43. 2つ目の決戦-2-
轟々と草木が燃え上がり、灰と砂埃が舞い上がる。
白い煙が一面に広がり、焼けた匂いと共に熱気が辺りを包む。
雄たけびを上げる超巨大な青白いドラゴンが口を開け、勢いよく炎をまき散らし辺りを焦土に変えていく。
そのドラゴンの周りを、黒い羽を広げ空中に停止する悪魔たちと、自身の体を獣化させ大きな獣の姿に変えた何人もの獣人が取り囲み相対していた。
悪魔は迫る炎を魔法で弾き返し、獣は素早い動きで回避する。
自身の口から放った炎を受けても、ドラゴンは意に介さない。
足元の獣を踏みつけようと巨大な足を振り下ろし、それを難なく避けた獣はドラゴンの膝と太腿、尻に一斉に飛び掛かり噛みついた。
ドラゴンは振り払おうと大きく体を揺らすが、獣は振り落とされまいと、さらに鋭い牙を食い込ませた。
ああ…、その光景は、さながら特撮怪獣映画のようだ。
私は茫然としたまま麻酔銃を握りしめ、その光景を離れた場所で見ていた。
防げなかった…
こうなってしまった、つい先程の事の発端を思い出す。
私達は眺めのいい丘の上で花火開始を待っていた。
その最中、ドラッフェン王国第一王子エドゥーの護衛である一人が、突如、剣を抜き、護衛対象であるはずの王子に襲い掛かった。
暴挙に出た護衛の男は、それに素早く気付いた獣人と悪魔によって、あっという間に取り押さえられた。
彼らは、事前に犯行を予想していた私が連れて来た助っ人たちだ。
その時、花火開始を知らせる最初の花火が、晴れた夜空に盛大に打ちあがった。
事件はこれでもう終わったのだと気を緩め、私は久しぶりに見た前世ととても良く似た花火に、しばし見入った。
次々に打ち上がる花火は、とても綺麗だった。
惨事を事前に防いだ私達を祝福してくれているようにも見えた。
安堵で体が緩み、自然と頬も緩む。
護衛に裏切られたエドゥーの胸中は荒れていただろう。
だが、彼以外の者達は、安心しきった穏やかな空気の中にいた。
そんな折、逼迫した青年の小さな声が空気を変えた。
皆が一斉に彼へと視線を向ける。
すると、なんとそこには、長剣で体を貫かれた声の主がいたのだ!
彼の体はみるみる血で染まり、地面に赤い水溜まりを作っていく。
「えっ!? 嘘…!」
大きく目をかっ開いて現状をよくよく確かめてみても、先ほど回避したはずの、まさにそれは神様に見せてもらったゲームの光景そのままだった。
周りを見ると、先ほど取り押さえた男は、ちゃんとそこにいた。
鎖をぐるぐると巻かれ、リパーフの従者に押さえつけられながら地面に伏していた。
どうして!?
信じられない思いで剣を持つ男の顔を見た。
その男は、エドゥー王子が連れていた護衛騎士の、もう一方、狐目の男だった。
「そ、そんな…!?」
ゲームの中では、裏切った護衛は一人だけだったはずだ。
まさか護衛が二人とも裏切者だったなんて!!
そんな馬鹿な!!
訳が分からず男たちの顔を交互に見る。
だが、それは一瞬の事だ。
刺し貫いた剣を引き抜いた護衛が、再びエドゥーへと視線を向け、彼目掛け、剣を突き出しながら迫っていた。
「チッ!」
小さく舌打ちをしたのは、悪魔王子=ガオザンだった。
彼が片手を前に出すと、護衛の男は後方へ勢いよく飛ばされ、後ろの木に激突した。
咳き込む声が聞こえてそちらへ視線を向けると、血だまりの中、地面に倒れた青年が、ビクビクと体を震わせながら荒い息を吐いていた。
まだ生きてる…!!
