48. 花火大会当日 オリアナサイド
※オリアナ姫の侍女、アメリ視点
夕暮れ時、馬車に揺られてオリアスの丘へと向かうオリアナは、ソワソワと落ち着きがなかった。
普段の彼女も小動物のようにちょこまかとして落ち着きがあるほうではないが、今はいつもよりさらに落ち着きがなかった。
膝の上に乗せた小さな手を、せわしなく動かしている。
長いまつげは下を向いて、白くすべやかな頬は赤く染まり、小さなぷっくりした唇をきゅっと引き結んでいた。
向かいに座る侍女アメリは、主の様子を慈愛に満ちた微笑みを浮かべて見ていた。
オリアナ姫は、世界で一番の尊き姫。
年齢よりもちょっと幼く見える容姿や、小動物のような可愛らしいしぐさは、王女の威厳をあまり感じさせない。
けれど彼女こそ、この世にたった一本の神聖樹に必要な姫巫女様なのです。
神聖な存在であられるオリアナ様は、美しい容姿と、清く優しい心をお持ちで、間違いなく世界一高貴なお方です。
侍女としておそばにいられることは私の誇り。
そして、16歳となられた姫様は、人生で一番の花盛りをむかえています。
世界各国の王や王子らは、我こそが姫巫女の伴侶にふさわしいと、まだ姫様が赤ん坊のころより、競い合うように縁談をもちかけていたそうです。
ですが、姫様を愛する国王は、それらをすべて断りました。
幼き頃に母を亡くした姫様を、国王はことさら可愛がっておられます。
望まぬ結婚はさせられないとのお考えからでしょう。
今回の国際交流会は彼女自身に結婚相手を選ばせるのに、ちょうどよかったようです。
開会の宴で姫様と同席だった王子様方は、いずれも見目麗しく優秀な若者でした。
彼らは一目で姫様を気に入られたようです。
まあ、当然ですね。こんなに素敵な姫様ですもの。
みなさま積極的に話しかけられていて、気を引こうと必死なご様子でした。
キラキラした王子様にほんろうされながらも、姫様は必死にホストの勤めを果たそうと努力しておられました。
ですが、なにぶんほとんど王宮から出たこともなく、なに不自由なく暮らしてこられたお方。こういった場に慣れていないのは仕方のないことです。高貴なお生まれうえの弊害ですね。
慣れない接待で緊張もあったのでしょう。失敗の一つや二つはしてしまっても仕方ありません。
そんな時、親切に助けてくださるお方がおられました。
アンデッド王国の貴族、マテウス様です。
ほかの王子様方もおられましたが、マテウス様の姫様を見守る眼差しは、誰よりも強く、真剣なものでした。
一番早く姫様の危機に駆けつけ、何度も何度も親身になって助けてくださいました。
優秀なお方のようで、その場その場でフォローの仕方も的確でした。騒ぎにならぬよう、スマートに収めてくださいます。
姫様は自然と彼を探されるようになっていました。
きっとそのころから、彼に特別な感情を抱くようになっていたのですね。
今回の花火大会は、なんと姫様のほうからお誘いしたのだそうです。
それを打ち明ける姫様の、なんとお可愛らしかったことか。
今日は幸せなお姿を存分に見られることでしょう。
※オリアナ姫の従者、ザック視点
あーうっざいわー。
常日頃から小動物のようにちょこまかとせわしない第二王女は、狭い馬車の中で、ずうっとそわそわとしていて、普段より数倍うざったらしかった。
カーテンを開けてキョロキョロと窓の外を気にしたり、もじもじと指を動かし続けたり、王族としての貫禄がまるでない。
まだ王妃様がご健在だった12年前、従者に指名されたときは、舞い上がり喜んだものだった。
幼い頃より見目麗しく、世界樹の精霊の生まれ変わりのオリアナ様は、王国民の憧れである。
周りからはずいぶんうらやましがられたり妬まれたりした。
いや、変わってやるって。
俺だって、初めのころは嬉しかったし、反対の立場なら妬んだだろう。
だが、姫様が公務を行うようになってからは、状況が変わった。
我が国には、二人の王女様がいる。
一人は優秀、もう一人は凡庸。
