31. リパーフ・ベスティア
「何事なの?」
いやーな予感がして、階下から聞こえる声に集中する。
どうも聞き覚えのある声の主が、宿屋の夫妻に難癖をつけているようだ。
ドスドスと足音がして、急いで階段を駆け上がって来たのはボイルだった。
「姫様!」
バタンと勢いよく扉が開かれ、焦った様子で部屋へ入ると扉を閉める。
「ベスティア王国の王太子だと名乗る男が階下で騒いでおります! 姫様への謁見を希望しておりますがどうなされますか!?」
ああー…うん。やっぱりそうか。
聞いたことある声だと思った。
でも、どうしてここへ?
今はマテウスやオリアナ姫たちと一緒に劇を観覧中のはずだ。
私はハァとため息をついた。
無視するってわけにはいかないよね。
腐っても彼は攻略対象者。重要人物だ。
それに、何故か責められているトマスさん夫妻が可哀そうだし。
「急いで支度するわ。大人しく待つように伝えて」
騎士2人を部屋の外へ出すと、急いで持って来てもらった水で顔と体を拭いてドレスに着替える。
この国に滞在中は人手が少ないので簡単に脱ぎ着出来る服しか持って来ていない。
エミリが何らかの理由でいない時を想定して。
紐やボタンで留めてあるように見えても実はマジックテープになっていて簡単に留められたり、ゴムで伸縮させて被るだけで留める必要がないように作られている。
さすがに髪は1人で結えないのでそのまま下ろしておくことにする。
手早くメイクも済ませ鏡で全身を確かめる。
病人だし、こんなもんでいいよね。あのリパーフ相手だし。
昨日の失礼な物言いを思い出す。
彼に対しては気取って淑女ぶる気になれない。
あんな奴にどう思われたっていいもんね! フンッ!
私が1階に下りると、項垂れる夫妻と彼らに不満な顔を向けるリパーフがいた。
彼の護衛達は部屋の隅で静かにたたずんでいた。
「お待たせいたしました」
リパーフは顔をこっちに向け私の姿を認めると、ニカッと笑った。
昨日の険しい目つきとは全く違う。
別人のようだ。
笑ったその顔には無邪気さが漂い、年齢よりも若く見える。
私が好む紳士で優し気な男性とは正反対なワイルドなイケメンなのだが、少年のような笑顔には破壊力がある。
キラキラとエフェクトがかかっているように見え、私はパチパチと目を瞬かせた。
「よう! 風邪ひいたんだってな。アンデッドでも風邪ってひくのか?」
昨日に引き続きまたも失礼な物言いだが、眩しい笑顔から裏は感じ取れない。
もしかして、単に思ったことが口から出てしまう王子らしからぬ性分なだけなのかも。
外交に軋轢を生まないか心配になったが、そこは私が気にしてあげる必要はない。
ジーッと観察しても、彼にアンデッドを蔑んでいる様子は感じられなかった。
なので、素直に答える事にする。
「まあ、ええ。アンデッドも人間と同じように病気になったり怪我をします。…ところで、今日は劇を見に行かれたのではないのですか? 何故、このような所に?」
リパーフは困ったようにポリポリと頭をかいた。
「…いや、昨日は自己紹介もしなかったなと思ってな。俺はリパーフ・ベスティア。ベスティア王国の王太子だ」
リパーフの顔は赤い。
今更な自己紹介は、彼自身も恥ずかしいようだ。
思わずクスリと笑いそうになってしまうのをグッと堪え、小さく頭を下げた。
「私はアンデッド王国の王女、イザメリーラですわ。ご紹介ありがとうございます。それをおっしゃる為に、わざわざお越しになったのですか?」
「いや、えーっと、うん、そうだな…」
リパーフは笑顔を引きつらせながらゴシゴシと頭をかいたが、意を決したように「いや、違う!」と頭を下げた。
「すまなかった! あれからシュレイに散々怒られた! 人前であんな事を言って悪かった!」
へえ、と私は見直した。
このやんちゃそうな王子が、王女とはいえアンデッドの私に頭を下げるとは。
「あの時は驚きましたが…。そのように頭を下げられるのならば、許します。思ったことが図らず口から出てしまったのかもしれませんが、淑女に対し、2度とあのような事はおっしゃられない方がよろしいですわよ」
けっこう恥ずかしく、傷ついたからね。
外交1日目からしてハードなスタートだった。
「いや、すまん。もう二度と言わない。許してくれて感謝する」
リパーフはもう一度悲痛な表情で頭を下げると、顔を上げ、ニカッと笑った。
「じゃ、仲直りも出来たし、俺達はもうダチだな!」
「はあ!?」
おっと。
慌てて口を押さえた。
リパーフの単純思考につられてしまったか?