ゲームの中では、地面に伏した従者はピクリとも動いていなかった。
胸を剣で一突きされ、即死したのだと思われる。
だが今、青年はまだ生きていた。
「エミリ!」
エミリに声を掛けると、エミリもそれに気づいてハッとした顔をすると、頷いた。
私達は護衛らと共に青年に駆け寄った。
庇われて無傷だったエドゥーは、青年の後ろに立ちつくしていた。
彼は茫然としている。
口を僅かに開け、目の前の光景が信じられないという顔で、動けないでいる。
彼を警戒しながらも、今のうちにと焦りながら、ドレスのポケットから超回復薬を取り出した。
まだ世に出回っていない、絶大な効き目を誇る貴重な薬だ。
栓を抜き、青年の口へと突っ込む。
「飲んで!」
青年はゴホゴホとむせながら、苦しそうに薬を飲み込んだ。
また一本、今度は別の色の薬瓶を取り出して、傷口へと一気にかけた。
服を引き上げ傷口の位置を確かめると、もう一本、同じ色の瓶を取り出して、念の為にと傷口へかける。
出血が多い。
すぐにでも血が止まらなければ、きっと助からない!
ゲームでは左胸…心臓の位置を貫かれていた。
だから即死したのだと思うけれど、今回はどうやら傷は心臓からわずか下、腹に近い位置にあるようだった。
「姫様!! お下がりください!!」
ボイルの叫び声に、ハッとして顔を上げる。
顔を上げた先に見えたのは、ただでさえ強面でいつも冷淡な恐ろしい雰囲気を纏ったエドゥー王子が、恐怖の大魔王へと豹変した姿だった。
さっきの茫然とした表情からは信じられない程に、彼の纏う空気が変わっていた。
「ひ、ひいーーーっ!」
私は腰を抜かして、青年の隣で尻もちをつく。
「姫様!!」
エミリは私の腕を引っ張って立たせようとするが、完全に腰を抜かした私は、足の力が入らない。
エミリは仕方なくフンッ!と息を吐くと、私の背中と足裏へ手を回し、横抱きにして抱え上げた。
「ここは危険です! 避難いたしますよ!」
エミリは私をけっこう軽々と抱え上げると走り出した。
「あっ! あの人を…!」
私の言葉の意味が分かったのか、エミリは頷き返す。
振り返って見ると、ボイルとベントが倒れていた青年を二人がかりで抱えて、こちらへ走って来ていた。
ホッと安堵の息を吐く。
地面に倒れたままにしておいたら、ゲームの中と同じように、きっと荒れ狂う巨大ドラゴンに跳ね飛ばされたり、踏み潰されてしまうだろう。
「あっ! ちょ、エ、エミリ、待ってーー!」
彼らの姿が見えなくなるほどに離れたエミリに、焦って待ったをかける。
こんなに離れたら、エドゥーを諫め、鎮める事が出来ない。
「いいえ、姫様! 姫様はここから即刻、離れてください!後は私達にお任せを!」
「いやいや! ちゃんと私だって役に立つよ!?」
エミリは痛い子を見る目を私へ向けた。
「…このような状態で、ですか?」
「うっ…!」
私は今、足腰が立たなくなってしまった為、エミリにお姫様抱っこをされている状態だ。
エドゥーの怒りのオーラに当てられ体が動かなくなって、さっきは立ち上がることさえ出来なかった。
「も、もう大丈夫! エドゥーの姿も見えなくなったし、もう立てるわよ!」
私はエミリの肩を借りながら、ゆっくりと地面に降り立つ。
うん、よし、大丈夫だ!
私は明るく頷いて、心配げなエミリに平気だと告げる。
ボイルとベントはエドゥーの従者を木の側にそっと寝かせた。
駆け寄って跪いて覗き込むと、先ほどより呼吸が落ち着いているようだった。
服を捲って傷を見てみたが、見た感じ出血は止まっているようだった。
いやあ、自分で言うのもなんだけど、私が作ったこの薬、恐ろしいほど良く効くね!
