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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
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咆える竜

 巨木の幹にもたれかかり、体の自由を取り戻そうと足掻いていたオーダンは、突如として現れた羽虫の姿に絶望を感じていた。

 飛行することができない竜騎兵にとって、空中の相手は最も危険な存在だ。

 雑兵同然のリザード級竜騎兵が寄り集まったところで勝てる相手ではない。


 人間は、あまりにも無力だ。

 竜騎兵という強大な力を手にしてなお、地べたを這い回ることしかできない。

 剣も槍も届かない、矢も砲弾も当たらない空の敵と戦おうなど、地虫が鷹に挑むようなものだ。

 オーダンは己が非力を、人類の限界を呪うように、強く奥歯を噛み締める。


 そんな彼の耳に、思いがけない音が届く。

 規則正しく地面を叩くようなそれは、馬が駆ける音。

 オーダンが顔を上げ、周囲を見渡すと、木々の影を縫ってこちらへ向かってくる軍馬の姿が飛び込んできた。

 騎手はオーダンの姿を見るや、その近くまで馬を寄せて停止する。

「なんてざまだ、オーダン分隊長殿」

 その声は、オーダンがよく知る人物の声だった。

「お前は……」

 お前は一体、何をしているのだ。

 信じがたい愚行だ。竜がうろつく戦場にたったひとり、馬で乗り込むなど、自殺行為に等しい。

 そしてお前は、一体ここで何をしている。

 オーダンは、かつての戦友へと鋭い視線を向ける。

 しかし、目の前の男は全く動じることもなく、ただ悠然とオーダンを見降ろすだけだ。


 そうだ、この男は昔からこうだった。

 どんな戦場でも、どんな状況でも。

 (かん)(さわ)るほどに落ち着き払って、余裕の態度を崩さない。

 そして、狙った獲物は必ず仕留める。

 それがオーダンの知る“竜殺し”とまで呼ばれた男、ジークハルトだった。


 *****


 僅か数瞬、ユーリの反応が遅れた。

 飛行する虫竜の奇怪な姿に気を取られたのか、周囲の状況を意識していたためか。

 回避を試みようと跳躍し、自騎の足が地面から離れた瞬間、大振りの戦槌で殴られたかのような一撃がユーリ騎を襲う。

 予想はしていたものの、いざ実際に喰らってみれば、一撃で昏倒しそうになるほどの凄まじい衝撃だった。

 騎体は蹴飛ばされた小石のごとく宙を舞い、胴回りが竜騎兵の肩幅ほどもある大樹の幹へと勢いよく叩きつけられる。

 激しい耳鳴り。そして鋼鉄が軋む音。

 ユーリの駆るグラディウスはその騎体を大樹に激しく叩きつけられ、そのまま壊れた人形のように地面に倒れ伏す。

 幸いと言えるのは、不可視の一撃を喰らう瞬間にユーリ騎の脚が地面を離れていたことだ。

 これにより、計らずもユーリ騎は衝撃に身を任せる形となり、ある程度は受け流すことができていた。


 糞ったれめ。

 衝撃を受けた際に内頬を噛んでしまったのか、鉄錆(てつさび)のような血の味が口の中に広がる。

 高速で空中を飛び回り、見えない衝撃を放つ虫竜。

 バンカーによる攻撃。バリスタの射撃。カノンの砲撃。

 ユーリは頭の中であらゆる対処法を思い浮かべてみたが、どれも通用しそうにない。

 端的に言ってお手上げという状況だ。


 だが、それでも。


 ユーリは再び精神を集中し、倒れた騎体を立ち上げようとする。

 それでも、戦うことをやめられない。

 その狂気じみた闘争心が持って生まれた(さが)なのか、それとも何か別のものに起因するのかは、ユーリ自身にもわからない。

 アーデは言った。自分は誰かを守るために戦うのだと。

 そんな、言うなれば大義のようなものが、自分にはない。

 獣にだって相手を殺す理由はある。

 それは生きるためだ。

 カーラたちの戦う動機はむしろそれに近い。