凡庸のほうが我が姫だ。
現王にはご子息様がいらっしゃらなかったので、第一王女であるエレノア様が次代の王となるべく、幼少のころから王太女として勉学に励んでおられた。
そして、外国の大学を優秀な成績で卒業なされた才女と名高いお方だ。
一方の第二王女であるオリアナ様は、勉学は基礎的なことをそこそこ、あとは王女として恥ずかしくないだけの礼儀作法を学んだ程度である。
彼女が生まれた瞬間に世界樹が光り輝き、すぐに精霊オリーフィア様の生まれ変わりであると判明し、国中で彼女の誕生を祝った。
紛れもない世界樹の巫女である。
その年から、世界樹は葉を増やし、世界樹の森は生き生きと生命力に溢れ、魔力量が増加していった。
エレノア様が立派な王となるべく幼きころより厳しく教育されていたのに比べ、オリアナ様は、王女教育を激しく嫌がったそうだ。
それからは無理強いすることはやめて、緩い感じで育てられたらしい。
厳格な年配の従者との交代で俺が従者になったのも、姫様と年が近く、経験の浅い自分のほうがオリアナ様の気が楽だと思われたからだろう。
実際、俺は口うるさく注意したことはないし、けっこう姫の自由にさせている。
彼女はわがままじゃないから最低限のことは一応やるけど、もともと働くのは好きじゃない。できるだけのんびりしていたいみたいで、決められた公務もいやいややってる感じ。
ほわほわふわーっとしていて、あくせく働くのは苦手な人だ。
王の発案で、国際交流会を開くことになり、王女二人も開催国のホストとして準備にとりかかった。他国の王族を大勢招くにあたり、至らない点があってはならない。
このような大きな会は、二人にとって初めてのことだった。
エレノア様もオリアナ様も、一年以上かけて、不備がないよう万全の態勢で備えていたはずだった。
だが、二人の能力の差は大きかった。
留学経験のあるエレノア様は他国の習慣や種族の違いにも詳しいし、王宮で開かれたパーティーを取り仕切った経験もあった。
だが、オリアナ様は外国へ出ることなく、のびのびと世間知らずに育ったお方。
抜かりなくお客をもてなすことなどできるはずもない。
そして案の定、オリアナ様はいろいろと失敗をしていた。
王族だからか、けっこう注文が多くて、臨機応変にできるだけ彼らの要求に応える必要があった。
席の移動や料理の内容の変更。
馬車の手配や宿泊中の備品の手配などなど。
だいたいはメイドが対応するけど、王女が判断して指示しなければならないことも多い。
なのに、どうしたらいいのかわからなかったらしくて、結局、現場に任せっきりにして、お客に数々の不便をかけてしまった。
オリアナ様の不手際をエレノア様や俺、オリアナ様の幼馴染で文官をやってる貴族の坊ちゃんで必死にフォローする日々。
オリアナ様はよくいえば純真無垢で裏表がなく、自由な感性を持っている。
だが、悪くいえば人の心の裏が読めず、鈍感ゆえ、空気が読めない。さらに落ち着きがなく、かしこまった場での粗相も多い。
一般庶民ならばそれでもいいだろう。でも、人の上に立つ王族や貴族としては、はっきりいってふさわしくない。
もしかしたら、もともとの精霊だったころの自由気ままな気質が、先祖返りみたいな感じで、強く出てしまったのかもしれない。
今回の催しが始まる前までは、彼女の行動が問題になったことはなかった。何かやらかしても、国内なら俺たちが後でフォローしておけばどうにかなった。姫巫女様にたてつける者などいないから。
だが、今回は勝手が違う。
我が国に初めて訪れる大国の王族らが相手だ。失態は、国の誇りを傷つけかねない。
彼女が何かやらかすたび、俺やエレノア様が呼びつけられ、ジェイド王からおしかりを受ける。
オリアナ様は国王を優しい人だと思っているけど、真実は全く違う。
精霊の生まれ変わりといえば、王よりも上。彼女を叱ることはできないようで、オリアナ様の前では別人のように温厚。で、他の者には一切容赦なし。
ちょっと理不尽じゃないですかね?
