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第8話「帰還と邂逅」

 ――碧の崩壊。ひび割れた水面は世界の基盤を乱し、

 ――蒼の喪失。色を無くした空は世界の意義を失わせ、

 ――青の消滅。根幹を成すそれは世界の存在を否定した。


 〝アオ〟は少女の旅立ちに■■と言う名の祝福の音色を。



 §§§



「……」


 ラルシュタット湖の静謐の中、リアは無言で湖を見詰めていた。

 数分程前。ヨハンが神造遺物(アーティファクト)の破壊を決め、その事に若干の名残惜しさを感じていた時の事だった。

 作業中の神造遺物(アーティファクト)から強烈な閃光が放たれ、彼女の視界を覆った。

 幸い、その閃光に害はなく安堵したのだが、間近に居た筈のヨハンの姿が消えていた。

 一時的なもの、と目を擦り待ってみたものの、彼が姿を現す気配がなく、今に至る。


(……あの光は私に害を及ぼす代物ではなかった。だが、現状を見るに至近距離にいたヨハンはその影響を受けている。姿が見えないのは跡形もなく消滅させられたか、あるいは空間転移系の魔法……と考えるのが妥当か)


 リアは冷静に現状を分析を始めた。

 彼女は知っているのだ。ここで慌てても良い方向に進むことはない、と。だからリアは思案に耽る。現状の把握に努め最善策を導き出す為に。


(この二つなら後者か。選択肢には入れたものの、人が一人消滅する程の威力なら至近距離でなくとも影響、またはダメージを受ける可能性が高い。しかし私には効果は及んでいない、となると消去法で転移だが……)


 ちらり、とリアの視線が神造遺物(アーティファクト)へ向く。

 彼女の中で生まれた一つの疑問。それは、彼が何故()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事だ。


(あの距離でもアイツなら一瞬で魔法を発動させる事は容易い。その気になれば転移自体を無力化する事も出来た筈だ。しかしそれをしなかった……なら、考えられる選択肢は自然と絞られてくる。……ヨハンは()()()()()()()()()()()()()


 彼女の中でぴたり、とピースが当て嵌まる。


(だが解せない。途中までは少なくとも神造遺物(アーティファクト)を破壊する為に魔法を行使していた筈だ。それを止めてまであの転移魔法を受ける理由……。……駄目だ、わからない。アイツの行動は全く以て合理的じゃないよ)


 物事を合理的、あるいは理論的に考えるリアにとって、今回ヨハンが起こした行動は実に難解なものであった。

 小さく零れる溜息。そしてその後軽く深呼吸を一つ。

 一先ず彼の事は頭の隅に追いやる。これ以上理由を考えても事態の好転はない、と、リアは考え、意識を再び黒染の湖へ移した。


「さて、のんびり考えすぎたかな? 流石に……これはまずそうだ」


 湖の水面のみで押し留まっていた黒の魔力粒子が、徐々に地上を浸食し始めていた。

 それは硫酸の様に草木を、そして土を溶かし消す。音も無く黒が満ちる情景は、一瞬リアの脳裏に最悪な未来を過らせた。


「迷ってる時間はない、か。……仕方ない」


 リアは一歩、と右足を引く。

 そして半身になると、左手をゆっくりと伸ばした。


「〝Ⅱの翅(イグナ)〟」


 彼女の左手を中心に、赤黒い線状の魔力が展開される。さながら蝶が羽ばたくかの様に斜め四方に分かれたそれは、目標に狙いを定める為のスコープに近い。


魔を(溜めよ) 力を(溜めよ) その罪を(溜めよ)