まさに神の薬!
こんなすごい薬は、医療技術が発達した前世にもなかった。
魔法の存在するこの世界独特のものだろう。
以前に自分が使った時も、えぐり取られた傷口の血が、あっという間にホント一瞬で止まったからね!
だが、青年はまだ目覚めない。
青白い顔で、ぐったりと横たわっていた。
血を流し過ぎたのかもしれない。
「竜人族ですから、私達や人間よりも治癒力は高いと思われます。呼吸も落ち着いていることですし、このまま寝かせておけば、ゆっくり回復していくのではないでしょうか」
心配そうに見ていた私を励ますように、ベントがそう言った。
私は頷いてから、「そうだ!」と手を打った。
ポケットからまた新たな薬を取り出すと、蓋を開けて眠っている青年に飲ませる。
今度はむせることなく、コクコクと飲み切った。
「よし! 一応、栄養剤も飲ませておいたわ」
竜人族だから、栄養満点ドリンク剤を与えておけば回復が早いかもしれない。
そこでハッと大事なことを思い出した。
そういえば、獣人族と同じで竜人族も治癒力が高いから、私の作った薬は彼らの間には普及していない。
竜人族に対して人間用の薬と効果が同じかは、そういえば検証していないんだった。
うーん…でも、まあ、大丈夫かな?
獣人族にも人間用の薬が効いたし、あの後、リパーフらに副作用は見られなかった。
今は一応、出血を止めることが出来たわけだし、薬は有効だと分かった。
あとは変な副作用を起こさないかだけど、まあ人間よりも頑丈な種族だから、そう悪い事にはならないだろう。
よし、ここはもういいか!
それよりも重大な事件が勃発中である。
私は立ち上がると、自身の足腰、全体を確かめ、普段通りに動けることを確認する。
もう震えたり、固まってたりはしていない。
「さっ、じゃあ、戻るわよ!」
「ダメです! 姫様はここでお待ちください!」
鬼の形相のエミリが通さないとばかりに腕を広げた。
くっ…!
やはり私を戦力外と見るか!?
私は拳をギュッと握りしめた。
『人の役に立ちたい』
これは、前世から今世までずっと心の中にある最大の願望だ。
人から必要とされないのは情けなく、悲しい。
前世で両親や弟、妹を助けることは当たり前だったし、常に周りには頼りにしてくれて、感謝の言葉をくれる人達がいた。
利用されるだけの馬鹿だと思って見ている人たちもいただろう。
けど、利用されていた訳ではない。
いくらお人好しに見える私でも、利用するだけを考えて近づいて来る人たちを助けたりはしなかった。
本当に困っていて、私の力が及ぶ範囲の人にしか手を差し伸べたりしなかった。
いいように使おうという気でいる人達には関わらないように注意もしていた。
悪意のない人達に対しては積極的に声を掛けて、運動以外は人並みにいろいろと出来たから、やれる範囲で頑張って助けた。
前世の沙也加ちゃんには心配されてしまったけれど、彼女が言うほど無理していたつもりはない。
だって、楽しいんだもん!
生きがいなのだ!
自己満足だとか、優越感に浸りたいだけだとか陰口を叩く人もいたが、そこは否定できない。
そういう感情があったことは認める。
でもさ、私が嬉しくて、相手も助かるんなら、誰も損はしないよね?
ウィンウィンでいいじゃないか!
そう思う。
この世界に転生してからは薬作りのチート能力があると分かったから、せっせと薬を作った。
それで喜ぶ人たちがいて、嬉しかった。
将来的にやっかいな王子と対峙しなければならないことが生まれる前から分かっていたので、苦手な戦闘の訓練も頑張った。
戦力面でも役に立ちたかったから。
だが、残念なことに戦いの才能は全くなかった。
もう、努力でどうにか出来るレベルじゃなく、あり得ないほど壊滅的だった。トホホ…
もうこうなったら仕方ない!
それを補う力を手にするしかない!
