46. 花火大会当日 マテウス視点
ずいぶんとお久しぶりになってしまい、申し訳ありません。
ちょっと遅れるかもですが、ぼちぼちと投稿していきたいと思っております。
どうぞ温かい目でお待ちくださると嬉しいです。
ーーー花火大会当日の夕刻…
待ち合わせ場所のオリアスの丘へ向かう馬車の中で、マテウスは大きなため息を一つ吐き出した。
正面に座るレンバートが、珍しく主の顔を凝視していた。
「…なんだ?」
「いえ、あからさまに嫌そうなお顔をなさっておいでですので不思議に思いまして。これから誰もが羨むお方との逢瀬ですのに」
俺は頭を振り額を押さえると、また、ため息をついてから答えた。
「馬鹿を言うな。楽しいはずがない」
レンバートは、常に穏やかな空気を纏っている主人が、最近では自分の前でだけは気を緩め、素直に苦悩や愚痴を表に出し、気を許してくれている様子に目を細めた。
ここ、神樹レスポート王国に滞在中のマテウスは常に緊張状態であり、気を張りつめていた。
自身に課せられた役割がどれほど重要で失敗が許されないかを充分に理解していた。
「…そうですね、確かに。失言でした」
大貴族の子息である主に対して、平民出身であるにも関わらず、いつも不遜な態度で冷たい印象を抱かせる従者には珍しく、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
彼は非常に優秀で、常に完璧な仕事ぶりから、人に謝ることは滅多にない。
自身が優秀であるがゆえに、自然と他者を見下すくせがついているようで、彼は意図せず他者を苛ただせることが多い。
そんな彼でも、自分が悪いと認めれば、素直に謝ったりも出来るのだ。
優秀な頭脳を持ち、情報収集や資料作成など裏方仕事を迅速に正確にこなすレンバートだったが、不得手とする分野は存在する。
彼が一番苦手とするのは人との付き合い方だった。
相手の心情を読み取り、何の見返りも与えずにこちらに好印象を持たせるすべを、彼は知らなかった。
本心を隠して偽善者ぶる行為も苦手だった。
しかし、幼い頃から外交官としての父を見てきたマテウスはレンバートとは違った。
上流貴族であるマテウスは社交的な両親を持ち、幼少期から来客が多い屋敷で育った。
彼の父と同じく穏やかで優しそうな、大変に整った顔をしているため、初対面の相手に悪い印象を持たれた事は一度もなく、人に対して苦手意識はない。
留学経験で異種族に対しての知識も得た。
どうやら女性の扱い方も彼の父より学んだようで、少し前までは女性相手に素っ気無く、少々口下手だったのを、今は相手を喜ばせる言葉を自然に発せるようになっていた。
そう言った人付き合いの上手い部分については、レンバートは主に対し、素直に賞賛し、尊敬の念を抱いていた。
「…やっと、中間地点か」
小さく発したマテウスの声には、疲れと、多少の安堵が入り混じっていた。
外交を行う上では、相手に好印象を持たれるよう演技をすることは必要だ。
人当たりの良い紳士的な笑顔を常に浮かべる父は、外交官として優秀な人物だ。
父を手本とすると決めた自分も、そうあろうと努力してきた。
だが、婚約者がある身で、他の女性から好意を得ようと行動すれば、周囲の目は厳しくなる。
そんな視線にさらされる日々は、正直きつい。
事前に充分承知していた事とはいえ、そんな姿を一番見られたくない人に見られてしまうのが、一番辛かったのだが。
ほんの数週間前からなのに、とても長く感じられていた。
一つの節目として、まずは今日の日を目標に行動してきた。
そして、それがなんとか無事に達成出来た事に安堵する。
他国の並み居る王子らよりも自身を売り込み、今夜の花火大会にオリアナ姫に誘われる。
それは叶った。
ほんの少しの解放感と、だが再びの緊張。
ふっと不安が胸に押し寄せる。
以前、オリアナ姫に我々の秘密を打ち明けた。
ロージス神から授けられた予知夢の話だ。
だがその時、結末まで、すべてを話したわけではなかった。
王子らが巻き起こす面倒な未来…それらを避けるために、オリアナ姫やガオザン王子、リパーフ王子らの協力を仰ぐために必要な事柄だけをレンバートから話して聞かせた。
そこまでの話しか知らない彼らは、我々がイザメリーラの命と、神樹レスポート王国の国民を守る為に行動していると思っているだろう。
そこまでの話ならば、俺にとってはイザメリーラさえ守れればそれで良かった。
王子らはそもそも自業自得だし、この国の国民はこの国の王族や貴族らが守ればいい事だ。
だいたいそんな奴らを自国へ招いたのは自分達だし、その尻ぬぐいは自分たちでしたらいい。
俺としては、イザメリーラを外へ出さず、事が過ぎるまで大事に囲ってしまいたかった。
彼女を守る為だけならば、それが一番いい。
彼女の命が正直、一番大事だ。
だが、俺の立場と、彼女の願いの為、そうは出来ない。
愚かな王子らが辿る結末…
奴らは自身の仕出かした失態を挽回する為などという、なんとも馬鹿馬鹿しい理不尽極まりない理由によって我々に牙を剥くのだ!