だが、彼はこちらの様子は全然気にしないで、トマスさん夫妻を睨みつけた。
「お前、昨日からこんなもん食ってたのか?」
チラッと目をやった彼の目線の先を見ると、食堂のテーブルの上には夫妻が用意した、たぶん私用の昼食が並んでいる。
昨日と同じく具の入っていないスープと硬そうなパン。それに野菜ときのこの料理が少量お皿に盛られていた。
「量も質も最悪だ! こんなもん客に出すなんて、この宿屋はどうなってるんだ!?」
歪めた唇から、鋭い犬歯が覗く。
リパーフの迫力にトマスさん夫妻は震えあがった。
詰め寄られ、恐る恐るトマスさんが答える。
「い、いえ、しかし、我々庶民は毎日これを食べております。国からも、客人にも同じものをお出しするよう言われておりますので…。それに、そもそも私達には食材が手に入りません。国からの支給でもなければ…」
「そちらの料理はこういった物じゃないの?」
リパークのフランクさにつられて、私の口調も砕けてくる。
だが、いっこうに気にする様子もなくリパーフは答えた。
「ああ、全然違うぞ。昨日の歓迎の宴の料理くらいの量と質だ。人間では食べきれない程の量だな。まあ、俺達にとっちゃ、ちょうどいいくらいだ」
へえ。
そうかなあと思っていたけど、やっぱり私は冷遇されてるんだな。
ゲームの中でイザメリーラがずっと機嫌が悪かったのは、こういう事か。
「量はいいんだが、味がなぁ」
彼の言葉に、思わずコクリと頷いてしまった。
ダ、ダメだ! 雰囲気につられる!
私はゴホンと咳ばらいをすると、ゆるりと微笑んだ。
「トマスさん夫妻はよくしてくれています。きっと彼らにはこれが精一杯なのでしょう。あんまり無理は言えませんわ」
「いやいや、だが、これはいくらなんでも酷いぞ?」
リパーフは逡巡した後、「よし!」と自身の腰を叩いた。
「俺がなんか捕ってきてやるよ! ちょっと待ってろ!」
ケモミミ御一行は宿屋の玄関扉を勢いよく開けて飛び出して行った。
それを唖然と見送る私達…
エミリ2号?
うーん、それにしてもエミリ遅いな。どうしたんだろう?
彼女の事だから大丈夫だとは思うんだけど、食材の入手によっぽど手こずっているのかな?
それから15分くらいのち。
勢いよく扉が開いて肩に太い枝を担いだリパーフが現れた。
「ハッハッハッー! 俺の勝ちだー!!」
大声で笑いながら機嫌よく表れたリパーフに担がれた枝には、大きなイノシシがくくり付けられていた。
血抜きしながら歩いて来たようで、切られたイノシシの首からダラダラと血が流れていた。
のちに続くお供の獣人たちも鳥やウサギを肩に担いでいる。
「どうだ!? 俺の獲物が一番大きいだろう!!」
得意そうに胸を張りイノシシを突き出されたが、大量の血を見せられて、ただただ気持ちが悪くなった。
うっぷ!