王を諫める者はなく、唯一の諫め役だった王妃様は10年前に亡くなっている。
俺もなかなかだけど、一番の被害者はエレノア様だ。
妹君の監督ができていないと言って、たびたび責められている。
エレノア様の公務は多い。さらに、交流会での仕事まである。
なのに、オリアナ様の管理までなんて、どんな超人だよ? いや、無理でしょ。
オリアナ様はすべてを許され、エレノア様は一切失敗が許されない。それどころか妹の失敗まで責められるなんて、おかわいそうすぎる。
最近のエレノア様はもともと細かったお体が一層細くなってしまわれた。きっと寝る間もなく働いているのだろうし、心労もあるかもしれない。
オリアナ様に甘々な王だとばかり思ってたけど、実はそれほどでもなく、結局は政治の駒だったのかなあと、今回の会で初めて気づかされた。
彼女がもし、どこかに嫁いだとしても、我が国の魔力量がおちることはない。姫巫女が国外へと出て行っても、世界樹を所有する我が国が世界一の魔力量を持つことは変わらない。
今回の交流会はオリアナ様の嫁ぎ先を決めるために、大国の王子を集める口実のために開かれたのではと思った。
王が選んだオリアナ様の夫候補は、すぐに分かった。
彼らは世界有数の強国の王子たちだった。どの国に嫁いでも、我が国の国益につながるだろう。
以前に申し込んできた国々は、いずれも王のお眼鏡にかなわなかった。
今回の6人中5人の王子それぞれの国は、誰もが大国と認める優れた国だ。繋がりを持ち、自国の立場をさらに強固にしたいのだろう。
ただ、一人、腑に落ちない人物が紛れ込んでいる。
なぜだか名だたる大国の中に、アンデッド王国などという弱小国の貴族子息が混じっている。不思議だ。
そもそも、アンデッド王国の者などをなぜ呼んだのか。まったく、理解不能だ。
誠か嘘か、昔よりも国力をつけ、周辺諸国に認められてきたとの噂があるようだが、そもそもが魔法も使えない底辺の種族と関係を結びたがる必要は全くないだろう。いったい王は、何をお考えなのか。
まあ、下っ端の俺には、王の考えなど分からないか。俺は諦めて首を振った。
今はただ、もうこれ以上オリアナ様が大きな失敗をせず、滞りなく会がお開きになることを祈ろう。
世間知らずな箱入りは、初めての恋に舞い上がってしまっているようだ。これから男と花火だと浮かれる姫を前にして、嘆息する。
アンデッドの侯爵子息に彼女は夢中だ。よりによって優れた王子が居並ぶ中からアンデッドを選ぶとは、さすがに予想がつかなかった。自由な感性を持つ彼女らしいっちゃ、らしい。常人の俺には理解できない。
まあ、彼個人は紳士だし、個性の強い王子らの中で常識人なほうだ。
だが、彼がオリアナ様を見つめる視線は、一挙手一投足までも見逃すまいと恐ろしいまでに気合が入っている気がするんだが、俺の気のせいだろうか?
そういえば、婚約者の王女と一緒に来ていたはずだけど、彼女はどう思っているのだろう。ちょっと心配してしまうが、オリアナ様はそのことは、まったく気にならないようだ。
そういうとこも彼女らしいな。うん。
ちらっと見かけただけだけど、ドキッとするような美人だった。きつそうな印象の人で、オリアナ様のホワッっとした雰囲気とは真逆っぽい。大概の男は、オリアナ様みたいな女のほうを好むんだろうな。
よっぽど婚約者が嫌なんだろう。アンデッドの青年はオリアナ様にいつもピッタリとくっついている。きっと望まない婚約だったんだろう。怖そうな婚約者だもんな。
たびたびオリアナ様の失態をさりげなくフォローし、優しく慰めている。気が利く男だ。そんなところに姫は惚れたらしい。
いや、分かるよ? 俺だって。助けてくれた奴にポーッとなっちゃうのはさ。
だが、俺としては一言申したい!
素早く気づいてササッとフォローしてくれるのには、たしかに助かってる面はある! それ以上の被害を防げるからね! でもでも、その後に遺恨が残らないよう、裏で必死に尻ぬぐいをしてるのは、俺やエレノア様や、あの文官の貴族の坊ちゃんなんですけど! よその国の貴族にやらせるわけにはいかないしね!
俺らだって、オリアナ様に感謝されて、惚れられてもいいと思う。うざい姫だけど、見た目は超一級だからね。俺だってたまにはあいつみたいに頬を染めてありがとうと言われてみたい。
ああ、あの坊ちゃんもおかわいそうに。こんなに尽くしても、オリアナ様は他の男に夢中で、それ以外は眼中にないときた。お坊ちゃんも俺も、報われないね。
3人と護衛を乗せて、馬車はオリアスの丘に到着した。
そこにはすでに、茶髪の青年が待っていた。
アンデッドの青年は人好きのする笑顔でオリアナ様に手を差し伸べる。
彼女は嬉しそうにその手に手を重ね、馬車からぴょんと飛び降りた。ウサギか?
