18. ザータン王国第二王子 キフェル
ボイルの手の中で、コウモリはジタバタともがく。
「キーキ! キキッ!!(貴様ら、いい加減にしろ! 不敬罪だぞ!!)」
「あら、不敬罪ですって? ただのコウモリに見えますけれど、一体どちら様ですの?」
私はコウモリに顔を近づけ問いかける。
「ふんっ、聞いて驚くなよ。私はザータン王国 第二王子 キフェル・ポイフェイだ!」
「えっ!? あなたが、あのキフェル様ですってー!?」
私は口に手を当て、驚いたふりをする。
やっぱり!! クフフ、こんなに早く見つけられるなんて、なんというラッキー! 探し回らなくても、向こうからやってきてくれるとは、飛んで火にいる何とやらだ。
ザータン王国の悪魔は魔力が強く、自在に魔法を操ることが出来ると聞く。コウモリに化けられるとは知らなかったが、私の勘が当たったようだ。やったね!
一方、コウモリを掴む騎士ボイルは、目を真ん丸にして、顔色がいつもよりさらに青くなる。
私は眉を寄せ、疑わし気にコウモリを睨んだ。
「ええー!? でも、ただのコウモリに見えますわ。本当にキフェル様ですの?」
「そうだ! まったく、無力なアンデッドは魔力で探る事も出来ないのだったな。仕方ない、今、本当の姿を見せてやる!」
コウモリはそう言うと、ボワン!と人の姿…正確には悪魔の姿に変わった。背中には真っ黒なコウモリのような翼がある。
あれ? まだ翼が…って、ああ、あの羽は悪魔の標準装備か。
目の前には、フワフワとカールのかかった柔らかそうな金色の髪に、紫の瞳をした美少年が立っている。
キフェルの顔は初めて見るが、ゲームで見たガオザンそっくりなので、彼がキフェルで間違いないだろう。
キフェルは、ゲームの攻略対象者であるガオザン・ポイフェイの弟にあたる。ガオザンも金髪に紫の瞳で、キフェルと色彩は同じ。顔の造りも似ている。二人とも中性的な優し気な見た目をしているが、キフェルの年齢がまだ低いせいか、もっと女性っぽい雰囲気だ。
きっちり、パリッと皺のないタキシードのような真っ黒な衣装をまとい、中には白い襟のシャツ。首元には細い黒のリボンを付けていて、いかにもなおぼっちゃま。育ちがいいのが良く分かる。
「まあっ、本当ですわ!」
私がちょっとわざとらしく声を上げると、キフェルは胸を張り、私達に蔑みの視線を向けた。
「これは失礼いたしました。私はアンデッド王国王女、イザメリーラと申します」
貴族の礼をして顔を上げると、キフェルはフンッ!と鼻息を荒くして言い放つ。
「おいっ、貴様ら! よくも私をぞんざいに扱ったな! お前達がした無礼は、我が祖国ザータン王国に報告する! 特にそこの男! 死人の分際で私を鷲掴みにするとは、それ相応の処罰をするからな!」
キフェルに指を差されたボイルは、ガタガタと震えて後ずさる。
私は可哀想な怯える騎士の前に立つと、不思議そうに首を傾けた。
「あら? でも変ですわ。昨日の夜、シンマーの控室でもコウモリの姿をしたキフェル様をお見掛けいたしましたの。控室は関係者以外立ち入り禁止のはず。キフェル様はシンマーの関係者ですの?」
キフェルはギクリと体が震えた。そして、両手をわしゃわしゃと動かす。
「そ、そうだ! 私は関係者だから、シンマーの控室にいても何の問題もない!」
「まあ、そうですか! じゃあ、シンマーに直接聞いてみますね!」
私はピンクの通信機を取り出して、ポチポチと操作し出した。
キフェルは怖い顔をすると、慌てて私の手を掴む。
「ま、待て! 止めろっ!」
私は顔を上げ、ニコリと笑った。いや、ニヤリだろうか? 私にピッタリな悪役の微笑みだ。
「では、私達の不敬と一緒に、キフェル様がシンマーの控室に無断で出入りしていた事もザータン王国 国王様へご報告いたしますわ。そして、心からのお詫びをいたします」
今度はキフェルが怯える番だった。
「わ、私を脅すのか!? そ、そんな事をしても、貴様らの不敬は変わらんぞ!」
「あら、何をおっしゃっておられますの? 私達はただコウモリを捕まえただけですわ。まさかキフェル様がコウモリに化けていたなんて知りませんでしたもの。そうでしょう? それに、この国にお勉強に来ているはずのあなたが、そのような姿で街を飛び回っているなんて、いったい誰が予想できまして? はあ…、それにしても、あなたがシンマーの周りをコソコソと嗅ぎまわって、犯罪者のような真似をなさっていることをお国の人々や、あなたのお父様が知ったら、どうお思いになるでしょうねえ?」