ううっ、やっぱりまだ本調子じゃないのかもしれない。
その時、玄関扉が再び開いた。
「お、お待たせいたしました姫様! 遅くなってしまい申し訳ありませんー!!」
エミリがカゴを抱えて帰って来た。
浅いカゴには数種類の野菜とキノコがのっている。
「店を回ってもこんなものしか手に入らず…って、ああっ! あなた達は!?」
エミリはケモミミ御一行に驚いて後ずさった。
そしてカゴを素早くテーブルに置くと、剣に手をやり臨戦態勢をとった。
一方、リパーフは少しも警戒した様子を見せず、面白そうにニヤリと笑った。
「待って、エミリ! 彼は謝りに来てくれたのよ!?」
「え、まさか…?」とエミリは訝しんだ目を私に向ける。
リパーフはエミリの持ってきたカゴの中をジロジロと見ると、「勝ったな!」と満足そうに笑った。
「おい亭主! これで食事を作れ! 急いでな!」
トマスさんが奥から出てきて、狩られた動物たちを見て目を丸くする。
「ま、まさか、森から無断で捕ってきたんですか!? そんな勝手なことを…!」
トマスさんは震える手でイノシシを受け取る。
ネラさんも出てきて、二人で顔を青くしている。
私はまたもいやーな予感がした。
ネラさんは手を握りしめ、泣きそうな目をしている。
「あ、あの…、森の動物は無断で捕ってはいけないことになっているんです。この国ではすべての生き物が世界樹の恵みとして国に管理されています。このような事が知れたら、どんな罰を受けるか…」
はい、了解しました。
これも全て私のせいにされるんですね。分かります。
私は遠い目をした。
「ふーん、そうなのか? でも、もう捕ってきちまったんだから仕方ないだろ? さっさと料理しろ。上手く作れよ?」
リパーフの言葉に、トマスさん夫妻は諦めたようにイノシシを持って厨房へと引っ込んだ。
リパーフの部下たちも厨房へと入り、残りの獲物を置いて出て来る。
私は暗い顔で、ドッサと食堂に置かれた木製の椅子に腰を下ろした。
「まあ、そんな心配するなって。全部俺が勝手にやった事なんだし。何か言われたら俺の名を出しゃあいい。こっちで対処するから」
リパーフはそう言って隣に座ると、励ますように私の背中をバンバンと叩いた。
「いつの間に、そんな仲良くなったのですか?」
エミリが不思議そうに私とリパーフを見比べた。
別に仲良くないから。
まったくの勘違いです。
その時、厨房からネラさんの焦った声が聞こえた。
トマスさんの苦しそうな唸り声もする。
どうしたんだろう?
リパーフは席を立つと厨房へとずかずかと乗り込んでいった。
私も心配になり、すぐ後を彼のお供の人達と一緒に厨房の中へ入った。
すると、トマスさんは片腕を押さえうずくまっていた。
「おい、どうした!?」
リパーフはトマスさんに駆け寄る。
夫妻に事情を聞くと、どうやらトマスさんの吊っていた片腕の状態はかなり悪いらしい。
イノシシを捌くために動かそうとしたら激痛が走ったようだ。
「しゃーないな。俺に任せろ!」
リパーフは包丁を手に取ると、イノシシに刃を入れた。
「だ、大丈夫なのですか!?」
「任せろ! ベスティア王国では成人した奴は動物くらい1人で捌けなければ1人前には認められん!」
そ、そういうもんなの!?
お供の人達を見ると、うんうんと頷かれた。
そ、そうか。
まあ、本人がいいなら任せておこう。
ところで…と、トマスさんに目をやる。
ネラさんに支えられて立ち上がったが、痛みで額に脂汗をかいている。
「こちらに連れて来て」
私はトマスさんを椅子に座らせると、巻かれた包帯を取った。
赤く大きく腫れあがっている。
そっと触ると、熱を持っていた。
「これはひどいわ…。エミリ!」
エミリは頷くと、テキパキと2階に上がっていった。
そして袋を手にして下りて来る。
「医者には見せたのですか?」
「は、はい…。痛み止めは飲んだのですが…」
「え!? それだけ!?」
私は袋の中から1本の細長い瓶を取り出すと、栓を開けトマスさんに手渡す。
「まずはそれを飲んでください」
トマスさんは戸惑いながら受け取ると、ネラさんと顔を見合わせる。
そして、決心したように勢いよくゴクンと飲んだ。
次に別の瓶を出すと、中身を腕へとトロトロとかけた。
そして今度はクリーム状の薬を優しく患部に塗った。
レントゲンがないので分からないが、この腫れ方は骨が折れているみたいだ。
腫れと痛みは私の薬で治まると思うけど、ひどい折れ方をしていたら変な位置で固定されてしまうかもしれない。
うーんと顎に手をやり考える。
薬は作れるけれど、医療行為は専門外だ。
「ちょっと失礼します」
灰色の耳を生やしたお供の1人が私の前に割り込んだ。
彼はトマスさんの手を取ると、患部をグッと掴んだ。
「うぎゃあ!!」
トマスさんは苦し気に叫んだ。
「大丈夫です。骨のズレはなさそうですよ? 細かく折れた訳でもなさそうです」
そう言って、私の顔を見て微笑んだ。
考えていることが分かったのだろうか?