そして、アンデッド王国の滅亡ーー
ロージス神の見た夢とは違い、国力を高めた今、戦争になったとして、そう簡単にやられはしないと思っている。
だが、奴らの国はいずれも古からの強国だ。
強力な戦力を持っていることなど周知の事実だった。
もしも彼らを退けることが出来たとしても、多くの犠牲を生むこととなるだろう。
戦争を避けることが出来るなら、それに越したことはないのだ。
イザメリーラが自分の命の危機を俺達に黙っていた気持ちも分かる。
だが、出立前に知っていたら、俺はなんとしてでも止めただろう。
俺だけで解決しようとしたに違いなかった。
イザメリーラはオリアナ姫に傾倒している。
ロージス神の夢で見た姫は、大変清らかで美しい女性だったそうだ。
出立前に幾度とあった作戦会議の中で、イザメリーラは一度、こんな提案をした。
オリアナ姫に我が国の行く末を包み隠さず打ち明け、救いを求めてみてはどうかと。
しかし、俺はその案には賛成できなかった。
会ったこともない女性に、アンデッド王国のすべてを任せるのは不安だった。
俺と同じ考えの者が多かったため、結局、彼女の案は却下となった。
そんなことがあったのだが、実際に会ってみれば、確かにイザメリーラの言う通り、オリアナ姫は心優しい姫だった。
美しく心優しいオリアナ姫……彼女を知る誰もが彼女を讃える。
人種や貧富の差で人を見ず、困った者には誰にでも手を差し伸べる博愛精神あふれる女神のような尊き姫…。
王子らの身に降りかかる不幸を嘆き、共に解決しようと努める心優しき慈愛の姫…。
誰もが認める優しき姫を、だが俺は信じない。
何故って?
それは、こちらから問いたい。
そこまで優しき姫ならば、何故?と。
何故、オリアナ姫は王子らの暴挙を止めなかったのだ?
戦争へと舵をとる王子を傍観していたのは、何故?