私が顎に手を当て首を捻ると、キフェルは唇を噛んでワナワナと震えたのち、諦めたようにガックリと項垂れた。
ふんっ、私に口で勝とうなんて100年早いわ! こう見えて、中身は君よりも、かなり年上なのだ。うん、別に嬉しくないけど。
今回の旅の目的はシンマーとお近づきになる事だが、それは、この彼、キフェル王子が留学先のこの国でシンマーの追っかけをしているらしいという情報を、ザータン王国を調査してくれていた貴族からもたらされたからだ。シンマーと親しくなれば、キフェルの動向を掴みやすくなると期待してのことだった。
実は、ゲームの攻略対象者ガオザンの弱点が、彼なのだ。ガオザンが人の命を奪い、ついにはアンデッド王国を破滅に至らしめる暴挙に出たのは、元をただせば、キフェルの素行不良が原因だった。こいつこそが、ガオザンルートにおける厄介な問題なのだ。
ガオザン・ポイフェイのルートはこうだ。
ガオザンは悪魔が住む国、ザータン王国の第一王子だ。
彼はソフトな物腰で品行方正。常に紳士に振舞う彼は、周りから、特に女性からの受けがとても良い。髪はフワフワとカールした美しい金髪で、切れ長の紫の瞳は、いつも優し気に細められている。彼は女性を大切にするフェミニストなイケメンだ。
ザータン王国に住む悪魔は人の魂が好物で、大昔は、よく人間を襲い、命を奪っていた。当時は恐怖の対象として、人々から大変恐れられていた。
だが近年、彼らは変わった。人間の国との友好を重要視し、魂の搾取は80年前から禁止となり、国の禁忌とされた。それを破った悪魔は重い罰を受ける。
近年のザータン王国は他国と良好な関係を築き、国内情勢も平穏だ。次に王位を継ぐ予定のガオザンは温厚で能力も高く、ザータン王国には特に何の問題もないように思える。
だが、この国の王室には、一人、問題児がいた。それが第二王子キフェルだ。
ガオザンがちょうど国際交流会に出席している最中、国から知らせが届く。キフェルが留学先の国で罪を犯し、投獄されたというのだ。他国で王子が犯罪を犯すなど、ザータン王家の権威を落としかねない、最悪な事態だ。通常であれば、国の全総力で、なるべく穏便にもみ消すところであるが、被害者がその国の重要人物であったため、そうも出来なかった。
しかも、キフェルの所業を聞いたザータン国王は怒り狂い、彼に勘当を言い渡した。王は彼を見捨てたのだ。
その知らせに、心を痛めるガオザン。
キフェルは我儘で甘ったれた性格だが、兄ガオザンの事は尊敬していて、兄弟仲はとても良い。ガオザンは幼い頃からキフェルの面倒をよく見ていて、手のかかる弟ほど可愛いのか、キフェルは彼の弱点だった。
とそこへ、祖国の有力貴族から、ガオザンに密書が届く。武力を使って強引にキフェルを連れ出し、匿ってやるというのだ。
だが、タダではない。
貴族は、キフェルを救うための対価として、10人分の人の魂を要求してきた。
普段のガオザンなら絶対に破ることのない禁忌を、彼は弟を救うために破ってしまう。神樹レスポート王国内の人々の魂を、気付かれぬようこっそり搾取し始める。魂を抜き取られた人はぼんやりと抜け殻のような状態になり、3日後には死に至る。
そしてなんと、ガオザンが人から魂を抜く瞬間を偶然目撃してしまったオリアナ姫までもが、口封じの為に魂を抜かれてしまう。
オリアナ含む10人分の魂を手に入れたガオザンであるが、しかし自分の行いを後悔し始める。元々、フェミニストである彼は、人の命、それも少女の命を奪うことに、強い罪悪感を抱いた。そして、心を失ったオリアナの瞳を見て気付く。彼女の事が好きだったのだと。
やっと自分の気持ちに気付いたガオザンはオリアナの体に魂を返し、意識が戻った彼女にプロポーズをする。
二人は固く手を取り合い、オリアナは、「犯してしまった罪は、二人で償っていきましょう」と彼を励ます。
魂が一人分足りなくなったので、たまたま居合わせたイザメリーラから抜き取り、10人分の魂が集まったところで、その全てを貴族の使いに渡す。そして後日、貴族の武力部隊によってキフェルが救出され、無事、祖国に戻されたと知らせが届く。
ホッと胸を撫で下ろすガオザンだったが、彼のやった事が、ザータン王国国王の耳に入ってしまう。第二王子を救うためとはいえ、国の禁忌を犯したガオザンは、このままでは国に帰っても犯罪者となってしまう。
悩んだガオザンは兵を立ち上げ、アンデッド王国へと攻め入る戦略に出る。そして、戦いに勝利し、アンデッド王国を手中に治めた彼は、その手柄と共にオリアナと祖国に帰り、新王となるのだ。
めでたし、めでたし…って、なんでやねん!
