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第2話

 電車に岩月さんと一緒に乗り込んだ。幸運なことに空いていたので、隣り合わせに座る事が出来た。夕暮の教室で隣り合わせに近い形で座っていたのとは、また違う。まるで肩が触れそうな距離だ。

 流石にドキドキしてしまう。彼女はどうだろう……? 少しはドキドキしてくれているのだろうか?


「神代君はさ、九十年代の歌手とか、好きなの……?」


 その言葉を聞いた時、一瞬「神代君はさ、私の事、好きなの……?」って聞こえてしまった。はい、完全なる空耳でございます。


「うーん、九十年代の歌手が好きってワケじゃないんだ。九十年代にデビューして、ブレイクした歌手に何人か、っていうか何組か好きなバンドがいるんだ。まだ活動している人たちもいるし、解散した人たちもいるよ。貸したCDの人たちはサウンドの“解体”って言っているね」


「解体?」


「元々オリジナルメンバーで最後まで残っている人たちがいないんだ。度重なるメンバー交代を経て続いた三人組だからね。まあ、でも、あの頃には“解散”って言葉を使いたがらない人たちもいたよ」


「どうして?」


「再結成したいとかの思いもあったんじゃないかな?」


 もちろん、僕が彼ら一線級で活躍していた人たちの事を事細かに知っているわけじゃない。だいたいがネットで拾ってきた情報だ。


「どうして、九十年代に活躍した人たちを好きになったの? 少なくとも子供が好きになりそうな曲はほとんどなかったと思うよ?」


 教室で歌詞カードを読みこんでいたもんなあ。確かに、歌詞だけ見たって子供が好きになりそうな曲はほとんどないもんね。


「アニメやゲームでさ、好きになったのが多いんだよね……」


 本当は言いたくないんだ。親とか親戚の影響で好きになったんだ、って言いたかったんだけど、嘘をつきたくなかった。これでオタク扱いされて嫌われるのなら、それまでの事なんだろう。


「ふうん。アニメかあ。女の子向けアニメ以外はそう多くは見なかったから、あんまり知らないなあ」


 何だろう、いちいちリアクションが可愛いように見えてしまう。リアクションなどなくても可愛いんだけど。……惚れた弱み?

 そこで、いったん会話が途切れた。もう少しで彼女が降りる駅だ。

 会話のない時間というのも、僕にとって悪い時間じゃない。普段であれば。バンドのメンバーとは多少会話がなくても居心地が悪くなるなんて事はない。でも、今日はちょっと居心地が悪い。何故なら、隣にいるのが岩月さんだからだ。いくら少しは空いているとはいえ、電車内に居る男どもの視線が痛い。“お前なんかがそんな美人と隣り合わせに座って楽しそうに会話をしてんじゃねえぞ”って視線をしている気がする。こればっかりは僕の思い違いじゃないだろう、きっと。羨ましいか? 僕も昨日まではお前たちと同じ視線を投げかけていたんだけどね!!

 なんか、知り合いも見た気がするけど、今の僕にはきにならない。

 ど、どうする……? ここで、アドレス交換なんか申しこんじゃってもいいのだろうか?

 たぶん、彼女ならそんなに嫌がる事無く、申し出を受けてくれそうな気がするけど、彼女に好意を抱く僕からすれば、一大決心が必要なんだ。

 そんな時、沈黙に耐えかねたかのように僕の携帯が鳴った。メールが来たみたいだ。


『今から俺んち来てくれ。ミーティング』


 メールの内容はそれだけだった。


「メール? 誰から?」


「井川。バンドのボーカル」


 ボーカルの井川の住む家は……。


「あ、次の駅だ。一度家に帰るよりは次で降りて、直接井川の家に行こう」


 おお、井川。イケメンと言うだけで僕の敵になりうる男だが、今回ばかりは彼に感謝をしなければならないな。次の駅と言えば、岩月さんの降りる駅だ。

 そして、目的の駅に着いた。まあ、着いたと言ってもあれから一分しか経っていないのだけれど。

 さあ、勇気をもって岩月さんに言うんだ。言え、いつ言うの? 今でしょ!?

 僕は心の中でよく分からない葛藤を繰り返していた。

 結局は岩月さんと共に、電車から降りた。その間、特にやりとりはなかった気がする。


「岩月さんはさ……」


「何?」


 うーん、駅の人工的な照明の中でも彼女の笑顔の眩しさは変わらないな。……惚れた弱み?


「親が迎えに来るとか、なの? 駅まで」


「ううん、家まで歩きだよ。十分くらいかな、歩きで」


 よし、家まで歩きだと言うのなら、言うぞ。そう、いつ言うの? 今でしょ!!


「い、家まで送るよ……」


 最後の方は小声になったかもしれないな。でも、彼女の耳にはしっかりと届いたようだ。

 顎に人差し指を添え、少し上を見上げながら思案しているようだ。


「そうだね、もうあたりも暗いし……、お願いしちゃおうかな」


 心の中で、ガッツポーズ!! もしくは心の中で万歳しながら「ヤッター!!」って叫んでいたね。まるで某海外テレビドラマに出てくる日本人俳優のように……。あれ、まだ放送されているかな? ドラマ自体は見た事ないんだけどね。

 井川の家……? そんなモノ後回しだ。




 本当に歩いて十分くらいで岩月さんの家の前まで来てしまった。

 二階建ての普通の家だ。別に大金持ちだなんて聞いた事はなかったから全然驚きはしなかったけど。

 ええい、この際だ。せっかく少しだけ仲良くなれたのに、今日はここでお別れなんてしたくない。勇気を出せ、僕!!


