の成り立ちと、ロージス様との関りをご説明いたします!」
教会の壁の前に案内され見上げると、そこには5枚の絵がかけられていた。これらの絵には、国の成り立ちの物語が描かれているのだと説明を受けた。そのあとにエミリが語ってくれたアンデッド王国誕生の実話は、私にとって衝撃的な内容だった。
~神の慈愛により生まれし国の物語~ 語り手:エミリ
300年ほど前まで、アンデッド王国はメイツ国という名の、人間が治める国でした。民たちは穏やかで勤勉で、国王も民思いの優しい男でした。
平和に暮らしていたある日、この国に隣接している2国が戦争を始めました。メイツ国は中立を貫いていましたが、戦争から逃れた民が、この国に押し寄せてくるようになりました。
心優しい国王は、難民を受け入れ、救済を行っていましたが、敗戦を予期した隣国の貴族までもがこの国に逃げ込んだことで、メイツ国も戦場へと変わってしまいました。戦火から逃れるため、遠い土地へと去る者もおりましたが、逃げ込んで来た貴族ごと、メイツ国の民たちも大勢命を奪われました。国民を守る為に兵を立ち上げた国王も、彼等と共に命を散らしてしまったのです。
戦争が終わり、僅かに生き残った者達は死者を埋葬したあと、この地を去りました。生活の糧を得ていた、それまで豊かだった近隣の森が、全て焼き尽くされてしまっていたのです。
誰もいなくなったこの土地に、一人の神が降り立ちました。そう、今、アンデッド王国で慈愛の神と呼ばれているロージス様です。
彼は神の力を使い、埋葬された死者を全員、アンデッドとして蘇らせました。そればかりでなく、焼失してしまった森を、すべて元通りに復活させたのです。墓から這い出た死者らは、新たな国を作り、神が元に戻してくれた森の恵みを糧として生活を始めました。
神の力を使い果たしたロージス様は、若々しかった青年から、年老いた老人の姿へと変わっていました。そして、完全な人間の姿に戻してやれなかったことをアンデッド達に詫び、天界へと帰っていったのです。
~完~
「ふうっ、こ、これが、アンデッド王国の成り立ちと、慈愛の神ロージス様のお話です!」
「…ありがとう。とても勉強になったわ」
へえ、おっどろいたー! 前にこの国が人間の国だったのはゲームで知ってたけど、昔、そんなことがあったのかあ。この巨大な像は、力を使う前の神様の姿なんだ…。こんなに若々しかったのに、老人になってしまうほどの力を使っちゃったんだね…。あの神様、人の為にそこまで頑張るなんて…って、あれ、なんだか誰かに似てるような…? 誰だっけ?
「では、こちらにお進みください」
厳かに告げた神父は、ロージス像の奥に見える扉の中へと入って行く。私も神妙な面持ちで後に続くと、敷物が敷かれた小さめの部屋へとたどり着いた。正面には、祭壇の上に小さな神の像が祀られている。その像を見た瞬間、思わず吹き出してしまいそうになるのを、グッとこらえた。
そこには、老人の姿に変わったロージスの像が祀られていた。頭髪の薄さが、忠実に再現してある。
に、似てる…!! くりそつ!! 実際に、老人へと変わった後の彼の姿を見た昔の人が作った像なのかな? いやあ…もう少しサービスしてあげても良かったんじゃない? 特に頭頂部のほうとかさあ…
神に対してそんな失礼な事を考えていることなどおくびにも出さず、澄ました顔で案内されるまま祈りの場に跪く。
「では、こちらでロージス様に祈りを捧げてください」
そう言って、神父は部屋から出て行った。エミリは部屋の隅に立ったまま控えている。
私は目を閉じ、胸の前で両手を握りあわせ、祈りを始めた。転生前に、神の間で対面したロージスを思い出す。誰かの為に自分を犠牲にする精神は美しいし、実際、思いやりの深い神様なのだろう。
だが!…だったら、なんで転生前に、ちゃんと誰に転生させるかを言っといてくれないんだーーーー!? こっちは急な展開に頭がついていかず、何度も何度も気を失って、もういっそのこと、舌を噛んで死のうかというほどの恐怖を味わったというのにっ!! 生まれたばかりの赤ん坊で、まだ歯が生えていなかったため叶わなかっただけである。無意識のうちに、奥歯はギリギリと噛みしめられ、額には青筋が浮かぶ。
その時、聞き覚えのある、穏やかな老人の声が聞こえた。
「いやあ…しっかり確認をせんで、すまんかったな。まさか、お主がそれほどにアンデッドを苦手としておったとは…」
私はハッと顔を上げ、周りをキョロキョロと見回す。後ろに控えるニーナと護衛騎士、それにエミリは、私の様子を不審そうに見ている。どうやら、この声が聞こえたのは私だけのようだ。
これって、神様の声…!? 転生したとき、あんなに呼びかけたのに無視しておいて、今頃!?
