45. 2つ目の決戦-4-
早い投稿は無理でした。
すんません。
足元に転がった薬瓶から発生したガスを大量に吸い込み、やっと麻痺ガスが効いてきたようだ。
ドラゴンは胸や喉を掻きむしりながら、鳴き声を上げた。
もがき苦しみながら、足をドスンドスン!と大きく踏み鳴らす。
巨漢が暴れる振動で、地面がグラグラと大きく揺れた。
「兄様ぁ!」
慌てるライザは今にも飛び出していきそうだったが、その肩をエミリが掴んで引き戻した。
今、彼に近づいたら危険だ!
もう守りの魔石はない。
今度こそ攻撃を受けたら、一撃であの世へ送られてしまう!
ドラゴンはゼイゼイと苦し気に息を吐き、金の瞳を細める。
そして、ついに力尽きたのか、大きな土煙を上げ、地面に両手を着き、倒れ込んだ。
翼はダラリと垂れ下がり、尾にも力が入らないようで、持ち上げられないようだ。
だが、まだ細められた瞳から殺意は消えていない。
口から煙を吐き威嚇しながら、憎々し気に周りを睨みつけ、未だ意識を保っていた。
牙をギリギリと噛み、再び起き上がろうと力を込めると、上腕の筋肉が膨れ上がる。
と、その時、突然の変化があった。
ハッとドラゴンの瞳が大きく見開かれた。
パチパチとゆっくり瞬きを繰り返し、首を回し、辺りをキョロキョロと見回す。
「(…これは、どうしたというのだ!? 我は一体…!? 今、我は何をしておった!?)」
「兄様! やったわ! イザメリーラ、元に戻ったわ! 兄様はもう大丈夫よ!」
ライザが嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ね、笑顔になる。
「ほら、さっき言ってた頭の中に聞こえていたおかしな声が、もう聞こえなくなったの! 最後の方は、なんか苦しそうにうめいてたから、その毒が効いたんじゃないのかな!」
「え、そうなの!?」
そうだとしたら、その声の主って、この場にいたか、今もいるってこと…?
周りをキョロキョロと見回したが、怪しい人影は見えない。
私は首を傾げる。
「(く、苦しい…動けぬ…。くそっ、我も、ここまでか…!)」
「兄様ーー!」
エドゥーの苦しそうな鳴き声を聞き、ライザがドラゴンに駆け寄る。
ドラゴンは力なく、今はぐったりと頭まで地につけ、倒れ込んでいた。
ドラゴンの体はあまりにも大きい。
ライザは小さな自分に気付いてもらえるように、地についたドラゴンの顔の真正面に立った。
「兄様! 私よ、分かる!? 良かった、正気に戻って…!」
「(…なんだ、貴様は?)」
ドラゴンは薄く開いた瞼をゆっくりと瞬かせ、そしてピクリと瞼を震わせた。
「(なに!? お前、まさか、ライザか!? フッ、とうとう幻が見え始めたようだ。…そうか、これが世に聞く、走馬灯とかいうものか…)」
エドゥーは苦し気に息を吐き、ククッと笑った。
「はあ? ちょっと、なに言ってるの、兄様! しっかりして!」
「(…ああ、それとも、もしやお迎えか? …そうか、そうなのだな。すでに我は死んだのか。死して、やっと会えたのだな。しかし、やはり、お前はすでに死んでいたのか…。死んだという話は聞かなかったから、どこかで生きていてくれるだろうと思っていたのだが…。さすがに軟弱なお前では、追手から逃げおおせなかったか…くっ、残念だ)」
エドゥーは無念そうに、一つ、大きく息を吐いた。
普段、口数が極端に少ない寡黙なエドゥーだったが、死を覚悟し、気持ちを隠す必要も、見栄を張る必要もないと思ったのか、いつもよりかなり饒舌になっていた。
だが、徐々に発する声に力がなくなっていく。
「(ふむ。しかし、それにしても最後に見た時より随分と成長したな…。死しても年を取るものなのか? 不思議だ。 …見せたかった。ずっとお前の事を気に病んでいる母に、お前の、成長した姿を…)」
「もう、兄様ったら! 私も兄様も、まだ死んでないでしょ!? ほら、ガラにもなくべらべらとくっちゃべってないで、いいからさっさとコレ飲んで!」
ライザは顔を赤くし、目元は僅かに潤んでいた。
彼女の手にはピンク色の液体の入った小瓶が握られている。
小瓶の蓋を開け、勢いよくエドゥーの大口に手を突っ込んで流し込む。
「え、あれっ? あの薬、いつの間に!?」
私はドレスのポケットをあさった。
解毒剤が一本減っている!