フェミニストなんでしょ? イザメリーラも女性なんだけど? アンデッドは人間じゃないから優しくする必要ないってか!
この王子も、ドラッフェン王国のエドゥーと同じだ。自身の名誉回復の為にアンデッド王国を陥れるなんて身勝手過ぎないかい!?
しかし…と、目の前の美少年を見やる。最初の強気の態度とは一転、おどおどと目を泳がしている。シナリオを知っているお陰で、こうして、まだ犯罪者として捕まる前のキフェルに会うことが出来た。
ゲームをしている時は、彼の犯した罪がなんだったのかは分からなかった。てっきり、留学先の国で人の魂を食べちゃったのかと思ったら、まさか、シンマーに対するストーカー容疑とは予想していなかった。いや、住居侵入容疑か? はたまた強制わいせつ容疑だろうか…? まさか、〇〇容疑とか…!? 2年後、彼は何の罪でお縄になるのか、想像したら怖くなってきた。
私はゴクンと唾を飲み込むと切り出す。
「ここでは何なので、静かにお話しが出来る場所に移動しましょう」
いつまでもレストランの店先で話していたら目立ってしまう。彼も私も王族だし、人に聞かせられる話ではない。しかし、私はこの国に詳しくないので、人のいない、静かな場所が思い当たらない。魔道列車に乗って、私達が泊まったホテルまで戻るしかないかな?
キフェルはレストランの入り口に名残惜しそうな視線を送ると、紫色の瞳を潤ませ、ポツリと呟く。
「シンマーと同じケーキが食べたかった…」
私達は出て来たばかりのレストランに再び入った。可愛らしい顔でそんな事を言われたら、ケーキをご馳走したくなった。前世からの性で、イケメンに弱いのだから仕方ない。
私とキフェルは向かい合わせに座ると、キフェルはチョコレートケーキを注文する。店員が下がると目を閉じ、片手を前にかざした。そして目を開くと、ぶっきらぼうに言った。
「周りに防音の結界を張った。話があるなら早くして」
え? 防音の結界!?
そういえば、周りの音が聞こえなくなった。
アンデッド達は魔法を使えないので、魔法に関する知識はほとんどない。せっかく魔法のある世界に生まれ変わったのに、その力を使えないのは本当に残念だ。アンデッド以外の種族に生まれていれば、魔法を使える可能性もあったんだけどね。
ま、それはさておき、話し合い開始だ。
「…お聞きしたいのですが、どうしてコソコソと嗅ぎまわるような事をなさるのですか? 堂々とお会いになればよろしいのに」
キフェルは口を尖らせる。
「最初はそうしてたよ! でも、シンマーが会ってくれなくなったんだ。プレゼントも、受け取ってもらえなくなった」
「えっ!? まあ、それはどうして?」
キフェルは可愛らしい顔の眉間に皺を寄せて、拗ねた口調で話し始めた。誰かに愚痴を聞いてもらいたかったのか、元々おしゃべり好きなのか、ペラペラと不満をぶちまけた。
彼の長い話を要約して結論を言うと、どうやらあまりのキフェルの執着ぶりに、シンマーがぶちぎれてしまったようだ。毎日面会を要求し、シンマーのプライベートにまで口出ししたらしい。
シンマーの怒りは収まらず、会う事も、贈り物の受け取りも拒否されている状況のようだ。
そこへ、若い女性店員がケーキを運んで来た。キフェルは片手を前に出し、結界を解く。ケーキが置かれるとすぐにまた結界を張りなおした。
はあ、便利だねえ。いいなー…
キフェルはケーキを頬張りながら話を続ける。
「オフの日にデートに誘ったんだ。…でも、先約があるからって断られた。だから、後をつけてちょっと嫌がらせをしちゃったんだ。しょうがないだろ!? 私の方があいつらよりもっとシンマーの事、大切に出来るのに、あいつらの方を取るから!」
「…そう」
「お前も、シンマーとお出かけしたからって調子に乗るなよ。シンマーには何人も恋人がいるんだからな。これから仕事があるって言ってたのは嘘だ。シンマーは彼女たちに会いに行ったんだよ。今日は、一日ずっとオフのはずなんだから」
は? 今、なんて言った? ちょっと耳がおかしいみたい。
「あの…、彼女たち…?」
「ん? ああ、知らなかったか? シンマーの恋人らは、全員女だぞ」
女!? しかも複数形!?!?