彼女が懇願すれば、彼らは考えを改め、踏みとどまったかもしれないのに。
彼女が否と唱えれば、自身が破滅へ向かうとしても聞き入れた可能性はある。
なのに彼女は、ただ王子の行く末を案じるだけで、蹂躙されるアンデッドには、露ほどの関心も持たなかったようだ。
乱暴な言い方だが、アンデッドである俺にしてみれば、オリアナ姫も王子らとなんら変わりない。
彼女も奴らと同じ、アンデッド王国を滅亡へ導いた共犯者だった。
だが、彼女や王子らが特別ではないのだろう。
実のところ、この世界のほとんどの者達にとって、アンデッドはその程度の位置づけなのだろう。
他国の者達にとっては、アンデッドに肩入れする道理はなにもない。
我々と関わるまで、アンデッドたちの住む国がこの世のどこかにあるということすら、彼女は知らなかったかもしれない。
そこで、一人の銀髪の王女の顔が思い浮かんだ。
もしも彼女がこの世界にいなかったなら、アンデッド王国は世界の片隅に忘れ去られた、醜く貧しい民が住む小国のままだっただろう。
もしも昔のまま、何も変わっていなかったら、無くなって当然だと、そんな国があったことさえ知らなかったと、哀れみさえ向けられない現実に、アンデッド自身も異を唱えることが出来なかっただろう。
だが、今は確かに違う。
アンデッド王国は変わったのだ。
「このままいけば、オリアナ様を王妃としてお迎えすることも夢ではありませんね。もし、我が国へお連れできれば、世界樹が根を張る神樹レスポート王国につぐ、世界で二番目に大きな魔力の恩恵を王国にもたらすことが出来るでしょう。今よりも何倍、いや、何十倍もの魔力で満たされ、作物の豊穣、出生率の上昇が確約されます」
従者は俺がオリアナ姫を伴侶にすることに賛成なようだ。
確かに彼女には高い価値がある。
それこそが、他国の王子らがこぞってオリアナ姫を娶りたがる理由だった。
アンデッド王国は立国より約300年間、武力の諍いを一切起こすなく、食糧庫となる豊かな森に囲まれ、文明の発展こそ近年以前は滞っていたが、国内情勢はずっと安定していた。
300年前のアンデッドの人口は3000万人ほどだったのだが、徐々に減少していて、今は1800万人ほどだ。
このままでは、人口減少により国は衰退の一途を辿ってしまう。
普通はそんな平和な状態が続けば、人口は徐々に増えていくものである。
それは国が貧しいなどの理由ではなく、王家や貴族も例外ではなかった。
300年より前のメイツ王国であった時には問題はなく、アンデッドとして生まれ変わった瞬間から発生した問題だった。
その原因は建国当初から分かっていたのだが、対策法がなかった。
どんなに賢い王や貴族でも、その原因は取り除くことは出来なかった。
そもそもその原因が、アンデッドという人種そのものが要因だったからだ。
アンデッド王国民は、子が出来にくい。
アンデッドの女性が一生に産む子の数は、大概、一人か二人、三人以上産む女は珍しい。
これはアンデッドが魔法を使えないことに関係がある。
この世界における、ありとあらゆる生命には魔力が宿る。
体内に蓄えられる魔力量には個人差があり、多くの魔力を蓄える器を持って産まれた者は、より強い魔法が使え、魔導士、魔術師と呼ばれる職業に就くことが出来る。
一般人でも大なり小なり、多少の魔法は使えた。
小さな火を起こして煮炊きをしたり、飲み水を出したりなどの生活魔法と呼ばれるものは、ほとんどの人間が使えるものだ。
魔物や魔獣でも狩りをする時や身を守る為に魔法を使い、人がそれらを退治する時は、魔術師が活躍する。
種族によって魔力量に差があり、魔力量が多い代表的な種族は悪魔だ。
悪魔は大概の者が人間の魔術師レベルの魔法を使えるらしく、王族や貴族はさらに魔力量の桁が違うらしい。
獣人は一般的に魔法が得意ではないと言われるが、攻撃魔法が得意でないだけで、身体強化魔法は得意だ。
超人的なスピードとパワーで、高い戦闘力を持つ。
そして、アンデッドはというと…
魔力を持ってはいる。
だが、まったく使うことが出来ない。
魔力はあるのに使えないのはなぜかというと、体内をめぐる魔力すべてを、自身の生命を維持することに使っているからだ。
アンデッドにとって魔力は命そのもの。
だから、なくなれば死ぬ。
魔力を体外へと出す魔法など、体にとって害でしかない。