いつの間に抜き取ったの!? 恐ろしい子!
ライザはさすが国から放たれた追手の手から逃れ、しぶとく生き抜いてきただけあって、そこらの王女とは違っておっとりのほほんとはしていなかった。
一見、調子よく、頼りなげに見えるが、ちゃっかり、しっかり、抜け目ない少女に成長していた。
解毒剤を飲み、呼吸が落ち着いてきたドラゴンが、ゆっくりと体を起こす。
その巨体ゆえ、山が動いたように見えた。
「(なんだ、これは? 先程までの苦しみが嘘のように体が軽くなったぞ!?)」
「あー…、うん。イザメリーラのおかげよ。良かったね、兄様」
ライザはいろいろ物申したい事はあったが、言葉を飲み込んだ。
せっかく落ち着いた兄を興奮させてはいけないという配慮だろう。
「(イザメリーラの?)」
巨大ドラゴンの大きな金色の瞳が、私をとらえた。
やり方がやり方だから、私のおかげと言われても、素直にうんとは言いにくい。
でも、今ホントの事を言ったら、また怒らせちゃうんじゃない?
それはマズい…
困った私は、ただニッコリと微笑み返した。
プライドが高く、我儘で面倒くさいエドゥーへの説明は、正直面倒だ。面倒過ぎる!
面倒は先延ばしにしようと今決めた。
「ねえ、兄様。とりあえず元の大きさに戻ったら? 踏み潰されそうで怖いわ」
エドゥーは同意を示すと、巨体がそれよりも大きな青いモヤにすっぽりと覆われた。
…そして、モヤが張れると?
「きゃあっ!」
シュレイの侍女が驚いたような、でもどこか嬉しそうな黄色い声を上げ、両手で顔を覆った。
だが、侍女が指の隙間からしっかりと前を見ていたことは、何故か全員に悟られていた。
シュレイはサッと扇で顔を覆い横を向く。
さすがに淑女であるシュレイ様は覗き見なんてしない。
私とエミリは顔を引きつらせ、茫然と固まっていた。
だが、目線を下へ下げることだけは絶対にしない。
見てはいけないものがそこにはある!!
エドゥーは私達の後ろで縛られている彼に無体を働いた護衛らに目をやる。
「よく覚えていないのだが、貴殿が助けてくれたのか?」
とっさに何も言えない私に変わって、ライザが答える。
「そうよ。兄様が暴れたのを、イザメリーラが収めてくれたの。お礼を言ったら?」
「そうか、そうだな。感謝する、イザメリーラ」
「あ、あの…!」
言いながらも、私を真っ直ぐに見つめて、どんどん歩み寄ってくるエドゥーに、私はジリジリと後退する。
街灯のないこの丘は薄暗い。
だから、彼の姿は、今はハッキリとは見えない。
だが、月の明かりと、続々と打ちあがる花火が、パッパッと時折、辺りを明るく照らす。
ダメだって! これ以上、近寄らないでー!
ヤバい! さすがにこの距離はヤバいって!
「ま、まま、ちょっと待って! 止まってください! あの…!」
「このお、王子ーー! もう、そんなお姿で、一体なーにやってんですかー!?」
「うごっ!!」
いきなり現れた何者かが、勢いよくエドゥーの頭を叩いた。
エドゥーの頭が勢いよく前へ振れ、この場が凍り付く。
「ぐっ、何者だ!?」
エドゥーが怒りの視線を向ける。
と、そこに立っていたのは、先ほど大怪我を負った、彼の従者の男だった。
「なっ!? 貴様はパッチ!? 無事であったのか!? まさか、我はてっきり死んだとばかり…。貴様の腹には、深々と剣が突き刺さっていただろう!?」
「あ、はい! ですが、これこの通り! 完璧に塞がっております! さっすが私!」
パッチは服を捲って、主に自身の腹を見せた。
彼の体は、血で真っ赤に染まった服がひどく不自然に見えるほど、全く一寸の傷も付いていなかった。
「なんと! それは誠か!?」
エドゥーは彼の腹をしげしげと眺め、感心したように頷いた。
「誠のようだな。しかし、どうなっておるのだ? 傷が瞬く間に消えるとは、にわかには信じられない話だ」
「それは、姫様のお薬のおかげですわ」
エミリが頭を下げて、突然話に割って入った。
「完治したのは、姫様のお作りになった奇跡のお薬のおかげですわ。この世には出回っていない、貴重なお薬です。それを惜しげなく、姫様自ら投薬したのです」
「え!? そうだったんですか!? ああ、そういえば! 口の中に広がるこのシュワシュワっとした甘い味! これがそうだったんですね! そっかぁ、薬の味でしたか~」
従者パッチは、笑顔でうんうんと頷いた。
いや、貴重な薬のほうの超回復薬は甘くはなくて、青汁みたいな青臭い苦みのある味なんだけど。
きっと、後に飲ませた栄養ドリンクと間違えてんだね。
それにしても…
「ねえ、エミリ。彼、なんかさっきと様子が違わないかしら? なんだか妙にテンションが高いような?」
私は前に立つエミリの服をツンツンと引いて、小声で話しかけた。
「…そういえば、そうですね。もう少し控えめで思慮深い男のようでしたが?」
「イザメリーラ様! こんなわたくしめに、そのような貴重なお薬を使ってくださるとは! なんと光栄なことでしょう!! お美しいだけでなく、そのように慈悲深いお心をお持ちとは、わたくし、超感動いたしましたー!!」
パッチはピョンピョン弾んで私の前まで来ると、私の右手を取り、両手で握りしめた。
その手を勢いよくブンブンと上下に振る。
「ひぇ…!」
ヤバいって、腕が外れるー!!