私とエミリは顔を見合わせる。
あの、妙に距離が近かったのって…、もしかして恋愛感情を持たれてたってことーー!?
シンマーの恋愛事情を知り、しばし茫然となる。かなりのショックだ。
エミリが肘で突いてきてハッと我に返る。
いかん、いかん! 今は目の前の王子に集中しなければ!
「あーあ、私が女だったらシンマーの恋人になれたのに! …しかし、このケーキは美味いな」
こんな話、キフェルは側近や知り合いにも話せなかったんじゃないだろうか? 王子という立場にありながら、アイドルオタクで、アイドルのストーカーをしているなんて、自慢できることではない。
今は、いっぱいしゃべって、ずいぶんスッキリした顔をしている。先程よりもリラックスした表情でケーキにパクつく姿は、ただの無邪気で可愛らしい少年だ。
今なら、私の話を少しは聞いてくれるかも…?
なるべく落ち着いた声で話しかけた。
「…キフェル様は、シンマーとどんなお話をされたんですか?」
「どんなって…、そうだな、ザータン王国の素晴らしさや、我が国に来れば、どんな贅沢な暮らしが出来るか話したぞ。だが、シンマーはあまり興味がないようだったな」
キフェルはハハハと笑った。
「…そうですか。だったら、もしキフェル様が女性でも、シンマーの恋人にはなれなかったかもしれないですわね」
「なにい!?」
キフェルはドン!とテーブルを叩いた。
大きな音がしたにもかかわらず、防音結界のおかげか、誰もこちらに気を止める者はいない。
私は一瞬ビクッと震えたが、隣に座るエミリが強い視線を向けて頷くのを見て、私も頷くと話を続ける。
「シンマーは庶民の出です。スターになる前は贅沢に憧れたこともあったでしょう。ですが、今や彼女は大スターです。一国の王ほどではないにしろ、彼女の築いた財産は相当なものでしょう」
「うっ…」
キフェルは顔をしかめる。
「しかも、それは親から受け継いだ財産ではありません。自分の力で一から築いたものです。キフェル様は、ご自身で働いてお金を稼いだことはございますか?」
「…わ、私はまだ勉強中の身であるから」
「そうですわね。ザータン王国王室の財産は、国と、あなたのお父様の財産です。あなたのものではありませんわ」
「貴様、私に対しそのような口を…!」
「ですから、シンマーを見返したかったら、振り向いてもらいたかったら、今は一生懸命に勉学に取り組むことです。そして将来、王族として、お国の為に誠心誠意勤めるのです。そうすればきっと、シンマーはあなたをぞんざいには扱いませんし、過去にあなたを拒絶したことを後悔するでしょう」
キフェルは確か14歳。今の私より一つ年下だ。だが、彼の精神年齢はまるで小学生かそれ以下。シンマーが彼を相手にしないのは当然だろう。
王族のコネで会うことが出来ても、そこから友達になることも恋人になることも叶わなかった。それはよくある普通の事だ。なのに、幼稚じみた考えで、彼女に執着し付きまとう。彼の周りには、それを諫める者がいないようだ。
このまま放置したら、2年後、彼は犯罪者になってしまう。ガオザンの件は関係なく、どうにかしてそれを回避させてあげたい! そう、強く思った。
真剣にジッと見つめると、キフェルは何か言いたげに口をパクパクと動かし、結局、下を向いて押し黙った。
私達はキフェルをレストランに残したまま、チョコレートケーキの代金を払い店を後にした。
彼が犯罪に走らないように力になってあげたい。でも、国が違うし、彼は王族だ。私がここに残って付きっきりで教育する訳にはいかないし、アンデッド王国へ連れ帰ることも出来ない。言いたい事はもっとあったが、一度にいろいろ言ってもきっと駄目だろう。今日出会ったばかり、しかもアンデッドの意見を素直に聞くとは思えない。
しばらく時間を置いて、再びシンマーに会いに来た時に、彼の動向を探ろうと思う。
そして私達は発着場へと向かった。
とりあえず今回のライツェント王国訪問中にやるべき仕事は、すべて終わった。
発着場に着くと、来たとき同様、琉金号に乗り込み、アンデッド王国へ向け出発した。