自身を守るためなのか何なのか、アンデッドはどんなに頑張って努力しても、魔法を行使できないようにできているようだ。
我ら以外の生き物ならば当然、ただ生きているだけなら魔力を必要としない。
そしてまた当然に、魔力がなくとも子孫を残していける。
その当然のことが、アンデッドにとっては困難なことだった。
アンデッドにとって、子を作るのはかなり難しい。
命を生み出すのには魔力が必要らしく、妊娠、出産には、多くの魔力が必要だと分かっている。
新たな命を作るのだから、魔力が多くいるのは当然のことだった。
生きるのに使うギリギリな魔力量しかないのに、そこから魔力を奪われたら、母親の生命が危険となる。
その為に、アンデッドは子がとても出来にくい。
なかなか子が出来なかった現在の国王は、王妃に食べさせるために魔力が豊富な食材を神樹レスポート王国から10年以上にも渡って取り寄せ、そうして、ようやく一人の王女が誕生したのだった。
そんな我が国の実情も、しかし、世界樹の恩恵が直接得られるとなれば事態が変わってくる。
『世界樹の巫女が住むところ、魔力の枯渇無し』
と言われるように、世界樹から流れ出る大量の魔力は、巫女であるオリアナ姫へと集まってくるらしい。
オリアナ姫がアンデッド王国で暮らせば、そうして流れ込んでくる魔力に、アンデッド王国は満たされることとなる。
飲み水や農作物へと、今までよりも何倍、何十倍もの魔力が注がれ、それを摂取するアンデッドの体内に蓄積されていく。
そうなれば妊娠しやすくなり、人口減少問題は解決すると予想できた。
俺は、ぷいっとレンバートから視線を逸らせた。
「…そんな事は分かっている」
眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせ、なおも従者は正論を説く。
「それに、男としても本望でしょう。かの姫様は大変に見目麗しく、お優しく、少々落ち着きなくは見えますが、実は勉学はなかなかに優秀なお方だそうですよ。実際、彼女を欲しがらない男は、この世にそうそういないでしょうね」
俺はハハハと乾いた笑い声を上げると、意地悪く口角を上げた。
「この世にはいないか…さて、果たしてそうだろうか? 俺だけじゃないと思うけどな。…そうだな。例えば、お前だったらどうだ?」
俺が目を向けると、レンバートは一瞬きょとんと眼を開いたのち、否定はせず、目を細め、口端を上げた。
それを俺は肯定とみた。
まあ、そうだろうな。
俺もお前も、もっと素晴らしい女性を間近で見て、知っている。
俺達だけじゃなく、おそらくアンデッド王国の男たちは…。
いや、まてよ?
アンデッド王国内なら老若男女、年齢性別を超えすべての者が?
世界中の者達にとっては当たり前に特別な最上の女性も、アンデッド王国内ならば当たり前ではない。
彼らが尊ぶのは世界で一人、尊き血を持つ世界樹の巫女姫ではない。
我らアンデッドが愛してやまないのは、アンデッド王国現国王の一人娘、イザメリーラ姫ただ一人だけだ。
現王シュステムハイツ・ファイグ・ウィーダリッチの、王家の血を引くたった一人の娘であるイザメリーラ。
シュステムハイツも一人っ子だったため、現在、王家の血を引く者は、彼とイザメリーラだけである。
子が出来にくいのは庶民ばかりではない。
民ら同様、王族や貴族にも、なかなか世継ぎが産まれない。
コールドウェル家は運よく、俺の他に弟と妹がいる。
だから俺がコールドウェル家を継がなくても、弟がいるから大丈夫だが、3人姉弟は、かなり珍しい。
現国王は、当時、王妃を迎えてもなかなか子に恵まれず、11年経過し、王が30代後半になってやっと王妃が身ごもった。
そして翌年に生まれた待望の子が、彼女だ。
これから彼女に弟か妹が出来るのは、王妃の年齢的に難しいだろう。
長年、子が出来なかった王夫妻にとって、やっと出来た一人娘が彼女だった。
父や母から当時の話を聞いたところ、王夫妻に子供が産まれた知らせは、瞬く間に王国中に広まり、民の熱狂は凄まじかったそうだ。
ひと月ほど、王都はお祭り騒ぎで、王女の話題で持ちきりだった。
祭りが終わってからも、民の関心は一心に彼女に向いていた。
王女である彼女を直接見たり話したりは出来ないため、宮中の女中や城に出入りする行商人の噂話からでしか彼女を知れない。
だが、女神のように美しいとか、幼くして聡明だとかの話は、国中に広がっていった。