腕を抜こうと引っ張るも、ビクともしない。
凄い力だ!
へっぴり腰になりながら、されるがままになるしかなかった。
「おい、パッチ! 貴様! それはそうと、さっきは、なんだいきなり! 我の頭を叩いただろう!!」
エドゥーがパッチの肩を掴んで、グイっと私から引きはがす。
助かった…
私は自身の肩をさすった。
ギリギリのところで、脱臼は免れたようだ。
パッチは微笑みを浮かべたまま、エドゥーの髪を掴み、グイっと頭を下げさせる。
従者の乱暴な振る舞いに、周りはまたも固まる。
エドゥーにこんな行いをして、彼はこの後大丈夫なのだろうか?
「申し訳ありません、イザメリーラ様! ご婦人方! このように破廉恥な主は、すぐさま連れ帰りますので、お目汚し失礼いたしましたー!」
「おいっ! 待て! さっきから一体なんなのだ、貴様は!?」
エドゥーは己の仕出かしている行いに、全く気付いていない。
頭を押さえつけているパッチの腕を掴んで退かそうとするが、パッチの腕は一向に外れない。
一見、筋肉馬鹿っぽい護衛らやエドゥーとは違って、細身で知的な印象の従者なのだが、実はかなりの強者なのか!?
エドゥーが彼の手を振りほどけないなんて…!?
「兄様!? パッチ、やめて!?」
「えっ!? も、もしや、あなたはライザ様!? ライザ様でいらっしゃいますか!? ああ、ご無事でございましたか! しかし、ああっ! なんというお姿! あなた方は揃いも揃って、羞恥心というものがないのですか!?」
長い髪をなびかせ、男物の上着を羽織りトコトコと駆けて来た少女を見たパッチは、驚いてから嬉しそうに目元を緩ませ、しかし、すぐに嘆かわしいと大げさに憂いた。
「ああっ、もう、なんという! ここはドラッフェン王国ではないのですよ!? さあ、すぐに宿へ戻りましょう! ライザ様もご一緒してください! いつまでもそのようなお姿ではいけません!」
「え? どっか、おかしい?」
ライザは自身の姿を見下ろし、首を捻る。
騎士から借りたダブダブの上着を一枚羽織っただけの姿で、下半身は何も着ていない。
丈が長い上着で、一応お尻まで隠れているものの、はしたないには違いない。
だが本人は、別におかしいとも恥ずかしいとも思っていないようだ。
そして、その兄であるエドゥーは、自身が真っ裸、素っ裸であることに、今、やっと気付いたようだ。
女性陣は目のやり場に困って、直視できない状況が続く。
シュレイ様の侍女だけは何故か顔を手で覆っているにも関わらず、顔を赤くして興奮し、今にもよだれを垂らしそうな勢いだが…
「ああ、なんだ。服を纏っていないから、そのように慌てていたのか? だが、この人型はただの仮の姿だ。本来の姿であれば、服など纏わぬだろう? 別に我はこのままで構わぬ」
「ああ、そうでしょうとも! あなた方はそうでしょうね! ですが、他国の常識はそうではないのです! 人目のある所では、決して裸にならないようにと、ご忠告しておきましたでしょうがっ!」
パッチは額を押さえ、眉の間に深い皺を浮かべる。
「もうやだ。頭痛くなってきた~」と、弱弱しい独り言が聞こえたような?