神樹レスポート王国の民は、一部の貿易や外交官らを除いて外国へ行くことなどない。だから、他種族のことは知識でしか知らない。アンデッドは動く死人と思っていたし、初めはちょっと恐ろしかった。
だけど、マテウスという青年はとても美しい容姿をしていた。100人中、99人は彼に好印象を抱くだろう好感が持てる青年だ。不快な感情はわかないし、とても死人とは思えない。
いささか白すぎる肌はきめ細やかで美しく、青く澄んだ双眸は誠実そう。長身でスラッと伸びた体躯はスリムながら鍛えられていて、所作の美しさも相まって、俺でも思わず見とれてしまう。
我々の到着を見届けた彼の従者は、きれいに頭を下げると、護衛を残し、さっさと馬車でこの場を去った。
彼の従者もまた、マテウス殿とは違うタイプの美男だ。眼鏡の奥の瞳は鋭敏で、常に策謀をめぐらしているかのようだ。対峙すると、ちょっと緊張してしまう。急いでいるようだったが、何か用事でもあるのだろうか?
アメリは彼のことが気になっているようで、さっさと行ってしまったことにあからさまに気落ちしている。
どいつもこいつも……。俺だってまだ若いし独身だよ? 眼中にないってか? ハハッ!
花火が始まった。
終始、穏やかな会話を交わしながらオリアナ様はマテウス殿と肩を並べ、色とりどりに上がる花火に見入っていた。
最後の花火が消えると、辺りはしんと静まり返った。
オリアナ様は隣をチラチラと見上げ、何かを待っているようだ。
夏の花火大会は恋人たちの日だ。カップルはこの日に、二人きりで花火を見て、終了後、プロポーズするのが定番となっている。
オリアナは今日、マテウスから結婚の申し込みがあるかもしれないと期待していた。
彼がこの国の風習を知ってるかは分からなかったが。
ザックとアメリは固唾を飲んで、二人の様子を見守った。
マテウスはオリアナの様子を見て、首をかしげた。
「オリアナ姫、どうかしましたか?」
「あ、いえっ、べ、別になにも…!?」
オリアナは両手をブンブンと振って否定する。
「そうですか? …本当に、とても美しい花火でした。アンデッド王国には、こんなに素晴らしいものはありません。今日はお誘いいただき、ありがとうございました。…さあでは、お手をどうぞ」
マテウスはにこりとほほ笑み、彼女の手を取り、ゆっくりと馬車へと誘う。
「あ、あの…! ちょ、ちょっと待ってください!」
帰宅の予感を感じ取り、オリアナは思わず声をあげた。
「わ、私…! マテウス様とずっと一緒にいたいと思っております! マテウス様、私を、アンデッド王国へ連れて行ってください…!」
と、そこまで言って、オリアナはハッと口を手で覆った。下を向き、真っ赤な顔で黙り込む。
まさか、自分から結婚を申し込んでしまうなんて、はしたないわ。
恥ずかしさでいたたまれなくなった。
マテウスは一瞬驚いたように目を見開いたが、気まずそうな顔でほほ笑んだ。
「…今宵は、もう遅い。早く休んだほうがいいでしょう」
口調はとても優しい。
彼は困ったようにほほ笑むだけで、プロポーズの返事はしなかった。まるで、なかったことにしたいように思えて、オリアナは愕然としてしまった。
目を見開いて呆然としているうちに、されるがまま、彼に手を取られ、馬車に乗り込む。
マテウスは「おやすみ」とだけ言って馬車の扉を閉めると、別の馬車に乗って帰っていった。
馬車の中のオリアナは呆然自失の様相だった。
今日、彼から結婚の申し込みがあると期待していたのに、それがなかったから、焦ってつい自分から申し込んでしまった。
ちょっと自分の行動に驚いてしまったけれど、彼は自分のことを好いてくれている。だから、きっと喜んで了承してくれる。そう思っていた。
だから、困った顔をされただけで、何も言ってくれなかったことが信じられなかった。
現実が受け止められない。
それは、従者二人も同様だった。
世界樹の巫女姫からの結婚の申し込みを断る者などいるはずがない。それは当然な認識だった。それに、彼はずっとオリアナ様に気のある素振りをみせていた。彼女からの申し込みは、彼にとって、思いもよらぬ嬉しい出来事であるはずだった。
呆然とする主を気遣うべきだと思いながらも、気まずすぎて、声をかけられない。
三人は王城へ着くまで、一言も口を開かなかった。
馬車から降りて、そこでやっとオリアナは正気に戻った。
「…あれ? え? どういうこと? わけが分からないわ」
従者二人も、心の中で激しく同意した。