彼の声は続く。
「この場所じゃから、お主に声が届くのじゃよ。他の場所では無理なのじゃ。じゃが、いつも見ておったぞ。なかなか苦労しておるようじゃのう…」
悲しそうな声で言うロージスに、少々情けない気分になった。きっと、マテウスと上手くいかなかったのも見ていたのだろう。私ったら、この国を救うために必要な、一番肝心な人物に嫌われてしまったのだ。神の心配は当然だろう。なにしろ、ここは彼の神の力を使い果たして救った国なのだ。
「おお、そうじゃ! 一人では、この先、お主も心許ないであろう。罪滅ぼしの意味を込めて、もう一人、協力者を授けようかの。…ふむ、心優しいその娘でいいじゃろ」
神の声が止むと、「はうっ!?」と、唐突に後方から奇声が上がった。振り向いて見ると、エミリが気を失って倒れていた。
「ええっ、ちょ、大丈夫!? すぐに神父を呼んで来て!」
私が指示を出すと、ニーナは神父を探しに部屋から出て行った。エミリを抱き起すと、気持ちよさそうに寝息を立てている。その時、ぽたぽたとエミリの頬に赤い雫が落ちた。
あっ、やべ! また口から血が出てたー! たぶん、さっき奥歯を強く噛みしめたせいだ。
私は慌ててハンカチで自身の口を拭い、エミリの頬についた血を拭きとった。幸い、ドレスには垂れることなく、エミリの顔で受け止められたのだが、今日知り合ったばかりの女の子の顔を汚してしまった。トホホ…
それにしても、あのタイミングで倒れるって…もしかしたら、神様がこの子に何かしたんじゃ…?
慌てた様子でペレヴィ神父が戻って来ると、突然倒れたことを説明してエミリを引き渡す。グダグダになってしまったが、儀式はこれで終了となった。
元いた巨大な神の像がある部屋へと戻り、神父から終了の証に長方形の札を頂くと、感謝を述べて教会の扉へと向かう。
神様の声を聞いたり、女の子が倒れたりといろいろあったが、なんとか終わった…と、少々気を緩めた所に、奥の部屋からエミリが扉をバーン!と開けて飛び出して来た。
「お、お待ちください王女様! わ、私もお供いたします!!」
叫びながら、こちらに向かって勢いよく突進してきた!
ひぃ、な、なに!?
驚いて固まる私目掛けて飛び掛かってきたエミリだったが、護衛の騎士が盾になり彼女をガッチリと受け止める。エミリは騎士の腕から逃れようとジタバタもがきながら、必死に訴えてくる。
「た、たった今、ロージス様よりご神託を賜りました! こ、これからずっと、お傍で、姫様をお助けいたします!」
神父は暴れるエミリを騎士から受け取ると、悲痛な顔で頭を下げた。
「どうぞ、ご無礼をお許しください! …おい、お前、いったいどうしたというのだ!?」
「お父様、私、ロージス様のお部屋へ行って、お言葉をいただいたのです! ゲーム?と、いうものもいたしました。私はこれから姫様と一緒に、世界を救うのです! 行ってまいります!」
「お、お前は…、いったい、何を言っているのだ…??」
神父はさらに困惑の顔を深めた。
うわっちゃー、何してくれちゃってるの!? あの神様…!?
「姫様、あの娘、頭がおかしくなったのでしょうか…?」
ひそひそと耳打ちしてきたニーナに、私は小さく息を吐くと、フルフルと頭を振った。
「…違うの、ニーナ。私も、神の言葉を聞きました。一緒に行きましょうか、エミリ」
私の言葉に、ニーナと護衛騎士、神父は目を丸くした。一人嬉しそうなエミリは、満面の笑顔で頷く。
「は、はい! よ、よろしくお願いします!」
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教会から外に出ると、まだたくさんの民衆が集っていた。大勢の手を振る民らに、私も手を振って答える。
私が馬車に乗ると、急いで荷物をまとめたエミリも、一緒の馬車に乗り込んだ。その顔には緊張の色もあるが、それよりも使命に燃えた決意が現れていた。
彼女は神様に何を言われたのだろうか。あんな短時間で、あの乙女ゲームをクリア出来たのだろうか。疑問はあったが、馬車にはニーナも一緒に乗っているので、詳しく聞くことは、はばかられた。ニーナには私が転生してきたことや、神様から依頼を受けていることは知らせていない。そんな話を今エミリとしたら、不審がられてしまうだろう。
エミリに目をやると、エミリは「分かってます!」とばかりに、勢いよく頷いた。彼女とはお城に帰ってから、ゆっくり話をしようと思う。
しかし、まだ城には戻れない。今日はこれから、王族に生まれて、初の公務が待っているのだ。
馬車は、アンデッド王国の唯一の輸出品、バラを生産している農場へと向かっていた。