 リアが詠唱をすると、赤黒い粒子が彼女の掌に集まり始める。

 濃縮されたリアの魔力。それは少しずつ微粒子から形状を成し始め、


「我が身体は遍く咎を裁く弓。我が()は贖罪を願う救済の一。そして我は――その(答え)を望む者なり。〝叡智〟の名のもとに。今、()の証明を」


 最終的に、掌に収まる程度の球体に変化した。

 そして、神造遺物(アーティファクト)を破壊する為に最後の一節を唱える――


「デ……」


 ――そんな時だった。


 紫色の水晶に、ひびが入った。

 それは亀裂となり広がっていく。ぴき、ぱき、と鏡が割れる様な物音を湖に響かせ、形の崩壊を示す。

 すると直後、先程と同様に淡い白の閃光を放ち始めた。


「っ……!」


 硝子の欠片が水面に降り注ぐ。

 月と星の光が幾つもの輝きとなり、湖を照らす。一欠片、二欠片――それは煌々と宙を舞い反射、水面に小さな音もなく落ち行った。

 そして、


「――……」


 その中心で、彼はふわりと舞い降りた。

 彼の爪先が水面に触れる。すると、黒染めだった湖が一斉に元の無色透明へと変わっていく。

 不覚にも、リアはその情景に目を奪われていた。


 彼女の視線に男が気付く。

 彼は行きと同様に水面を歩き、リアの元へ距離を縮めると、まるで何もなかったかの様に涼しげな微笑を浮かべ、


「ただいま」


 そんな、間の抜けた挨拶をした。

 小さな溜息がリアの口から零れる。それは安堵もあるが、(ひとえ)に楽観的過ぎるヨハンの表情を見たからだろう。


「おかえり。……全く、色々説明はあるんだろうな? この現象の事とか。神造遺物(アーティファクト)の事とか。私を放置して別の女を腕に抱いている理由とか」


 リアの視線の矛先がヨハンにしがみつくエルに向けられる。

 びくっ、とエルの肩が跳ねるも、ヨハンが宥める様に頭を撫でれば、彼女の中に僅かな安心感が生まれ、何とか平静を保った。


「うん、その辺りの事は報告も含めしっかりと。……見たところ問題となっていた魔力粒子の流出も止まっているようだし、帰ってからでもいいかな?」


「……いいだろう。私もこんな辛気臭い場所にいつまでも居たくはないからね。さっさと帰って研究に勤しみたい」


 ちらり、とリアの視線がエルの片腕、正確には彼女が持つ神造遺物(アーティファクト)に。

 過程はどうあれ、結果的に神造遺物(アーティファクト)を入手し、湖を蝕む原因の解決に繋がった。リアとしてもこれ以上此処に留まる理由はない。

 むしろ、彼女の興味はこの後の神造遺物(アーティファクト)の解析に向かっていた。


「それじゃあ戻るか。あの……あー、何だったか。名前の忘れた奴の所に」


 酷い扱いだ、と心の中で同情しながらリアの後を追うヨハンだったが、不意に、一度足を止めた。

 エルはヨハンくっついていた為、静止した理由が解らず彼の顔を見て首を傾げる。


「そうだ。エル、後ろを向いてごらん」


「……?」


 エルは言われたままに後ろを向く。

 すると、


「ぁ……!」


 見たことのない景色を一つ、その目に映した。

 繊細な天体の軌跡を寸分違わず投影し、水面を彩る。数多の星屑が透明な湖というキャンパスに点々と描かれ、その景観を一層心揺さぶるモノに変えていく。


 五感の全てが急速に活動し、情報をエルの脳へ絶え間なく送る。

 彼女の頭には幾つもの感想が湧き出た。しかし、この景色を表すにはどれも陳腐な言葉だ。それ程に、この光景は彼女の目に焼き付くものであった。


「どうだい? この景色は」


「は、い……すごく、すごいです……」


「……ふふ。そうか、なら良かったよ。実は僕も見るのは初めてでね、こんなに綺麗なんだなあ……って驚いているんだ」


 その言葉で、エルの視線が湖からヨハンに移る。


「ヨハンさんも初めて、だったんですか……?」


「うん、初めてだ。だから凄く感動している。……さっきは君の知らない景色を、とか言っちゃったけど……僕も結構知らない事はあるんだ。だから、ちょっと訂正をさせてほしい」