「ありがとうございます」
思わずそう言うと、「何故あなたが礼を?」と男性はクスッと笑った。
トマスさんとネラさんはハッとして私と男性に慌てて頭を下げた。
「「あ、ありがとうございます!」」
私は「いいえ」と首を振ると、「腫れが引くまで動かさない方がいいわ」と言って、袋の中から新しい包帯を取り出し腕に巻いた。
「でも…困りましたわ。主人が調理担当なんです。私は動物を捌くことも、お料理も得意ではなくて…」
「おい! 終わったぞ!」
厨房から声が聞こえた。
私は、うん!と頷くと立ち上がった。
王子が動物を捌くなら、王女がお料理してもいいよね?
私は厨房へと突入して、止める騎士やエミリを無視して昼食を作った。
あ、ちゃんとトマスさんが作った昼食も温め直していただいたけどね。
量が少なかったから余裕で食べられた。
そして私の作った料理は、まあまあな普通の出来。
プロの料理人のようにはいかないけど、前世では忙しい両親に代わって散々作らされていたから、料理は不得意ではない。
一人暮らしを始めてからも自炊してたし。
ただ、アンデッド王国から持ってきた調味料は日本と同じとはいかないし、慣れない厨房だし、ブランクがあるしで。
凝った料理にはしないで、あくまで炒めたり煮たりしただけの庶民的な料理。
まあ、これが現状の限界だった。
「うん! うまいぞ!?」
大食いを自負していただけあって、ケモミミ一行はガツガツとものすごい勢いで口に放り込んでいる。
アンデッド一行はそんな彼らに呆気に取られながらも、モグモグと口を動かしていた。
もちろんトマスさん夫妻にも提供した。
トマスさんは片手で食べにくいだろうが、ネラさんがいるから大丈夫だろう。
彼らは厨房で食べているようだ。
昨日からの食事は、トマスさんが痛みを堪えて作ってくれていたのだと思うと、早く気付いてあげられれば良かったとちょっと後悔した。
「ああー、うまかった! あっちの飯よりいい!」
盛られた料理がすべてなくなると、リパーフは満足そうに膨れた腹をさすった。
耳がへにゃりと後ろに倒れ、腹をさする手と連動してピコピコと動いている。
どうしよう…可愛いっ!!
凶暴で恐ろしいイメージしかなかったのに、けっこう気さくで親しみやすいと分かった。
いつも王女としての品格を失わないように気を配っているのだが、それにはずいぶん肩がこる。
リパーフを前にすると、そんな緊張とは無縁の自然体でいられる気がした。
ジーッと彼らの耳を観察する私に気付いたリパーフが、自身の耳を指さした。
「触ってみるか?」
「え!? いいの!?」
「ああ、ほら」
リパーフは触りやすいように頭をこちらに突き出した。
彼のお供達が「えっ!? 王子!?」と言ってざわつく。
彼らの反応を見て躊躇していると、リパーフはハハハと笑った。
「獣人の耳を珍しがって、触りたがる奴は多いんだ。いいぜ。昨日の詫びだ。お前らもいちいち騒ぐな」
そう言ってお供達を黙らせた。
「あの…いいでしょうか?」
私の問いに彼らが諦めたように頷いたので、恐る恐る金色の頭に手を伸ばす。
耳を覆う毛はツンツンと立っているが思ったよりも柔らかく、手の平にフワフワとしたくすぐったい感触が伝わる。
昔飼っていた大型犬が耳の後ろを刺激すると気持ちよさそうにしていたのを思い出して、指先でかいてみた。
「ちょ、おまっ!」
リパーフはビクッとして体を起こした。
顔が真っ赤に染まっている。
「なんちゅう触り方してんだよ!? 意外に遠慮がないな!」
口元を手で押さえ、赤い顔を隠した。
やだ…可愛い…!
なにこの可愛い生き物!
「姫様? 鼻息が荒いです」
いや、仕方ないよエミリ。
イケメンや美女大好きだけど、動物も大好きなんだよ。
彼は2つも備わってんだよ?
反則だよ?