しかし、パッチのハイテンションは、主の愚行に激高しているだけではなさそうだ。
さすが竜人というべきか、先程まで死にかけていたというのにこの元気の良さときたら、恐ろしく凄まじい回復力だ。
そして、彼には、もしかして、薬の効き目が私達とは少し違っているのかもしれない。
どうにも効きすぎている気がしないでもないような…?
この場に現れたスピード、エドゥーの頭を押さえつけていた力。
私が超回復薬を飲んだ時、いつもより元気になったような気がしたが、彼の場合は元気というより、いつもより興奮し、しかも身体能力が向上しているようにも感じる。
産まれてから一度も薬を飲まないでいて、もしや人生で初の薬だったのかもしれない。
だから耐性が全くなく、効きすぎてしまったのかも?
後になって反動が出て、ドッと疲れてしまわないか、ちょっと心配だ。
まあ、たぶん、しばらくすれば落ち着くだろうと思うから、まあいっか。
とりあえずは、一人の犠牲者も出さずに鎮める事が出来たのは、本当に良かったよ。
はぁ…と一つ溜息をつき、だが…と、周りを見回す。
私はおずおずと手を上げ注目を誘うと、全員に視線を巡らしながら言った。
「すみませんが…もう少し、手を貸していただいてもよろしいでしょうか?」
結局、この場の全員で森を見て回り、煙が上がっていたところは水魔法で消火してもらい、ドラゴンが踏み荒らしたり魔法の威力でえぐられてしまった地面を、これも魔法で平らにならしてもらって、焼け焦げ以外はなんとか原状回復させ、後片付けをすべて済ませてから、やっと解散の運びとなった。
鎖で縛られた二人をどうするのかと、エドゥー王子とパッチさんに尋ねたら、至急、国へ連絡して、国からの使者に引き渡すのだとパッチさんが教えてくれた。
その時に、代わりの護衛に来てもらう予定のようだ。
命を狙われ、あわや大惨事になる事態だったのにも関わらず、彼らは交流会終了日まで帰国するつもりはないようだった。
今度の護衛も裏切者だったらどうするつもりなんだ?
迷惑をこうむるのは、この国の人達なんだけどなぁ。
しかし、いくらエドゥーを鎮めて、一応、恩人と思われている状況だとしても、アンデッドの私が大きな顔をして彼らに意見するのは憚られる。
もうこれ以上、彼らに関わるのはこりごりだ。
とりあえず、分かっていた危機は乗り切ったんだし、後は放置しよう!
さすがの私も、これ以上は面倒見きれん!
「いやあ、あなた方のおかげで助かりました! 主は短気なお方とはいえ、ここまで自分を見失ったのは初めての事でございました! わたくしがお止めしなければならないところ、お手を煩わせてしまい、大変ご迷惑をお掛けしました! つきましては、国からお礼の品々を皆さまへお送りいたしたいと考えております! では、本日はこれにて失礼いたします!」
パッチさんはハイテンションのままそう言って、腰にパッチさんの着ていた上着を巻いただけの格好のエドゥーを連れて帰っていった。
エドゥーの服は、あれから少し探してみたが、そういえばドラゴンに変身する時に破れちゃってただろうし、ドラゴンの炎で焼かれた、はたまた悪魔らの放った魔法で消滅したのか、跡形も残っていなかった。
ライザも先程パッチさんが言っていたように、エドゥーらと共に一緒に帰っていった。
ライザの服はそもそも最初からないので、パッチさんが新しく用意するのかな?
あれ?
突然テイムした魔獣がいなくなって、ルルさんが心配してるんじゃないかな?
どうしよう…
「では、私達も帰るよ」
そう言ったガオザンに、私は深々と頭を下げる。
「本当に助かりました。どうもありがとうございます。あの、お礼と言ってはなんですが、よろしければこれを」
私はポケットに手を突っ込み、数本の傷薬と魔力回復薬を取り出すと、彼に手渡した。
「ありがとう。有難く使わせてもらおう。でも、今回のお礼は別の形でもらいたいな」
ガオザンは私の耳元に口を寄せると、艶めかしい声音でそう言った。
「えっ、なぁっ!?」
思わず耳を押さえて後ずさった。
色気を含んだ甘い声で囁かれ、耳に息がかかった。
頬が赤くなってしまったのは仕方ない!