 ヨハンはこほん、と咳ばらいを一つ。

 そして、


「エル。二人で一緒に、知らない景色を見に行こう」


 柔らかい微笑を浮かべた。


「……! はい……!」


 それにつられ、エルも小さく笑みを零すのだった。



 §§§



「おい、御者。御者ー」


 馬車の前に立ち、リアが声を張る。静寂な森の中故に、意外と声は響いた。

 しかし、当の本人であるアルフレドは現れない。リアは首を傾げると、もう一度と声を掛けた。


「御者ー、今帰ったぞー。ご飯の時間だから早く出て来い」


「ペットじゃないんだから……それとアルフレド君だよ」


「なんでもいいだろ、別に。名前も然り」


「……名前は良くないと思うけど」


 このやりとりで嘆息を漏らすのも何回目か、と肩を落とすヨハンだったが、意識を切り替えると訝しげに周囲に視線を移す。

 あれほどに忠告と助言をし、それに対して意気揚々と返事をしたアルフレドだ。彼の性格からして此処を動くとは考え辛い。

 となれば、何か動かざるを得ない状況に陥った、と考えるのが自然である。

 ヨハンは周囲の地面に注視する。アルフレドが動いたのならば、何かしら痕跡が残っている可能性が高い。それが一番顕著に出るのが地面だ。足跡だったり地面の凹凸具合だったり、目印になるものは沢山ある。


「……あった」


 成人男性程の足跡。それがある方向へ向かっているのがわかった。


「エル。此処で少し待ってい……――」


 ――て。と、ヨハンはそう続けようとしたが、


「あ、ヨハンさん! リアさん! 良かったです、見つかって!」


 丁度彼が見ていた足跡の先から、目的の人物であるアルフレドの姿が現れ、言葉を止めた。


「見つかったのはこっちの台詞だ。待っていろ、と言ったはずだけど?」


 リアは不満げな態度を隠すことなくアルフレドに言い放つ。

 若干の威圧感を感じた為か、アルフレドは冷や汗を掻きながら口を開いた。


「ま、待っていましたよ! ですが急に閃光のような光が発したので驚いてしまい、その……」


「……ああ、逃げていたのか」


「ち、違います。緊急を要する可能性がございましたので避難をしておりました」


「……はぁ、そう」


 落胆の溜息。最早リアの中でアルフレドの評価は最底辺になったと言っても過言ではない。


「そ、そういえば。そこに居る少女は一体何方様でしょうか……?」


 彼は苦笑交じりに頬を掻き、誤魔化すように視線をヨハンの近くに居るエルへ移す。


「ああ、彼女は……――」


「――彼女はそこの湖の近くで助けた子供だよ。親御さんと離れたから一度身柄を保護する事にしたんだ」


 リアが返答を言い終わる前に、ヨハンが言葉を遮り口を挟んだ。


「かなり疲弊しているみたいでね。出来れば早く温かい場所で休ませてあげたい。早々で悪いんだけど、帰路に就く準備をしてもらっていいかな?」


 ヨハンにしては珍しく、捲し立てる様に言葉を並べた。

 そう言われては雇われただけのアルフレドには返す言葉もなく。


「……は、はい。畏まりました。少々お待ちください」


 いそいそと速足で二人の隣の通り過ぎ、馬車を動かす準備を始めた。


「……なんだ、あんな嘘まで吐いて。何かあったのか?」


 アルフレドが御者台に乗り込む様子を見て、リアが自然にヨハンの隣へ行き、小声で話しかける。


「いや、エルの事は結構事情が複雑だし、話す手間を省こうと思っただけだよ。彼に報告する必要性も感じられないしね。……後は、まあ……ちょっと気になる事があってね」


「気になる事?」


 気付かれない程度の視線をアルフレドへ。

 ヨハンは数秒程の沈黙を貫くと、


「多分気の所為だ。ごめん、忘れて」


 誤魔化す様に、笑いを浮かべた。

 リアはその表情を一瞥した途端、彼同様数秒程沈黙をしたが、すぐに首肯し荷台に乗り上げた。

 ヨハンとエルもそれに倣い荷台に乗ると、彼らは再び長い道を戻っていった。

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