屍の宮殿 1
アーデは、自分の肌が粟立つのをはっきりと感じた。
真っ白に覆われた壁や床に、無数の死骸が埋まっている。
そこはまさに、屍で飾られた宮殿のようだった。
サイラス騎が、バンカーの先端で白い物体に触れる。
繊維状のそれは極めて粘度が高く、金属にすらまとわり付いて離れない。
機関部に入り込めば、動作不良を起こす可能性すらある強度だ。
『これは俺の勘だがよ』
と、アーベルはしごく冷静に、それでいて陰鬱な声音で呟く。
『絶対に、見たことねぇ竜がいやがるぜ』
『奇遇だな、私もそう思う』
余裕にも聞こえる軽口だが、状況が状況だけに場が和むことはない。
現にサイラスは二人を完全に無視し、周囲の警戒に全神経を注ぎ込んでいた。
おそらく、ここは寄生竜の食糧庫だ。
捉えた獲物を粘糸で完全に拘束し、保存する。
そうして時が来れば、女王の晩餐として並べられるのだろう。
考えただけで寒気のする話だが、しかし、ここにいれば自分たちもそうなる可能性が高い。
『見ろよ、あれ』
と、アーベル騎が指し示す方向を、アーデは注視する。
そこにぶら下がっていた物は、一見して竜のようにも見えるが、鈍く光る鋼鉄の装甲を纏った人型の何かだ。
『竜騎兵か? あれは……よくわからんな、スティレット型に見えるが』
発光筒の明かりを頼りに周囲を見渡してみれば、スティレットの他にも何騎かの竜騎兵が、床や壁に埋められるように捕縛されているのが見えた。
それらはシミターやスクラマサクスといった安価なリザード級がほとんどだが、中にはサーペント級の竜騎兵も見える。
やや体格の大きなものは、以前ヴァルツヘイム正規軍で使われていたバルディッシュだろう。
より高性能なヴォウジェが正式配備されたため、老朽化して払い下げられたものを、誰かが買い取ったのかもしれない。
行き付いた先が、この暗く陰険な虫竜の食糧庫というのは、笑えない話だが。
アーデはその中に一騎、見覚えのある竜騎兵を見つけた。
『こいつは……』
細身でしなやかな素体のリザード級竜騎兵、レイピア。
オスタリカ皇国とは比較的近い位置にあるアヴァロン王国にて少数が運用されている、軽量型の竜騎兵だ。
肩口の装甲には、アヴァロン第三騎士団の紋章が刻まれていた。
第三騎士団は直接戦闘ではなく、斥候や支援、そして伝令を専門とする一団。
オスタリカとは同盟関係にあるアヴァロン、その伝令役がこの近辺にいるということは、竜の領域を渡って何かの連絡を寄越してきた可能性が高い。
『すまない、あのレイピア型を少し調べる。援護してくれ』
そう言って、アーデが操るクラウソラスは、白い粘糸で固められたレイピアへと近付く。
三本の剣を背景に、平和と繁栄を表す黄金の枝葉をくわえた白い鳥が描かれた紋章。
傍で確認すれば、やはりアヴァロン第三騎士団の所属騎体で間違いなかった。
単騎でここまで渡ってきたとは考えにくいのだが、周囲を見渡しても仲間の騎体は見当たらない。
アーデは、クラウソラスの腰に装備された短剣を抜き、削ぎ落すようにしてレイピアの騎体に絡み付いた粘糸を取り除く。
それは鋼鉄製の刃にもべったりと貼り付き、あっという間に切断能力を奪ってしまった。
それでもなんとか、こびり付いた糸をレイピアの上半身から剥がし、外側から強引に操縦席を開け放つ。
予想はしていたが、内部には遺体がひとつ、転がっているだけだった。
思ったほど損傷はしていないものの、他の動物の死骸と同じく、水分が抜けて干乾びている。
そのおかげで、腐敗せず原形を留めていたのだろう。
鳶色の長い髪、細い骨格から女性と思われる。
首元には、中央に青い宝石が嵌められた銀のネックレスがぶら下がっており、発光筒の光を反射して美しく輝いていた。
アーデはクラウソラスの操縦席を開いて、レイピア側へと乗り移る。
操縦席内を見回すと、遺体のすぐ傍らに、書状を詰める金属製の筒が転がっているのを見つけた。
厳重に封印された筒には鍵がかかっており、今ここで開いて中身を確認することはできない。
素早くそれを回収したアーデは、ふと思い立って遺体の首からネックレスを取り上げた。
できれば遺体そのものを回収してやりたいが、この状況ではとても無理だ。
義務を果たした戦士の、せめて遺留品だけでも故郷に届けてやろうと考えながら、アーデは自騎の操縦席へと戻った。
『アーデ姫、発光筒がそろそろ限界だ』
言われてみれば、先ほどから徐々に光が弱くなってきている。
『わかった。どのみちこれ以上進むのは無理そうだ、後退して援軍を――』
と、そこまで言って続く言葉に詰まる。
視界の端、壁面いっぱいに張られた粘糸の層の下に、何か動くものが見えたのだ。
アーデは、即座にクラウソラスの盾を構え、臨戦態勢を整える。
『気を付けろ、何かいるぞ』
その言葉を受けて、アーベルとサイラスも、それぞれ手にした武器を構えた。
『この状況で、何もいない方が驚きだぜ』
ぼやくように言いながら、アーベルは周囲を見回しながら、視線の先を小型バリスタで狙う。
当たり前だが、非常に視界が悪く、圧倒的に不利な状況だ。
この場合は、撤退するべきだろう。
そう考えたアーデは、ホールの入口の方向を確認する。
しかし、そこにあるのは、周囲と同じく粘糸で覆われ白く染まった壁面だけ。
自分たちが通ってきたはずの道は、綺麗さっぱり消え失せていた。