 人間として、生存のために敵を排除する。


 自分は獣ですらない。

 ただ殺したい、そんな怒りにも似た情念があるだけだ。


 羽虫は依然としてユーリ騎の前方に位置取り、薄羽を高速で羽ばたかせながら空中に留まっていた。

 もっと速く。もっと鋭く。

 ユーリは騎体を立ち上げ、大腿部に据え付けられた予備の小型剣を手に取る。

 体が重い。

 いつも通りの調整、いつも通りの装甲なのに、今この瞬間はなぜかそう感じる。

 ユーリは自分の感覚の赴くまま、手に持った小型剣で、装甲板を繋ぎ合せている革製のベルトを引き裂いた。

 ごとりと重い音を立てて、上半身の装甲が地面に落ちる。


 次に感じたのは、視界の狭さ。

 数年間このグラディウスタイプに乗り続けて、そんな風に感じたことは一度もない。

 だがユーリは戸惑うこともなく、頭部の装甲を外し、鋼鉄製のそれを傍らに放り投げた。

 その下から(あら)わになったのは、素体となった陸棲竜の頭部。

 冷たく鋭い爬虫類の眼を持ち、薄い鱗に覆われた竜そのものの頭部だ。


 腰を落とし、低く構え、再び羽虫を見据える。

 胸の奥が熱い。

 まるで心臓が燃えているように。

 その焼け付く感覚に耐えきれず、まるで体の中で燃える炎を吐き出すように、ユーリは吼える。


 *****


『おいユーリ! お前なにやってんだ!』

 派手に吹き飛ばされた後、おもむろに立ち上がり装甲を脱ぎ捨てたユーリ騎を見て、カーラが叫びを上げる。

 衝撃で頭でも打ったのか、その行動は明らかに異常なものだ。

『馬鹿野郎! 今そっちへ行くから動くな! サイラスもアーベルもぼさっとしてんじゃないよ!』

 腕の激痛に耐え、顔をしかめながらも、カーラはユーリ騎に駆け寄ろうと自騎を前進させる。

 脇にいるサイラス騎、そしてやや離れた位置のアーベル騎も動きだす。


 が、その行く手を遮る者がいた。

『ジーク! 何故あんたがここいる! どいてくれ!』

 カーラ騎の前に立ち塞がるジークは、そんなカーラの言葉を受けても動こうとしない。

「カーラ、あいつの邪魔をするな。黙って見てるんだ」

 いつも通りの落ち着いた声。

 それが余計にカーラを苛立たせる。

『ふざけるな! あいつ死んじまうぞ!』

 そうだ、死んでしまう。

 あいつは、ユーリは、いつか自分の殺意に殺される。

 それをジークもわかっているはずなのに、どうして。

 邪魔をするなだって? 邪魔をしているのはどっちだ。

 なおも進路を遮るジークを、いっそ蹴散らしてでもユーリの元へ向かおうとカーラ騎が脚を踏み出した瞬間。


 木々が、地面が、周囲一帯の全てが、震えた。


 ***** 


 耳をつんざくような咆哮。

 鋼鉄の装甲をも震わすそれは、まぎれもなく竜の咆哮だ。

 その場にいた誰もが、新手の竜が出現したと咄嗟に感じたが、すぐにそれが間違いだと気付く。

 吼えているのは、ユーリ騎。

 獰猛な肉食竜特有の鋭い牙を剥き出しにして、ユーリ騎は雄叫びを上げる。

 その姿はもはや竜騎兵などではなく、人の形をした竜そのものだ。


 カーラの脳裏に、ベルカイン城塞でユーリとアーデが戦った時のことが蘇る。

 あの時もそうだった。

 ユーリはパルチザンを操り、そして竜騎兵の、竜としての力を呼び起こした。

 あれは偶発的なものだと、ジークは言う。

 頭からそれを信じたわけじゃない。

 だが、それ以外に明確な説明ができない以上、そう信じるしかなかった。

 ではこの状況はなんだ? これも偶然に起こったものだと言うのか?


『ジーク、あいつは――』

 あいつは、どうしちまったんだ。

 そう問いかけようとして、カーラは言葉と共に息を飲み込んだ。


 怒り狂うように吼えるユーリ騎に振り向き、横目で見据えるジーク。

 彼は口元を歪め、静かに、しかし瞳には熱情を浮かべながら、笑っていた。

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