そして、バラ製薬の薬が庶民に流通し出すと、彼女の評判は天を突き抜けるほどに上がっていった。
公には国立の製薬会社バラ製薬が開発したとされているのに、またも町へ下りた侍女から話が漏れたのだろう。
王女が製作していることは国内では公然の秘密となっていた。
そして、彼女の功績は薬作りだけにとどまらない。
雇用を増やし、観光客を呼び込むのを目的に彼女が指示で始めたエステ事業は、今や王都に12店舗、その他の主要な7都市に支店を一店ずつ構え、彼女が立案した観光業の柱となっている。
主に女性向けのもので、貴族向けのものと一般向けのものに分かれている。
使う薬品や店内の装飾に違いがあり、金額も大きく差がある。
今のところ、貴族向けが大きく利益を上げているようだ。
しかし、細かなリサーチと改善により、どちらの層のお客も満足させているらしい。
男性専用の店舗も2店あり、そちらは貴族男性に人気らしい。
通信機にコマーシャルを定期的に流している影響もあるだろう。
世界各地から、エステ目当てに訪れる観光客が後を絶たない。
エステ店周辺の宿泊施設や飲食店などにも、利益と雇用を生んでいる。
次にバラ革命だ。
革命というと大げさだが、それほどに大きな変化だったのだ。
今までも薔薇は農家で盛んに生産されていたが、それはたった一つの品種だけであった。
それが、今や数十種類のバラが生産され、国内は大きく変わった。
そんなバラ生産の改革を行ったのも彼女だ。
強烈なにおいを放つ、国花となっていた薔薇。
薔薇といえば、それ一種しかなかったため、その薔薇の品種名はない。
今では「国花の薔薇」と呼ばれている、ピンク色の大きな花びらを持つ大輪のバラ。
アンデッド王国初代の王が作ったとされるそのバラは、我が国唯一の輸出品だった。
だが彼女の発案で、あるバラ農家が多種のバラを作成するようになり、色や形が違うバラを普及させた。
他の農家もそれに倣い、今や国花のバラは王都から離れた一部の農家でのみ栽培されるようになった。
国内で流通するのは、以前はなかったその他のバラだ。
国民は多種のバラが広まった時に、やっと知った。
普通のバラは香りが優しく、国花のバラは異様ににおいがきつかったのだと!
あのバラの強烈な匂いが、他国の者に敬遠されていたのだと!
色とりどりで形が多様なバラは、国内のみならず国外でも重宝され、今では国家のバラよりも輸出量が多い。
観光業や薬品販売に並び、我が国へ資金が多く集まるようになった。
街道や街並みが整備され、魔道具が普及し、飛翔船発着場まで出来た。
それは、ここ数年で一気に起こった変化だ。
移動が便利になり、景観が良くなり、観光客がさらに増える。
そうして、防衛にも力を入れ出した。
数年前のアンデッド王国は、他国との貿易はほんのわずかで、国内生産国内消費、自給自足の状態だった。
他国が豊富な資金で軍事力を高めたり、最先端の魔道具を普及させ、より暮らしが豊かになっているのは知っていた。
だが、我が国には資金がなく、それらを指をくわえて眺めているしかなかった。
それが、たった数年で、国のレベルが他国に並ぶか、それを上回るほどに上昇した。
国の豊かさや軍事面で、劣る所はもはやない。
これらをすべて彼女一人でやったとは思わないが、すべてのきっかけは彼女だった。
そして、彼女が公務で出向いた先々でも噂が流れる。
多大な功績を上げてもなおおごらず、常に謙虚な姿勢であり、気さくで話しやすく、知識が豊富で身分を問わず誰に対しても分け隔てなく接してくださる慈愛の姫君。
彼女の話が上がる時、誰も彼もが自分自身を誇るように、自慢するように、彼女を褒め称えた。
心の底から、彼女が自国の王女であることを喜んだのだ。
国の至宝。
いや、世界の至宝!
王女の話をする時、己がアンデッドであること、醜く脆く、世界の最弱の種族であることを嘆く者は、もういない。
至高の王女が誕生し住まうこの国は、300年前に復活を果たした奇跡の国なのだ!
そこに生まれた自分たちも、奇跡の人種なのだ!
天上の才とこの世のものとは思えぬ美しい容姿を持つ王女と同じ、尊きアンデッドなのだ!
自身を哀れむ必要はないのだ!…と。
国が豊かになり大勢の観光客が訪れるようになると、王国民はさらに自信を回復していった。
他国に対し、引け目を感じる者はもういない。
たった一人の王女の存在によって、すべての民の意識が変わったのだった。