そして、これだ!
リパーフの獣化事件でも役立った魔道武器!
折り重なったドレスのドレープ部分に隠し持っていた魔道武器を取り出すと、腕をいっぱいに上へと伸ばし、天に掲げた。
「心配ご無用よ、エミリ! 私にはこれがあるんだもの!! コロッと瞬時に眠らしてあげるから見てなさい! オーホッホッホッホ!」
高々とライフルを掲げ、高らかに笑い声を上げた主の奇行に、一瞬エミリが固まった。
悪役といえば、この高笑いだよね!
呆気に取られたその隙をついて、私は猛ダッシュをかます!
運動神経をどこかへ忘れてきたどんくささマックスの私だったが、何年も走り込みを繰り返して、体力だけはついた。
そこだけは師匠のお墨付きだ。
奇跡的に美しく俊敏な侍女の横をかいくぐると、ライフルを抱え、今下りて来たばかりの坂道を全力で駆け上がった。
エドゥーの姿が確認できる位置まで来ると立ち止まった。
ゲームの時と同様、体中から青い魔力が立ち昇って頭上に渦を巻いている。
このままだと、すぐにあの巨大ドラゴンへと姿を変えるだろう。
私は急いでライフルの照準をエドゥーへ合わせると、指を引いた。
バシュ!
「よし!」
麻酔注射はみごとエドゥーの胸の辺りに着弾した!
…ように見えたのだが、彼を覆う魔力のオーラに触れた瞬間、そこから細い煙が上がり、跡形もなく消滅してしまった。
「え、あれ!? だめだった!?」
「やはり…」
あっという間に追いついたエミリが暗く呟いた。
「ああなってしまわれたエドゥー様には、長剣でさえ刺さらずに砕けました。お忘れでしょうか?」
「あっ、ああ! そ、そうだったわね! 念の為よ、念の為、試してみただけ! ほら、もしかしたらってこともあるでしょう!?」
「姫様! あそこ…!」
私の言い訳を遮るように、エミリが緊迫した声を発した。
彼女が指さす方を見ると、鎖を巻かれ押さえつけられている男が赤い魔力を放ちながら鎖を引きちぎろうとしていた。
鎖はミシミシと鈍い音を立てながら今にも切れそうだ。
ライフルを男に向ける。
押さえつける獣人に当たらないように注意しながら指を引く。
またしてもだめかもしれないと期待していなかったのだが、今度は注射針は消滅することなく男に刺さった。
どうやら、エドゥーの纏うオーラが異様なだけだったようだ。
対竜人用に効き目を強力にしておいたので、すぐに男は力を失くし、目を閉じ、ぐったりと横たわった。
一般的に麻酔薬は効き目が良すぎると危険な代物だ。
だが、神のスキルで作ったこの薬には副作用がない。
まあ、でも、竜人では効果の実験はしていないので、絶対にとはいえないのだが。
そうこうしていたら、エミリが猛ダッシュで走り出していた。
手にはエミリ専用の魔道武器、例の恐ろしい鞭を握りしめている。
「エミリ!?」
エミリが駆け出した先には、もう一人の竜人の護衛、狐目の男が体から緑の魔力を放ちながら、ドラゴンへと変身しようとしていた。
ガオザンの従者の悪魔たちが囲んで魔力で抑え込もうとしているが、ドラゴンから放たれる魔力と拮抗しているようだった。
「エミリ!!」
心配で声を上げる。
エミリは一瞬振り向いたが、大丈夫だというように、ニコリと笑った。
少し離れた所で立ち止まると、長い鞭をしならせ、勢いよく狐目の男の体に巻きつかせた。
ドラゴンへと変化途中の大きな体は、鞭を簡単に引きちぎりそうに見えた。
だが、ドラゴンは苦しそうな鳴き声を上げる。
「ギャアアアアアアーー!!」
鞭に仕込んだ雷の魔法がドラゴンの全身を包み込み、眩く光り出した。
この鞭をくらったことのあるリパーフの顔がサァと青ざめた。