「イザメリーラ様、わたくし共も失礼いたしますわ」
振り向くと、黒髪の美女が立っていた。
「シュレイ様、どうもありがとうございます! 本当に助かりましたわ!」
上品な微笑みに笑顔を向け、答えた。
「やはり、多少違っていたところがあったとはいえ、イザメリーラ様のおっしゃっていた通りになりましたわね。ということは、あと二つ、まだ厄災が訪れるということ…」
シュレイ様はお美しいお顔を曇らせる。
私は苦笑を浮かべ、コクリと頷いた。
「…ええ。そうならないように努めますが、今回のように、事前に防ぐというのは、思ったより難しいのかもしれませんね」
シュレイ様はギュッと胸の前で片手を握ると、決意のこもった瞳を私へと向けた。
「わたくし、勝手ながら、イザメリーラ様をお助けしたいと考えております! 獣人は情に厚い種族です! 受けた恩義をお返ししたいと思っております!」
「シュレイ様…?」
「おおっ! シュレイ、よく言ったな! 俺も出来る事はしよう! 遠慮せず言ってくれ!」
リパーフがシュレイの肩を抱き、明るい笑顔を私へ向ける。
私は胸が熱くなり、すぐに目頭も熱くなる。
じんわりと涙が滲んだ。
前世を含め、人を助けることは多々あっても、助けられた事は、実はそんなにない。
今世では王女に生まれたからお世話をしてくれる人たちはたくさんいたけれど、彼らはそれが仕事だ。
他人から好意で助けてもらうなんて、思い出そうと思っても、すぐには浮かんでこなかった。
だいたいが、強がって、一人で頑張り過ぎてしまうところがあった。
でも、今回は難易度がかなり高い。
乗り切るには、正直、かなり不安がある。
失敗は、即、死につながってしまうのだ。
しかも、死ぬのは私だけではない。
アンデッド王国国民や、この世界全体の危機もあり得る。
不安で押しつぶされそうな時に優しい言葉を掛けられて、泣きそうだ。
「そんな事言って、まだ彼女の事を諦めてないだけじゃない?」
ガオザンが胡乱な目をリパーフへ向ける。
「当然だ! 俺はチャンスを逃さない男だ! どさくさに紛れて好感度を上げるのは忘れていない!」
「威張って言う事かよ!」
胸を張るリパーフに、ガオザンがすかさず突っ込む。
ガオザンの口調が、いつもの気取ったところがなく、随分とくだけている。
小気味よくリパーフにツッコミを入れる様子は、まるで気の置けない友人同士のようだ。
共闘して戦った後だし、戦友のような友情が、かすかにでも芽生えたのかもしれない。
「ありがとうございます、リパーフ様、シュレイ様! 危険な事に巻き込みたくない気持ちはありますが、そう言っていただけて、とても心強い思いです…。本当に、ありがとうございます…!」
エドゥー王子の件がなんとか解決出来て、気が緩んでいたのもあるんだろうけれど、不覚ながら、私の両目から、熱い涙がポロポロと零れた。
震える私の肩を、エミリが後方から支えてくれる。
オリアナ姫がエドゥー王子と花火を見なくても、エドゥーは暴走した。
この先、フローやギュレスとオリアナ姫が関わることがなくとも、彼らが災いをもたらす可能性は充分にある。
マテウスが選ばれ、危機が去ったと安心するのは、まだ早かったのだ!
この先、二人の協力が得られれば、とても心強い。
ポロポロと泣く私を、リパーフとシュレイ様は抱きしめてくれた。
「ま、私だって、手助けしてやらない事もないよ。はっきり言って、ちょっと面倒だけどさ」
ガオザンは口に手を当て、わざとらしく咳ばらいをすると、そんな事を言った。
「ガオザン様…、本当に?」
私は泣き顔をガオザンへ向けた。
「あ、ああ。まあ、出来る範囲でだけどね。じゃあ、また明日、イザメリーラ!」
ガオザンはちょっと照れくさそうに言ってサッと背を向けると、黒い羽を広げ、飛び立つ。
他の悪魔らも私へ次々と頭を下げ、彼の後へ続いた。
いらないと拒否するリパーフに数本の傷薬を無理やり渡した後、獣人らは、激しい戦闘?あんなの準備運動にもならないぜ?と言わんばかりに、何事もなかったように元気な足取りで、丘を駆け下り帰っていった。
私達アンデッドはというと、彼らに戦闘はほとんどすべて任せ、特に大したことは何もしていないにもかかわらず、疲れ切った足取りで丘のふもとまで下り、待たせておいた馬車に乗って宿屋まで帰った。
この体力の差はなんだ!?
魔力のあるなしの差か!?
生命を維持するのでいっぱいいっぱいなアンデッドは、ただでさえ種族的にも劣っているというのに、悪魔や獣人、竜人と比べると、あまりにも軟弱だ! 泣ける。
マテウスは上手くいったのかな?
明日、聞いてみよう。
先行きに多大な不安を抱きながら、それでも、協力すると言ってくれた彼らに希望を抱きながら、整えられたふかふかのベッドで眠りについた。