「ね、ねえ岩月さん……!!」


 もう少しで門に手をかけようとしていた岩月さんが振り向いてくれた。どうやら僕の声は裏返っていたらしい。振り向いた彼女は少し、噴き出しそうにしていた。


「何かな?」


「よ、よければ、メルアドとか交換しない?」


 僕にとって、この文字にすれば十文字ちょっとの言葉を捻りだすのにどれほど勇気のいた事か。でも、彼女は別に気にするでもなく。


「うん、いいよ。赤外線通信、出来る?」


 彼女も僕も、今市場に出始めたばかりのスマホなんて持っていなかった。折り畳みのガラケーだ。折り畳み携帯電話をガラケーだなんて言いだしたのは、いつ頃だろう? まあ、そんな事はどうでもいいけれど、今は。

 お互いの携帯電話を向けあい、赤外線通信でデータのやりとりを行った。やった、これで岩月さんの携帯の番号とメルアドをゲットしたぞ。


「登録完了っと……」


 そんな彼女の声が聞こえてきた。


「じゃあ、また明日学校でね。バイバイ」


「う、うん。また明日」




 



 その後、どうやって井川の家に辿り着いたかよく覚えていない。岩月さんとメルアドを交換出来て浮ついていたのだろう。よく事故に遭わずに辿り着けたものだ。

 井川の家は両親揃って音楽家だ。売れているのか売れていないのか、僕には分からないけれど。その為、自宅にスタジオがあるのだ。なのでバンドの練習は必然的に井川の家で行う事になる。

 が、その日はバンドの練習など出来はしなかった。僕が終始上の空だったからだ。


「直斗のヤツ、どうなってんの?」


「犬の糞でも踏んだのか?」


 井川とベースの岡野がどうでもいい事をくっちゃべってやがる。今の僕には、お前たちの囀りなど、聞こえないね。岡野、絶対音感があっても今の僕の嬉しさはお前には理解出来はしないよ。


「憧れの岩月を家まで送っていたもんな。そりゃ、上の空にもなるだろ」


「な、何で知っているんだ、松本まつもと!!」


 ドラムの松本の冷静なツッコミに大慌てになってしまった。え、何で知っているの?


「電車でお前らが楽しそうに喋っているのを見たんだよ。で、岩月の家まで送っていくのも見てた。と言うより、お前が送っていくよ、って岩月に言っているのもじっくり見てた」


「ほぼ一部始終じゃねえかよお!!」


 結局その後は何故岩月さんと僕が仲良く喋っていたのかを根ほり葉ほり聞かれた。葉っぱはほれないじゃないか、という意見もあるらしい。葉ほりというのは、山に行って土を彫ればいくらでも落ち葉を掘りかえす事が出来るからだという意見があるトカないトカ。まあ、これはとある小説のあとがきに書いてあった事だけど。




 練習もせず、僕は何の為に井川の家に行ったのだろう?

 あの後、冷静さを取り戻した僕は、十時過ぎに自宅に帰った。

 かなり遅めの夕食を軽く済ませた僕は、自分の部屋に戻り、緊張する手で携帯電話をとりだした。

 一番新しく登録した岩月さんのデータを画面に出す。


「いきなりお休みのメールを出すのは、失礼かな……?」


 ひとり言を呟いても、返答はもちろんない。

 逡巡する間に十一時が近付いてきた。


「ええい、男は度胸だ……!!」


『今日は色々話が出来て、嬉しかったです。また明日、学校で。お休みなさい』


 シンプルな文面だけど、いいだろ。いきなりハートマークなんてつけて送っても、嫌がられるかもしれないからな。

 送信っと……。

 

 返事、来るかな……?









――――※※※――――




『へえ、そんな事があったの……』


「うん。それでね……」


 日課になっている親友の江藤えとう(あかね)との電話で、話題になったのは神代君の事だった。去年彼と同じクラスだったという茜から色々な話を聞けた。


『なんだか、楽しそうじゃない、雪菜』


 楽しそう? そうだろうか? でも、親友である茜がそう言うのだから、そうかもしれないな。私より私の事を知っているかもしれないから。


『恋でもしちゃったかな?』


 鯉? 何を言っているのだろう、茜は。


『雪菜、あんた何か変な事考えていない?』


「何で少し返事が遅れたくらいで分かるかなあ、茜は?」


『親友だからね』


 そういうモノかな? その後はとりとめもない会話をして、お休みの挨拶をして通話をきった。

 もう、十一時か。壁にかけてある時計で時間を確認した私は、明日の予習と今日の授業の復讐にとりかかる。生徒会長である以上、恥ずかしい成績はとれないものね。学年トップとかではないけれど、ね。

 この時、メールの着信を確認しなかった私は、翌日軽く後悔する事になるのだけれど、それはまた、翌日の話。






――――※※※――――




「返信が来ない……」


 お休みのメールに対する返信が来なかった。

今はもう、朝の五時だ。返信が来なかったという事は、嫌われているのだろうか? それとも、気付かなかった? 分からない。僕には何も分からない。

 おかげで、一睡も出来なかった。

 僕は寝ぼけ眼のまま、朝の電車に乗るはめになったのだった。


「根ほり葉ほり~」に関して。

上遠野浩平さんの「恥知らずのパープルヘイズ」という「ジョジョの奇妙な冒険」第5部のノベライズ版の後書きに書かれている事を参考にしました。


「ジョジョの奇妙な冒険」に関しては、いくつかノベライズ版が出ていますが、その中でも「恥知らずのパープルヘイズ」と、乙一さんの「THE BOOK」は、名作だという話です。

手元にあるのですが、まだ読んでいないので、私個人としてどう思うかは言えません。

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