「…俺には、手加減してくれてたんだな」
電撃は止まらない。
「ギャワワワワァァァーーーー!! グゥ…ゥゥ…ウッ…ゥゥ……ゥ………ァゥ……………」
ドラゴンの悲痛な叫び声はいつまでも続き、だんだんと力尽きたように小さくなっていく。
体表が消し炭のように黒く焦げ、か細い掠れた悲鳴を上げるドラゴンは、悪人だと分かっていてもここまでするのは残酷に思えた。
元来、人の魂を奪い取る性質を持つ悪魔たちでさえも良心が痛んだ。
さすがに見ていられなくなったリパーフがエミリに声を掛ける。
「お、おい。もうそろそろ止めてもいいんじゃないか!?」
振り向いたエミリの目は笑っていた。
「え? まだ意識がございますわ?」
意味が分からないという返事を返す。
「あ、うん。まあ、確かにそうなんだが…」
「当然、意識を刈り取るまでは続けますが? それよりも…」
エミリの視線の先をリパーフも見やった。
大きく膨らんだ青い魔力に包まれたエドゥー王子がぼんやりと姿を歪ませ、ムクムクと体積を増やしている。
「あちらの対処をしていただけると助かります」
「…ああ、確かに、そうだな」
リパーフの瞳が細められ、ギラリと光った。
腕まくりをしながらエドゥーへと向かう。
止める者がいなくなったので、結局、エミリは狐目の男が気を失うまで電流を流し続けた。
この様子を見ていたベスティア王国の者やザータン王国の者たちは、エミリの姿を見かけると逃げるようにどこかへ行ってしまうようになるのだが、それはまた別の話だ。
犯行に及んだ裏切者の従者がアッという間に取り押さえられ意識を刈られても、エドゥーの怒りは静まらなかった。
すでに彼の目には何も入ってこなかった。
信頼していた護衛に裏切られ、心をなかなか許すことが出来ない自分が唯一、心の底から信頼していた幼馴染の命が奪われた。
激しい怒りと苛立ち、深い悲しみ、絶望的な孤独感が、内にどす黒く、深く重く溜まっていく。
「ぐぅっ…許せぬ、許せぬ…何故だ、なぜ皆、我を裏切るのだ、なぜ我を見限るのだ…!!!」
ま、マズいわ!
早く鎮めなければ!!
そう思って、エドゥーの方へと向かおうとするが、なかなか足が進まない。
まるで、生まれたての子鹿のよう…というか、ごめんなさい。
可愛らしい表現過ぎました。
そう、正確にいうと、コントに出てくる老婆のように、膝があり得ない程にガクガクブルブルと大きく震えて、まともに歩けない。
いや、震えながらも一応前に進めるんだから、進歩した!
偉いぞ、私!!
自身を励ましながら、やっとの事で辿り着くと、彼の前で両手を広げた。
「お、おおお落ち着いてくださいませ、エドゥー様! た、たまたまです! たまたまですわ! たまたま偶然にも、あなた様の護衛が裏切者だっただけなのです! 従者は裏切ってはおりません! しかも、彼はあなたを庇いました! それに彼の…ぐわっ!!」
命は無事です!と言おうとしたのに、エドゥーの凄まじい咆哮で遮られた。
「グオォォォォォォーーーー!!!」
エドゥーから放たれた膨大な魔力のオーラが弾け、私はゴロンゴロンと後方へ回転しながら吹き飛ばされた。
ガオザンが空中を飛んでゴロゴロ転がる私の後方へ立つと、指をパチン!と鳴らす。
私の体が持ち上がり、彼の隣にふわりと浮かんだ。
「無茶だよ。もう君の声は届いていない」
「そんな…。あ、あの、ありがとうござい…?」
一応、助けてもらったからとお礼を述べようとすると、ガオザンは口に手をやり、クスクスと上品に笑い出した。
「ふふっ、分かってる? この前もだけど、今の恰好も酷いもんだよ?」
「なっ!?」
私の恰好!?
