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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
33/70

屍の宮殿 2

 退路を(ふさ)がれた。

 状況を一目で把握したアーデたちは、素早く密集陣形をとる。

『どうなってんだ、入口が消えたぞ』

 アーベルがやや狼狽(ろうばい)しながら言う。

 この場合、消えたのは“入口”というよりは、むしろ“出口”だろうか。


 三騎は小さくなる発光筒の明かりを頼りに、周囲を確認する。

 しかし、そこに動くものは見当たらない。

『アーベル、発光筒の追加を――』

 言いかけて、アーデは言葉を止めた。

 闇の奥底から、ずるりと何かが這いずる音が、かすかに聞こえてきたのだ。

 それは自分たちが入ってきた方向とは逆、ホールの反対側から断続的に響いてくる。

 何か巨大なものが這いずり、こちらへと近付いて来るような。

 そして同時に、ホール内部のいたる所から、三騎を囲い込むように細かい物音が聞こえ始めた。

『これは……』

 アーデが思わず、驚きの声を上げる。

 警戒のため周囲を見渡した彼女の眼に、恐るべき光景が飛び込んできた。


 粘糸で真っ白に染め上げられた四方の壁、そして床が、まるで生き物のように(うごめ)いていた。

 いや、正確には粘糸と壁の間、僅かな隙間の中を、無数の白い何かが動き回っている。


 アーデは反射的に、自騎の装甲に取り付けたカンテラを掴み、目の前の床へと投げ付けた。

 剣戟(けんげき)のような派手な金属音と共に砕けたカンテラから、燃料となっていた油が流れ出し、即座に引火して燃え上がる。

 それだけでは足らない。

 アーデはさらに、クラウソラスの腰部背面に装備したポーチから、予備の油を取り出した。

『二人とも、ボサっとするな。防衛線を張るぞ』

 言われて趣旨を理解した二人も、同じように油を撒き、三騎の前に炎のラインを形成する。


 勢いよく炎が上がっているものの、粘糸自体が燃えているわけではないため、長くはもたないだろう。

 それでも、無数の白い影は炎を嫌い、アーデたちの方へと近寄ってこない。

『見ろ、小型の寄生竜(パラサイト)だ』

 炎に照らされたそれらは、人間の頭ほどの大きさの、白い寄生竜(パラサイト)

 硬質化していない未発達な外殻から、生まれたばかりの幼生と思われる。


 熱と煙に(あお)られて、粘糸の隙間から無数の幼生が這い出してきた。

 ざっと見ただけでも、まともに相手をするには無理がある数だとわかる。

 竜騎兵は現状で人類が扱える最強の対竜兵器なのだが、ここに群がる寄生竜(パラサイト)の幼生は、竜騎兵で相手をするには小さすぎるのだ。

 こうなると、騎体の性能差など大した問題ではなくなってしまう。


『多分どこかに産卵場もあるはずだ。せめてそこは潰しておきたいが……』

 この状況下ではさすがに不可能だろう。

 足元に張られた炎の結界を一歩出れば、たちまち幼生体の群れに飲み込まれるに違いない。

 その結果どうなるかは、ホール内に転がる無数の干乾びた死骸が物語っている。

 この場は撤退、それが妥当な判断だ。


『サイラス、前は私とアーベルでどうにか防ぐ。お前は出口を開いてくれ』

 指示を受けたサイラス騎は、自分たちが入ってきた通路があった辺りへと後退した。

 いつの間にか白い粘糸で完全に(ふさ)がれてはいるものの、カンテラの炎を近づければ、その揺らめきでわずかに空気の流れがあるのを確認できる。

 サイラスは自騎の腰部に装備された小型の手斧を手に取り、粘糸の壁を切り裂き始めた。


 出口を確保するには、しばらく時間がかかるだろう。

 先ほどアヴァロン騎士のレイピアから粘糸を剥がしたアーデは、それが意外なほどの強度を持つことを知っている。

 それまでこの炎がもてばいいが。

 そう願いながら、アーデとアーベルは手当たり次第に可燃物を放り続ける。

 暗闇の奥からは、あの不気味な鳴き声が近付いてきていた。


 *****


 一方、採掘場の入口付近にて。


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 周囲を警戒しながら増援を待つ三騎に、突如として一騎の竜騎兵が襲いかかったのだ。


 背後から、完全に(きょ)()かれた三騎のパルチザンは、あっと言う間に組み倒され、胸部装甲を強打されて動きを止める。

 倒れ伏す直前に護衛騎士たちが目にしたものは、竜の返り血で汚れた純白の装甲。

 そう、採掘場内へ入ったと思われた、ブリューナクだ。


 ブリューナクは地面に這いつくばるパルチザンの一騎を見降ろし、ゆっくりと片脚を上げる。

 うつ伏せになったその背中を踏み抜けば、人間と同じく神経系が集中する脊椎(せきつい)が損傷し、竜騎兵は操作不能に(おちい)るだろう。

 そればかりか、下手をすれば脊椎の向こう側にある操縦席、そして内部にいる操縦者もただでは済まない。

 先ほどの戦闘を見る限り、この狂った皇竜騎(アークドラグーン)が人間的な感情を持っているとは、到底思えない。

 となれば、確実にその脚を踏み抜き、操縦者もろとも竜核を破壊するだろう。


 なんとかして仲間を助けるべく、他の二人は自騎を立ち上げようと操作に集中する。

 しかし、焦りと恐怖に邪魔をされ、上手く操縦ができない。

 間に合わない、()られる。

 残る二人の騎士は、同時にそう感じた。


 その時、ひとつの甲高い音が、彼らの思考を(さえぎ)る。

 風を引き裂くような音は、二騎のパルチザンの間を一瞬で通り抜け、その向こうにいるブリューナクへと真っ直ぐに向かう。

 片脚を上げたままのブリューナクは、さして驚いた様子もなく、ごく自然な動作で飛来物を掴み取った。


 ブリューナクが左手一本で掴んだそれは、竜騎兵用の片手斧だ。

 炸薬などが仕込まれているわけでもない、ただの鋼鉄の塊なのだが、肉厚の刃は見た目以上の破壊力を持つし、重量を活かして投擲(とうてき)武器としても扱える。

 ブリューナクはゆっくりと片脚を下ろし、両の脚で地面を踏みしめながら、斧が飛んできた方向を凝視する。

 その視界の先、生い茂る木々の間には、一騎の竜騎兵が身を隠すこともなく立っていた。


 サーペント級竜騎兵、パルチザン。

 周囲で唖然(あぜん)とする護衛騎士たちと同じ騎体だ。

 装甲に描かれた紅竜騎士団の紋章も同じ。

 ひとつ違う点は、現れたパルチザンの左腕、その肘から先が切り落とされていることだ。


 クソったれが。

 そんな小さな呟きが、舌打ちと共に聞こえてくる。

 凛とした張りのある、それでいて野獣のような凶暴さを孕んだ、女の声。

『やっと見つけたよ、ジーク』

 隻腕のパルチザンを駆るカーラは、ブリューナクに向かって、そう語りかけた。


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