そんなもん、今はどうでもいいだろう!
そりゃあ、地面を何回もゴロゴロと転がったし、当然だ。
髪もボサボサでドレスは土で汚くなったし皺クシャで、それはそれは酷い有様だろう。
だから何だ!? と、見返す。
巨大ドラゴンが暴走して町を破壊し出すかもしれない危機的状況下で、私の姿なんてどうでもいい!
「ハハッ、君はホント、王女らしくないよね。ごめんごめん。でもさ、君って嘘つきだね」
「え!? 嘘つき!?」
「犯行を犯すのは一人だけじゃなかった? これって、どういう事?」
「あ…! た、確かに。も、申し訳ありません。そう思っていたのですが…」
「まあ、仕方ない。やれる事はしようか。君たちはどこかに隠れてて。彼を抑えるのは骨が折れそうだね」
ガオザンは面倒そうに、ハァとため息をついた。
私を地面に降ろすと、彼の従者らと共に、いつの間にか完全にドラゴンの姿へと変わったエドゥーの周りを取り囲んだ。
リパーフら獣人も獣の姿へと変わっていた。
彼らも巨大ドラゴンの足元を囲んでいる。
そして、激しい戦闘が開始された。
魔力と魔力がぶつかる。
獣が地面を走り回り、悪魔が空中を飛び回る。
巨大ドラゴンは彼らに向けて、口から炎のブレスを放つ。
大きさは違えど、ゴ〇ラ映画を思い出していた。
「…止められなかった」
私はライフル銃を握りしめたまま呟いた。
狐目の護衛を片付けたエミリが私の後方へ控える。
「ガオザン様とリパーフ様はどこまでやってくださるでしょうか…。姫様、いざとなったら、ご決断を」
私は後ろを振り向いて頷いた。
夜空には大きな花火が上がっている。
こちらからは町が見えるし、町の住人にもこちらが見えているかもしれない。
祭りの日だし、なにかの催しだと思ってくれていればいいけど。
この国の騎士団には知られたくない。
その前に片を付けてしまいたい。
この孤独で傲慢な王子の為に。
戦況は思わしくなかった。
力が拮抗し、膠着状態だ。
ガオザン率いる悪魔は空中から、リパーフ率いる獣人は地上から、ドラゴンが他へ行かないように、足止めをするのでいっぱいいっぱいのようだ。
ドラゴンの力が尽きる予兆は見られない。
「やっぱり無理か…」
エミリは頷いた。
「準備いたします」
使いたくなかった最終手段を使うしかない。
ボイルはしっかりした造りのケースを取り出した。
頑丈な鍵がかかったその箱を、慎重に、そっと地面に下ろした。
「ギャウルルーーーー!(兄様ーーーーー!)」
可愛らしい声が聞こえた気がした。
私はキョロキョロと辺りを見回す。
「ギャウルルー! ギャルリギュルリルリ!?(兄様ー! いったいどうしたっていうの!?)」
パタパタと小さな鳥が飛んできたかと思ったが、それは青と白の鱗を纏ったドラゴンだった。
「ライザ!? ダメよ、こっちは危ないわ!!」
今のエドゥーには、誰の声も届かない。
それがたとえ自身の妹の声だとしても。
ライザは私に気付いたけれど、止まらなかった。
「ダメよ! 離れて!」
「ギャウルルーーー!!(兄様ーーー!!)」
この時ほど、私に魔法が使えたらと思ったことはなかった。
魔法を使えず、空を飛べない私は、ライザを止めることが出来ない。
ライザは小さな羽を一生懸命に羽ばたかせ、一心に巨大ドラゴンへと向かって行く。
エドゥーの狂った瞳は小さなドラゴンの姿を認めた。
そちらを向いて大きく口を広げると、凄まじい威力のすべてを焼き尽くす炎を放った。




